救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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 3周年イベントストーリーは読まれましたか?
 とても惹き込まれる内容でしたが、あまりにも犠牲が大きく絶望的な結末だったので、せめてエピローグには多少の救いがあることを願います。



16 そして私は

 

 銃口を咥えて自決用拳銃の引き金を引く。

 

 拳銃は正常に動作し、込められていた最後の弾丸は私の上顎を貫き脳髄を吹き飛ばした。

 

 痛いのか、痛くないのか、よく分からなかった。

 

 現実には数秒も掛からないで地面に倒れただけなのに。

 

 ただ私自身が何処までも遠く深い場所へと落ちて行くかの様に思われた。

 

 くるくると。

 

 生まれ変わってから、本当に色々なことがあった。良かったことも、悪かったことも、その1つ1つがまるで奇跡の様に思える。そして大切で守りたいモノが沢山できた筈なのに、掌からは零れて無くなってしまった。

 

 ゆらゆらと。

 

 貴女は最後の瞬間まで心配してくれた。なのに、ごめんなさいピナ。貴女に"生きて"と言われたのに結局こうなってしまった。それに貴女は"幸せに"と言ってくれたけど、思い返せば人だった頃も、ニケになってからも、時には辛いこともあったけれど、貴女が側に居てくれるだけで幸せだった。そんな簡単なことに漸く気が付いた。

 

 ふわふわと。

 

 この世界の行く末を知った時から貴女を助けたかった。なのに、ごめんなさいドロシー。考えて、考え抜いて行動した筈なのに、空回りするばかりで全然上手くできなかった。笑顔で過ごして欲しかった貴女を、結局泣かせて傷付けてしまった。

 

 何処までも、どこまでも。

 

 ゆっくり、ゆっくり。

 

 とおく、ふかく。

 

 おちていく。

 

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「……?」

 

 此処は何処だろう。何故生きているのだろうか。

 

 どう足掻いても避けられない終わりの筈だったのに、覚めることのない筈の旅路から目覚めたことで、私は困惑して周囲を見渡す。

 

 暗くて余りよく見えないが洞窟だろうか。目覚めた場所は奥まった岩の隙間といったところだが、光が漏れている方向がある。そして足元を確認するとふかふかの苔があり、私はその上に寝ていた様だった。

 

 周りを確認しても状況が全く分からない。そのため私はとにかく明るい場所に向かおうと考えて、岩の隙間から這い出し移動する。そしてその先の光景に圧倒されて固まった。

 

 ただただ綺麗で神秘的な光景だった。とても広い空間で奥には澄んだ湖があり、手前の地面は苔で覆われて緑の絨毯の様に見える。そして壁や天井からは緑色の水晶の様な鉱物が生えており、ほんのりと輝いて辺りを優しく照らしていた。まるで私自身が晶洞の中に迷い込んだかの様に思われる程に不思議な場所だった。

 

 私は誘われる様にふらふらと岩壁に生える水晶に近付いて触れる。

 

 温かい。

 

 冷静に考えれば不用意に知らないモノに触るべきではなかったかもしれない。光の色は異なるし透明度も高いこれが同じモノだとは思えないが、外的要因が無くても光って見えたりする温かい鉱物といえば、私が知っているのは放射性物質だったから。

 

 しかし理性ではなく感情が目の前の水晶を安心できるモノだと言っている気がした。そうして触れていると徐々に思考が明瞭になり、漸く今の状況を理解する。

 

 此処が何処なのかはまだ分からないが、私はまた生まれ変わったのだと。

 

「……」

 

 水晶の光の中で改めて私自身の体を確認する。恐らく体全体の色が白で、手足は比較的短く、周りの物が極端に大きいのでなければ身長も低い。どれ程甘く見積もっても人間では無い謎生物なのが明らかだった。

 

 私は水面に映してもっとよく観察しようと考え、深く青い透き通った湖に近付き覗き込む。そんな私を水面から見返したのは桃色の髪をした可愛らしくも何処かふてぶてしさを感じさせる顔だ。

 

「Doro!?」

 

 驚きのあまり声を上げたが、それによりまた1つ新たな事実に気が付く。

 

「Doro?……DoroDoro!!」

 

 言葉が話せない。何を喋ろうとしても、全ての単語が"Doro"として発音される。それでも諦めずに何とか他の音を出せないか四苦八苦して試したが、漸く出せた音は言葉では無かった。

 

「にゃ〜ん」

 

 私の黒歴史に新たなページが追加された瞬間だった。出勤前の練習を聞かれていた何処かのツンデレメイドのアルバイターとは違って、周囲に誰もいないのが幸いではあるが、それでも恥ずかしさのあまり転げ回る羽目になった。

 

