救済を願って 作:バレンシアオレンジ
朝食を済ませてコーヒーを淹れる。
普段と比較すると遅い時間になったが、夏休みの初日くらい別に良いだろう。そんな何気ない日常を想いながらコーヒーを片手にテレビをつけた。
『……政府はDEFCON3を宣言しました。発令された召集命令に従い、予備役は直ちに最寄りの軍施設ヘ出頭してください。同時に政府は夜間外出禁止令を発令しています。一般の方は安全のために夜間の外出が制限され、また昼間であっても複数人での行動が推奨されています……』
「……は?」
予想し得ない情報に固まる。
聞き間違えか?
今何と言った?
そんな私の動揺を無視して映像は流れ続けた。
『繰り返します。昨夜遅く、全世界的に大規模な同時攻撃が確認されました。SNSでは未確認生物の襲撃などの様々な投稿があり、情報は錯綜して現在までのところ詳しい状況は不明ですが、攻撃を受けた各国政府はそれぞれ戦時体制への移行を始めています。我が国も例外ではなくシャトル発射場などが甚大な被害を受けた模様です。死傷者数は最低でも数千人に上ると考えられ、従業員や消火活動にあたった消防士の安否は不明です。これに伴い政府はDEFCON3を宣言しました。発令された……』
「……」
DEFCONは確か戦争に対する準備体制レベルのことだったか?
何処の国かは知らないが、誰にも気付かれずに全世界同時多発テロを成した相手との戦争ということだろうか?
私は昨日充電切れで電源を落としたままだったスマートフォンから充電器を抜いて手に取る。電源を入れると不安になる着信音が鳴った。
緊急情報の通知だ。
特に目新しい情報は無いが内容を確認してから、メッセージアプリを開くと皆が既に会話していた。
『みんなニュースを見たか』
『はい、戦争になるんでしょうか』
『パーヴェル先輩は確か予備役だったですよね』
『ああ、だから出頭する必要がある』
『その前によく聞いてくれ』
『これは人間同士の戦争じゃない』
『昨日見せたヤツを覚えているか』
『あれは本当だったんだ』
『シャトル発射場は巨大な宇宙人に襲われたらしい』
『だからみんな気を付けてくれ』
『気を付けてって先輩?』
『それよりもパーシャは大丈夫ですか』
『あれが本当なら銃弾は効かないのでは?』
『大型のヤツは確かにそうだが』
『あくまでも携行可能な銃器の話だ』
『軌道エレベーターに現れたヤツも結局は空爆でバラバラになったのさ』
『それにほとんどは小型で少し面倒だが普通に殺せるらしい』
『だからこっちは心配いらない』
『珍しく寝坊しているエリカにも伝えてくれ』
『無茶せず大人しくしていろってな』
『そうすれば直に解決するからな』
『もちろん俺も全力で行動するしな』
『……分かりました』
『ただ無理はしないでくださいね』
『そうですよ』
『エリカ先輩も心配するはずです!』
『おう、お前達もケガしないような』
『じゃ、もう準備して行くから』
『またな』
『はい、そちらも気を付けて』
『頑張ってください!』
宇宙人?
そんなバカな……
スマートフォンを置いてから、心を落ち着けるために少し震える手でコーヒーを飲むと報道の内容に変化があった。
『……政府の記者会見が始まったようです。画面を会場に切り替えます』
『先ずは今回の件で被害を受けた全ての人に哀悼の意を表します』
そう言って少し沈黙した。
『では昨夜遅くに行われた全世界同時多発攻撃についてですが、これはテロではありません。いえ、そもそも人類の仕業ですらありません』
その言葉に会場がざわつくのを気にせず話は続く。
『我々は未確認生物の攻撃を受けたのです。この未確認生物、仮に"ラプチャー"と呼称しますが……』
私の手から滑り落ちたカップが砕け散った。
ラプチャー?
ラプチャー!
