救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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15 別れと願い

 

【Another Side】

 

 砲撃型を主体としたラプチャーの襲撃は何とか退けた。ざっと周囲を見渡すだけでも被害が大きいのは明らかで気が滅入るけれど、リーダー代行を任されている身として現状を正確に把握して対処しなければならない。そう考えてラプンツェルに言う。

 

「状況報告をお願いします」

 

「……量産型のみなさんは、お一人を除いて全員……」

 

「……そうですか」

 

 私たちを信じて残ってくれた方々の犠牲の多さに胸が痛むと同時に、臨時監視所を管理する人手が失われたことにも頭が痛んだ。

 

「それから……食糧倉庫が先ほどの砲撃で……」

 

 さらに悪い情報だ。

 

「!!」

 

「……なんと」

 

 スノーホワイトはもちろん紅蓮も動揺を隠せないほど驚いている。

 

「……何かしら残っているはずです。衝撃で破損した程度なら何とか……」

 

 私は何とか前向きな提案をしようとした。

 

「焼夷弾にやられました」

 

「……」

 

 しかしその提案は最悪の情報ですぐさま否定された。

 

「……全て燃えてしまったのです」

 

「何も残っていないのかい?」

 

「……」

 

 紅蓮の質問にラプンツェルは答えない。

 

「ほほう。まったく。2ヶ月間、空腹に耐えねばならぬのか」

 

 ラプンツェルが否定したくて口にしなかったであろう言葉を紅蓮は口に出す。

 

「……ひとまず食べられる物は全て確保しましょう」

 

「私は警備にあたる」

 

 とにかく落ち込んでいるだけでは何も解決しないのだからと再度提案したけれど、スノーホワイトの発言により出鼻を挫かれた。

 

「スノーホワイト。今、大事なのは……」

 

「先に発見したからこの程度で済んだんだ。発見が遅れていたらどうなっていたか分からない」

 

 食糧の確保が優先されるべきだと言おうとしたが、スノーホワイトは被せる様に言葉を返す。彼女の指摘も一理ある以上、私には説得が難しく思えた。

 

「……分かりました。お願いします」

 

「……ん? これは……?」

 

 紅蓮の声に振り向くと彼女は足元に落ちている袋を拾っていた。少し期待したけれど残念ながら袋の中身は種の様で、紅蓮も流石に食べても然程意味が無いし、使い道が無いと判断してか何の気なしに種を周りに蒔いていた。

 

 

 

 

 ──1時間後

 

 3人で臨時監視所内を探した。兵舎内にある犠牲となった量産型のみなさんの個人ロッカーなどを含めて全てを徹底的に。

 

「見付かったのはこれだけですね」

 

「プロテインバー10個、ビスケット2箱、ポテトチップス3袋……今の人数なら2食分といったところかね」

 

 紅蓮の言う通りこれだけでは2ヶ月分の食糧には到底足りない。

 

「おぉ、そういえば酒の倉庫はどうなっている?」

 

「それは無事です」

 

「不幸中の幸いだな」

 

「……」

 

 しかしお酒だけではお腹は膨れない。何とかしなければ……。

 

「この周辺には人間が沢山いましたよね?」

 

「そうだな。臨時キャンプ場がそれなりにあったはず」

 

 確認すると紅蓮が肯定してくれた。

 

「そちらに行ってみます。食糧が残っているかもしれません」

 

「ふむ。あまりいい結果は期待できぬが……何もしないよりはいいだろう。私も共に参ろう」

 

「いいえ。私1人で行きます。紅蓮はラプンツェルと一緒にここを守ってください」

 

「リーダーが単独行動とは、何を言っているのだ?」

 

「そうですよ。いっそ私が……」

 

 私が断ると紅蓮はもちろん、ラプンツェルもまた私が単独行動することに難色を示した。しかし私はリーダー代行として率先垂範しなければいけない。それに、

 

「リリスなら、そうしたはずです」

 

 私はリリスに代行を任されたのだから。

 そして何よりも、

 

