救済を願って 作:バレンシアオレンジ
『人類連合軍は君を待っている!
我々と共に人類の未来を照らそうではないか!
今すぐ最寄りの募兵事務所へ!』
勇ましい音楽と共に放送されている募兵のCMに嫌気が差す。厳しい冬が明け漸く本格的な春の訪れを感じ始めていた頃、私は朝からラジオを聞き流しながら荷物を整理していた。
あの夏から半年以上が過ぎ世の中は変わった。
初めは良かった。
国内のシャトル発射場やミサイル関連施設を襲撃したラプチャーを片付け、軌道エレベーター周囲のラプチャーも膠着状態ではあるものの、被害が拡大することはなかったから。
そこで軌道エレベーター破壊を選択できれば良かったのだが、政府が選んだのは会見で宣言した通り、諸外国と協同して人類連合軍を組織することだった。後から考えれば可笑しな話だが、政府は戦後のことを見据えていたのだろう。つまりラプチャーの情報を隠蔽していた責任の追及から逃れるために、今回の戦争解決に主導的な立場を担ったと世論にアピールする目的があったわけだ。
そうして発足した人類連合軍は、一部の国と地域で施設を占拠し続けていたラプチャーの生き残りを掃討することで、当初は戦果を上げていた。このため、後に各国の安全保障上極めて重要な資源地帯がラプチャーの襲撃を受けた際にも、当然対応に乗り出すことになった。
広域ジャミングの影響で現場の状況は判然としなかったが、ラプチャーが資源を求めて行動した点から、政府はこの戦いの勝利が本戦争における決定打となると考えて、これまでの経験から想定される敵戦力に対して十二分以上の部隊を投入し……
壊滅した。
資源地帯を襲撃したラプチャーはそれまでとは異なる戦術を用いていた。シャトル発射場を攻撃した際には最悪の場合でも単独の輸送艦"マザーホエール"から多数のラプチャーを降下させるだけだったが、資源地帯に現れたラプチャーは3隻のマザーホエールとそれを護衛する強力な空戦能力を有したラプチャー"ストームブリンガー"からなる機動打撃群だった。戦闘機の編隊が複数のストームブリンガーを前に成すすべもなく落とされて制空権を喪失したことで、砲兵隊も最善は尽くしたが空爆により屑鉄になり、参戦した将兵の多くはラプチャーの火力に圧倒され土に還った。
ここに至って漸く各国の首脳陣は想定が甘すぎたことを理解した。中でも迅速な意志決定が可能な政治体制を持つある国が、独断で敵に資源を渡すまいと核兵器を使用したが、その結果はグラトニーに吐き返されるという惨憺たるものだった。また軌道エレベーター周囲も呼応するように、それまでとは比較にならないほど戦力が拡充され、小型のラプチャーですら銃器がまともに効かなくなると、人類連合軍は戦線を維持できず大きく後退した。
結果として人類の勝利を決定付けるはずの戦いは、この戦争の行く末が勝利ではなく敗北なのではないかと人々の心に暗雲を広げる形で終わってしまった。
以後、今日に至るまで人類連合軍は散発的な戦闘で少しずつそれでいて確かに敗北を重ねていた。そしてそれは士気を維持するために各地の戦況をぼやかして報道されていてもなお、帰る人が少なく戦場が広がり続ける中、一般市民にも噂される程度には公然の秘密となっていた。
「エリカ先輩、こっちは確認終わりました。それにピナ先輩がそろそろ朝御飯にしましょうって呼んでます」
マリーがシェルターの入り口から覗き込んで言った。
「ああ、ありがとう。もう少しでこっちも終わるから、直ぐに行くとピナに伝えてくれるかい?」
「分かりました! 先に行きますね」
あの会見後に私が改めて皆に注意を促したところ、ただ了承してもらいたかっただけのメッセージに対して予想外に強い反応が返ってきた。ピナは何か気になることがありますかと問い詰めてきたし、マリーはもっと具体的に何をするべきなのか教えて下さいと聞いてきた。暫くするとパーシャもまた何かあったのかと追及してきたので、私は目を白黒させながら何かあったわけではなく、ただ危険だと勘が働いたから連絡しただけと返したが、却って皆の態度は深刻になった。
その結果、私が今後どうする予定なのか白状することになり、シェルターのある家に引越すつもりだと明かすとピナとマリーの2人とはシェアハウスをすることになり、パーシャは根拠は殆ど無いが自身の懸念として上官に報告することになった。
何故、そんな反応をするのか尋ねるとそれぞれ……
「エリカは野生動物よりも勘が鋭いですから」
「私には分からなくても先輩の注意はいつも正しかったので」
「お前の言う勘は勘じゃないだろうが」
