救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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22 作戦準備と信頼

 

【Another Side】

 

「……その方法、必ず探し出しなさいよ。そしたら土下座でもなんでもしてあげるから。その代わり見つけられなかったら、私がお前を殺す」

 

 シュエンは言いたいことだけ言うと他には何もせず、ずかずかと部屋を出て行く。

 

 ナノマシンを破壊するアンチェインドと呼ばれる物質だと判明した、スノーホワイトから貰った弾丸の調査の際には、シフティーになりすまして介入され、イングリッドとアンダーソンの協力の元で行われたヘレティックの破片回収を目的とした合同作戦の際には、最も強力な手駒であるメティスを送り込まれて妨害され、その報告を済ませて前哨基地に戻ると、今度はシュエン本人から対面で"頼み"という建前の元、侵食されたメティスを治療するためにアンチェインドを譲れとの脅迫を受けた。

 

 正直に言えばこちらからは喜んで願い下げしたいところだが、どう考えても完全にシュエンに目をつけられてしまっている。今回はとりあえず私がメティスを救う方法を探すということで引き下がったが、本当にどうしてこうなった。

 

「……一緒に来て良かったな」

 

 イングリッドの呟きに、私は同意し感謝を込めて頭を下げる。突然前哨基地に同行すると言い出された時には、また何か面倒事なのかとも思ったが、確かに護衛してもらえて良かった。

 

 あそこまで怒りを露わにしたシュエンを私だけで対処するのであれば、命が幾らあっても足りない。実際、もしもミハラが即座にシュエンの命令に従っていたら、私は殺されて今の様に呑気に考え事をする余裕など無かっただろう。まあその場合はシュエンもおしまいだろうが……。

 

「シュエンはメティスとどんな関係なの? 何であそこまでするの?」

 

「……」

 

 イングリッドはアニスの疑問に答えない。いや、それが何も教えるつもりはないという意思表示なのだろう。

 

 とはいえ少しくらいは教えてくれてもいいと思う。メティスを準備不足のまま送り出して行動不能に追い込みかけたかと思えば、侵食治療のためには土下座でも何でもすると言うなど、シュエンの行動に一貫性が無く些か不気味に感じる。

 

「ラピ」

 

 シュエンの護衛として来たであろうユニが、シュエンの後を追わずにラピの腕を掴んだ。突然のことに彼女を見ると、その瞳は仄暗い光を湛えている。

 

「……ユニ」

 

「ラピは記憶が消されてないんだ。ミハラとラピは一緒に記憶消去されたのに」

 

 ユニは更に強くラピの腕を握り締めていく。

 

「ラピは全部覚えているんだ。ミハラは全部忘れたのに」

 

「……」

 

 ラピの腕が軋む音が聞こえる。

 

「ラピはいいな。全部覚えていて。ミハラは、覚えてないのに。ラピはいいな。アニスとネオンとずっと仲良く暮らせて。ミハラは、ユニとあまり仲良くないのに。ラピはいいな。生きていて。ミハラは、死んだのに」

 

「……ユニ」

 

「……」

 

 ユニはラピの呼び掛けに応えず恨み言だけを残して出て行く。

 

「……私も行くわ。またね。」

 

 そしてミハラもシュエンとユニの後を追い出て行った。

 

『……』

 

 アニスとネオンも何も言えない。

 

 トーカティブ捕獲作戦の失敗と、その後のエニックによる記憶消去の判決はシュエンの身勝手な行動が原因であるため、巻き込まれた側であるカウンターズ(私たち)を責めるのは逆恨みと言っていい。

 

 しかしだからといってユニの態度を責める気にはなれなかった。

 

 ラピが戻って来て何一つ忘れていないことを知るまでは、私たちも悲壮な覚悟を決めていたし、もしもラピが本当に忘れていたなら今の様に過ごすことは困難だっただろう。

 

 そして何よりも、例え傍から見ればその関係性は歪であろうとも、あの日行動を共にしたワードレス(ユニとミハラ)は互いを大事に思っているのが見ていて分かったから。

 

「……ラピ。大丈夫か?」

 

「……いいえ……痛いです」

 

 私でもそう感じるのだから、ラピはより一層ユニの痛みを感じただろう。

 

 

 

 

 

 あの後イングリッドと共に聞いた報告の内容と、その後の作戦会議の内容を、ベッドに倒れ込みながら振り返る。

 

 回収したヘレティックの破片……マテリアルHのこと。

 合同作戦で確認したラプチャーの地下施設のこと。

 地下施設の制圧作戦中に現れたマリアンのこと。

 アンダーソンが立案した総力戦のこと。

 マリアンを説得できなければ、またあの時の様に撃たねばならないこと。

 

「奇跡か……」

 

 アンダーソンの言葉が思い起こされるが首を振る。古い言葉に人事を尽くして天命を待つとある様に、奇跡を願い頼るのは私自身ができることを全て終えてからだ。そして今できるのは色々あり過ぎて疲れた身体をしっかりと休めて、これまでの作戦とは規模の異なる明日の作戦に備えて疲労が残らない様にすることだ。

 

「おい」

 

「!?」

 

