救済を願って 作:バレンシアオレンジ
追加されたメインストーリー読まれましたか?
ドロシーがやっと……
そしてリヴァリンは兎も角フラジャイル……
【Another Side】
「……お前か」
微かに聞こえた物音に身構えて振り返るが、そこにいたのは見慣れた生き物だったので力を抜く。エデンから提供された小型の光学迷彩装置により、外部からは私を視認できない筈だが、この生き物は何でもないかの様に変わらず定期的に訪ねて来る。
「Doro」
「いつもすまないな」
袋を2つ受け取り中身を確認する。それぞれエデンからの研究に必要な物資と、DOROからの保存食を中心とした食べ物が入っていた。その中から丁寧に包まれた四角い塊を取り出し、包装を開いて齧り付く。
保存食の方も年々味が良くなってきているが、矢張り新鮮な食べ物を使ったモノの方が上だ。DOROの作る料理はその時々の気分で変わる様だが、最近はサンドイッチにハマっているらしい。私も片手で食べながら作業できるので、そういう意味でも助かる。そんなことを考えながら食べていると、DOROが何か言いたげにこちらを見つめていることに気が付いた。
「ありがとう。美味しいよ」
「DoroDoro」
そう言って頭を優しく撫でると、DOROはどこか得意気に思える声を出してから、勝手に周りを片付け始める。
「……いや、私も後で片付けるつもりだったんだ」
「Doro!」
言い訳を口にするが、信用できないとばかりに強く声を上げられた。まあ、毎回のことだから無理もない。
「危険な物もあるから気を付けてくれ」
「Doro」
念の為そう忠告するが、DOROは手を止めず大丈夫とでも言う様に鳴いた。私も本気で心配している訳では無い。何せDOROは私よりも遥かに危険に対して敏感だから。
「それにしても……」
幾度となく思う。昔とは大違いだ。
あの頃は1人で全てを行わなければならなかった。
アークは封鎖され、誰にも会うことはなかったから。
何よりも漸く見付けたシンデレラはボロボロで目を覚まさず、ヘンゼルとグレーテル、そしてセイレーンに至っては見付けることさえできていなかったから。
そんな日々の中、私は返事のないシンデレラに毎日話し掛けながら研究を続けていた。元のシンデレラだったら直ぐにでも治せたが、ヘレティックに改造されたシンデレラを治すのは、流石の私にも不可能だったから。
隠れていた施設をラプチャーに襲撃されることもあった。ニケであっても元々研究者にすぎない私にとって戦いは専門外だったが、他に戦える者などいる筈もないから、選択肢などなかった。そのため何度も怪我をした。
「ううっ……泣くな。泣くな。泣くな……」
毎日の様に苦しくて心細くて泣きそうになる自分を声に出して戒めた。そうしないと折れてしまいそうだったから。
「……なんだ?」
だがこの残酷な世界はどうしようもなく理不尽だった。
「おかしいな……? できるはずのことが……何だ? どうして分からない?」
ある時からできる筈のことができなくなる症状に見舞われた。
「……くそっ……あの時か……頭を……やられた」
ラプチャーと戦った際の怪我で外傷性認知症を発症したのだと悟った。
「……大丈夫だ。時間はある……また覚えなおしながら……やればいい。それだけのことだ。やればいいんだ。できる、できるさ」
自分自身に言い聞かせる様に何度も口に出した。
「そうだろう? シンデレラ……」
最も大切な私の最高傑作は変わらず応えてくれなかった。
「ニケ……! ニケだ!」
そして何時もと変わらない筈だったその日、私の運命を変えたその日、最初にあったことは地上を歩くニケを見掛けたことだ。
「なぜだ? ニケが地上にいる!」
動揺もあったが、私は何よりも歓喜した。
「そ、そうか! 永久に地下にいるはずがない! シンデレラ! 少し待っていてくれ! す、すぐ戻ってくる!」
私は喜び勇んで見付けたニケに声を掛け、共にアークへ向かった。その道中で出逢ったんだ。
「Doro!」
「な、何だ!」
共に歩いていたアークのニケが突然吹き飛ばされて転がったかと思えば、見たことのない奇妙な生き物が私の裾を掴み引っ張っていた。
あの時の私にはお前が何のためにそんな行動をしているのか分からなかった。
「クソッ! やってやる!」
だから銃を手に取りお前に向けて引き金を引いた。
「DoroDoro……Doro!」
あんなにも必死に伝えようとしてくれていたのに。
「ハァ……! ハァ……! 本当に何だったんだアイツは!」
一発も掠りもしなかったが、撃ち続けている内に諦めたのか逃げていったお前のこと罵り、転がされたニケを助け起こして再び歩き出した。