と返された。
どうやら斜め上方向に信頼が厚かったようだ。
少し微妙な気分になったが、状況からすれば良いことなので納得することにした。
なお最初の報告は黙殺されたが実際に懸念が現実となったことを踏まえて、パーシャは陸軍情報部に協力することになったそうだ。その後各地にマザーホエールを伴わない不定期のラプチャー降下が確認される中、パーシャから今後の戦局予想を聞かれたため、防衛・資源に不安がなくなった今、ラプチャーは本来の行動原理である人類の絶滅またはそれに準ずる状態になるまで人口密集地域を積極的に襲撃するだろうと告げた。特に心理的効果が大きく、その性質上必然的に人の多い首都攻略を試みるのではないかと追加して。
……この時点ではラプチャーの目的が何か判然としていなかったため、パーシャからやっぱりお前の勘は勘じゃないだろと呆れられたが。
例によって上官は半信半疑だったそうだが、人口の多い他国の首都が実際に陥落したことで、対処方法について疎開するのか、そもそもさせて良いのかを含めて議論が紛糾したそうだ。
過去を振り返りながら整理を済ませてシェルターを出ると、良い匂いが漂っており空腹を自覚した。地上部分のリビングではピナとマリーが待っていた。
「ごめん、待たせたね」
「いえいえ、片付けお疲れ様です」
ピナに謝罪して食事を取る。
遭遇する可能性はまだ低いとはいえ、ラプチャーが音と熱を感知する以上、気温が低く自然音が少なくなる冬には可能な限り外出を控えていたため、生鮮食品は水耕栽培キットで育てられる野菜に限られるが、十二分に美味しく調理してくれるピナにはいつも感謝していた。
『……規格化およびサプライチェーンの効率化を目的とした政府主導の統合整備計画が実行され、民間企業を含めた合併により設立されたエリシオン・ミシリスインダストリー・テトララインの三大企業ですが、政府筋の話によれば現在V.T.C.と協力して対ラプチャー用の新兵器を開発中とのことです。また航空優勢を絶対的なものにするために、これまでの洋上空母とは全く異なる空中航空母艦が建造中で来年就航予定との情報もあり、今後の人類連合軍は……』
「……いよいよ近付いてきたね」
「エリカ先輩、何か言いましたか?」
「何でも無いよ。ただ新兵器で戦況が良くなればと思ってね」
「……先輩はそうなると思っていませんよね」
マリーの言葉に驚かされる。確かに"そうなる"とは思っていない。しかし"そうなって欲しい"という想いは本当に心からの願いであり祈りだ。
「すまない不快にさせたかい?」
私の問いかけにマリーは首を振った。
「でも何度も言いましたけど、次からは私達に相談してくださいね。協力できることだってあるはずですから」
「分かっているよ。君みたいな友人を持てて私は幸せだね」
思わず笑みが溢れマリーを撫でる。こうした行動は余り良くないかもしれないが、可愛い後輩に心配されたことで体が勝手に動いていた。
「2人共、注目してください」
ピナがテーブルに両手をついて話し掛けてきたので、姿勢を正して向き直った。互いに現状を再確認するために自然と行うようになった朝礼の様なものが始まった。
「先ずはマリー、確認してもらった医薬品はどうですか?」
「はいピナ先輩、昨日エリカ先輩が指を切って絆創膏を使いましたが、冬の間は誰も病気にならなかったので備蓄については問題ありません」
「そうですね、病気にならなくて本当に良かったです。でもエリカは気を付けてくださいね。では食料品と日用品の備蓄はどうですか?」
「ああ気を付けるよ。それに備蓄は問題無いとも。ピナ、君がしっかり管理して使ってくれていたからね。追加するなら、知っての通り井戸と繋げた水道設備も駄目にならなかったから予備の部品は残っているし、それは太陽光発電パネルについても同じだよ」
「ええ分かっていますが改めて確認できて良かったです。2人共ありがとうございます。それでは私から今日の本題ですが……みんなで出掛けませんか?」
少し驚いた様子の私達に対してピナは言葉を付け加えた。
「エリカの様子から見て今後状況は良くならないんですよね? ああ無理に答えなくても大丈夫ですよ。これでも親友の考えていること位は分かるので」
「……そんなに分かりやすいかい?」
自分ではポーカーフェイスのつもりなので少しショックだ。
「慣れれば分かりやすいですね。いえ、それは別に良くて私達は既に生きるために必要な最低限の準備は済ませました。そしてそれはこの冬の間に証明されています。なのでこれまでの私達へのご褒美としてお店が開いている内に外食しませんか? ついでに卵とかを買って無事のお祝いにケーキを焼くのはどうでしょう?」