私は知っている!!
「まさかそんな……」
私の家族が偶然ありふれた悲劇に見舞われただけで、ただ普通の平和な近未来世界に転生したのだと思っていた。
だが違ったのか!
"まだ"何も起きていないだけだったのか!
前世の記憶が蘇る。
『……ですが心配する必要はありません』
確かに私はこのゲームが好きだった。
『我々にはこの世界で最も強力な軍があります』
しかしこの世界があのゲームだとするならば。
『事実、攻撃を行ったラプチャーは全て軍が処分しました』
今から、いや既に始まっている戦争は……
『故に我々は遠くないうちに勝利します』
違う、そうはならなかった。
『もう一度言います。安心してください』
安心出来るはずがない。
『我々は勝利します』
違う!
人類は負けるんだ!
地上に生きる人のほぼ全ての犠牲をもって!
何故、何故今なんだ!
もう100年早く生まれていれば何も知らずに一生を終えられていただろう。もう100年遅く生まれていたら主人公の活躍を傍観するだけで良かっただろう。
なのになぜ?
余り覚えていないが前世の私が死ぬときに何かしたとでもいうのか?
私はそんなにも罪深い人間だったのか?
「……はぁッ……はぁッ」
動揺を抑えるために繰り返し呼吸する。
落ち着け、冷静にならなければ。
『……封鎖地域に宇宙人の噂がありましたが、今回の件との関連は?』
気付けば質疑に移っていた。
『正直に申し上げますと、ラプチャーの情報を遮断することが封鎖の目的でした』
怒号が聞こえる。
『我々としても悪意があってのことではありません。何の情報も無い状態で不用意に公開すると、社会的な大混乱を引き起こす懸念があり、やむを得ないと判断されたのです』
……白々しい話だ。
『確かに我々の情報封鎖について他国から非難されるでしょう。これについて言い訳はしません。ですが現状は人間同士で争うべき状況でしょうか? 我々は否と考えます。そして責任を取るという意味も込めて、今回の事態に対処するために、我々が主導して各国に国連軍いや人類連合軍の設立を提案します』
やがて会場から驚きの声が上がる中会見は終わり、再び映像はスタジオへと戻った。
「どうすれば……」
落ち着いて考えなければ。
私は何をすれば良い?
いや、そもそも私に何ができる?
「……整理しないと」
先ずラプチャーとはなにか?
ゲームでは一部生体部品を用いた機械兵器? 機械生命体? として描かれていたか?
少なくとも軌道エレベーター完成前にコア技術があったのだから宇宙人ではないはず。しかし、軌道エレベーターから来る描写はあるから宇宙ステーション由来なのは間違いない。ステーションの人間が人類滅亡を求めるはずがない以上……
「ステーションのAIだろうか……?」
何らかの理由でAIが人類を抹殺する決定を下したのだろうか? それこそが未来のアークでAIがわざわざエニックとインクに分けられていた原因ということだろうか?
しかし副司令官は統合すべきだったと言っていた様な……?
そしてステーションの保管資材からラプチャーを作ったのか?
しかし超巨大コアは地下にあるはず。
D.E.E.P.とは何だったのだろう?
技術レベルを考えると先史文明の生き残りとか?
それとも彼らこそが宇宙人?
「駄目だ……考えが脇道に逸れている」
大体ラプチャーの発生前ならともかく、今更起源が分かったところで意味は無い。
ラプチャーのスペックはどうか?
ゲームではニケ以外の攻撃が殆ど効かない設定だったか?
……その割には対空砲から打ち出したアンカーがマザーホエールに刺さっていたような?
あれなら普通に対空砲を撃てば撃墜できたのでは?
長い時間で劣化していたから刺さった?
