救済を願って 作:バレンシアオレンジ
【Another Side】
「……ん?」
指揮官の招集に従ってブリーフィングルームに向かっているとレッドフードがスノーホワイトにヘッドロックを掛けながら歩いているのが目に入る。
「プロレスの練習中かい? ずいぶんヒマを持て余していると見える」
「……違います」
私の言葉をスノーホワイトは否定したが、その後も他のゴッデスメンバーと出会う度にプロレスと勘違いされたことで、ブリーフィングルームに着く頃にはすっかりむくれていた。
「……ん? プロレ」
「プロレスじゃありません」
「ほう、ではイジメかな?」
「いやいや、何言ってんの? あたしがスノーをイジメるわけないもんな~?」
指揮官にまでプロレスと言われてスノーホワイトが食い気味で否定している。その後もレッドフードと指揮官の会話にスノーホワイトは不満そうな顔をしていた。
「それでは……全員揃っているか?」
指揮官はそう言って点呼を取り、ゴッデス部隊の全員がこの場にいることを確認してからブリーフィングを始める。
ブリーフィングは作戦説明の前に現状の再確認から始まった。
4年前、突然現れたラプチャーのこと。
対抗するために人類連合軍が結成されたこと。
戦況はラプチャー側優位で推移していること。
2年前、ニケが初めて作られたこと。
ゴッデス部隊が戦線に投入されて連戦連勝したこと。
しかしながら戦争全体に与える影響は小さかったこと。
ラプチャーに降伏するのは現実的では無いこと。
全面戦争を継続すれば負けるだろうこと。
それ故……
「私たちがなすべきことは明白だ。ラプチャーのカシラを倒す。……もとい……ラプチャーのリーダーを倒す」
途中で何度か話が脱線したものの、指揮官は私たちがやるべきことを最終的にそう結論づけた。
「ですが
「そうだ」
ドロシーが驚きを込めて発言する。私を含めた他の皆も同じ気持ちだろう。最初にラプチャーが目撃され、今もラプチャーが集結している以上、軌道エレベーターとその先にある宇宙ステーションに何かあるのは──
「支援は受けられるのですか? ご存知の通り、軌道エレベーター付近は多数のラプチャーによって制圧されています。私たちが単独で突入するのは不可能です」
理由は軌道エレベーターの周囲を約20万ものラプチャーが防衛していることだ。またその集団は多くの大型ラプチャーを含む主力部隊で構成されており、これまで攻略するための現実的な作戦を誰も提示できていなかった。
「何だ? お嬢サマらしくない弱気な発言だな」
「自信と傲慢は別のものです」
「んじゃ無理なのか? 尻尾振って逃げる?」
「まさか」
「指揮官。早く教えてください。みんな不安になっちゃってるじゃない」
ドロシーとレッドフードの言い合いはリリスの発言でひとまず終わる。
「去年ニケの量産化技術がほぼ確立して順調に製造されている。今回の作戦にはそのうちのおよそ半数が投入されるだろう」
「……」
口には出さなかったが半数も投入することに私は驚いていた。量産型であっても、ニケは全ての戦場で喉から手が出る程求められている戦力だ。しかも製造されたニケが全て生存している訳では無い。実際に私の部隊は壊滅しているのだから。にも拘らず半数も投入するとは、人類連合軍が如何にこの作戦を重視しており、本気で成功させるつもりなのだと思わされた。
「他には? 空からの支援爆撃などは?」
「例のストームブリンガーという奴のせいで、相変わらず制空権は確保できない。見込みなしだ」
「ドデカいミサイルをブッ放すのは?」
「グラトニーを忘れたのか? ミサイルをエネルギーで吐き返されて半径20kmを吹き飛ばされたことがあっただろう」
