救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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18 死者にされた人々と

 

【Another Side】

 

 ──何処かのシェルター

 

「ふざけるな! そんなことが許されると思っているのか!」

 

 男の怒号が響くが議論する相手は引かない。

 

「ならどうする? 皆で仲良く死ぬ気か?」

 

「そうだ! 役立たずに食わせる飯なんかない!」

 

 男は自分の感情を抑えられず怒鳴ったことに対して心の中で毒づく。不安で苛立っているのは皆同じだ。そんな状況で怒りに任せても良いことなど何一つ無い。

 

「まだ食糧には余裕があるだろう。何故、人を追い出す必要がある?」

 

 シェルターには男の妹夫婦も避難している。しかし義弟は妻と娘をラプチャーの攻撃から庇った時に右足を失っていた。それ故、男は認める訳にはいかない。怪我人を、病人を、老人を役に立たないとして追い出すなんてことは。

 

「アンタの気持ちも分かる。分かるが、余裕のある今の内に食い扶持を減らすことにこそ意味がある」

 

「……」

 

「中央政府の救援が何時になるか分からないんだ。少しでも節約しなければならない」

 

 避難した当初は良かった。備蓄は十分にあり中央政府も政府を名乗るからには国民を見捨てない筈だと皆が思っていたから。だが1ヶ月、2ヶ月と時間が過ぎても、救援どころか連絡すら無いことで人々の心に暗雲が立ち込め始めた。

 

 そして2年が過ぎた今、残りの備蓄食糧は半年分を切ったのに政府からの連絡はまだない。

 

「だが人として……」

 

 先程から議論している相手が机を殴って立ち上がり、男の言葉を遮る。

 

「人として間違っているのは俺だって分かっている! だがそれが何になる? 人権主義で食べ物が増えるなら幾らでもそうしよう! だがそうはならない! 何とか水耕栽培をしても全く消費量に追い付かず食糧は減る一方だ! そして中央政府は沈黙したまま救援の"き"の字すら聞こえてこない! だからこそシェルター管理のために働ける人間を優先して、働けない人間に回す食糧を減らす必要がある!」

 

「なら追い出す必要はない筈だ」

 

 相手も一度叫んで少し溜飲が下がったのか座り直してから疲れた様に続けた。

 

「それはその通りだが、食糧を回され無くなれば不満が溜まるだろ。そいつ等が自暴自棄になって暴れたらどうする? ここは今までのところ秩序が保たれているが、それも所詮は薄氷の上でだ。例え僅かでも不安要素は残しておけない」

 

「……」

 

 男は返す言葉を直ぐには見付けられなかった。シェルターという限られた空間で秩序が崩壊すれば皆終わりなのは、男もまた分かっていたから。

 

 そして周囲の人の顔を見回すが、顔を背けて目を合わせない様にする者も、こちらを睨みつける者も、その場にいる誰もが消極的か積極的かの違いはあれど賛成なのだと理解した。

 

「……食糧があれば問題無いな?」

 

「それが無いから今、最悪の話をしているんだろ……待て何を考えている?」

 

「外に出る」

 

 男がそう言うと周囲はどよめいた。

 

「正気か?」

 

 相手は男が狂ったのかと疑う様な顔だ。だがそれも当然のことだ。外にはラプチャーがいるからシェルターに避難しているのだから。

 

「ああ、外に出て食糧を回収すればいいだろ?」

 

「本当に分かっているのか? 一度成功すればそれで終わりにはならないからな?」

 

「分かってる」

 

 相手は再確認する。しかし男の考えは変わらなかった。

 

「……分かった。なら任せる」

 

「任せるって本気ですか! 失敗するに決まってます」

 

 男に任せることを反対する者もいたが、議論の相手が直ぐに言葉を被せた。

 

「アイツが帰らなければ、その時追い出せばいいだろ。まぁオマエが今直ぐ誰かを追い出したいなら止めはしない。俺は手伝わないから勝手にやって勝手に恨まれてくれ」

 

 その言葉に反対者は口を噤む。最終的にその日の議論では、男が外に出て食糧を探すことだけが決まった。

 

 男は妹夫婦のためだと覚悟を決める。

 

 しかし結果的にその覚悟には何の意味も無かった。

 

 扉を開けてシェルターを出ると、一歩も進まない内に扉の前に置かれている袋に気が付く。そして避難した時には無かった袋を男が不思議に思い確認すると、中には沢山の大豆と芋が入っていた。

 

 

 

 

 

 

 ──2ヶ月後

 

 初めて扉の前にあった食糧を回収して以降、週に1回決まった時間に食糧が置かれることが判明した。また2度目からは芋以外にも多様な野菜や傷み易い果物も含まれており、殆どを保存食に頼って食い繋いできた皆から喜ばれている。

 

 しかし誰が運んでくれるのかは今も不明のままだ。

 

