救済を願って 作:バレンシアオレンジ
【Another Side】
「……バイパー」
目の前でバイパーのチョーカーが爆発した。そのまま崩れ落ちた彼女の表情を読み取ることはできない。当たり前だ。あるべき場所に彼女の顔が無いのだから。
「お……い……!」
「!!」
苦しそうな声が聞こえて、この場にもう1人いることを思い出す。目を向けると、動けるのが不思議に思える程の怪我をしたE.H.が私を必死な目で見ている。
「クロウを……頼む……!」
それを最後に彼女も倒れた。
まただ。
さっきと同じだ。
ネオンも動かなくなった。
アニスも動かなくなった。
ラピも動かなくなった。
私だけが生き残ってしまった。
込み上げる怒りに従いクロウを追い掛けるために走り出す。
そして、走りながら思考が鈍る頭で今日の出来事を思い返し考えていた。何故、こうなってしまったのか、どうすれば良かったのかということを。
「指揮官……アークと連絡がつきません」
始まりはアークに連絡できなかったことだ。インヘルトと共にマザーホエールを狩り、アンチェインドを手に入れて漸く前哨基地まで戻って来たのに、ラピがオペレーターのシフティーに帰還の報告をしようとしても繋がらなかった。いや、それだけじゃない。ネオンとアニスがそれぞれ視聴しようとしていた、放送局の異なる番組が共に映らなかった。
私たちは急かされる様にアークへ向かったが、心の底から否定したかった嫌な予感は、最悪の形で現実となった。
「アークに……ラプ……チャー?」
「何よ……何よこれ!! ど、どうしてラプチャーがここにいるのよ!?」
ネオンとアニスがあり得てはいけない光景に動揺する中、ラピの指示に従って思い付く限りの相手に連絡したが、矢張り繋がらなかった。
それならば状況把握のために、戦力が揃っており無事であろう3大企業に行くことをみんなは提案していたが、私は別のことが頭に引っ掛かっていた。
『コードネーム・トーカティブは私に取引を提案しました。アークを襲撃しない代わりに、一定数のニケを定期的に供給して欲しいと。コードネーム・トーカティブが消滅した今、その取引が維持されるかは未知数ですが』
……いや、トーカティブの消滅が原因だとすればアークの襲撃までに時間が空き過ぎだ。ラプチャー側が本気ならその日の内に行動できただろう。だがしかし、僅かでもその可能性があるなら確認する必要がある。
「エニックに会わなければ」
私がそう言うとみんな少し驚いた顔をした。
「エニック……ですか?」
「どうして急に?」
最初は疑問を抱かれたが、最終的にはみんな同意してくれた。そして市街地を横切り、途中でポリとミランダと合流してからエニックの部屋に向かった。
その道中でエニックの方から連絡があり、事の経緯について説明を受けた。トーカティブは今回の件に関わり無く、矢張り私の懸念は杞憂だったらしい。そして今の所死者も無く、後6時間で復旧予定とのことだった。
「……指揮官を呼んだ理由は?」
「そうね。指揮官様がすべきことがあるって言ってなかった?」
安心して気が抜けかけていたが、ラピとアニスの指摘に気を引き締め直す。
『はい。ヘレティック・ニヒリスターがアークにやってくるはずです』
その理由は驚くべきものだったが、結果的に私たちは不要だった。
「私は今、アークを救うため、地上から帰ってきました」
狙ったかの様なタイミングで現れたドロシーに、ニヒリスターがあっさりと撃墜されたためだ。
余りにもタイミングが良過ぎたため、ニヒリスターとドロシーの共謀も疑われたが、ドロシーの対応はアークの警察官であるポリが引き受けたため、手が空いた私たちはイングリッドたちに状況を報告した後、アークの天井に穴を開けた真犯人であるエキゾチックを捕まえるために動くことにした。
「……あれ? 師匠、防壁が開いていますよ?」
「……そうだな」
そのためにアウターリムへ行くことにしたのだが、ネオンの言う通り、普段は閉じている筈の防壁が開いていることに驚く。だが、それよりも……。
「それもそうだけど……どういう状況なの?」
アニスの言う通り防壁のことよりも、辺り一帯に散らばるラプチャーの死骸の方が気になる。その時、先行していたラピが軽く調査して戻り報告してくれた。