「……量産型のみなさんを、よろしくお願いします」

 

 私が彼女たちに言ったのだ。

 アークを守るために"力を貸して(死んで)"欲しいと。

 そんな私に哀悼する資格など無いだろう。

 

「分かりました……ですが何かあったら、すぐに信号弾を撃ってください」

 

「はい。ご心配なく」

 

 そう告げて移動しようとした時に誰かが近付いてきた。

 

「あの……」

 

「ピナさん……もう大丈夫ですか?」

 

「はい大丈夫です。先程はごめんなさい聖女様」

 

 最後の生き残りの量産型だった。ラプンツェルは覚えていた様だけれど、命を捧げて欲しいとお願いした立場の私が名前すら覚えていなかったことに自己嫌悪する。そもそもラプンツェルはどうやって同じ顔の彼女たちを見分けていたのだろう? そんな疑問が浮かぶが彼女をしっかりと観察して納得した。なるほどネックレスをつけている。

 

「いえ、大丈夫ならいいのです。それで何かあったのでしょうか?」

 

「あっ、はい。これを渡しておこうと思いまして」

 

 そう言ってピナは肩に掛けていたバッグを下ろすと中身を見せた。

 

「これは……」

 

 バッグには保存食が詰め込まれていた。

 

「ほほう、3日分くらいはあるね。君、これはどこで?」

 

 紅蓮が中身を検めて尋ねる。

 

「私ともう1人で食糧庫から塹壕の退避スペースに移しておいたものです」

 

「事前に?」

 

「はい。ですが砲撃の影響で崩れてしまったので掘り起こすのに時間が掛かりました。ごめんなさい」

 

「いや助かるよ。だが何故食糧を移動させようと思ったのかい?」

 

 結果的には助かったけれど、私も紅蓮と同じくその理由が気になった。

 

「それはえっと……」

 

「……意地悪な質問をしたね。忘れてくれ」

 

 ピナが視線をアークの入口がある方に泳がせて言い淀むと、紅蓮は理由を察してそれ以上は聞かなかった。

 

 私も釣られてアークの方を見てから首を横に振る。

 私たちはゴッデスだ。そんなことはあり得ない。

 

「少しでも猶予ができたのは幸いですが、やはり足りません。なので私はこのまま臨時キャンプ場に向かいます」

 

 もっと移してくれていればと思わなくはないけれど、3ヶ月分の食糧から2ヶ月分を勝手に移動するなどできるはずがないのだから、探しに行く必要があったことに変わりはないだろう。

 

「私も一緒に行っていいですか? 荷物運びくらいはできますよ」

 

「え? いいえ、駄目です。危険ですから。ラプチャーが待ち伏せしているかもしれませんし……」

 

 予想外の提案に面食らって思わず否定した後から理由を話す。

 

「今まで危険では無いことなんて何かありましたか?」

 

「……」

 

 しかし続くピナの言葉に何も返せなかった。彼女の言う通りだ。ここが危険でないのなら、彼女の仲間も死ぬことは無かったのだから。

 

「ごめんなさい言い方が悪かったです。ただ……何かできることをしたかっただけです」

 

「ピナさん……」

 

「そのために私達がいるんですよ。雑用係です」

 

「そんなこと……」

 

「冗談です。ですが私も皆様と同じ境遇におかれています。だからこそ分不相応かもしれませんが、一緒に危機に立ち向かいたいんです」

 

 ラプンツェルがピナの自虐的な物言いに否定しようとしたが、冗談だと誤魔化されてしまった。

 

「……ドロシー」

 

「……分かりました。では、お世話になります」

 

 私はラプンツェルの懇願に折れた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 

 ──アークの入口付近、臨時キャンプ場

 

「空きが出ればラプチャーに怯える必要の無い場所で暮らせるかもしれない。そんな最後の希望を胸に皆此処まで逃げてきたのですよね」

 

 臨時キャンプ場に着き、生活感の残る辺りを見回してピナは言った。

 

