救済を願って 作:バレンシアオレンジ
【Another Side】
「収まるべきところに収まった、といったところかね」
ずいぶんと長い時間を要したが、お互いのすれ違いを清算できて本当に良かった。それに、嘗てドロシーを守るために大型ラプチャーと単騎で戦い勝利したことにも感銘を受けたものだが、教会に来て人々の暮らしを実際に知ると、それ以上に驚かされた。本当に、その長きに渡る献身には脱帽するほかない。
「DORO様……本当に良かったです……」
そしてDOROの側で生きてきたステラは、私たちの再会をまるで自分のことの様に喜び涙ぐんでいる。救われるばかりで何も返せてないと、自分自身の至らなさを恥じていた彼女のことだ。その喜びも一入だろう。ただ……
「……」
「ふふ、大丈夫だよ〜恥ずかしくないよ〜」
当のDORO本人は両手で顔を覆って縮こまっていた。泣き止んで冷静になると、姉さんに縋り付いていたのが恥ずかしくなったらしい。とはいえ、姉さんに後ろから抱き上げられて、されるがままに撫で回されているので、関係が拗れる心配をする必要はないだろう。
「薔花、DOROさんの時間を少し頂けませんか?」
「時間は取らせない」
ラプンツェルが真剣な顔で姉さんに言う。その後ろにはスノーホワイトも続いていた。
「……そうね。DORO、2人の話を聞いてあげて」
「Doro?」
姉さんの撫でる手が止まり、名前を呼ばれたことで、DOROは顔から手を離して目の前にいる2人を見た。
「DOROさん……いえ、エリカさんごめんなさい。あなたと亡くなられた大切な友人のピナさんを間違えるなんて、あってはならないことでした」
「すまなかった。伝えようとした努力を無下にして、お前を撃ったのは許されないことだ」
「??」
頭を下げ続ける2人に、DOROは状況が理解できなくて混乱した様子だ。しかし、少し考えてから2人の頭を撫でる。
「Doro!」
そして元気よく鳴いた。恐らく理解した訳では無く、理由が分からなくても2人に頭を上げて欲しかったのだろう。まあ、最初から分かりきっていたことだ。そもそも、DOROが逃げ回っていたのは私達と戦いになるのが怖かっただけで、怒っていたり嫌っていた訳では無いのだから。仮に、言葉が理解できたとしても、DOROは2人を責めなかっただろう。
しかし、罪悪感に囚われた2人を解放するためには必要なことだった。実際、DOROに撫でられて顔を上げた2人の表情は、ずっと溜まっていた心の澱が浚われたように見える。
「よし、あとはお嬢サマだけだな!」
「そうね。ステラ、私たちがアークに入れる方法ってないかな?」
「勿論用意してあります。皆様は目立つので服装や銃器については変更して頂くことになりますが、アークに紛れ込むこと自体は難しくないでしょう……」
DOROとのことが上手くいったことでレッドフードは気炎万丈の構えだ。その言葉に姉さんも同意して、ステラにアークへの入り方を尋ねると、彼女は出来るとしつつも少し煮え切らない様子だ。
「何か気になることでもあるのかい?」
「……その、レッドフード様の仰る"お嬢様"というのは、ドロシー様のことでしょうか?」
私の問いにステラが確認する。なるほど、確かに説明が抜けていた。
「そうだ。それと、ドロシーの目的について何か知っているか?」
スノーホワイトがその確認を肯定した上で、私達全員が気になっていることを質問した。しかし、ステラは首を横に振る。
「申し訳ございません。ドロシー様の目的までは存じ上げません。私達としても、ご協力出来ることがあればと考えたのですが、ドロシー様がアークの副司令官と何らかの取り引きをした以外のことは分かりませんでした。そして、その取り引きと関係あるはずなのですが……コム、お願いできますか?」
「────説明する。ドロシーはアークに来て以降、放送用チャンネルを1つ借用している。そして"地上の楽園エデン"という番組を繰り返し放送している。内容はこれだ」
「これは……何でしょうか?」
ラプンツェルがそう言うのも分かる。コムが私達に見せた映像は何とも言えないものだった。イメージ映像のみで構成されたそれは、とてもじゃないがエデンの宣伝に繋がるとは思えない。
「──チャンネル借用は、ステラの言う通り取り引きによる結果のはずだ。しかし、毎日同じ映像を流すことの意義は不明だ。何らかの暗号がある可能性を踏まえて、映像を詳細に調査したが不審点は見付かっていない」
「それはまた、何とも不思議な話だね……」
いや、そもそもエデンはアークとの協力など望まない筈だ。敢えて退屈な宣伝をすることで、エデンに対するアークの興味を削ぐ目的があるのだろうか?