「あいつはそのとき潰したんだろ」
「相手はラプチャーだ。同型機が1体しかいないとは考えられない」
「ってことは……爆撃も無理、ミサイルもダメ。量産型のお友だちと一緒に突撃するってのが作戦か?」
「空からの支援はない。しかし人類連合軍の西方方面軍が我々とは別方向から陽動のために投入される。戦略予備も含めてだ。量産型はこの陽動に参加する。量産型のお友だちと人類連合軍の砲兵隊の攻撃にラプチャーが引き寄せられれば、我々の進む道も少しは通りやすくなるだろう」
「つまりあたしたちだけで突撃する?」
「そうだ」
「……勝算は?」
「さあな。結果は勝つか負けるかの2つに1つだろう?」
「生きて帰れる確率は、どれくらいでしょうか」
「さあな。生きるか死ぬかどちらかだから、50%と言うところか?」
「他に受けられる支援はないですか?」
「さあな。秘密兵器ぐらいは出るかもしれないぞ」
「ハッキリ言えることはねぇのかよ?」
「私たちが勝つ」
「……分かってるねぇ。よし、やるよ。あたしの最後の戦いにはちょうどいい」
『……』
「?」
私が皆の沈痛そうな様子に戸惑うとレッドフードが気付いて言葉を付け足した。
「ん? ああ、そっか。新人のセンセイは知らないんだったな? ちょっと待ってな」
レッドフードはそっと目を閉じた。
そしてもう一度、目を開けた。
──その目は赤く点滅している。
「……!」
「実際に見るのは初めてだろ? 目が赤いだけじゃない。体調が悪いと声も変わるんだ」
「君……それは、まさか……」
「うん。あたし、侵食されてんだ」
「……噂には聞いたことがある。特殊なラプチャーの触手にやられたニケは侵食と呼ばれる状態になり、頭が完全に壊れ味方に刃を向けたり、奇行に走ったりするようになると。都市伝説のようなものだとばかり思っていたが……」
「どうよ? 都市伝説を目の当たりにした感想は?」
「さて……今の君の姿を見る限り、危険そうには見えぬが……姉さんが言っていたのはやはり君のことだったのだな」
「うん? 何のことだ?」
「姉さんから病気の狼に薬を渡すように頼まれていたのでね。君のことではないかと思っていたのだが、あまりに元気そうだから姉さんの勘違いなのかとも思っていたが……」
「薬だと? 紅蓮、もしかしてそれはアンプル──ガラスの容器に入っていないか?」
「ああ、指揮官も知っているのかね?」
肯定すると指揮官は勢いよく私の肩を掴んだ。
「指揮官?」
「どこにある!」
「指揮官。ちょっとどうしたんですか。落ち着いてください」
私が指揮官の突然の行動に面食らっていると、リリスが止めに入ってくれた。指揮官は深呼吸をして少し落ち着いてから再度尋ねてくる。
「すまない。それで紅蓮、薬はどこにある」
「期待させてすまないが薬はもうない」
「何故だ?」
「……君たちと合流する時に割れてしまったのだ」
「それって……」
私が気まずそうに話すとリリスが直ぐにその言葉の意味に気が付く。薬が割れてしまったのは強さに自信のあった私がゴッデスと初めて会った際に、倒せたら仲間になってやると言おうとしたその瞬間、リリスに瞬殺されて地面に突き刺さった時のことなのだと。
「薬は姉から受け取ったと言ったな。紅蓮、君の姉が作ったのか?」
「いや、姉さんも貰い物だと言っていた」
「他には? 誰から貰ったとか何か言っていなかったか?」
「……」
私は指揮官の言葉にあの日のことを思い出す。
あの日、私は仲間に起こされて廊下を走っていた。
不安に押し潰されそうでニケであるにも関わらず息が詰まりそうだった。
──もし……もし姉さんが一線を越えてしまったら。
止められないところまで行ってしまったら、その時はどうすればいいのだろう?