「……経緯は不明ですが、防壁が開いたことでラプチャーがアウターリムへ侵入しようとしたのは間違いありません。ですが、何者かが侵入しようとしたラプチャーを殲滅した様です。防壁の向こう側も少し確認しましたが、ラプチャーの死骸は1つもありませんでした」
「それは……」
どういうことだ? 状況が益々分からなくなった。
「おとうとぉぉ〜〜!」
「……どうやら、近くにどうしても弟が欲しい方がいるみたいですね」
声が聞こえる方を見ると、相手はこちらに手を振りながら走って来る。
「……モラン?」
「ちょうどいいじゃない。何があったのか聞いてみましょ」
「そうだな」
アニスの提案にみんな頷いた。
「……知っているか? 誰のせいでアークに穴が開いて、ラプチャーが攻め込んできたのか」
何があったのか聞くと、開口一番モランはそう問い返してきた。それについては既に聞いていると言うと、モランはそれなら話が早いと一緒にエキゾチックを探そうと提案してきた。勿論、構わないのだが、欲しい回答はそれじゃない。そう思った時、ラピが改めて質問してくれた。
「……これはモランがやったの?」
「これ? ああ、ラプチャーのことか? 俺じゃないぞ」
「なら誰が……」
キィィィィィィ────
アニスがそう言いかけた瞬間、死骸の向こうからラプチャーが現れたため、ラピたちは身構えた。
「俺もよく分かんねえんだが、ほっといて大丈夫だぞ」
だが、モランがそう言い終えるか終えないかのタイミングで、ラプチャーのコアは破壊された。そしてそのラプチャーの死骸の上には奇妙な生き物がいる。
「にゃ〜〜〜ん」
勝利の雄叫びだろうか、かぼちゃ頭のその生き物は大きく声を上げた。というか、あれはどう見ても……
「DORO……ですよね?」
「……そうね」
「……あの子、DoroDoro言う以外にも鳴けたのね」
誰の目から見ても不思議生物の正体は明らかだった。
「……俺は初めて見たけど、弟たちは知っているのか?」
「初めてって……嘘でしょ? アンダーワールドクイーンのあなたがDORO……神獣を知らないはずないでしょ」
アニスが驚いてモランに確認した。
「神獣はあんな頭してないぞ? もっとこう……かわいい顔だな」
『……』
極一部の人間に対してはDOROの変装も意味があったらしい。兎に角、それ以上はモランに聞くのを止めてエキゾチックを探すためにアウターリムに入った。
しかし罠にはまり私は捕まってしまった。そして椅子に縛り付けられた状態で目を覚ました私に、クロウはアークに穴を開けた理由を聞かせた。そして彼女は言う。
「アークの選択が見たいんだ」
そのままクロウはアークの歴史について語り、今の状況はニケとラプチャーが画面越しの存在になっているのが原因だと言う。
「君は……何をするつもりだ?」
「……テレビでも見よう」
私の問いを無視したクロウの言葉に合わせる様に、監禁部屋の片隅にあるテレビの画面が準備中から切り替わった。
『アーク市民のみなさん! 見えますか!? シェルターにラプチャーが攻め込んできました!』
「へえ、あの子、思ったより演技が上手いのね? 少し心配してたけど、よかった」
「ふ、ふふ……」
悪意に塗れた放送を続けるテレビを見ながら、バイパーとクロウは嗤っていた。
「今の行動の結果……何が起きるか分かってやっているのか?」
「さあな」
クロウは私が睨みつけて非難しても動じなかった。
『繰り返します! シェルターは安全では……何!?』
「あら……」
「これは……」
その時、繰り返しラプチャーがシェルターに侵入したと放送していたユニの慌てる声が聞こえた。テレビをもう一度見ると中央にいたラプチャーは既にスクラップにされていた。そして……
『にゃんにゃん』
かぼちゃ頭のDOROがラプチャーの上で奇妙な踊りを踊っている。なんとなく反省を促されている様な気がした。
結果として、窓の外の騒ぎが少し大きくなりはしたものの、破滅的な事態は避けられた。そしてネオンが仕込んでくれた発煙筒によりエクスターナーの2人が助けてくれた。
その後、合流したカウンターズのみんなと共に、ユニとクロウの目的がシュエンだと判断して追い掛けたんだ。
その結果が今だ。
みんな死んだ。
同時に走りながら考える。DOROはこの未来を知っていた筈だ。なのに何故、変えてくれなかった?