 時間を合わせてお礼を言おうと扉を開けても誰もおらず、カメラを設置しても向きを変えられる。このことから理由は分からなくとも相手が正体を隠したがっているのは明らかだったので、不快にさせてまで無理に接触する必要はないと話し合いで決まっていた。

 

 少なくとも先日までは。

 

 今のシェルターはそんなこと言っていられない状況になってしまっている。

 

 始まりは外がそれ程危険ではないと勘違いした若者5人が勝手にシェルターを出てしまったことだった。彼等は誰か分からなくても食糧を運ぶ人間がいるのなら、自分達にも出来る筈だと考えていたようだ。しかし結果的に彼等の内3人がラプチャーに殺されて2人だけが這々の体で戻ることになる。

 

 それだけなら彼ら自身の責任で済んだかもしれない。

 

 問題だったのは新鮮な肉類を手に入れることが彼等の目的だったことと、動物を捕まえたタイミングでラプチャーに襲撃されたことだ。戻って来た2人の全身はラプチャーの攻撃で挽肉にされた仲間と動物の血肉に塗れており、それが原因で細菌性の感染症を発症した。

 

 そしてその感染症は人から人へと伝染するものだった。

 

 当に最悪の事態だ。感染が広がる中、避難していた医療従事者が何とか治療を試みはした。しかしシェルターに備蓄されていた薬は通常の風邪薬や痛み止め等が殆どで抗生物質は僅かな量しか無く、医者といえどもできることには限界があった。

 

 そして男もまた姪が罹患したため何としても薬が必要だったが、それには外を自在に移動して食糧を運んでくれているであろう人物の協力が不可欠だった。

 

 それ故に男はシェルターの外で土下座している。

 

 男が何をするつもりなのか知った時には、妹と義弟は勿論のこと皆も危険過ぎると反対したが男は引かなかった。正体を隠したがっている相手に対して、一方的なお願いをするのに価値ある対価は何も払えない。そうである以上、誠意を持って頭を下げるしかないと思われたから。

 

 男は震えながら待つ。

 

 送り主よりも先にラプチャーに見付かれば若者達と同じ無惨な末路を辿るだろう。だがそうと分かっていても他に手は無い。

 

 そう考えていた時、誰かが男の服を引っ張った。

 

 男は頭を上げて助けを求めようとしたが、その直前で固まる。

 

「DoroDoro!」

 

 知らない動物が袖を引っ張っている。男は動物のドキュメンタリーが好きでよく観ていたが、目の前にいる動物は全く見たことの無い生き物だった。

 

「DoroDoro!」

 

 更に強く袖を引かれたことで男は我に返った。生き物は男を引っ張っりながら扉を指さし不思議な鳴き声を繰り返し上げている。その行動で男は漸く理解した。この生き物は男に外が危険だから早くシェルターに戻れと伝えたいのだと。

 

 そしてこの生き物こそが待ち人だったということも。

 

「これまで食糧を運んでくれてありがとう。だがすまない。不躾な願いだと分かっているが助けてくれ!」

 

 男は生き物の手を両手でしっかりと掴み頭を下げて懇願した。

 

「……Doro?」

 

 男が再び頭を上げると生き物は不思議そうに首を傾げている。その様子からこの生き物は言葉が分からないのだと男は推測して、シェルターの中に連れて行くことにした。

 

「えっと、そちらの方が……?」

 

 ここに来るまでも好奇の視線に晒されていたが、患者を治療している医者の元に行くと困惑された。

 

「恐らくそうだ。どうも言葉が分からないみたいだが、少なくとも私の状況を理解している様に見える」

 

 男がそう言って医者と共に生き物を見つめると、側で患者を観察している様に見えた生き物が振り返って医者に近付き何かを手渡した。

 

 男が医者の手元を見ると風邪薬の箱だった。

 

「これは!」

 

 医者もまた理解した。目の前の生き物が何かは置いておくとして、此方の状況を判断できるだけの高い知能があるということを。

 

 しかし必要なのは風邪薬では無いため、医者は屈んで生き物にできるだけ目線を合わせてから話し掛け首を横に振る。

 

「ありがとう。でもごめんね、この薬では治せないの。他の薬はないかな?」

 

 生き物は医者の様子を見て少し考えると、首に下げていたポーチから別の薬を出して渡した。

 

 解熱鎮痛薬だった。

 

 男は風邪薬を何処に持っていたのか疑問に思っていたが、生き物の行動で薬をポーチに入れていたことが分かり納得する。そして医者は男が考えている間にも、生き物に対して先程と同じ様に別の薬を求めた。

 

 次に出てきたのは胃腸薬だった。

 

「……」

 

 どう考えても可怪しい。2箱でもギリギリなのに3箱も小さなポーチに入る訳が無い。しかしそう思うと同時に男は理解した。あれ程の食糧をどうやって運んでいたのか今まで分からなかったが、この生き物が不思議なポーチに入れていたなら可能なのだと。

 

「駄目ですね。抗生物質は持っていないみたいです」

 

