救済を願って 作:バレンシアオレンジ
結局、あの日は答えが出ないまま夜が明けた。そして一晩中考えても最善手が分からない以上、嘗てと同じ様にできることから順番に取り組むことにした。
なので先ずは私達の指揮官である中尉に物資の追加を嘆願することから始めたのだが、流石に中尉も特殊改良量産型A近接戦闘型ニケの部品入手まではできなかった。勿論、私も其処までは不可能だろうと思っていたし、食糧と汎用部品を追加で用意してくれるだけでも望外の僥倖といえたので、感謝を伝えようとしたのだが中尉からは不要だと切って捨てられた。
「私は部隊を運用する上で必要な物資を用意しているだけだ。これは私の義務であり感謝する必要などない。また部隊員の誰が何処でどれだけ使用したのかについては、時に戦場の混乱で不明瞭になることがあっても仕方の無いことだ」
明言はしなかったが事実上横流しを黙認してくれた中尉は更に言葉を続けた。
「これは独り言だが、人類存続の為にその身を捧げて戦い続けている何の咎も無いニケ達に対して、意図的に支援物資の補給を絞るのは畜生にも劣る下劣な行為だと考える。……私が出来る事は少ないが応援している」
その後、私は隊長であるピナにも事情を説明することで理解を得られていた。彼女も不思議に思っていたらしい。近接戦闘部隊のニケが嘘をついている様には思えないのに自分達の補給は変わらないと聞いて。
それから私は薔花に連絡を取り、互いに時間の合う夜にこっそりと基地の外で会って支援物資を手渡していた。
私の行いは偽善に過ぎないと分かっていた。近接戦闘部隊の行く末が内乱による崩壊だと知りながら、それを避けるための努力を最初からするつもりが無かったのだから。しかしそれでも、偽善と分かっていても最期の瞬間までは空腹に苦しむこと無く平穏無事に過ごして欲しいと思った。
「……」
今日もまた薔花に会うために外に出て夜空を見上げる。ラプチャーとの戦争が始まってから、文明の明かりが少なくなった空に見える星は嘗てと比較にならない程に多くなっていた。仲間達と見上げた時も、今の様に心に罪悪感を抱きながら眺める時でも、溢れんばかりの星空は変わらず美しかった。
約束の場所に着くと既に薔花は其処に居て手を振っている。
「こんばんは薔花。待たせたかな?」
「私も今来たところだから大丈夫だよ~」
荷物を渡して近況を話す。近接戦闘部隊は今回の任務中に仲間の1人が思考転換を起こしてしまったそうだ。
「私達はラプチャーに近付いて戦わなきゃいけないから、普通の量産型と比べて精神的な負荷が大きくて思考転換し易いのかもしれないって研究者は言っていたわ」
「……薔花」
何と声を掛ければ良いのか分からなかった。自分の手で苦楽を共にしてきた仲間を斬らねばならなかった彼女の気持ちは私の想像を絶するだろう。
「ごめんなさい。そんな顔をさせたかった訳じゃないの」
「謝らないで欲しい。私は……」
「ううん、何時も助けてもらって感謝している人に悲しい顔させたなら謝らなきゃ」
薔花は私の言葉を遮りそう返してくれた。
「……助けになっているなら私も嬉しいよ。でも感謝するなら中尉にした方がいい。その支援物資を用意してくれたのも中尉だし、私の行動も黙認してくれているから」
「もちろん、中尉も含めた星屑部隊のみんなに感謝しているわ〜。でもねエリカの指揮官が融通してくれるのも、隊長さんが協力してくれるのも全部貴女が動いてくれたから。だから1番に感謝しているのは変わらないわ」
「……ありがとう」
「ふふっ、何でエリカがお礼を言うの?」
「さあ、何でだろう。ただ薔花にそう言われると嬉しくてね」
「そっか〜ねえ、少し呑まない?」
「私は構わないけど、薔花は紅蓮にバレたらどうするのさ?」
「大丈夫だよ。レンは心配しているだけで本気では怒らないから」
「心配させない方が良いのでは?」