「そうですね。ですが実際には欠員が出てもアークに入れたのは候補者リストの次の人です。そしてそのことを知り、ここで生活していた人々の希望が絶望に変わるまで、そこまで時間は掛かりませんでした。希望が幻想だと知った人々は、いとも簡単に壊れてしまったのです」

 

「ドロシー様……」

 

 ピナは私を心配そうな目で見つめていた。

 

「心配しなくても大丈夫です。私たちには帰る場所がありますから」

 

「……食べ物を探しましょう」

 

 そう言うとピナは近くのテントを開ける。

 開けた瞬間、かび臭さと薬品の臭いが広がった。

 

 テントの中には男女が静かに互いを抱きしめ合った状態で横たわっている。

 

「何も無いみたいです。次に行きましょう」

 

 手を合わせてからテントの内部を素早く確認してピナは言った。

 

「……平気……なのですか」

 

 私にはその動作がとても手慣れたものに思えた。

 

「平気……ではないですが大丈夫です。戦争なんです。もっと酷い状態の遺体は幾らでもありましたから」

 

「……」

 

 勝利の翼号で移動して人々を助けていた私たちと違って、ピナは戦場を歩いてきたから慣れたのだと理解した。

 

「テントの中は私が確認するので、ドロシー様は周りを確認してください」

 

「いえ、私もテントの中を……」

 

 突然の役割分担の提案に驚いたけれど、ピナにだけ大変な思いをさせる訳にはいかないと断る。

 

「ドロシー様、遺体を見ることに慣れていないでしょう?」

 

「……」

 

 図星だった。

 

「誰にでも得手不得手はあるんですから無理する必要なんて無いんです。実際に私はゴッデスの皆様の様には戦えません。なので、こういうこと位は任せてください」

 

 ピナの言葉は正しい。

 役割分担はそのために行うのだから。

 しかしリリスならどうしただろうか。

 

「でも、やります。やらせてください」

 

 きっとリリスならリーダーとして逃げないはずだ。

 

「……分かりました」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

 ──アークの入口、臨時監視所

 

 紅蓮も持ち帰った缶詰を喜んでくれた。とりあえず今日はピナが移してくれていた正規の食糧を残しておける。しかしラプンツェルには私が疲弊していることを見抜かれてしまった。

 

 リーダーとしてもっとしっかりしなければ。

 

「ううっ……!」

 

 先程の光景がフラッシュバックする。

 

 

『……此処は飛ばしましょう』

 

『何故ですか? 全部確認するべきです』

 

 最初のテント開けてから嗅覚センサーをオフにしていた私は、ピナが飛ばそうとした理由に気が付かなかった。

 

『ドロシー様、いけません!』

 

 触れたテントが少し湿っぽいことにも違和感を覚えずに開けてしまった。

 

『うっ!』

 

 テント内には半ば液状の黒いナニカがあった。

 

『これは……何ですか……?』

 

『……人間です』

 

『これが……? どうして……』

 

『脳しか生体部品が無いニケとは違うんです。遺体は放置されれば、やがて腐敗してこうなります。ドロシー様、次に行きましょう』

 

『はい……そうしましょう』

 

 

「カハッ、ゴホゴホッ!」

 

「ふぅ……! ふぅ……!」

 

 吐いてはいけない。

 貴重な食糧を無駄にしてはいけない。

 

 

 

 ──2週間後

 

「……昨日に引き続き、今日も何も見付けられませんでした」

 

「ごめんなさい。隅々まで探したのですが、本当に底を突いた様です」

 

 私の言葉にピナも続ける。4日間何も見付けられず、ピナが移していた食糧も昨日までに食べ尽くしており、既に何も残されていない。紅蓮とラプンツェルの失望が伝わってくる気がした。

 

「……アークとはまだ連絡が付かないのかい?」

 

「……はい。ずっと試みてはいます」

 

