救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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19 夜明け

 

『〜♫〜♪』

「Doro〜DoroDoro〜♪」

 

 オーディオプレーヤーから流れる綺麗な歌声と共に音程のズレた下手糞な歌が辺りに響く。

 

 アウターリムへの食糧配達を済ませた後、私は出迎えてくれた人々の歓待を程々で切り上げて、最近よく来る小高い丘の上で1人ワインを嗜みながら、アルコールの影響で高揚した気分を歌で発散していた。

 

 勿論、私には今流しているこの歌がどんな歌詞で、どんな思いが込められているのかは分からない。だが理解できなくても、ただこの旋律が好きだった。そしてこの世界で再び生まれても変わらず音痴なことで、歌う度に嘗ての記憶を思い出す。

 

 人生の中で最後のモラトリアム期間といえる大学生時代、皆でカラオケに行って私が歌った時には、パーシャは面白がり、ピナは苦笑いし、マリーは応援してくれた。そして私自身もまた、幾ら練習しても変わらず画面に無慈悲な点数が表示されることに対して笑っていた。

 

「Doro〜♪」

 

 本当にどれだけ長い時が流れても、平和だったあの頃の大切な日常の想い出は色鮮やかなまま変わらない。

 

 しかし懐古の念に駆られるなんて、私も年を取ったということだろうか?

 

 まあ身長を測るために付けている洞窟の岩壁のキズは何年経っても同じ位置から変わらないし、かと言って幾ら走っても疲れることは無く、一向に身体の衰えを感じることも無いのだから、今の私が私という生物種の生活環において、どのあたりにいるのか知る由もないが。

 

 或いは私の身体もヘレティックみたいにナノマシン製だから成長も老化もしないのかもしれない。もっとも、自分の指を切り落として再生するか試してみる気は無いけれど。

 

「DoroDoro〜♫」

 

 歌いながらDOROに生まれてからのことも振り返る。

 

 思えば遠くまで来たものだ。

 

 昔は毎日走り回って彼方此方に食糧を運んだり、人が健康的に生活する上で必要な物資を集めたりしていた。中央政府に棄てられて、少しずつ減っていく備蓄とやがて訪れる終わりに怯える人々を見捨てることができなかったから。

 

 ……いや違うか。第六感のせいで近くに人が居るのが嫌でも分かった上、なまじ何とかする力があったばかりに、他の人の様にできないことを言い訳にして目を塞ぎ耳を塞いで知らないフリをすることができなかっただけかもしれない。

 

 きっと始まりは偽善に過ぎなかったのだろう。

 

 だけど沢山の出会いと別れを経験した今では心の底から行動して良かったと思える。

 

 当然、悩んだこともあった。原作で第一次ラプチャー侵攻後の地上に残る生存者について語られた数少ない物語の1つ、芸術家達の街のお話。そこに登場する人々に関わりを持って本当に良いのかについてもそうだ。

 

 彼等の献身は、祈りは、100年後の未来でアークの話題を席巻する形で成就する。しかし私が介入してしまえば、それができなくなる可能性が大きかった。

 

 中央政府が生存者を人間として受け入れたのは、政府の所属であるプリバティが不意討ちで彼を医療関係者を含む衆目に晒したことで、その存在を秘匿することが困難になったからであって、政府が博愛主義だとか人権主義に目覚めた訳では無い。

 

 それ故に私は躊躇した。

 

 確かに私は第六感でラプチャーを避けることができるし、どうしてもラプチャーとの交戦が避けられない場合であってもDOROの高い身体能力があれば倒すことは可能だから、シェルターにいる人々を安全にアークへ連れて行くことができる。しかしアークでの中央政府による人権保障を引き出せる訳では無い。実際、私がそれまでアークへ連れてきた地上の生存者達は、全員アークを追い出されてアウターリムでの生活を余儀なくされていた。

 

 だが私が悩んでいても時間は待ってくれない。そうこうしている内に、シェルター入口広場への水の流入が起きる。

 

 私は助けることを選んだ。

 

 水路を塞いでいたラプチャーを倒し、全員をアークへ、いやアウターリムへ連れて行く。6人のニケと戦闘用補助ロボットのコムは、エレベーターに着くとアウターリムへ向かうのだと気が付いたのか反対していた様だが、アークへ行けば記憶消去の恐れがあるため、私は彼等をそのまま無理矢理エレベーターに乗せて降りた。

 