「それなら物資を何処から貰ってきているか言ってもいいの?」
「あーそれは……」
私は言葉を濁して薔花から杯を受け取り乾杯した。
近接戦闘部隊の指揮官に知られると問題なので、万が一が無い様に薔花には何処から支援物資を入手したのかについて部隊員にも秘密にしてもらっていた。だが確かに紅蓮からすれば、大事な姉が突然何処から物資を持ってくる様になり、しかも経緯を聞いても説明してくれないとなれば心配するのも当たり前だ。
「いい香り〜」
「そうだね美味しい」
薔花は私の言葉に笑みを深める。
「どうかした?」
「このお酒はねニケになってからレンと初めて一緒に呑んだお酒なの。私は気に入ったんだけどレンは苦いからもういらないって言ってね~。そのお酒をエリカと呑むのが不思議だな〜と思って」
「そっか、このお酒が紅蓮と一緒に呑んだお酒なんだね。なら何時かまた紅蓮と一緒に呑むと良いよ。きっとその頃には苦いなんて言わずに紅蓮の方が沢山呑む様になっているだろうから」
「ふふっ、何それ〜」
薔花は笑顔で寝転がる。
「風の吹くまま〜雲の流れるまま〜思うがままに〜そんな人生を生きてみたいな〜」
「生きられるさ。そんな人生を薔花が望むなら」
「ふふっ、ありがとね〜」
私は紅蓮と薔花が2人で畑を耕したり釣りをして過ごすのではないかと思い描いた。
「ねえ、エリカは戦争が終わったらどうするの?」
「戦争が終わったらか……自分自身のことは考えたことも無かったよ。これからの戦いで生き延びることを考えるだけで精一杯だったから」
「え〜何かあるでしょ? 気になるな~」
「うーん」
ラプチャーとの戦争は人類の敗北で終わりを迎える。その先で生きているとしたら私は何をしているだろう? アーク封鎖作戦に参加する以上、アークには入れないのだからゴッデスと同様に地上を彷徨い歩くピルグリムとして過ごすのか、原作のメインストーリーまで生きている自分が想像できなかった。100年は前世の人生よりも遥かに長い時間だ。だが願いなら……
「そうだね、私は幸せで溢れる物語を観ていたいかな」
近接戦闘部隊、ゴッデス部隊、オールドテイルズ部隊、そして私達星屑部隊の誰もが皆、幸せな日常を享受できる様な世界があればと願わずにはいられない。勿論困難どころか不可能だと分かっている。だが転生なんて不可解な経験をしている身だ。神に祈る位は別に良いだろう。
「いい願いだね~」
私達はお酒の影響で少し火照った体に冬の到来を告げる様な冷たい風を感じながら未来を夢想した。
「そういえばエリカは中尉から聞いてる?」
別れ際に薔花が思い出した様に告げた。
「何をだい?」
「ゴッデスが大怪我をしたんだって」
「!!」
「その様子だと知らなかったの? やっぱり私たちの指揮官の口が軽いだけみたいね」
「詳しく聞いても良いかな?」
「う〜ん、私も詳しく知っている訳じゃないんだけど、珍しく指揮官の機嫌がいいから何があったのか聞いてみたの。そうしたらゴッデスが大きな虫みたいなラプチャーと戦闘して大怪我をしたから、軍も責任を問うだろうしあの傭兵も少しは身の程を知っただろうって言っていてね」
「……なるほど」
「大怪我したのを喜ぶなんて指揮官らしいと思ったけど……って大丈夫? 顔色悪いよ」
「ああ、大丈夫さ。少し呑み過ぎたのかもしれない」
「基地まで送る?」
「いや、大丈夫。薔花も紅蓮を待たせているだろう? 早く戻った方が良い」
「……そうする。でもエリカも無理しないでね」
心配そうに此方を見る薔花と別れて基地の部屋まで戻った私はベッドに倒れ込んだ。
「ウルトラ……」
ゴッデス、大怪我、大きな虫ということは間違い無い。
ウルトラがいるということはレッドシューズは侵食の研究を続けているのか?
レッドフードは侵食されてしまったのか?
私はまた失敗してしまったのか?