そんな思いが何度も心の中を駆け巡っていた。
「頼む……姉さん……!」
しかし辿り着いたその場所には姉さんが1人で立っていた。
壁も天井も崩れ辺り一面真っ赤に染まった場所で。
「!!」
「待ってたよ」
人間の血を付け立っていた。
私が周囲を見回すと、倒れている指揮官と仲間の姿が見えた。
「すべて……姉さんがやったのか?」
「思ったより早かったね。止めてくれる子たちがいたから、もう少しかかるかと思ったのに」
「答えてくれ!」
「うん、私が斬ったの。中尉も、この子も」
「どうして……! 思考転換でも起きたのか……?」
「う〜ん、違うかな。私は自由になったの」
「自由? 何を言っているんだ!」
「レンも知ってるよね。私たちは人間を斬れないって制約があるのは。でもねニケを縛るその制約をなくして自由をくれる薬があるの」
「薬だと?」
「そう、薬。多分とっても希少なものだと思う。それでも私にくれたんだ」
「くれた? まさか姉さんが物資を受け取っていた相手からか? 最初から姉さんを利用するつもりだったのか!」
「ううん。違うよレン。あの子は私に生きていて欲しかっただけ。私は何も強制させられていない。これは私の意思」
「それならばどうして! 姉さん……どうしてこんなことをしたのだ! どうして!」
「……」
「分かったと言っていたではないか。ひとまず任務をすると。私の意見を聞くと……そう言ったではないか!」
「うん、そうだったね……」
「ならば何故!」
「……」
「あの時、結局私は……姉さんを説得できなかったのか?」
「……あの時は確かに永遠なんてないって思ったよ。だけど今は信じてる。人類を守り続けて生きるというレンの言葉を」
「なら……」
「でも、ごめんね。私にも譲れないものがある。そのためなら人類の裏切り者にだってなれた」
「……姉さん、これから何をするつもりだ?」
「特に何も。前に言ったよね。私はただ思うがままに生きてみたいって」
「そんなことのために? そんなことのために人間を斬り、仲間を斬ったのか?」
「どうだろうね」
「真面目に答えてくれ! 答えてくれないなら無理矢理にでも聞き出す」
「無理矢理……ね。う〜ん、ならレンが私を斬れたら教えてあげる」
「……何と言った?」
「あの子には生きると言ったから辞めようと思ってたけど、レンが私を斬るならそれにはきっと意味があると思うし」
「私に姉さんを斬れと言うのか? 本気で?」
「知りたいならね」
「私に悪いとは思わないのか?」
「……ごめんね。でも分かって欲しい」
私が姉さんを斬るのか?
たった1人の大切な姉さんを?
「来ないの? 私は人類の敵だよ?」
人類の敵……
「分かった。もはやこの剣に迷いはない。だから姉さんも本気できてくれ」
「……うん、分かった」
姉さんは昔の様に満面の笑みを見せた。
「参るぞ」
「……来なさい」
そうして始まった戦いは互いに相手の剣を熟知していることで拮抗していた。しかし私が姉さんの一瞬の隙をついて剣を上に弾き、コアに剣を突きつける。
「!!」
──だが、あと一歩を踏み込めなかった。
「……やっぱりレンは優しいね」
姉さんの攻撃が顎に当たり、脳を揺らされた私は思わず膝をつく。
「どうしてなんだ……」
姉さんは私の力のない呟きには答えず、花無十日紅を置いて私の百日紅を手に取った。
「ごめんね。次に会った時には必ず説明するから……」
「姉さん……」
「っと忘れるところだった。レン、私が飲んだ薬と同じものが部屋の引き出しにあるの。だから病気の狼さんに会ったら渡してね?」
「何を言って……?」
「きっと直ぐに分かるわ。いい人ばかりみたいだし」
「……」
この時の私には姉さんが何を言っているのか分からなかった。
「それじゃ私は行くね。元気でねレン」
「待ってくれ姉さん……行かないでくれ……」
私の言葉に姉さんは少しだけ振り向いたが、それ以上は何も言わずにそのままいなくなってしまった。
「……分からない。姉さんは最後まで、誰から貰ったのか教えてくれなかった。ただ私を迎えに来る人たちはいい人で、その中にいる病気の狼に薬を渡して欲しいとしか」