 紅蓮の問い掛けにそう答えるしか無いのが嫌だった。その後も繰り返される紅蓮からの問いに全て同じ様に答えた。臨時監視所の設備の多くが機能を喪失したことも、私たちの現状についても全てアークへの報告済みだと。

 

「……君の希望を踏みにじるようで、今まで黙っていたのだが、この状況を考えるとアークは私たちを……」

 

「やめてください」

 

 それだけは認める訳にはいかない。認めてしまえば、私は私たちはキャンプ場の人々の様に……。

 

「まだ通信が繋がっていないだけです。だから、私を信じてください」

 

 しかし駄目だった。私自身が自分に言い聞かせなければならない程に疑念を抱いていたのだから、紅蓮を納得させることなどできるはずもなかった。

 

 そして耐えられなくなってお祈りに行こうとしたラプンツェルも貶してしまった。話し合いの場にスノーホワイトを呼ばないのは彼女の言う通り間違っていたのに。私も落ち着こうとはしたけれど、紅蓮が飲酒していることに気が付いて激昂してしまった。

 

 これからの方針を考えなければいけなかったのに、みんなを冷静に導くべきリーダーである私自身が、場の空気を話し合いが到底できないものに変えてしまった。

 

「……私はゴッデスの皆様がこんなことで争う姿は見たくありません」

 

 ピナが声を上げる。

 

「私たちは君の見世物ではない」

 

「いいえ、見世物です」

 

「言葉を選んだ方がいいのではないかね?」

 

 紅蓮はピナの物言いに少し不機嫌に返した。

 

「人類の希望。勝利の女神。貴女方が自分自身について、どう思っていようとも人類の象徴であることに変わりはないんです。私も、私達もそんな貴女方に憧れています。だからずっと夢を見させてください。争わないでください。争うなら私達がいない場所でお願いします」

 

「そんな事情を汲んでやれるほど私たちに余裕はないのだよ」

 

「いいえ、無くても作ってください」

 

「君、いいかげんに……」

 

「私達は貴女方の隣で戦いたくて志願したんです。こんな姿を見るためにいたんじゃありません。亡くなった仲間達が天国でも誇りに思える様にしてください。お願いします」

 

「……」

 

 私は何も言えなかった。

 

「……私は先に休みます。何かあったら呼んでください」

 

 ピナはそう言い残して去っていく。

 

『……』

 

 私たちはその背中に何と声を掛けていいのか分からなかった。

 

「少し……休みましょう」

 

 私が言えたのはそれだけだった。

 

 

 

 ──アークの入口付近、大切な人の眠る場所

 

 私は石棺の中に横たわる女性を見つめた。

 

「……リリス、正直に言うとリーダーという役目がここまで難しいとは思っていませんでした。あなたの様に適切な状況判断を下して、みんなと仲良く過ごせばいいだけだったはずなんですから」

 

 あの日連絡された場所に迎えに行ってから、あなたが亡くなるまでの間、リーダーがどうするべきか側でずっと教わったはずなのに。

 

「……どうすれば、この状況を打開できるのでしょうか」

 

 リリスは、死者は応えてくれない。

 

「周りを信じて頼ってみてください」

 

「……ピナ? どうしてここに……」

 

 いつの間にかピナが来ていた。

 

「私も時々此処に来るんです。上手くいったこと、いかなかったことを振り返るために。まあ今はドロシー様に付いてきただけですが……」

 

「それはどういう……」

 

「ドロシー様、何故誰かを頼らないのですか?」

 

 ピナの言葉の意味が気になったけれど、先に疑問を投げ掛けられた。

 

「……さあ、他人がやるより私がやった方が早くて確実だから? だから……誰かに泣き言を言うのが嫌なのです」

 

「なるほど。ドロシー様は何でも要領良くこなせそうですから、これまではそうなっていたのも仕方無いことかもしれませんね。ですが今は違います。なのに何故ですか?」

 

 確かに私は今できていない。なのに頼らないのは何故だろうか。

 

「……私は……頼み方を知りません」

 

「なら答えは簡単です。たった一言"手伝ってください"と言うだけで良いんです」

 