 その後、何を話したのかは分からないが教会の人が説明してくれた様で、ニケ達とコムは教会に所属することにしたみたいだった。彼女達は今も生きて教会で働いている。いや彼女達だけではない。芸術家達もまたそれぞれ思い思いに生きた。

 

 この結末が正しかったのかは分からない。しかし私なりに真剣に悩み選んだ結果は受け入れるべきだ。

 

「……」

 

 流していた歌を止める。

 

 今はもうあの頃の様に毎日走り回ることは無い。私の知っている範囲で地上に残っている人はもう居ないから。

 

 後悔はある。アークへ連れて行って欲しいと私に伝えようとした人の中には首を横に振ると怒り、私が居ない間にシェルターを出て自分達だけでアークへ向かう人もいた。彼等が死んだのは私が封鎖されていて入れないと説明できなかったせいだ。私がもっと上手くできていればきっと彼等も生きていただろう。

 

 それでも少なくとも動こうとしたことは間違いでは無かったと思っている。

 

 確かに私が助けられなかった人はいて、彼等にも心配する家族がいただろう。そして彼等の死とその悲劇は忘れてはいけない大事なことだ。

 

 しかし生きている人のことも大事だ。彼等の中には子をもうけた人もいる。私が落とさない様に緊張して赤子を抱き上げた時、彼等は嬉しそうに笑いながら涙した。あの時に見た表情は忘れられない。そして彼等がそんな表情をできたのは私が行動したからだ。

 

 何が正しくて何が間違っているとか、或いは政治や原則等の社会生活を営む上で重要なことは確かにある。

 

 だがそれが全てではない。

 

 雁字搦めになって何もできなくなるよりは、自分自身の思いと言葉に従って行動した方が、後悔はしても最終的には救えたモノを数えて感謝できるから。

 

「……Doro」

 

 首を振り感傷的な考えを遠ざける。

 呑み過ぎたのかもしれない。

 

 そう思って空になったワインボトルを見る。繊細な模様が描かれたラベルが丁寧に貼られており高級品に見えた。

 

 最初の頃、自分でワインを作ろうとした時は失敗することも多かった。それまでお酒作りについて詳しく調べることなんて無かったし、DOROになってからは本も読めないから仕方無い部分もある。とはいえ朧げな記憶では、ブドウを潰して容器に入れるだけで待てばワインになる筈だったので、私自身の不器用さに落ち込んだのも確かだ。

 

 結局私が試行錯誤して作ったワインよりも、仕事になれば良いと思って教会に本とブドウを渡した後で作って貰ったワインの方が遥かに美味しかったため、自分で作るのは止めてしまったのだが。

 

「Doro」

 

 仕事……本当に頭を悩ませる問題だ。教会には第二次産業と第三次産業はあるけれども、第一次産業は皆無という極めて歪な産業構造を取っている。というより第一次産業はほぼ全て私に頼り切る形になっている。

 

 これは例えば食糧自給率が限りなく0に近い国が、食糧や産業の元になる資源を特定の外国からの輸入のみに頼っているのと同じくらい危険なことだ。詰まる所もしも私の身に何かあれば、その時点で彼処で暮らしている皆の生活が破綻してしまうことになる。だからこそ私に頼らない新しい産業が必要だ。

 

「Doroー」

 

 とはいえ何とかしなければいけないと何時も考えてはいるけれど、良いアイデアは思い浮かばない。私は経営者だったことは無いし、経営学や経済学を専攻したことも無いから、新しい試みを直ぐに思い付けないのは仕方無い面もあるが、何十年経っても駄目なのは流石に情けなくなる。

 

 ただ、どんな産業にせよ元手が必要なのは変わらない。そして時間対効果でも費用対効果の面でも、私の農業?による資源供給量を上回るどころか、互角の効率でさえ難しいのもまた事実だ。本物の農家が知れば憤慨するだろうが、私の場合は肥料等が不要でコストと呼べるのは私自身が収穫する際の人件費?くらいしかないのだから。

 

 何よりも土地が無い。私の場合は毎日収穫できるけど、普通の農業で現在の供給量を維持するには広大な耕作地が必要だ。しかしニケではない一般人が農作業できる安全な土地は地上には無いし、アウターリムも余計に光源が必要になるから現実的ではない。洞窟にある水晶が使えれば問題なかったのだが、持ち出して数日すると光らなくなってしまう。

 

 セシルから光学迷彩装置を譲って貰えれば或いは……

 

 まあ私は話せないから伝えるのが難しい上に、仮に伝わったとしても技術の対価に渡せるモノが何も無いから無理だろうけど。

 