「……本人に聞くしかないな」
「それなのですが……現在、ドロシー様はアークにいらっしゃいません」
スノーホワイトの言う通り、ここまで来たのだから直接聞けばいいと私達が頷き合ったところで、ステラに前提を崩された。
「そうなの?」
「はい、調査のため地上に向かわれたようです」
「目的地は分かるのか?」
タイミングが悪いのは仕方ないにしても、恐らくアークでの目的を達成していないにも関わらず、ドロシーがわざわざ自分で調査のために出掛けるとは、よほどのことだろう。
「海上に浮かぶ不審なクルーズ船とのことです。これもコムが調べてくれました」
「ほほう、行き先も把握済みとは大したものだ」
溜め込みやすく秘密主義なドロシーのことだ。目的地は地上なのだし、調べるのも大変だっただろう。
「──そうでもない。アークを出る前のドロシーは目立っていた──いや、この言い方は正確ではない──ドロシーを連れ出しに訪ねてきた人物達が目立っていた」
「誰だ?」
スノーホワイトが鋭く質問する。今のドロシーと接触できて、しかも調査に協力させられるとは一体……?
「特殊別働隊の指揮官、およびカウンターズのラピだ」
「なんだラピと男前か。あいつらが居なかったのも、そういうことだったんだな〜」
レッドフードがコムの言葉にウンウンと頷いている。私自身、2人がいつの間にドロシーと親交を深めたのか気になるところではあるが、ぼっちゃんならあり得ないことでもないかと納得した。
「しかし、ぼっちゃんも歩くだけで目立つほど有名人になったとは感慨深いねぇ」
「──誤解があると判断する」
「うん? 違うのかい?」
再びコムが否定した。単純に2人が有名で目立っていた訳では無いらしい。
「目立っていたのは2人が水着だったからだ」
『……は?』
ステラとコム以外の私達全員が驚いた。
「……えっと〜聞き間違いかな? 今、2人が水着で街中を歩いていたって聞こえた気がするけど?」
「聞き間違いではない。私は確かに、2人が水着で歩いていたと言った」
『……』
姉さんの希望的観測はコムにばっさりと切り捨てられた。余りに予想外のことに絶句する。そしてその沈黙は、少ししてラプンツェルが最初に再起動したことで破られた。
「い、いけません! そんな破廉恥なこと! 第一、最初から露出プレイだなんて飛ばし過ぎです! 始めはもっとこう、ノーマルなプレイから……もしやブラザー、カウンターズのみなさんと夜のレスリングで組んず解れつするのがすでに日常になっているのですか!! それに飽き足らずドロシーを混ざらせようとするなんて! つまり私たちもいずれ、アブノーマルなプレイでしか満足できなくなったブラザーに……はあ、はあ……!」
再起動しなければ良かった。
「ラ、ラプンツェル様?」
「……持病の発作の様なものなのだ。余り気にしないでくれるとありがたい」
「は、はぁ……? 紅蓮様がそう仰るなら、そうします……」
ステラの中で抱いていたであろう、私達ゴッデスの神秘的なイメージが粉微塵になる音が聞こえた気がした。いずれ知られただろうし、早い段階で良かったと言うべきか……まあ、私もお酒が絡むとラプンツェルのことを責められないが。
「レッドフード、ラピに何かしたの?」
「違うからな! あたしは変なことは何も……何も言ってないよな?」
「いや、君しか知らんだろうに……」
姉さんに問われて否定したが、段々自信が無くなったかの様に、レッドフードは首を傾げている。
「船が必要だな……」
スノーホワイトはラプンツェルの発言を無視することにしたようだ。
「私達にお任せください。万が一のことがあった場合に備えて、船は用意してあります。皆様がよろしければ直ぐにでも出せます」
ステラも私の頼み通り、ラプンツェルの様子は見なかったことにするらしい。そして、スノーホワイトの呟きに、これ幸いと提案してくれた。
「なら直ぐに行こう」
とりあえず、そうすることになった。