「別に良くないのだけども……確かに息抜きは必要かな? ケーキは買わないのかい?」
「私が作りたいというのもありますが、その生きるために"必要なこと"以外にも"楽しいこと"をみんなで一緒にやりたくてですね……」
「……そうか、そうだね」
「私も賛成ですがエリカ先輩は大丈夫だと思いますか?」
「?……どういう意味かな」
「えっと……その勘は大丈夫ですか?」
「それは私も気になりますね。エリカが少しでも不安を感じているなら日を改めましょう」
「……なるほどそういうことか」
言いたいことは理解した。
厳密には私の危険や気配を察知する第六感と前世の知識は別物なのだが彼女たちには特に説明していなかったので、一種の未来予知ができると思われているようだ。
「近くにラプチャーが居れば分かるかもしれないけど、そうでなければ先のことは分からないよ。まあ、ここら辺は人が多い訳ではないし、昼間の暖かい時間なら大丈夫じゃないかな?」
前線ではないし人口密集地でもないただの田舎街だから、今の段階では危険は大きく無いと思われる。とはいえ、世界規模の戦域全てを監視するのは不可能だし、マザーホエールが後方にラプチャーを落としている可能性もある。また直接大型ラプチャーを落とさなくても、ランドイーターの例がある以上、小型ラプチャーが建物とか車とかを吸収して大型化することもあるかもしれないのだから、実際にラプチャーと遭遇するかは運次第といったところか。
「なら決まりですね。私が車を確認しておきますので、お昼前くらいに出掛けましょうか」
車はバッテリーとしても使えて静粛性に優れる電気自動車だ。低速時に音を出す車両接近通報装置を含めて、不意に音が出る可能性があるものは当然全て取り外して使っている。
「それと銃の確認も忘れないでくださいね」
あからさまに持ち歩く訳にはいかないので、携行性と隠密性に優れる拳銃を購入している。また音を抑えるためのサプレッサーも用意した他、一般的な拳銃ではラプチャーに対して無力なので、万が一のために対物ライフル弾が使用可能な拳銃を……と思ったのだが重量5kg超は流石に重すぎたので、諦めてマグナムリボルバーを追加で用意している。こちらでも正直試射したときは腕を痛めるかと思ったが、人類滅亡に王手をかけるような相手にはこれでも気休め程度だろう。
因みにピナはリボルバーが気に入らなかった様で、車にライフルを用意しており、マリーは苦手意識がある様なので拳銃のみ持ってもらっている。
「分かりました!」
「私も確認しておくよ」
ピナに返事をしてからテレビに意識を戻す。
『……現在シェルターについて問題が相次いでいるため、政府は諸外国と協力し、将来的な防災の必要性も踏まえた恒久的に居住可能な超巨大シェルターの建設を計画しています。このシェルター建設事業、通称アーク計画にはこれまでとは全く異なる革新的な3Dプリンティング技術、ハーモニーキューブが用いられており、今後5年間で国内に数十基、国外も合わせると数百基が建設される予定です。これは合計すると現在の世界人口を上回る収容人数を誇る規模で……』
「……」
この計画の開始を知って最初に行ったことはパーシャへの連絡だ。私自身、忘れていたことだがゲームにはロストセクターという要素があった。それが意味するところは本来のアークが生存者の選別を意図していなかったということだ。
であるならば、ラプチャーにアークの候補地が発見されないように情報管理体制を厳しくすれば、何か変わるのではと考えて伝えたのだが、クローズドネットワークで管理しても、完全なアナログ管理に切り替えても、発見を遅らせることはできてもラプチャーによる襲撃はゼロにはならなかった。
このことから考えると、ラプチャーは散発的な攻撃の中で対応が早い場所に重要施設があると判断して、戦力を振り分ける様なアルゴリズムに基づいて行動しているのかもしれない。この場合、対処するためには出現したラプチャーを攻撃しない必要があるのだが、無関係の民間人や建設作業員および地上の物資集積所を攻撃されている状況で、現場の軍人に対して何もせず見ているだけにしろなどと口が裂けても言えるはずがなかった。
結果としてアーク計画は遅々として進んでいない。
──アークは皆さんを歓迎します──
「……結局嘘になってしまうんだね」
思わず呟いた後、2人と同じく準備するために自室へ戻った。