そしてアークに辿り着くと、私は研究所へ連れて行かれた。
「量産型のボディで、今まで生き残っていたとは信じ難いな。これ、アークができる前のものだろう? 面白いな。開けてみるか」
そこにいた奴等は私を捕えて、興味深い玩具を見るかの様な目で観察していた。
「何をする! 離せ!! 私はフェアリーテイル第2世代の開発責任者、エイブだ! 上層部に確認してくれ!」
今から思えば浅慮な行動だった。そもそも第2世代の開発は機密事項だ。その上、人類敗北の決定打になってしまったシンデレラが、莫大な予算と資源を掛けて作られた人類側の兵器だったなんて情報は、上層部にとって一刻も早く消し去りたいものだった筈だ。
「だから、そんなものは知らないって。フェアリーテイルの第2世代って何のことだ? ああ……地上に長くいたから、おかしくなっているのかもな。NIMPHがあってもそうなるのか。これも確認が必要だな……」
だから奴等が私の話を真面目に取り合って、手助けしてくれる可能性なんて最初から無かったんだ。
「お、おい! やめろ!」
その時になって漸く置かれた状況を理解した。
「とりあえず外装から始めて、内部も確認してみよう。みんな準備してくれ」
だが気が付くのが余りにも遅過ぎた。
完全に拘束され投与された薬剤により意識も朦朧とする中、シンデレラに対して行われていた実験の記録を思い出し、自らの未来に絶望するしかなかった。
その筈だった。
しかし遠くから聞こえた爆発音と振動、そしてその直後に響き渡った非常ベルと火災を報せる館内放送が私の考えが間違っていることを教えてくれた。
「何だ! 何があった!」
「分かりません!」
「早く逃げよう!」
奴等の動揺する声が聞こえた。
「落ち着け! 先ずは状況確認だ! おい、お前は守衛室に連絡しろ! それ以外の者は研究データが正常にバックアップされているか確認するんだ!」
奴等の中で一番偉そうにしていた奴が、状況を掌握するために指示を飛ばすと、一旦混乱は収まり各人が行動を開始した。
「守衛によると、原因不明の爆発があり調査中とのことです。ですが、テロの恐れがあるため研究員は全員シェルターへ避難する様にとのことです!」
「分かった。だが、テロの恐れがあるならローカルデータは全て破棄する必要があるな……そっちはどうだ?」
「バックアップは問題ありません!」
「よし、なら貴重品を持て! 避難するぞ!」
そう言った後で同じ部屋にいるニケに顔を向ける。
「お前は残ってローカルデータを削除しろ。それ以外の鉄屑は私達の護衛につけ。誰か一人にでも怪我をさせたらスクラップにしてやるからな! 死ぬ気で守れよ!」
怒鳴られてもニケ達は特に反応を示さず淡々と指示に従う。恐らく何時もその様に扱われていたのだろう。彼女達は銃が装填されて安全装置が外れていることを確認した後、1人が前に出てカードキーを使い自動スライドドアを開けた。
彼女としても特に問題ない行動の筈だった。テロリストとして想定されるのは人間だ。身体能力も反応速度もニケに遠く及ばず、自身に対する有効な攻撃手段が限られている相手に、クリアリングする必要性を感じなかったのは仕方のないことだった。
だが、その場にいた全員の予想に反して、扉が開いた瞬間彼女は糸が切れたかの様に崩れ落ちた。
「……何だアレ、ハロウィンか?」
空気が凍りついたかの様な静寂は、奴等の1人が思わず言葉を零したことで破られた。そしてそれは誰もが思ったことだった。
「……」
扉の前、崩れ落ちたニケの側にはジャック・オー・ランタンの様に見えるくり抜いたかぼちゃを被った小さな生き物が無言で立っていた。
「チッ、油断しやがって。おい、早く片付けろ!」
一番偉そうな奴が再度怒鳴る。しかし、かぼちゃ頭の姿が一瞬揺らいだ──そう見えた次の瞬間、残りのニケ達もまた崩れ落ちた。
『……』
驚愕して誰も喋れなくなった。ニケの私でさえ、今でも全力の動きを捉えることはできていない。当時の奴等からすれば、何が起きたのか全く分からなかっただろう。
そしてかぼちゃ頭は無言のまま、奴等の1人を指差し、私を指差し、廊下を指差した。
「な、何だよ! 何なんだよ!」
いきなり指名された形になった奴は動揺して喚くが、かぼちゃ頭は気にせず再び順番に指を差した。
「……ソイツを解放しろってことじゃないか?」
「そう言うならお前がやれよ!」
混乱する同僚を見て、却って落ち着いたのか別の奴がそう言うと、指名された奴は混乱したまま怒鳴り返す。
そしてそれを最後に指名された奴もまた崩れ落ちた。
『……』
恐怖がその場を支配する中、三度かぼちゃ頭が指を差す。指名された2人目は震える手で私の拘束を外し始めた。