「そうか……」
「あの指揮官、話を聞いていると侵食の治療薬があると言っているように聞こえるのですが……」
「そうだ。どういうことなんだ?」
ラプンツェルとレッドフードが指揮官と私を見ながら疑問を投げかける。他の皆も指揮官に注目していた。
「……予言があったと言ったら信じるか?」
「予言ですか?」
「そんな非科学的なものあるわけないじゃないですか」
ドロシーとスノーホワイトは疑っている様だ。
「確かに私も昔なら信じなかっただろう。だが予言は実在する。完全に覚えている訳では無いが……」
そう言うと指揮官は、まるでおとぎ話の様に思える話を私たちに話して聞かせた。
『……』
私たちはその内容に驚愕していた。
「……指揮官、その話はいつ?」
「私が傭兵だった頃だからリリスに会う前だ。その時に手紙として届いた。薬も一緒にな。だが当時は何のことだか分からなくてな。薬も手紙もとっくに処分して手元にはない」
「冗談ですよね?」
「いいや、冗談ではない」
「ガラスの靴、妹、ということは手紙の主はシンデレラのことも知っていた?」
「そうだろうな」
「……シンデレラとは誰のことですか?」
ドロシーの問いにリリスが答える。
「私たちが明日合流する予定の第2世代フェアリーテイルモデルのニケがいるの。その名前がシンデレラなんだけど……指揮官、もしかして他に第2世代フェアリーテイルモデルが完成しているか聞いていたのは……」
「そうだ。赤い靴も完成しているのか確認するためだ」
「完成しているのはシンデレラだけということでしたね……なのに勝利の翼号が巡航速度ではなく、速度を上げて飛行しているのは……」
「私は上層部の言葉を信じていないからな。予言の通りになるなら、もたもたしている余裕はない。シンデレラのいる場所が分かったんだ。なら早くエリシオンの第3ニケ研究所に向かい合流するべきだろう」
「……その今は無くても侵食を治す薬があったってことですよね。ならその薬を探せばレッドフードも助かるんですか?」
スノーホワイトが期待を込めて聞くと指揮官は肯定した。
「可能性はある。いや、予言のことを考えればむしろその可能性が高い。だが誰が送ったのか分からなかった」
「でも紅蓮のお姉さんの話が本当なら、向こうからこちらに接触しようとしてきた」
「そうだ。もしかすると紅蓮の手に渡った薬が最後のものだったかもしれないが、それでも本人に会って薬をどうやって作ったのか分かれば、他に手に入れる方法が見付かるかもしれない」
「良かったですねレッドフード!」
スノーホワイトは嬉しそうにレッドフードを見る。
「ああ、そうか。治るかもしれないんだな……なんで今まで教えてくれなかったんだ?」
「さっきも言ったがリリスと会う前のことだからな。あまり不確かなことで希望を持たせるのは良くないと思ってな」
「別にいいだろ〜不確かでも可能性があるんだから。なあ聖女様、お前の言っていた通り治療法を探していたのは無駄じゃなかったんだな。……聖女様?」
レッドフードの声に皆がラプンツェルを見る。
ラプンツェルは顔面蒼白になっていた。
「赤い靴、レッドシューズ……そんな、まさかそんな……」
「ラプンツェル、どうしたの?」
「……赤い靴はすでにいます」
「なんだと?」
「赤い靴は、レッドシューズはすでにいるんです! 私が侵食された量産型の皆さんを研究所に運んだ時に会ったんです!」
「指揮官!」
「エンジンが焼き付いても構わない! 最大戦速でエリシオン第3ニケ研究所に向え!」
──エリシオン第3ニケ研究所。
「何かあったのですかエイブ?」
「ああ、いや人類連合軍から勝利の翼号が最大戦速でこちらに向かっていると連絡があってな」
「それは……ゴッデスに何かあったのでしょうか。他に連絡はないのですか?」
「ない。だが連絡せずに急ぐ理由がゴッデスにはあるのだろう。シンデレラの調整も急がなければいけないな……手伝ってくれるか?」
「はい、任せてください」
レッドシューズは満面の笑みを浮かべた。
【End】
誤字報告ありがとうございます。