 しかしDOROは犬では無く、猫だったということだろうか。そんな益体も無いことを考えて心の安定を図りながら、再度水面に映る私自身を観察する。すると、私の首に何かぶら下がっていることに気が付く。掴んで引っ張ってみると首に掛かっていた紐はゴムの様によく伸び、紐の先に付いているモノを直接確認することができた。

 

 付いていたのは巾着だった。振ってみても音がせず軽い。中身が無いことを少し残念に思いながらも、一応紐を緩めて中を見る。

 

「Doro?」

 

 中は真っ黒で何も見えなかった。角度の問題かと思い位置を変えてよく光が当たる様にしても、やはり真っ黒で本来あるべき袋の底が見えない。

 

 流石にいきなり手を入れるのは躊躇われたので、近くに落ちていた小石を拾い入れる。小石は暗闇に飲まれて見えない。巾着の重さも変わらず、逆さにして振ってみても小石は落ちてこない。

 

「……Doro!」

 

 私が意を決して手を入れてみると、暗闇はまるで液体の様な感触だった。そして指先に触れた小石を取り出して調べる。小石に変化は無い。また小石も手も濡れていなかった。

 

「……」

 

 再度手を入れてみると、他にも何種類かの食べ物が元々入っていたことが何となく伝わってくる。それを意識して手を動かすと、小石と同様に指先が触れて取り出せた。

 

 出てきたオレンジをよく観察してから皮を剥き食べる。みずみずしく甘味の中に僅かな酸味があり、過去に食べたどのオレンジよりも美味しかった。そして少しお腹が膨れたことで元気が出て現状確認以外にも意識を向ける余裕ができた。

 

「Doro」

 

 臨時監視所へ行かなければ。

 

 私の現状をどう説明したら良いのか分からない。しかしそれでも行って確かめなければならない。謝らなければいけない。そう考えて注意深く周囲を観察すると空気の流れを感じる。その感覚に従って広間を出て走ると、直ぐに洞窟の外に出られた。

 

 走る。

 

 道標を見付けた。掠れて文字は読めないが形状から行くべき方向を決める。

 

 走る。

 

 街が見えてくる。生まれ変わったこの体は、とても身体能力が高く風よりも速く走れる気がした。

 

 走る。

 

 辿り着いた街の景観には何処か違和感があるけれど見覚えのある場所だった。陽動作戦が失敗して軌道エレベーターから逃げた際に、ピナと一緒に隠れながら通り抜けた街だ。

 

 走る。

 

 ラプチャーが道路の真ん中で道を塞ぐ様に立っている。苛立った私は走りながら足元の瓦礫を拾い、ラプチャーに向けて思いっ切り投げつけた。

 

「Doro!?」

 

 投げた瓦礫は空気を切り裂いて飛び、何の抵抗も無いかの様にラプチャーのコアを貫いた。予想外の出来事に驚くが足は止めない。原因も結果も後で詳しく調べれば良いことだ。

 

 走る。走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナカナカナ……

 

 ひぐらしの鳴き声が夕暮れの空に響き渡る。

 

 夕陽に照らされて真っ赤に染まった周囲にそれ以外の音は無い。

 

 前はあんなに時間が掛かったのに、今日は此処に来るまで僅か数時間しか掛からなかったことが意味も無く不思議に思えた。

 

「……」

 

 誰もいない臨時監視所を歩く。

 

 私がいた頃とそんなに変わらない。

 

 しかし、私がいた時には壊れていた設備が修理されていることや、恐らく料理をするために着けたであろう焚き火の痕跡が、此処で皆が生きていたことと過ぎ去った時の流れを感じさせた。

 

 崩れかけた兵舎にある私のロッカーを漁る。残されていたのは塹壕掘りに使っていた折り畳み式の軍用シャベルだけで、基地から持ち出した星屑部隊の写真は無い。

 

「……」

 

 次にリリスのお墓を確かめる。

 

 壊された石棺が残るのみで他には何も無い。

 

 スノーホワイトは既に思考転換を起こしたのだろう。

 

「……」

 

 最後にピナが私として埋葬されているお墓場まで来た。

 

 ピナのお墓の隣に1つ増えているのが私のお墓なのだろう。

 

 私のお墓にも、ピナのお墓にも私達の使っていたネックレスは掛かっていない。

 

 元々ピナが使っていたネックレスはドロシーが持ち去ったのだろう。しかしピナのお墓に掛かっていた私のネックレスは誰が持ち去ったのだろうか?