「……それが役に立つのですか」

 

「はい、それだけできっと伝わります」

 

 ピナはそう微笑んで言った。

 

 

 

 ──アークの入口、臨時監視所

 

「ドロシーか。特に問題はないが、何か命令でもあるのか?」

 

「スノーホワイト、少し下りてきてくれませんか?」

 

 少し緊張しているのを感じる

 

「私は警備にあたら……」

 

「手伝ってください」

 

「……?」

 

「私を手伝ってください。スノーホワイト」

 

 スノーホワイトはすぐに私の前に飛び降りてくれた。

 

「言ってくれ。何をすればいい?」

 

 私は何もかも足りない現状を話した。

 

「分かった。私が解決する」

 

 私の頼みを聞くとスノーホワイトは、私を激励してから臨時監視所の外に向けて歩き出す。

 

「あっ、スノーホワイト」

 

 スノーホワイトがまだ何かあるのかとこちらを振り返る。

 

「ありがとうございます」

 

「こちらこそ」

 

 今度こそ彼女は外に出て行った。

 ピナの言う通りだった。たった一言だけで良かった。

 

 

 

「ドロシー様、スノーホワイト様がいません。何か知っていますか?」

 

「スノーホワイトは周辺で使えそうなものを探しに行っています」

 

 ピナの疑問に私がそう答えると、彼女は安心した様に見えた。

 

「無事に頼めたんですね」

 

「はい。ピナ、あなたの言う通りでした。それに私たちが人類の希望、勝利の女神というのもそうです。私たちゴッデス部隊は常に人類の前に、みなさんの前に、勝利の象徴として堂々と立たねばならないのですから」

 

 だからこそ何時までも現実逃避していることはできない。

 

「行くのですね」

 

「はい、あの2人を起こしに行きます。一緒に行きますか?」

 

 本心では一緒に来て欲しいと思っていたけれど。

 

「はい、ドロシー様が良いのなら一緒に」

 

 選択を任せてもピナは一緒に行くことを選んでくれた。

 

「もちろんです。私たちが崩れゆく姿を見て胸を痛めてくれたあなたに、立ち上がる姿もお見せしないと。私たちだけを見つめて残ってくれたあなたに、見ていて欲しいのです。私はずっとピナの、みなさんの憧れでいたいから」

 

 

 

 ──アークの入口付近、お墓場

 

「この手を掴んで立ち上がってください。生きている私の手を。いい時も悪い時も、私が一緒にいます。私たちはゴッデスじゃないですか」

 

 私は死者に引っ張られているラプンツェルにお願いした。死者に囚われないで欲しい、生者を裏切らないで欲しいと。そしてラプンツェルは分かってくれた。最後に祈りを捧げてから、私の手を取り立ち上がる。

 

「ありがとうございます。ドロシー」

 

「……私こそ、ありがとうございます。ラプンツェル」

 

 

 

 ──アークの入口、臨時監視所

 

 とっくにお酒を呑み尽くして、水をお酒と偽り酔ったふりをする紅蓮と、水を呑み交わして尋ねた。

 

「どうしてお酒を飲むのですか?」

 

 紅蓮は答えた。姉との別れと私たちとの出会い。仲間たちのために戦い続けてきたこと。そして目標を達成したのに、終わらない戦いのこと。

 

「だから、少し休みたかったのだよ」

 

 そう紅蓮は言う。

 

「たくさん休めましたか?」

 

「ああ、たくさん休んだ。だから、また立って戦わねば」

 

 紅蓮もまた立ち上がることを選んでくれた。

 

 

 

 ──数時間後

 

「……ふぅ」

 

「……何かね? これは」

 

「……何ですか?」

 

「この付近を捜索して見付けたものだ」

 

 戻ってきたスノーホワイトの荷物をみんなで見つめる。紅蓮はお酒に真っ先に目が行き、ラプンツェルが気にした袋には鹿が入っていた。

 