 目を閉じ眠ろうとした瞬間、私以外に誰も居ない筈の部屋の中で突然呼び掛けられたことに驚き、慌てて声のした方を確認する。

 

「……スノーホワイト?」

 

 其処には外骨格を返却するために来た時と同じ様に、スノーホワイトが佇んでいた。

 

「明日、乱入する。覚えておけ」

 

 スノーホワイトは一切の前置き無く用件を告げる。何故地上を彷徨うピルグリムが、先程決まったばかりの作戦を知っているのか気になったが、マリアンを救うためにも力を貸して貰えるのは非常に助かる。そしてスノーホワイトの目的は当然。

 

「トーカティブか?」

 

「そうだ。あいつのことは私に任せろ。あれには聞きたいことが山程あるし、一度追い詰めたヤツを逃がした始末は私が必ず付ける」

 

 私からすれば北部でトーカティブを取り逃がしたのは、マリアンの介入が原因であり、スノーホワイトに責任はないと思うが、彼女自身は自分でケジメをつける気のようだ。

 

「……分かった。トーカティブは任せる」

 

 尋問されたことに対しての怒りはあるが、私はトーカティブとの決着に固執している訳では無いので、素直にスノーホワイト提案を受け入れた。

 

「それともう一つ、できるなら頼みたいことがある」

 

「?」

 

 話はトーカティブのことで終わりかと思ったが、他にもまだ何かあるようだ。

 

「お前はあれからエリカ……DOROと会ったか?」

 

「エリカ?」

 

「DOROが昔ニケだった頃の名だ。それで、どうなんだ?」

 

 DOROに他の名前があり、しかもニケであったことに驚く。そしてスノーホワイトの言う昔とは何時のことだろうかと考える。ラピの話ではかなり前に師匠と共に会ったとのことだったが……いやそれは兎も角。

 

「ああ。何度か会っているが、それがどうかしたのか?」

 

 スノーホワイトにはそう返すが、こちらから意図して接触できたことはない。

 しかし何時の間にか冷蔵庫の食材が補充されていたり、散らかった倉庫が整理されていたり、夜の間に壊れていた箇所が直されていたりなどと何かと助けてくれていた。また、あちらも別に私たちカウンターズから隠れるつもりは無い様で、たまにDOROがモップで床を磨いている場面などに遭遇することがある。

 そしてその際には私たちも日々の感謝を伝えていた。勿論、言葉の意味がそのまま伝わっていることはないだろうが、こちらのジェスチャーの意味は理解してくれている筈だ。

 

「そうか、なら次の作戦中に現れたら引き留めてくれないか。謝罪の機会が欲しい」

 

「それならここに来た時に連絡するか?」

 

 作戦中ではなくDOROがここに来た時に会えばいいと思い提案する。

 

「いやそれでは会えないだろう」

 

「何故?」

 

「逆に聞くが、お前たち以外がここにいる時にDOROと会ったことはあるのか?」

 

「……」

 

 会ったことはない。何時もDOROが姿を見せるのは、ここにカウンターズしか居ない時だけだ。

 

「やはりそうか。なら私が来ると気が付けば逃げるだろう。だが混乱している戦場なら或いはということだ」

 

「……分かった。やってみる」

 

「頼む」

 

 スノーホワイトの話は今度こそ終わりのようだ。なので私から尋ねる。

 

「スノーホワイト」

 

「何だ?」

 

「DORO……いやエリカはどんな人だったんだ?」

 

「私は思考転換の影響で覚えていない」

 

 ずっと気になっていた疑問に対するスノーホワイトの答えは予想外のものだった。

 

「だがラプンツェルと薔花は覚えている。ラプンツェルが言うには、仲間を大切にする優しい人であり、諦め掛けていた私たちを前に向かせてくれたとても強い人でもあるそうだ。そして薔花が言うには、普通の人と同じ……いやそれ以上に悩み不安に駆られながらも、他人に寄り添いながら誰かを助けるための行動ができる人だそうだ」

 

 しかし続く言葉に私は何処か安心した。

 

「そうか……」

 

「……話が長くなったな。お前はもう休め」

 

 それを最後にスノーホワイトは去った。

 

「……」

 

 私はイングリッドの警告を思い出す。

 

 

 

 

 

「神獣……いやお前たちの言うDOROを信頼し過ぎるな」

 

「どういうことですか教官?」

 

 ラピが真意を尋ねる。

 

「そのままの意味だ。伝えるか迷っていたが、合同作戦の報告内容からして警告するべきだと判断した」

 

 しかしイングリッドの返答は最初と変わらない。

 

「もっと分かり易く説明してくれないか?」

 

 私が理解できず説明を求めると、イングリッドはアニスを見た。

 

「アニスといったな」

 

「私?」

 

「お前は作戦中、頻繁にウンファを挑発していたな。何故だ?」

 

「あれはあっちから!」

 

 アニスは反論しようとしたが、その前にイングリッドが続けた。

 

「どちらが最初なのかはどうでもいい。問題なのは実力差のある相手を無意味に怒らせたことだ。ウンファだったからお前は無事だが、相手が短絡的な行動をした場合にどうなるか考えていたか?」