 暫くして医者が生き物とのやり取りを止めて男に告げると、周りで固唾を飲んで見守っていた患者の家族達も肩を落とした。しかし医者は続ける。

 

「ですが貴方の言う通り、この方は此方の状況を理解されている様です。それに渡してくれた薬は全て別の薬でした。ということは最低でもパッケージイラストの違いを理解していることになります。なのでこれから抗生物質の絵と、薬がある場所までの地図を渡してお願いしてみようと思います」

 

 その後医者は1番絵が上手い避難者と協力し、薬の絵とできるだけ文字を使わない様にした地図を完成させて生き物に渡した。

 

「ここにある薬が必要なの。だからお願い」

 

「Doro!」

 

 医者が座り頭を下げてお願いすると、生き物は任せてとでも言うかの様に、医者の頭を撫でて一声鳴いてから外へ出て行った。

 

 そして生き物は2時間もしない内に戻り、患者全員に投与しても余る程の抗生物質を医者へ渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が目を覚ます。

 とても懐かしい夢を見た気がした。

 初めてDOROと出会った時の夢。

 

 あの後、薬を投与されて無事全ての患者が元気になり、DOROは直ぐに避難者の間で人気者になった。誰もが食糧と薬を運んでくれた彼女に感謝していたし、DOROと遊ぶことで子供達にも笑顔が戻ったから。

 

 DOROという呼び名も子供達が彼女の鳴き声から付けたものだ。DOROは言語を解さないが、この名で呼ぶ時だけは自分が呼ばれていると理解して反応してくれた。そのため大人の間でもこの名が定着した。

 

「Doro」

 

 直ぐ側で声が聞こえる。見るとDOROが心配そうに此方を見ている。男はその頭を皺だらけになった手で優しく撫でた。

 

 男は自分の番がきたことを理解する。

 

 最初は老婆の時だった。その老婆は孫を喪い惰性で生きていたが、シェルターにDOROが来る様になってからは、DOROのために帽子やマフラーを編んでプレゼントするなど生きる気力を取り戻したかの様に見えた。

 

 だが老衰は避けられず老婆も徐々に寝て過ごすことが増えていたある日、突然DOROが普段の周期と異なるタイミングで来て老婆に寄り添った。老婆は嬉しそうにDOROに話し続けた。勿論、DOROは老婆が何を話しているか分からなかっただろう。しかしそれでもDOROはずっと老婆の側にいて離れることはなかった。

 

 その日の夜、老婆が眠そうにした時にDOROは静かに涙を流した。そして老婆はそんなDOROを見て、撫でながら感謝を告げて亡くなった。

 

 以降、DOROは誰かが亡くなる際には必ず別れを告げに来た。

 

 男は他に誰もいないシェルターを見回す。

 

 此処で亡くなった人もいるが、殆どの避難者はDOROにお願いして疾うの昔にアークへと移動していた。当初は地下都市の絵を見せても、DOROは首を振るばかりで連れて行ってはくれなかったが、ある時から希望者をアークへ送ってくれる様になった。

 

 もっとも彼女自身は余り乗り気に見えなかったため、アークでの扱いは良くないのかもしれない。それでもラプチャーを恐れる必要のない都市で暮らしたいと思い出て行く者は多かった。

 

 しかし男は最後まで残った。妹夫婦など説得しようとした者もいたが、男はシェルターを離れなかった。義弟は家族を守ったのに、家族を守れなかった自分自身と神に絶望して半ば自暴自棄になっていた男が救われたのは、DOROと出会った此処だったから。

 

「できるなら君自身の話を聞きたかった」

 

 男は思う。目の前にいる心優しい生き物は何処で生まれて、どの様に生きてきたのか。

 

「DoroDoro」

 

 彼女の返事を男は理解できない。しかしそれでも男は笑顔になった。

 

「最後にお願いしてもいいかい?」

 

 そう言って桃の描かれたカードを渡すと、DOROはポーチから桃とナイフを取り出して、慣れた手つきで皮を剥き一口サイズに切り分けてから此方へ差し出した。

 

「ありがとう」

 

 男は感謝の言葉を口にしてから、桃をゆっくりと食べる。これまで幾度となく同じモノを食べてきたが、この果物はその度に新鮮な喜びをくれる。

 

 そして終わりの時が来た。

 

「DORO、君には分からないだろう。突然残酷になった世界を呪うしかなかった私が、君の存在にどれ程救われたかなんて。それでも構わない。ただこれだけは伝えたい。心から感謝しているんだ。私達を見付けてくれて、救ってくれて」

 

 男は笑顔でそう言いながら、再びDOROを撫でた。

 霞む視界には涙を零すDOROがいる。

 

「もし良ければ覚えていて欲しい。私だけではなく、地上に残った全ての人のことを……」

 

「Doro!」

 

 男の掠れた小さな声にDOROは大きな声で返事をする。男にはそれが"任せて"と言っている様に思われた。

 

「本当にありがとう……」

 

 嘗て呪った男はただ感謝してその生涯を終えた。

 

【End】





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