「おい、何をしている! 勝手なことをするな!」
「そんなこと言うならアイツを何とかしてくださいよ! 僕だって死にたくないんです!」
それを止めようと偉そうな奴が怒鳴るが、指名された奴は言い返して続ける。厳密には死ぬどころか不可逆的な後遺症が残る怪我をした者は1人もいなかったのだが、混乱する奴等に分かる筈もない。
「……」
「何だ、やる気か!?」
かぼちゃ頭が怒鳴った奴の方を向き、じっと見つめる。偉そうにしていた奴はそれに対してファイティングポーズをとった。しかし、次の瞬間に倒れたのは別の奴だった。
「クソッ!」
偉そうにしていた奴は悪態をついた。倒れた奴の手から端末が零れ落ちたところを見るに、意味もなく怒鳴っていた訳では無かったようだ。かぼちゃ頭の注意を自身に引き付けることで、助けを呼ぶための時間を稼ぐ目的があったらしい。
しかしその目論見は無に帰し、奴もまた悪態を最後に倒れた。
沈黙が支配する空間には、私を解放するために動かす震える手の音だけが微かに響く。やがて拘束を外された私が倒れ込むと、かぼちゃ頭は残りの奴等も全て処理した。
「……Doro?」
「す……あ……」
かぼちゃ頭は近付いて話し掛けてきたが、薬の影響が抜けきっていない私は謝罪も感謝もまともな言葉にできなかった。
そんな私をじっと見つめた後、かぼちゃ頭は部屋の片隅にあったロッカーを倒した。そしてロッカーの中に服などを敷き詰めてから、私を引きずり中に入れて扉を閉じる。
「DoroDoro」
最後に外から何か──恐らく"少し我慢して"とかだろう──を言ってからロッカーごと私を運び出した。私も乗り心地について色々言われる軍用機に乗ったことはあるが、ロッカーの乗り心地はその中でも最悪の体験だった。だが疲労と救われた安心感で、私は間もなく眠りに落ちていた。
「……ここは?」
次に目を覚ました時、私は見慣れない部屋に敷かれた布団の上に寝かされていた。
「何だ?」
とりあえず周囲の状況を把握するために起き上がると、枕元には小さな石ころと緑色の水晶の様なものが散らばっていた。触って確認すると石ころはよく分からないが、水晶はほんのりと温かく優しい光を湛えていた。
そして気が付く。
「……覚えている……思い出せる!」
眠りに落ちる前までは確かにあった、思考に靄の掛かった様な感覚がなくなっており、あの日から抜け落ちる様に忘れてしまっていたことの何もかもが全て簡単に思い出せた。
「ッ!」
喜びの余り勢い良く立ち上がろうとしたが、思考は晴れても身体には薬剤の影響が残っていたらしい。危うく顔から倒れ込むところだった。なので次はゆっくりと立ち上がり、壁に手を突いて体を支えて部屋を出る。
「そうだ……謝らないと……」
シンデレラのことも心配だし気にはなる。しかし、助けてくれた相手にお礼を言わなければならない。それに何よりも謝罪しなければ。かぼちゃを被っていたが、あの姿そしてあの声、間違いなくアークに着く前に出会った生き物だ。
あの時、私がアークに行けばどうなるか知っていたんだ。だから必死に止めようとした。なのに私は助けようとしてくれていた相手を撃ったんだ。
罪悪感に背中を押される様に廊下を進むと玄関が見えた。扉の側にはシャベルが立て掛けられており、くり抜いたかぼちゃが掛けられている。そして廊下の右側にある扉から、微かな物音が聞こえた。
「……いい匂いだ」
料理でもしているのだろうか。食欲をそそる匂いも扉の隙間から漏れていた。誘われる様に扉に向かってゆっくり進むと、私が辿り着く直前に内側から開かれた。
「DoroDoro」
どうやら私が起きたことに気が付いていたらしい。彼女は廊下に出て、こちらを手招きして部屋の中を指差した。
「私のために……か?」
「Doro」
テーブルには湯気を上げるスープが置かれている。まともな食事は何時以来だろうか。量産型ニケの私は食事が必須ではないから、ずっと御座なりになっていた。そんなことを考えていると、何だか泣きそうになってしまった。
先ずはお礼を伝えなければと頭を振り、溢れそうになる感情を抑えて振り返ると、彼女はかぼちゃを被り直し、シャベルを持って玄関を出ようとしていた。
「──ッ! 待ってくれ!!」
後から思えば、何か外に用事があっただけだったのかもしれない。だがあの時あの瞬間、彼女を行かせてしまえば2度と会えなくなる様に思えて、私は体がまともに動かないことも忘れて走り出そうとした。
当然、転んで床に這いつくばることになったが、それでも必死に彼女に向けて手を伸ばした。
「待って……行かないでくれ!」
立ち上がる余裕も無く、そのまま這って進む。彼女は倒れた私を見て驚き少し固まっていたが、シャベルを置き、かぼちゃを脱いで側まで戻って来てくれた。