そもそも銃器は口径により、航空爆弾やミサイルは空力特性により、弾頭の体積・重量が制限される。故に昔から軍隊では同じ比重でもより強力な爆発力を持つ炸薬が求められている訳だが……
例えニケのサブマシンガンが反動の問題で人間に使用出来ないとしても、その威力が携行式対戦車ミサイルを上回るはずがない。だからこそ人類連合軍が敗退する一方で、ニケの部隊が勝利出来る理由が分からない。ゲームのご都合主義と言われたらそれまでだが、今の私にはそんな事を言っていられない。
何か理由があるはずだ。
そこに突破口はないか?
いや、前世の常識で考えるのは間違っているか……
ヘレティックは明らかに物理法則を無視した巨大化をしているし、ヒロインのラピのボディは作り直してもデュアルコアになってしまう描写があったはず。
例えば体系化されていない魔法技術があり、ラプチャーは魔法の防壁を持つことで通常兵器では突破が困難だが、ニケはコアやNIMPHが魔法技術由来で防壁をある程度無視できるとしたら?
実際、一部の特殊な攻撃をするニケを除けば規格化されて大量生産しているはずの銃弾に、使用者によって異なる属性效果が発現するのは可笑しな話だ。
「そもそも技術者ではない私に出来ることはないか……」
ならばラプチャーの戦術はどうか?
何故、軌道エレベーター周囲の戦闘は半年間も膠着状態だったのか?
何故、今全世界への攻勢を開始したのか?
ステーションのAIにとって最悪の事態は何かを考えると、それはエネルギー源の超巨大コアを失うことだろう。であれば防衛戦力の充実こそ最優先事項だったはず、一方で政府からすれば最も簡単な解決策もまたコアや軌道エレベーターの破壊だったはずだ。
しかし政府はそれをしなかった。
破壊しなくても解決出来ると考えていた?
それは何故?
「パーシャのメッセージ……」
小型ラプチャーは銃器で簡単に破壊出来る?
意図的に脅威度が低く見積られるようにしたのか?
政府としても多大な予算を費やした軌道エレベーターの破壊は最終手段であり、この程度の脅威度ならステーション内に備蓄されている資源が尽きるまで待てばステーション自体も無傷で取り戻せると考えて、それに引っ掛かったのか?
「とすれば攻勢に出た意味は……」
AIが必勝を確信したから?
対空レーザーによる防衛網が完成したから?
核兵器への対処は?
「もしかして、もう完成している?」
原作で核兵器を吐き返したラプチャー"グラトニー"が。
この半年がグラトニーを成長させるための時間だったとしたら?
もし、
もしもそうなら。
「……既に詰んでいるということになる」
いや、まだ軌道エレベーター周囲のラプチャーは少ないはずだ。流石に数十万機もいるなら政府も呑気なことは言えない。だからこそ対空レーザー網も完璧ではないはず。今すぐ地上のグラトニーを避けて、宇宙ステーションに向けて核兵器を含めたミサイルによる飽和攻撃をするなら可能性はあるだろう。
本腰を入れていない政府にできるならだが。
早晩、ストームブリンガーが空を舞うだろう。
そうなれば御大層な人類連合軍は甚大な損害を被るだろう。物資も人もあらゆる資源を失って初めて人類は気が付くことになるのか。もはや勝てないことに。
制空権を失い、火砲はまともに効かず、虎の子の核ミサイル原子力潜水艦や移動式ミサイル発射台が無用の長物となってからでは勝ち目など万が一にもあるはずがない。
考えれば考える程、人類の存続のためにできることが思いつかない。勿論、軍や政府に直ちに核兵器を含む全力攻撃をするしか僅かにも勝利の道は無いとの意見書を私は送るだろう。
だがそれが何になるのか?
未来から想定すれば正しいとしても、"今"その選択が正しいと誰が判断できるだろうか。
何の経歴もない一般人の意見書を信じて?
私がその立場でも鼻で笑ってゴミ箱に捨てるだろう。
私は力無く座った。
「アークに行くには抽選券が必要だっけ」
……運を天に任せるしかないのか。
パーシャは……私にできることはないか……
召集された以上、危険だから逃げろとはいくまい。
ピナ……マリー……彼女達はどうするだろうか?