 その鹿について下処理の方法が分からないと言うスノーホワイトに対して、適当に齧れば良いと返す紅蓮を私が否定すると、ピナが下処理の方法を知っていると分かった。

 

「私も昔教わったんです。その時にも食べましたが、絶品とはいかなくても、なかなか美味しいですよ」

 

「ほほう、それは楽しみだ」

 

 ピナの言葉に期待する紅蓮だが、ラプンツェルはそもそもスノーホワイトの行動が気になる様だ。

 

「警備をしていたはずでは……何故急にこんなことを? もちろん、とても嬉しいですが……」

 

 そう言うラプンツェルに私が説明する。何よりもまず私たちが生き残らなければならないことを。そして人間らしくある為に何かをし続ける必要があることを。

 

「みんなですべてのルートを確認した後、分担を決めよう」

 

「はい、みんな一緒に動きましょう」

 

 スノーホワイトの言葉に私はそう返した後でピナを見ると、何かを考え込んでいる様だった。

 

「ピナ、どうかしましたか?」

 

「いえ、ただ臨時監視所に誰もいなくなっても大丈夫なのか考えていただけです」

 

 ピナは心配しているらしい。

 

「スノーホワイト、ルートをすべて回るのにどれ位かかりますか?」

 

「見るだけなら、それほどかからない。半日あれば十分だろう」

 

「たった半日なら、ここを空けてもアークの入口までたどり着かれることは無いですね」

 

 もう一度ピナの様子を確認する。それでも不安は払拭されない様だ。

 

「ふむ、不安なら仕方がない。では、私たちだけで行くとしよう」

 

「そうだな。明日もう一度、2人にルートを教えよう」

 

 紅蓮が助け舟を出し、スノーホワイトも同意した。

 

「……はい、よろしくお願いします」

 

 私はそう言って3人を見送る。

 

「……」

 

 ピナが離れていくみんなの背中を見る目には、私と一緒に臨時監視所に残ったにも拘らず、不安が残り続けていた。

 

「……ピナ」

 

「あっ、はい。何でしょうドロシー様?」

 

「鹿の下処理ができると言っていましたよね? やってみましょうか」

 

 私は何かをしていればピナの気が紛れるかと思って提案した。

 

 

 

 ──1時間後

 

「これで終わりです。どうでしたか?」

 

 ピナは私に手順を説明しながら鹿を捌き終えて感想を聞いてきた。

 

「……難しくは……なさそうですが……私には……できそうもありません」

 

「そうですよね。私も初めて捌く様子を見た時は我慢するのが大変でしたから」

 

 ピナは苦笑いをして話す。

 

「ですが、できないことがあっても良いんです。多くの人は互いに足りない部分を補い合って前に進んでいるのですから」

 

「ふふ、そうですね」

 

 少しの間私たちは笑い合った。

 

「……ピナ、見苦しいところをお見せましたね」

 

「……」

 

 ピナは黙って続きを待っている。

 

「勝利の女神だの、人類の希望だのと言っていたくせに絶望したまま何もせずにいましたから」

 

「ドロシー様……」

 

 少し心配そうに私の名を口にした。

 

「未来が見えなかったんです。楽園だと思っていた場所に私たちの声は届かず、沈黙の楽園を、ただ黙々と守るだけでしたから。考えてみると悔しくて。まるで片思いみたいで。それで、優先順位から排除しました。まずは私たちが生き残らないと、楽園を守ることはできないでしょう?」

 

「そうですね」

 

 私を見つめながら同意する。

 

「私たちは生き残ります。そしてこの足でアークに戻ります。お祝いとねぎらいの言葉を聞き、敬意を表されながら、花道を笑顔で歩くでしょう」

 

 続く言葉を言う前に緊張で口が乾く様に思われた。

 

「その時、あなたが隣にいてくれたら嬉しいです。ピナ」

 

「……はい」

 

 私が喜びに浸った瞬間、ピナが急に外の方を見た。

 

「……?」

 

「ドロシー様、敵襲です」

 

 そう言って彼女は駆け出した。

 