怖ず怖ずと伸ばされた彼女の手を、私はしっかりと掴んで握り締めた。この気持ちが伝わる様にと願って。
「すまない、本当にすまなかった!」
助けようとしてくれたのに攻撃して。
「ありがとう、本当にありがとう!」
それなのに救い出してくれて。
3大企業の研究所を襲撃するなんて、かなりの無茶をした筈だ。それにこれから先、ずっと睨まれることになるだろう。赤の他人でしかない私を助けても、彼女になんの利益もないというのに。
「本当に……本当に……」
今度は耐えられず涙を零しながら、ただただ懺悔するかの様に、温かい小さな手を両手で握り続けた。
「Doro……」
そんな私の頭を、彼女はもう一方の手で優しく泣き止むまで撫で続けてくれた。
ふと気が付けば手が止まっていた。
「Doro?」
「いや、何でも無い。昔を思い出していただけだ」
DOROが心配するかの様に、こちらを覗き込むので、大丈夫だと手を振り、再びサンドイッチを齧る。あの後飲んだスープは、私が人間だった頃を含めて、どんな高級レストランのものよりも遥かに美味しいスープだった。
「本当に懐かしいな……」
あれから色々なことがあった。
シンデレラの所に戻り、嘗て私の研究所だった廃墟に行ったこと。そこで見たラプチャーカウントから、シンデレラは失敗した訳ではないと知ったこと。改めて物語の続きを、ハッピーエンドの未来を、書き記す決意を固めたこと。
アークのニケを再び発見したが、接触するべきではなかったと再確認したこと。移動している時にヘレティックと遭遇したこと。ヘレティックから隠れるために奇妙なクリスタル地帯に来たこと。
DOROからの紹介でエデンのセシルと連絡を取り合ったこと。共に取り組んだ研究で作り上げたD2クリスタルのこと。アトラスパターンを利用した改良型治療装置のこと。
「そろそろ移動してもいいかもな……」
D2クリスタルと改良型治療装置があれば、エネルギー問題もヘレティックの同族感知によるシンデレラの追跡も、最早気にする必要はなくなる。ならば危険なクリスタル地帯にいる意味もない。
「……DoroDoro」
「どうかしたのか?」
そんなことを考えていると、片付け終えたDOROが近付いてきた。何か伝えたいことがあるらしい。
「Doro」
「これは……?」
DOROは何枚かの絵をこちらに手渡す。描かれているのは1人の軍服姿の男性と、複数人の女性──銃を装備しているということはニケだろう──だった。その内、1枚だけ✘が書かれており、残りの絵には○が書かれている。
「……ここに来るのか?」
「Doro」
わざわざ渡したということは、接触する可能性があるということなのだろう。そう考えてDOROを見ると頷いている。そして移動を促す様子がないということは、私に彼等と会って欲しいのか。
「悪いが……」
断ろうとして口を開くがはたと止まる。私はこれまでDOROの願いを聞いたことがあっただろうか。
シンデレラを早く目覚めさせるために、DOROがラプチャーコアを沢山持って来たことがあった。確かにヘレティックはラプチャーやニケを捕食することで再生能力が向上するのは分かっている。しかし、そんなことをすれば美しいシンデレラが汚れる様に思われて、私はラプチャーコアを吸収させるのを拒否した。
DOROがセシルの手紙を持って来て少しした頃、エデンに行くよう身振り手振りで勧めてきたことがあった。しかし、私は最低でもシンデレラが目覚めるまではエデンに行くつもりなどなく拒否した。
「……」
「Doro?」
DOROを見つめると不思議そうに首を傾げている。思えば助けて貰うばかりで何も返せていなかった。
「……分かった、会ってみよう」
「DoroDoro」
私が頷いてみせると、DOROも安心した様に何度も頷いた。
「だが……」
改めてDOROの絵を確認する。✘が付けられているニケは金髪で少し派手な格好をしている。見たところ金回りが良さそうだ。もしかすると、そこら辺が信用できない人物とDOROが見做していることに関わりがあるのかもしれない。詐欺師だろうか?
「……いや、今考えても仕方ないな」
少なくとも他の人物はDOROが信用できるとみているんだ。余り考え過ぎるのも良くない。それにDOROがまとめて渡したのだから、恐らく彼等は何らかの関係者同士なのだろう。あからさまに仲間の1人を警戒すれば、無用な軋轢を生みかねない。
「しばらくは様子を見て……だな」
そう呟いて、サンドイッチの最後の一欠片を飲み込んだ。
【End】
読んで頂きありがとうございます。
また評価・感想も励みになっています。