2人共比較的安全な今の内に家族と会いに帰るだろうか?
それともこのまま此方に残るだろうか?
「……ピナ?」
そうだ、
その名前は。
「まさか……そうなのか?」
アーク封鎖作戦において、ゴッデス部隊が絶望的状況下でも前を向く切っ掛けになった量産型ニケの名前。
私が前世で大好きだったドロシーの救いの翼であると同時に呪いとなってしまった量産型ニケの名前。
「……それなら」
まだニケが生まれていない今なら。
人類の未来を変えられなくとも大好きだったドロシーの未来なら変えられるのでは?
「他のニケは……」
私が軍の高官ではない以上、リリーバイス、ロストナンバー、薔花を助けるのは難しいだろうか? 前2人はボディの性質によるものが大きいと考えられるし、薔花は軍の陰謀によるものだ。
今から技術者や軍の高官を目指すのは現実的ではないから、何か他に方法を考えないと……
しかしレッドフードとシンデレラなら?
2人共アンチェインドがあれば助けられる。当然ピナとドロシーを助ける意味でもアンチェインドは重要だ。特殊な血液型の血があれば良いのだから……
「何とかなるかな?」
いやそれ以前に。
「レッドシューズ……」
シンデレラがステーションを切り離しても結局は大勢に影響がなかったことを鑑みると、人類の敗北は避けられまいが諸悪の根源たる彼女を早々に除くことができれば、後の悲劇の幾つかを避けられるのではないか?
私が知っている関係者に教えるにはどうすれば良いか?
今の時代にいて名前がわかるのはアンダーソン、オスワルド、マスタングの3人か……
「あとは聖女様……」
ゲームでのラプンツェルの本名は不明だが、次期教皇候補の有名人という立場から誰かは自明だ。
問題は……
聖女様の近くには当然、将来的にレッドシューズになる人物がいる可能性が高い。今はまだ悪事は働いていないかもしれないが、その精神性と権力は極めて危険だ。不用意なことをすれば将来的に彼女から狙われる可能性が大きくなるだけだ。そしてその先に待つのは人体実験の被験者だろう。聖女様の近くには他にもエイブ(本名だろうか?)がいるだろうし接触できれば最善だったが、レッドシューズだけに知られない様にするのは不可能だろう。
「聖女様が信頼できても接触は得策ではないかな?」
アンダーソンは傭兵、オスワルドは中央政府の高官、マスタングはテトララインのCEOか……
中央政府はまだ無いし、テトララインもまだ無い。
しかしそれぞれ軍と大企業の何処かにはいるのだろう。
3大企業はこの先合併で生まれるのだろうか?
今後総力戦に移行するなら、そういうことも起きるか?
そして傭兵にはどうすれば接触できるのか?
「……時間はあるか」
まだラプチャーが現れて半年だ。
ニケが開発されるまで1年半ある。
アンチェインド関連は特に伝え方と内容も気を付けて考えなければいけなし、足元から順番にできることをしよう。
「一先ず皆に連絡してからか」
パーシャにも警告はしよう。
軍に所属するわけだし運が良ければオスワルドに接触できるかもしれない。
マリーにも警告してできる限り身を護れるようにしないと。
ピナについてはできるだけ近くにいられる様にしよう。最悪の場合でも、近くにいれば彼女を助けられるかもしれないし、それができれば同時にドロシーも助けることができる。
「とりあえずは……」
地下シェルターのある家に引越そう。
お金は気にしても仕方ない。
先のことはともかく、先ずは生存を優先しないと。
物価が上がる前に、長期保存可能な食料・水の確保。
将来的に不要になるかもしれないが、当座の安全確保のために銃器。
その先は用意が済んでからだ。
そして私はスマートフォンを再び手に取った。