いや、分かっている。これは八つ当たりだ。自分にできなかったことを、他人ならできた筈だと考えることで、責任を逃れようとする弱い心の働きだ。だが分かっていても尚、その考えがこびりついて離れない。
そしてそのままクロウを追い詰めて、背負投げで地面に叩きつけた後、銃を向けた。
「撃つのか?」
「撃つ」
クロウの問い掛けにすぐさまそう返す。
「じゃあ、破滅するんだな」
「ああ、してやる。君を消すためなら、喜んでしてやるよ」
マリアンの時とは全く異なり、明確な殺意を込めて引き金に指を掛けた。だが、私が撃つことはなかった。いや、必要がなくなった。
「指揮官、銃を下ろしてください」
ラピが先に撃ち、私の銃を優しく下に下ろしてくれた。
それから、みんなと合流して落ち着いてから情報を共有した。ドバン副司令官のアウターリム侵攻を邪魔したアンダーワールドクイーンは無事だったが、ミハラは治療の副作用で記憶消去が起き、ユニは更生館の独房に収監されたらしい。そしてクロウは調査のために脳を解剖されることになった。
『念のため言っておくが、脳を燃やすことは考えるな』
『それは心配しなくていい。こういう、印象的な記憶は残しておきたいからな』
イングリッドに解剖のことを説明されてもクロウは変わらなかったらしい。だが……
『そうか。ならばもう1つ聞いておこう』
『……何だ?』
『今回の事件以降、神獣がアウターリムでの行動範囲を広げ始めたようだが、何か知っているか?』
『……本当か?』
『そうだ。明確に教会区画の外側での治安維持活動が確認されている』
イングリッドが状況を伝えると、クロウは突然笑い出し……
『……信じられないだろうが、あたしもこのクソみたいな世界に希望を持っていた頃があったんだ。そしてその頃のあたしは、教会の奴らと同じ様に、アイツの背中に乗って遊びたかったんだ』
最後にそう言っていたそうだ。
兎も角、これで全て片付いた。
そう思っていた。
エニックから緊急連絡があるまでは。
「とりあえず、俺らの前にいる奴らから食ってみるか?」
「分かりました」
急いだが、現場に到着した時には既に遅過ぎた。
「……えっ?」
「アニ……!」
ニヒリスター共に現れたヘレティック。マテリアルHから再生したインディビリアにアニスとネオンが真っ二つにされた。
「久しぶりだな、人間」
それだけでも最悪だったが、トーカティブまで現れた。
だが絶望的な状況下でもラピは冷静だった。
「指揮官。必ず私を見つけてください」
何を言っているのか分からない。
「コード解放。シークレットボディ、フルアクティブ!」
そしてトーカティブと2体のヘレティックと共に、ラピはエレベーターで地上に射出された。
【End】
教会区画に来ると明確に空気が変わる。エターナルスカイが無く、常に夜同然なのはアウターリムの他の場所と同じだが、多数の街灯が目抜き通りを煌々と照らしており、行き交う人々の表情も明るい。
そして人々は私を見付けると少し驚いた表情をした。無理もない、私は普段教会区画にあるエレベーターで外部と行き来しており、アウターリムから歩いて現れることは、ほぼなかったのだから。
「Doro!」
しかし次の瞬間には皆笑顔で挨拶してくれた。なので私もまた元気に挨拶を返す。殆どの大人達は気安い態度から崇拝まで幅はあれど、私に好意的な感情を向けてくれている。当然、私が教会区画の存続に必要不可欠であることも、彼等の態度に影響してはいるだろうが、それでも有り難いことだ。
勿論、子供達もまた好意的ではあるのだが、大人達のそれとは異なり、彼等にとっての私は愉快な隣人の様な存在で、しばしば自分達の遊びに混ざらせようとする。その気持ちはよく分かる。私自身、もしもサンタクロースを信じていた様な純粋だった子供時代に、DOROの様な不思議生物がいれば最高の遊び相手だったろうから。
とはいえ何事にも限度がある。遊び相手になるのは構わないが、私の体に顔を埋めて鼻をかもうとするのは止めて欲しい。勿論、私の第六感と高い身体能力により、その子の思惑が成功したためしはない。しかしそのことが却って悪戯心に火を点けたのか、私を見掛ける度にそれを試みることに情熱を燃やす様になってしまった。
「いつもありがとうございます。DORO様」
「DoroDoro」