「待ってください」

 

 私も追い掛けて外が確認できる位置まで移動すると、厚い雲と共にラプチャーの群が近付いてくるのが見えた。

 

「……しばらく襲撃がなかったのはこのためだったの……?」

 

 ピナを見ると信号弾を撃つ準備をしている。

 

「ドロシー様、ご指示を」

 

 その様を見て私は動揺を抑えた。

 

「……ピナは信号弾を撃ったら隠れてください。絶対に出てこないように」

 

「……ドロシー様は?」

 

「応戦します」

 

「1人で大丈夫ですか?」

 

「はい、心配はいりません。今の私なら、何でもできそうな気がするのです。だからピナは見守っていてください。そして私の存在を、その目に刻みつけるのです」

 

「……分かりました。ご武運を」

 

 そう言って離れていくピナを横目にラプチャーへと向かう私の足は軽かった。

 

 撃つ。

 

 いつも通りのはずなのに、遥かに簡単にラプチャーが沈黙する。

 

 撃つ。

 

 変わらないはずなのに、ずっと多くのラプチャーが沈黙する。

 

 しかし繰り返していると弾が尽きた。

 

 キィィィィィィ────

 

 そんな私を見て好機だとばかりにラプチャーは集まってくる。集まってきたそれらを私が蹴ると、後続のラプチャーも巻き込んで吹き飛んだ。

 

「ふふ」

 

 何故か分からないけれど笑っていた。

 

 思い返せば紅蓮に体を使うのは野蛮だと言っていた私が、こうしてラプチャーを素手で倒しているのが可笑しかったのかもしれない。

 

 舞う様に手を振るうとラプチャーが裂けた。

 踊る様に足を振るうとラプチャーが潰れた。

 

 昨日までだったら苦戦したはずなのに、今日はまるで苦にもならなかった。

 

 まるでリリスになれたかの様に思えるほどに。

 

 気が付くと周囲に生きているラプチャーはいなくなっていた。

 

「状況終了」

 

 そして臨時監視所に戻り声を掛けた。

 

「ピナ、見ましたか? 私を」

 

 返事が無い。

 

「……?」

 

 不思議に思って耳を澄ますと銃声が聞こえる。

 

「……!」

 

 音の聞こえる方に急いで行くと、ピナが大きなラプチャーと向かい合っていた。

 

 心配したけれど大きな怪我は無い様だ。そしてそれだけじゃない。向かい合うラプチャーは既に虫の息といった有り様で、量産型の彼女がたった1人で勝利したことを意味していた。

 

「ピナ!」

 

 私は歓喜を抑えられずにピナに声を掛けて近付く。

 

「!!」

 

 振り返る彼女の顔は驚きの表情だった。

 

「ドロシー様、駄目です!」

 

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

 ピナが突然私を押し倒した。

 その背後から棘の様なものが辺りにばら撒かれた。

 

「ドロシー様、無事ですか?」

 

 ラプチャーは沈黙している。最後の足掻きだったのだろう。そしてその攻撃は私には届かなかったけれど、ピナの背中には複数の棘が刺さっていた。

 

「ピナ……?」

 

 私の無事を確認するとピナはゆっくりと私から離れた。

 

「結局こうなってしまうんだね。やっぱり私では駄目だったよ。貴女が生きていてくれたら良かったのに……」

 

「何を言って……?」

 

 独り言の様に喋った後で、こちらに向き直る彼女の目は赤く染まっていた。

 

「そんな……いえ、大丈夫です! きっと良くなりますから!」

 

 自分が何を言っているのか分からなかった。

 

「ごめんなさい、ドロシー様。私は此処までの様です。貴女と出逢えて、共に戦えて本当に良かったです」

 

 彼女の手には自決用拳銃が握られていた。

 慌てて私の拳銃を確認するとホルスターは空だった。

 

「あっ……待ってください! そうだ治療薬! ピナ、侵食は治せるんです! どこかの研究所には薬が残っているはずなんです! だから待ってください!」

 