──ユートピア号 甲板
「お高くとまって、かしこぶっているくせに! 目の前にいるのが誰か、区別もつかないの!? それが世間知らずのお嬢サマってこと!」
「綺麗に別れられたあなたが! いいことばかりだったあなたが! 何でも知っている様な上から目線の物言い、癪に障ります!」
目の前では、ラピとドロシーが互いに言い合いながら、拳を交わしている。武器を持っていないのは不幸中の幸いだが、このままではどうしようも無い。
そもそもの問題は、ユートピア号が渦潮に向かって流されていることだ。当然このままでは船が耐えられないので、管理AIであるアルフレッドに完全な管理者権限を取り戻してもらい、船の動力源を正しく制御する必要がある。しかし、分割された管理者権限の最後のピースであり、マオという名の量産型ニケのホログラムが消されるのを、ドロシーは絶対に認めなかった。
「お嬢サマらしい……弱っちいパンチ……ね……!」
「姿が変わっただけ……弱さは相変わらずです……ね……!」
その話し合いが決裂した結果がこれだ。2人の殴り合いは収まる気配が見えないし、止めに入る隙もない。
「よくないな……」
「……そうですな」
呟きに返事があり驚く。振り返るとエレグが起き上がっていた。
「無事か?」
「いえ……死にそうですな」
言葉の通り、無理しているのが直ぐに分かった。そして私達で何とか2人を止めようとした時、マオが2人の間に割り込んだ。それにラピが驚き躊躇うのと対照的に、ドロシーは躊躇いなく拳を振り抜いた。
「やめろ……!」
倒れたラピに追撃しようとするドロシーを、私は飛び付き何とか抑え込もうとしたが、僅かな時間稼ぎにしかならない。しかしそれでも、ラピが頭を振って気力を取り戻すのには十分な時間を稼げた。
「もういいわ。分かってるのね。あれはピナじゃない」
「……」
ラピの確認にドロシーは答えない。
「何もかも分かってるようね? おかしいと思った。たまに癇癪を起こしたって、あなたはいつも冷静に物事を見ている。もういない誰かの幽霊が自分に会いにきたなんて、信じること自体……」
「……何のことだか」
ドロシーは嘯くがラピは止まらない。
「それだけピナを大事に思っていながら……ピナと信じているはずのものが目の前に飛び込んできたのに、勢いを緩めさえしなかった」
「……」
矢張りドロシーは答えない。
「……ドロシー、どういうつもり? いえ、聞き方を変えるわ。何がしたかったの?」
「ただ……ただ一緒に過ごしたかっただけです。そうです。理解していました。最初から。ここにいるのはピナでも、生きているニケでもない。ただの立体映像です。それでも……思い描いていたことをしてみたかった」
震える声で囁く様にドロシーは吐露した。ただ、大切な人と過ごしたいという細やかな願いを。そして痛みに塗れた悲嘆を。
「なら、私があなたの友だちになるわ。私があなたを支えてあげる」
それがラピの答えだった。そしてそれを拒否しようとドロシーが口を開いた時、そこに居る筈のない、あり得ない声が聞こえた。
「よく言った! ラピ、成長したな」
「そんな……まさか……」
「……レッドフード?」
2人の顔が驚愕に染まる。きっと私も同じ表情をしているだろう。
「おう、レッドフードがお化けになって、遊びにきちゃったぜ〜なんてな」
「レッドフード!!」
レッドフードが冗談の様に遺言を録音した時の台詞を言うと、ラピが感極まった様に飛び付いた。
「おっと。なんつ〜か、みんなに言ってる気がするけど、ラピも大胆になったな」
「レッドフード……なぜ……あなたが……」
ドロシーはまだ信じられない様子だ。
「あたしだけじゃないぜお嬢サマ。みんな来てる」
「みんな……?」
ドロシーがレッドフードの言葉を理解できず繰り返した瞬間、パイオニアのみんなが甲板に上がってきた。
「すまなかった。あなたにばかり重荷を背負わせてしまった」