 

 不思議に思いよく見るとお墓に小さな箱がお供えされている。箱を掴み開けると、中には丁寧に折り畳まれた紙が入っていた。

 

『エリカ

 

 これを書いている今でも信じられない。

 未来を知っているはずのあなたが死んだなんて。

 

 ラプンツェルは確かに埋葬したって言っているし、レンも量産型のお嬢ちゃんたちはみんな死んじゃったって言っているから、もちろん本当なのは私も分かっているわ。

 

 でもやっぱり信じられない。

 ううん、信じられないじゃなくて信じたくないの方が正しいかも。

 

 何でなのかな。

 私には生きてって言ったのに、またねって言ったのに、どうしてあなたがいないのかな。

 

 嘘つき

 

 いや違う、違うの。

 こんなことを書きたかったんじゃない。

 あなたを責めたい訳じゃないの。

 責められるべきなのは私の方だ。

 

 ごめんなさいエリカ。

 私がもっと早くここに向かっていれば、あなたは今も生きていたかもしれないのに。

 遅れてごめんなさい。

 私は助けてもらったのに、あなたを助けられなくて、本当にごめんなさい。

 

 それに書かなきゃいけないのはそれだけじゃない。

 

 ありがとうエリカ。

 あなたのおかげで私はレンとまた逢えたよ。

 ゴッデスのみんなも突然現れた私を受け入れてくれたし、レンも私を赦してくれた。

 

 でも驚いちゃった。

 あんなに真面目でお酒はいらないって言っていたレンが、私よりもお酒好きになって酔っぱらっているんだもの。

 だけどそんな変化も悪くなかったわ。

 前にあなたが言っていたように、2人で一緒に呑めるようになったから。 

 

 呑みながらレンと色んなことをたくさん話をしたの。

 これまでのことも、これからのことも本当にたくさん。

 そこにあなたがいてくれたら、きっともっと楽しかったよね。

 

 うん、決めた。

 あなたの死を受け入れるために、言葉にして書いてみたけどやっぱり信じられない。

 他の誰が否定しても、それが正しく無い考えだとしても、私は私だけはあなたがどこかで生きているって信じてる。

 信じることにする。

 

 だから、いつかこれをあなたが読んだなら、私を探して逢いに来てね。

 もちろん私もあなたを探すけど、何も言わなくてもあの日に私を待っていてくれたように、あなたの方が私を早く見付けられると思うから。

 

 またね。

 

 薔花より

 

 

 ──追伸

 あなたの写真とネックレスは私が持ってるわ。

 早く受け取りに来てね』

 

「……」

 

 私は再びお墓を見た。

 

 "ピナ"  "エリカ"

 

 墓標には私達の名前が刻まれている。

 その筈だった。

 

 私は此処に至って漸く、先程から感じていた違和感の正体が理解できた。

 

 文字が読めない。

 

 墓標に書かれている文字は知っている筈なのに、確かに視界に入っている筈なのに、何と書かれているのか理解できない。

 

 足元に落ちていた木の枝を使って試しに地面に文字を書こうとする。しかし書けない。どんな言葉も、どんな文字も、まるで書き方を忘れてしまったかの様に。

 

 ならばと墓標の文字を真似ようとした。理由は分からないが、今読めなくても文字の形を覚えていけば、また読める様になる筈だと考えて。

 

 ピナ  エリカ

 

 何度も見比べながら書いた。なのにそれでも、たった5文字ですら満足に書けない。

 

「……」

 

 悲しかった。喋れなくても伝える方法はあると思っていたのに、文字を書くことも読むこともできない、その現実がどうしようもなく。

 

 もう一度手紙を見たが、やはり読めない。

 

 しかし手紙の入っていた箱の内側に手描きの絵があることに気が付く。

 

 小さな薔薇の花。

 

「……Doro」

 

 薔花。紅蓮に逢えたんだね。

 

 澄んだ蝉の声だけが響いているお墓場に、少しの間だけ小さな嗚咽が混じる。

 

 やがて涙を拭い立ち上がった。

 

 良かった。

 

 私のしたことは、私が生きていたことは無意味ではなかった。多くのモノを取り零したけれど、確かに遺せたモノがあったんだ。

 

 再三にわたり手紙を確認する。

 

 何度見てもやっぱり読めない。ただそれまでとは違って悲しいだけではなくなった。

 

 ごめんなさい薔花。きっと貴女が私に何かを伝えようとして書いてくれた筈なのに、私はそれが何なのか知ることはできないみたいだ。

 

 そして何よりもありがとう薔花。例え読めなくても、貴女が此処に来て手紙を残してくれたその事実のおかげで、私はまた頑張れる気がするよ。

 

 手紙を箱に戻して巾着に入れる。

 

 既に夕陽は稜線に沈み、星が瞬き始めた濃い紫色の空の下で、私は静かに臨時監視所を後にする。

 

 少し冷えてきた風にも、暗くなる空にも孤独感を覚えることは最早ない。

 

 ただ夜の静寂と星々が私を優しく包み込んで祝福してくれている様に思われて歩みを進めた。

 





 読んでくれた全ての方に感謝します。
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