 私は懇願することしかできなかった。

 

「……ドロシー様、私のことは忘れてゴッデスの皆様と仲良く生きてください。憎しみに囚われないでください」

 

「待って!」

 

「さようなら、どうかお元気で」

 

 銃声が響き渡った。

 

【End】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──砲撃型ラプチャーの襲撃があった日、塹壕

 

「どうして……」

 

 私がピナに覆い被さって守っていた筈なのに、最後の瞬間、ピナが逆に私を押し倒していた。その結果、彼女の右腕はもげ、コアも損傷している。

 

「何故……こんなことに」

 

「エリカ……」

 

 弱々しいがピナは声を出した。

 

「ピナ! 直ぐにラプンツェル様を呼んでくるから!」

 

 そう言って立ち上がろうとする私をピナは掴んで引き止めた。

 

「無理ですよ。私自身が1番分かっています……」

 

「……どうして私を庇ったんだ」

 

 私は掴むピナの手に逆らわず座り込んで尋ねた。

 

「あなたに死んで欲しくなかったから」

 

「別に死ぬつもりなんて……」

 

「嘘」

 

「……」

 

「前に言ったよね? あなたの表情は分かりやすいって」

 

「前? まさか……思い出して……?」

 

 ピナは静かに頷く。

 

「エリカにはいつも助けられてばかりだった。なのに私は何も返せなくて、どうしたらいいのかずっと考えていました。だけど思い付かなくて、でも生きていて欲しかった……だから」

 

「だから、こんなことを?」

 

 ピナはまた頷いた。

 

「違う、違うんだよピナ!」

 

 そんなピナを見て耐えられなくなった私は全てを話した。貴女が助けられたというのは私の努力によるものでは無く、前世の記憶と神か何かに与えられた力に過ぎないものであることを。何度も何度も折れそうになった時に側にいてくれた貴女のおかげで今まで生きてこられたことを。懺悔するかの様に。

 

「そうだったんですね。ですが、それがどうしたというのですか?」

 

「だから私に何か返す必要なんて……」

 

「エリカ」

 

 ピナは抑えられない涙で濡れた私の頬に手を添えた。

 

「あなたに限らず、生まれた時の環境や、与えられる才能は平等ではないんです。大事なのはその才能で何をするかです。そしてエリカ、あなたは私達を助けるために使い続けてくれました。それに感謝するのはそんなにおかしなことでしょうか?」

 

「……」

 

 私は何も言えなかった。

 

「生きてください。難しいかもしれませんが幸せに……」

 

 彼女は目を閉じ、その手は私から離れて力無く落ちた。

 そして2度と目を開けることは無かった。

 

 涙を拭いて地面に手を付くと何かが触れる。見るとそこにあったのはピナのネックレスだった。

 

 私がそれを手に立ち上がると丁度ラプンツェルが此方に来るところだった。ラプンツェルは私達を見付けると直ぐにピナの状態を確認して少しだけ祈ってから私を見る。

 

ピナ(・・)さんは大丈夫ですか?」

 

 一瞬、何故そう呼ばれたのか分からなかった。

 だが直ぐに理解した。見ると私のネックレスはピナの手に引っ掛かっている。そしてピナのネックレスは私の手からぶら下がっていた。

 

「ピナさん?」

 

「はい、大丈夫です。ただ私みたいな量産型の名前を聖女様が覚えていることに驚いただけです」

 

「……仲間なんですから当然です。その……落ち着いたら臨時監視所に戻ってください」

 

 そう言い残してラプンツェルは臨時監視所へと先に戻って行った。

 

「……」

 

 少なくとも貴女の代わりにゴッデスを前に向かせなきゃいけない。貴女もきっと悲しむし、何よりも貴女にもう一度会えたときに胸を張れる様に。

 

「ピナ」

 

 幸せを今考えるのは難しいけど生きてみるよ。

 

 私は心の中でそう決意を言葉にした。

 





 遅れて申し訳ございません。
 
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