「Doro」

 

 全く進展しない課題を考えていると、東の空が徐々に明るくなってくる。

 

 もうすぐ夜明けだ。

 

 普段は自然に飲み込まれて朽ちた建造物には何処か物悲しさを覚えるけれど、この瞬間だけは難しい問題に頭を悩ませることもなくただ純粋に綺麗だと感じられる。そして陽が沈んでもまた昇る様に、いつの日か地上が再び賑やかな声で満たされる時が来ると思わせてくれるため、この時間と光景が好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に夜が明けてから1度アウターリムに戻って皆に挨拶?をしてから離れる。

 

「DoroDoro」

 

 そしてエレベーターの周囲にいた最後のラプチャーを仕留めて一息付く。このくらいで良いだろうか?

 

 教会は兎も角、アウターリムの人々にとって地上の探索とジャンク品回収は重要な収入源であり、命の危険と隣り合わせでもある仕事だ。そのため人々が少しでも安全に探せる様になればと思って始めた帰る前の習慣なのだが、この行動に意味があるのかは確かめられていない。僅かでも生存率が上がることを祈るばかりだ。

 

 高くなった太陽の元で、そんなことを考えながら移動していると連鎖的な爆発音が聞こえた。

 

「Doro?」

 

 地上での探索は基本的に不必要な音を立てないのが鉄則の筈だ。それなのに単純な戦闘音とも思えないこの轟音は誰が何のために発生させたのだろう。

 

 何かの大規模作戦中なのだろうか?

 

 何が起きているのか気になったため、私は音の聞こえる地点に向けて走り出す。すると直ぐに爆発により崩壊しながら燃えている建物が見えてきた。

 

「……?」

 

 彼処にあった建物は何だったろうか。

 少し考え込んでから思い出す。

 

 確か発電所があった筈だ。

 

 そして更に視界に入ったモノにより私は釘付けになった。

 

 何かを抱えている指揮官と2人のニケが走っている。

 

 あの服装そしてあの武器は……

 

「Doro!」

 

 アニスとネオン!

 

 ならばあの指揮官が主人公なのか……いや、そんなことを考えている場合ではない。原作では無事アークに帰還できていたが、現実になったこの世界では万が一の恐れもある。手助けするべきだ。

 

 私はそう考えてカウンターズを追跡するラプチャーの後方に回り込んで攻撃した。

 

 

 

 

 

「Doro」

 

 状況終了。

 

 ラプチャーが全て沈黙したのを確認して見渡す。カウンターズも無事離脱した様だ。しかし何故ラピはいなかったのだろうか?

 

「Doro〜?」

 

 その場で頭を捻る。原作の大まかな流れは覚えているが余りにも昔のことだし、DOROになってからはメモすることもできないため、細かいことはよく考えないと思い出せない。

 

 そうだ、物語の最序盤にマリアンを喪いながらも強力なラプチャーをたった3人のニケで倒した指揮官の能力を試すために、アンダーソンとイングリッドが命じた作戦が発電所の調査だった筈。

 

 そして作戦を失敗……爆散してしまった発電所の責任を取らせる名目でアンダーソンが指揮官を中央政府の目から隠すために前哨基地へ配属させたけど、その作戦中にラピは指揮官を庇って首をビームで切断されたんだった。

 

 後から思えば元アブソルートで優秀かつ切り札のレッドフードもあるラピが、そこら辺にいるラプチャーに首チョンパされたのには違和感があるけど。

 

「Doro……」

 

 レッドフード……か。実際に会ったのは2度しかないけど気さくで強い人だ。それにずっと知りたかった。何故、ゴッデスから離れたのか。

 

 私は崩壊した発電所を見る。彼処にはレッドフードのコアがある筈だが掘り起こせば何か分かるだろうか……

 

 そう考えたが首を振る。時間は幾らでもあるから、今直ぐに掘り出す必要は無い。

 

「Doro!」

 

 それよりも今はアークに戻って前哨基地へ行こう。大変な作戦の後で疲れているのに、配属先の宿所が荒れ果てている上に、期限切れ間近の食糧しかないのは酷すぎる。

 

 新鮮な食べ物を置いて、それから時間があれば掃除もしよう。

 

 直接の接触は……少なくとも今はしない方が良いかな?

 

 翌日には驚くほど傲慢なシュエンが面倒事と共にやってくるのだから、私みたいな不思議生物に思考のリソースを取られるのは良くない。

 

 そう決めてから私は踵を返した。

 





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