いや、まだ分からない。ウルトラが侵食誘発装置を持っていなかったかもしれない。あるいは持っていても初期と変わらず一時的な麻痺を引き起こすだけのものかもしれない。
「希望的観測だな……」
眠れない夜を過ごした日から少し時が流れたその日、私はラプチャー討伐任務に取り組んでいた。
任務は普段と変わらないありふれたもののはずだった。
いや、任務内容としては普通だった。
普通じゃなかったのはラプチャーに侵食誘発個体がいたことだった。
「!!」
いつも通り皆が待ち構えるキルゾーンに地上型ばかりのラプチャーの集団を誘い込むために近付いた瞬間、見た目は他の個体と変わらないのに強い悪意を感じるラプチャーがいることに気が付き、私は即座に攻撃を仕掛けた。
キィィィィィィ────
確実に仕留めた。
そう確信して追い掛けてくるラプチャーから逃げながら、ラプチャーの数を改めて確認するために後ろを見て衝撃を受けた。
──侵食型の死骸を他の個体が食べている。
「ピナ!」
「エリカ、何かあったんですか!」
私の焦りを含んだ呼び掛けにピナが急いで返す。
「危ないヤツがいて仕留めたけど、他のヤツがそれを食べて同化したみたいだ! 他の皆も共食いするラプチャーを優先して処理するようにしてくれ!」
「分かりました! みんな聞こえていましたね? 共食いするラプチャーを見付けたら最優先で殺して下さい!」
『了解!』
最初の攻撃でラプチャーも此方が気付いたことを理解した様だった。見た目が同型のラプチャー同士で位置を入れ替えたり、他の個体が射線を遮る様に動きながら接近して来る。
これまでと同じく複数の防衛線を駆使して後退しながら数を減らすが、侵食型は私や狙撃班の仲間が殺しても直ぐに他の個体が飛び付き喰らって処理しきれない。
「全く、やってらんないわね!」
狙撃され侵食型が再三吹き飛ぶが、今回もまた他の個体が群がり喰らう。
「クソッ、何なんだアイツら!」
そして侵食型ラプチャーは最後の1体になるまで存在し続けて私達の防衛線に到達した。
キィィィィィィ────
「──ッ」
「痛っ」
「痛ぇな畜生──」
私は躱せたがピナともう1人の仲間に侵食誘発装置が刺さった。
直後、部隊全員の集中砲火を浴びて侵食型ラプチャーは完全に沈黙する。
「──大丈夫?」
皆が駆け寄って来る。
「私は大丈夫です。傷もそんなに深くありません」
ピナはそう答えた。
「あたしも大丈夫だ」
もう1人もそう返すが、少しふらつき皆から離れ始めた。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
そう言い彼女に近付こうとする仲間を私は制した。
「私が診てくるから片付けをお願いできないかな?」
「いいけど、貴女も大丈夫なのよね?」
「私は避けたから大丈夫。それじゃあ行ってくるよ」
ふらふらして建物の向こう側へと歩く彼女に近付くと声が聞こえた。
「大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ……」
「……」
薔花の話から分かっていたことだ。レッドシューズは今も捕らわれること無く、悍ましい研究を続けているのだろう。
私はアンプルを取り出した。
「大丈夫ですか?」
ピナが声を掛けながら確認のために近付いてくる。
「おう、大丈夫だ!」
「ああ、心配いらないよ」
「そうですか、なら良いです。帰還するので準備してくださいね」
『了解』
返事をするとピナは戻っていく。
「……なあ、アンタはあたしに何をしたんだ?」
「別に何もしていないよ」
「嘘つくなよ。あたしがあのラプチャーの攻撃でおかしくなったのは分かってる。覚えているからな。そしてアンタがあたしを押し倒して傷口に何かを入れたことも。助けてくれたんだろ?」
「さあ、夢でも見ていたんじゃないかい?」
「そうか言えないことなんだな。それを知るのが危ないのか。使ったものがまずいのか」
「……戻るよ」
「待ってくれ!」
彼女は私の肩を掴み目を合わせる。
「ありがとう、助けてくれて。きっととっても珍しいものだったんだよな? ああいや答えなくていい。けどな、お礼だけは言わせてくれ。本当にありがとう。あん時は周りが見えてるのに体があたしのものじゃなくなったみたいで仲間を撃ちたくなって、とにかく離れなきゃならねえと思って、本当に怖かったんだ。本当に、ホントに……」
「……元に戻れて良かった」
「ああ、ありがとう!」
使うべきではないと分かっていた。私達の様な一般的な量産型ニケはピナを除けば生き残れる可能性が限りなく低いから。しかし目の前に苦しむ仲間がいて感情を無視した合理的選択が取れる程、私は大人では無かったようだ。
侵食が進化している。
それが確定してしまった。
きっと何時の日かこの選択を後悔する時が来るのだろう。
彼女の涙を見ながらそう考える自分自身を不快に思っていた。
そしてアンチェインドは私が持っているべきでは無いとも思った。