「スノーホワイト……」
「すみません。ドロシーは死に囚われた私に手を差し伸べてくれたのに、私はあなたが辛い時に支えてあげられませんでした」
「ラプンツェル……」
「すまないね。私は疲れて休んだのに、何よりも君が一番疲れていたことを失念してしまった」
「紅蓮……」
「ごめんなさい。いきなり現れた私を受け入れてくれたのに、私はあなたを諦めてた」
「薔花……」
パイオニアのみんなが次々とドロシーに謝罪する。私には何のことか分からなかったが、恐らく遥か昔の、アークを守っていた頃の話なのだろうと思わされた。
「それと、ほら」
「Doro……」
薔花が促すと、足の後ろからDOROが顔を覗かせる。
「その、ドロシー。驚かずに聞いてくださいね……こちらはピナさんなんです」
「ピナ? ラプンツェル、何を言って……?」
ラプンツェルの言葉に私も驚く。まさか……いや、DOROのニケだった頃の名前はエリカなのでは……? 私の疑問が顔に出ていたのか、ラプンツェルが付け足す。
「……あの日、砲撃型ラプチャーに襲撃された日、量産型ニケのみなさんは、ピナさんを除いて亡くなられました。そう思っていました。ですが違ったのです。亡くなられたのがピナさんで、生き残っていたのがエリカさんでした。それなのに、私が呼び間違えてしまったのです。それから、エリカさんはピナさんとして私たちと共に過ごしていました」
「それでエリカは姿を変えて、DOROとして戻って来てくれたの」
ラプンツェルの後に、薔花は屈んでDOROを優しく撫でながら言った。
「そんな……そんなことが……本当にピナなのですか……?」
ドロシーがそう零すと、DOROは怖ず怖ずとドロシーの足元に行き、そしてポーチから何かを取り出すと、ドロシーに渡して頭を下げる。
「Doro……DoroDoro……」
「ああ、あああぁぁ……」
渡されたものを一目見ると、ドロシーは慟哭してDOROに抱き着いた。
「違うのです。頭を上げてください。あなたは悪くない。私が、私が悪かったのです! あの時、私が余計なことさえしなければ、あなたは今もきっと生きて……」
ドロシーの手から零れ落ちたそれには、ドロシーと
そんなことを考えていると、マオがこちらに近付いてきた。
「……どうかしたのか?」
「……」
相変わらず答えはない。しかし、マオはどこか微笑んでいる様な表情で、ドロシーとDOROを見た後、私を見て、最後にエレグを見た。
「……エレグ、お願いできるか?」
「……いいのですかな?」
「ああ、彼女も望んでいるようだ」
「了解ですぞ……」
マオは静かに、しかし満足した様にBFGに吸い込まれて消失した。
「……全ての権限が回復しましたユート。ユートピア号の進路を変更……動力システムに異常を検知……超巨大ラプチャーを確認しましたユート」
「なんだと……?」
「ラプチャーにユートピア号が乗っ取られている状態ですユート! どうにかしないと、制御は不可能ですユート!」
突然ユートピア号が見付かったのも、電気が点いていたのも、異常の原因はラプチャーか!
「ラピ!」
「はい、全員戦闘準備を……!」
そう言いかけた時、レッドフードが止めた。
「いや、あたしたちに任せてくれないか?」
「何?」
「せっかくいい感じなのに邪魔してきたのも気に入らないし、ラピたちにもドロシーが迷惑を掛けたみたいだからな……ドロシー、行けるよな?」
レッドフードにそう言われると、ドロシーは涙を拭いて立ち上がった。
「当然です。誰に聞いているのですか?」
「ハハッ、それだけ言えるなら大丈夫だな!」
甲板にいるみんなの視線を一身に受けながら、ドロシーは先程までとは全く異なり、気力に満ち溢れた瞳で進み出て、そして口を開く。
「ゴッデス部隊、レディ!」
『エンカウンター!』
【End】
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