 

「それは……」

 

「そうだ何も考えていない。ニケだから、或いは指揮官がいるからと、そんなことは起き得ないと思っていたのだろう」

 

「……」

 

 図星の様でアニスは何も答えられない。

 

「もしもDOROに対して同じ様な真似をすれば最悪殺されるだろうな」

 

「何を言って……?」

 

 私には普段から何かと助けてくれるDOROとイングリッドの言うDOROが結び付かなかった。

 

「アウターリムには、あれを神の様に崇める教会が存在する。そして其処にはマフィアやギャングは絶対に手を出さない。何故だか分かるか?」

 

「……それはまさか」

 

 無法者の集団が手を出さない。いや手を出せないならそれは。

 

「そうだ。教会を襲撃すれば、略奪して得られるものよりも遥かに恐ろしい報復があると理解しているからだ」

 

「……」

 

 少なくとも一度は彼等が震え上がる様な何かがあったということだ。

 

「それにお前たちは知らないだろうが、あれは嘗てミシリスの研究所を襲撃したことがある」

 

『!!』

 

 更に開示された情報に私たち全員が驚く。

 

「厳密に言えば、あれが襲撃者だという確かな証拠は無い。だが状況からみて、あれがニケも含め複数の重傷者を出したのは間違い無いだろう」

 

「だがそれなら……」

 

 昔のことならCEOはシュエンではないのかもしれないが、3大企業が被害を受けて黙っている筈がない。

 

「勿論、当時のミシリスは報復しようとした。だがマスタングが反対した上、エニックから後に今の教会となる集団への攻撃は禁止された」

 

「エニックが?」

 

 シュエンを自由にさせている今からすれば考えられないため、私はイングリッドに問い返す。

 

「ああ、普通は干渉しないエニックがだ。そしてその理由はもしも彼等を組織的に殺せば、あれがアークにとってヘレティック級の脅威となるからだそうだ」

 

 

 

 

 

 ──翌朝

 

 朝日がカーテンの隙間から部屋に差し込み目を覚ます。

 どうやら考えている内に寝てしまったらしい。

 

 洗面所で顔を洗って意識をはっきりさせると、何処かからいい匂いがすることに気が付く。窓を開けて下を見るとコマンドセンターの入り口付近でDOROが料理をしている。北部での時以来、前哨基地では初めてのことだが、皆の分を含めて朝食を作っているようだ。

 

「おはよう」

 

「Doro〜」

 

 私が挨拶をするとDOROもこちらに手を振り挨拶を返してくれた。その様子を見て何だか可笑しく思えて笑ってしまった。

 

 確かに私たちはDOROについて実際のところ何も知らない。だから普通はイングリッドの言う通り警戒する方が正しいのだろう。しかし目の前の恩人を疑い続けるのは、私にはできそうになかった。

 

 イングリッドの話から想像されるDOROとスノーホワイトから聞いたDOROのこと。どちらが本当のDOROなのか、いや或いは両方共が本当のDOROなのかもしれないが、それはこれから知っていけばいいだけのことだ。

 

「それにしても……」

 

 何故、外で料理しているのだろうか。普段から彼方此方に自由に出入りしているのだから、キッチンを勝手に使っても今更誰も責めないと思うが。

 

「……いや、そうか」

 

 体のサイズ的に、普通のキッチンだと手が届かないから却って使い難いのか。

 

 せめて踏み台くらいは用意するべきだろうかと考えながら私は部屋を後にした。

 

【End】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食といえば卵である。

 

 手元でジュージューと音を上げて焼けていくベーコンエッグを見ながら私は考える。私自身は朝食に卵を食べることは多くなかったが、前世ではイギリス式朝食の影響なのか有名なアニメ映画などでもベーコンエッグが朝食として描写されていた。

 

 ならば大事な作戦の前には基本に立ち返り、イメージ通りの朝食を取るのも1種の験担ぎ?になるだろう。奮発して今では高級品になってしまった本物の卵とお肉を使っているし、何処かの春にお祭りをしそうな名前の警察官も、確か張り込みの神様に捧げるとして一般的なイメージに従い、あんぱんを食べ牛乳を飲んでいた筈だ。

 

「Doro?」

 

 いや、あれは失敗したんだったかな?

 まあどっちでも良いか。兎に角、作戦が長くなっても大丈夫な様にお昼のサンドイッチも用意しており準備は万端だ。

 

 とはいえ今回は本当に気を付けなければならない。物語が進めば主人公は異常な頑丈さを示す様になるが、今はまだ一般人の域を出ない。そしてマリアンにアンチェインド弾を防がれる以上、主人公が刺されるのは避けて通れないから、その際に万が一があれば詰んでしまう。

 

「……」

 

 祈るしかないのが、もどかしいところだが仕方無い。私にできることが限られているのは分かっていたことだ。何もかも救えるなどと考える思い上がりは遥か昔に捨てたのだから。

 

 そうだ、できることをすれば良い。そして今できるのはカウンターズの皆の士気が上がる様な食事を作ることだ。

 

「Doro〜♪」

 

 私は皆が来るまで料理を続けた。





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