そんなどうでもよい事を考えながら倉庫に行き、貯め込んだ物資を出す。最初の頃は整理するのも手伝っていたが、いつからか固辞される様になった。悪感情を抱かれた訳では無く、どちらかというと謝意を感じる表情なので、自分達でできることに私の手を煩わせたくないといった理由なのだろう。しかし、嘗ての様に教会で暮らす皆と同じ作業で汗を流せないことには、一抹の寂しさを覚えていた。
「Doro……」
そして教会区画の最奥にある聖堂に辿り着いた。前世も含めて世界遺産と呼ばれていたモノと比較すれば、些か見劣りするかもしれない。しかしそれでも、私の目にはこの上なく荘厳な建造物である様に思えた。
「お帰りなさいませ、DORO様」
「Doro!」
聖堂の中に入り、こちらに近付いてきた修道服を身に纏った女性に挨拶を返す。彼女は私が何か頼み事をする際の窓口でもあるのだが、喋れないせいで苦労を掛けてばかりだ。身振り手振りだけでは、こちらが伝えたい内容を理解するのも大変だろうに、彼女は1度たりとも嫌な顔をしたことがない。本当に助けられている。
「人払いは済ませてありますので、どうか心穏やかにお過ごし下さい」
「Doro」
今回は私からの頼み事が無いのだとみると、彼女は頭を下げてから壁際で待機する。そんな彼女に感謝を込めて一声鳴いてから祭壇の前まで進み見上げると、そこには妙に出来の良い私の姿を模した石像が祀られていた。
「……」
何度見ても自分自身が祀られた祭壇があるのには慣れない。とはいえ、人々の祈りの対象になっているコレを撤去するようお願いする訳にはいかない。前世の私であれば何も考えずに退かそうとしただろうが、今世で戦争を経験した身では、理不尽な状況下で心の拠り所にできるモノの大切さを知ってしまっていたから。
それにこの像は芸術家の街から救い出した彫刻家が、お礼を兼ねて私を喜ばせようと丹精込めて彫り上げたモノでもあるため、尚の事拒否するのは憚られた。結果として、作られた日から今に至るまで、ずっと聖堂のど真ん中に祀られ続けている。
「DoroDoro……」
首を振り祭壇の下にある隠し扉から奥へ進む。扉の先の廊下を抜けた奥の部屋にも立派な石像が複数並んでいた。これらもまた、私の像を作った彫刻家の作品だ。
嘗て私は芸術家達を助けるのに躊躇していたが、結局助けた筈の私の方が彼等に沢山助けられた。目の前にある石像だけでなく、私が絵画や陶芸を習得できたのは彼等に教わったお陰だし、彼等の中に建築に詳しい人がいたお陰で教会の住環境は改善され、聖堂も今の形になったのだから。
石像の横を通り抜けて、飾り気の無い扉から更に奥に進むと、そこには沢山の写真が飾られた祭壇があった。ここで精一杯生きた人、或いはここで生きた人にとって大切だった人の写真だ。そして無くしてしまった写真の代わりに、私が描いた星屑部隊の絵も飾られている。
「……」
原作とは違う形になったが、芸術家達の名前はきっと後世に残るのだろう。もしかすると、人類が地上を取り戻した後で、ここも嘗ての世界遺産の様に扱われる日が来るのかもしれない。
だが、その一方で思うのだ。
それ以外の人々についてはどうだろうかと。
前世で大聖堂の映像を見ていた時には全く意識しなかったことだ。それらの歴史的建造物には、設計した著名な建築家だけでなく、石を積むといった実際の作業に従事した人々がいたことなど。
彼等はどんな思いを抱いていたのだろう。望まない労役だったろうか。それとも少しでも良い未来を願って、自ら望んで取り組んだのだろうか。何れにしても、彼等の献身は長い時の流れの末に忘れ去られてしまい、今となっては彼等自身が祈った神が覚えているのみだろう。
翻って私達の場合はどうだろうか。勿論、私は共に穴を掘り煉瓦を積み上げた人々のことを覚えている。しかし、私は彼等の名前を知ることはできなかった。それに教会の人々がどれほど祈ってくれたとしても、私は神ではないのだから、当然いつの日か死ぬだろう。もしもその後、此処で生きた多くの人々が、忘れ去られて何処にも遺らないのだとすれば、それはとても悲しいことだ。
「……Doro」
だからこそ皆の分まで私が、私をこの世界に生まれ変わらせたであろう神に祈り願うのだ。
教会の人々のことを──いや、私が原作に辿り着くためだと言い訳して目を塞ぎ耳を塞いで知らない振りをしてきた教会区画外のアウターリムに住まう人々や、私の手が届かず地上に残され死んでいった人々のことも含めて──どうか覚えていて欲しい、と。
そして、この理不尽で残酷な世界に生まれ、それでも人として正しくあり続けようとした全ての人々の魂に
どうか救済を、と。
読んで頂きありがとうございます。