あれからまた少し時の流れた年の瀬が迫る日の夜、私は何時もの場所でお酒を口にしていた。
今夜は約束をした訳では無い。
しかし彼女はここに来るだろう。
「こんばんはエリカ、奇遇だね〜」
暫く待っていると声を掛けられた。
「ああ偶然だね。良ければ薔花も呑むかい?」
「うん、貰うね」
そのまま私達は暫くの間、静かに杯を傾けた。
「──知っていたの?」
「ああ、知っていたよ」
「何で教えてくれなかったの?」
「私が知っていても何もできなかった様に、教えても何も変えられないと思ったから」
薔花は少しの間考え込んでから何かを諦めた様に話した。
「そうね変えられないね〜。うん、会えて嬉しかったよエリカ。それとごめんね。もっと話したいけど私はもう帰って明日の準備をしなきゃ」
そう言うと立ち上がり背を向けた薔花に私は願いを口にする。
「薔花、生きてくれないかな?」
薔花は立ち止まり振り返る。
「そっかそうだよね。知ってるんだから私が何をするつもりかも分かるよね。でもねエリカ、私はレンに生きていて欲しいの」
「紅蓮は残して薔花だけで逃げればいい」
「逃げるって人類連合軍から? 永遠に? エリカそれは」
「花に十日の紅無し、世の中に"永遠なものなんて無い"だよね」
「分かっているなら何で?」
「確かに永遠は無いかもしれない。でもさ死んでも忘れないと思った人のことを、ニケになっても思考転換を何度繰り返しても決して忘れなかった人を知っているんだ。その人は大切な人と交わした約束をずっと覚えていて100年近く時間が過ぎたあの日に、初日の出を見ながら信頼できる人と熟成させていたお酒を呑んでいたんだよ」
「……ねえエリカ」
「何かな?」
「貴女はいつ何処で私たちが切り捨てられるって知ったの?」
「ずっと遠い昔に此処からは行くことができない場所で」
「そう……ならこの戦争はどうなるの?」
「私の記憶と変わらないなら来年にはラプチャーに対する人類連合軍の敗北が決定的になる。そこから更に1年掛けて人類は種の保存のために地下シェルターに逃げ込む。その時もそしてその後も紅蓮はゴッデスと共に、いやゴッデスの一員としてシェルターを、アークの入口を封鎖するまで人類を守るために戦うことになる。そしてアークの入口封鎖完了をもって漸く5年に渡る戦争、第一次ラプチャー侵攻が終わりを迎えるんだよ」
「……永遠に逃げ続ける必要は無いのね」
「そうだね。でもゴッデスは地上に取り残される。それなのに紅蓮はニケとして何時の日か地上を取り戻せると信じて100年先まで戦い続ける」
「そっか」
「信じられないかな?」
「ううん、信じる。その方がエリカのこれまでの態度にも納得できる。ゴッデスが怪我した話をした時に様子が変だったのは貴女が避けようとしていたことだからなんでしょ?」
「そうだね。薔花は侵食を知ってる?」
「噂くらいなら」
「今の侵食は人類の裏切り者がラプチャーと共に生きるために進化させたものなんだ」
「!!」
「その人には権力があるからね。一般人だった私に直接できることは無かったから、間接的に排除できないか試したんだけど失敗したみたいだ」
「……」
「だから薔花、はいこれ」
私は薔花に地図と2つのアンプルを渡した。
「これは?」
「地図は私が人だった時の家の場所。盗まれてなければ保存食とかあるから良ければ使って。あとそっちは侵食を治療する薬だよ」
「えっ!?」
「まあより正確に言うならニケをあらゆる束縛から解放する薬だね。侵食を治すのは副作用かな?」
「それってつまり」
「そうだね。それを使えばニケであっても指揮官の命令を無視できるし、人を傷付けることだって自由にできる様になる。だから1つは薔花が飲んで逃げるのに役立てて欲しい。もう1つは紅蓮に渡して侵食されて苦しんでいるかもしれない狼、ゴッデスのレッドフードに渡すように言ってくれないかい?」
「……レンと他のみんなの分は無いの」
「無い。でもゴッデスの指揮官は良い人だから大丈夫」
「ごめん、何でも知ってるエリカならと思っただけだから」
「何でもなんてことは無いよ? 知らない事もできない事も多かったから」
「……そっか。うん、分かった。話してくれて本当にありがとうエリカ。薬は必ずレンに渡すわ。それに私も2年後まで、今年も終わるし1年と少しなのかな? とにかく頑張って生きてみる」
「私の方こそありがとう薔花。また何時か会える日まで元気で」
「うん、エリカも元気でね」
そう言って今度こそ離れようとした薔花は、何かいたずらを思い付いた様な顔で此方を振り返った。
「ねえエリカ、この話は他の誰かにもしたことあるの?」
「? いや明確に未来の話をしたのは薔花が初めてだね」
「そっか〜初めてか〜。それって私を1番信頼してくれてるってことなのかな? 嬉しいな〜」
「いやそのえっと……」
「ふふっ、またね!」
薔花はそう言い残して走り去った。
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