救済を願って 作:バレンシアオレンジ
遅くなり申し訳ございません。
【Another Side】
「クイーンは何故降りてこない?」
ヨハンは幾度となく自問自答した疑問を繰り返す。
クイーンが液体金属で視界を塞がれただけで何もしない……いや、何もできなくなっていたことから、ヨハンはクイーンが知性の無いただのプログラムではないのかと以前は疑っていた。しかし、ヘレティック・ニヒリスターの話が確かであれば、間違いなくクイーンは知性体だ。ならば当然その行動には意味があるはず。
そして、一般的には攻め手側が攻撃の手を緩める理由としては2つ考えられる。
1つ目、その必要が無くなったから。これは完全包囲により守り手側がすでに虫の息である場合や、和平合意によるものなど様々な背景により起こり得るものだが、クイーンと我々エデンの間には考え難い。
であれば2つ目、準備が整うまで待つため。我々もエデンの槍を充電するために時間を要しているが、クイーンも何か攻撃に必要な準備をしているのか? 或いは援軍の到着を待っている可能性もある。ヘレティック・リバーレリオに向けて使用したエデンの槍により、現在エデン近郊のラプチャーは数が少ない。クイーンはエデンの槍が自身の脅威になると判断して単独での攻撃を避けているのか? だがそれならば、何故コーリングシグナルを発しない? いや、ヘレティックはクイーンの声が聞こえるのだったか……ならばヘレティックがここに向かって集結しつつあるのか?
不可解なクイーンの行動にヨハンは頭を悩ませる。
「私への質問ですか? 状況判断はあなたの役目でしょう、ヨハン」
そんな考えに沈んでいると、セシルに声をかけられた。
「……ドロシーはどうした?」
「すでに私が直接調整する必要がある繊細な工程は完了しました。ですから後の作業はロボットに任せて、私は確認するだけで十分です」
「間に合うか?」
「間に合わせます」
科学者として淡々しながらも、僅かに感情を覗かせるセシルの返事を信頼してヨハンは頷く。そして、ドロシーが戻って来た直後のことを思い返した。
「みなさん、無事ですか!?」
「あら、戻ったのねドロシー……お前、それは……」
明らかに動揺しているドロシーを、ハランは余裕を持って迎えようとしたが、その手に抱えている生き物を見て逆に驚きを隠せなかった。
「神獣……よね」
「えぇ〜捕まえたの!? 前に追いかけた時はイサベルでも見失ってたのに!」
そしてそれはイサベルとノアも同じだ。勿論、ヨハンも神獣の身体能力は既に把握していたため、3人が驚くのも理解できた。しかし、その存在を無視してヨハンはドロシーと向き合う。
「遅かったな。随分と勝手をしてくれたようだが、アーク旅行は楽しかったか?」
「それは……すみません。ですが無事で良かった……」
意図的に棘のある言い方をしたが、予想に反してドロシーは殊勝な態度をみせた。
「ああ問題ない。クイーンが降下してきている以上、あくまでも今のところは、だがな。それでドロシー、お前は何をしていた?」
「……私は」
「ヨハン、それは後にしてください」
ヨハンの詰問にドロシーが答えようとしたところで、セシルが部屋に現れて制止する。
「セシル……」
「セシル、これは部隊としての規律の問題だ。口を挟まないでもらおう」
「いいえ、私の要件は今この瞬間にしなければならないものです。規律は大切ですが、お説教は後にしてください」
「……いいだろう」
敢えて今この瞬間ということは、セシルの要件はクイーンに関連するものということだ。ならばやむを得ないと、ヨハンは引き下がる。
しかし、セシルはドロシーよりも先に神獣へ声をかけた。
「直接顔を合わせるのは初めてですね、DORO」
「DoroDoro」
ドロシーの腕の中にいる神獣……DOROの頭をセシルは優しく撫でる。直ぐに逃げるばかりだったDOROが大人しくしているのがヨハンには奇妙に思えた。
「ありがとうございます。ずっとお礼を言いたかった」
「Doro?」
頭を下げるセシルをDOROは不思議そうな様子で見ていた。セシルはそのことを気にせず、もう一度撫でるとドロシーに向き直る。
「ドロシー、戻ってくれて助かりました。すぐに研究室に来てください」
「……どういうことです? クイーンが来ているのでは?」
「だからこそです。かつて私はあなたの拡張武装に放熱機能くらいしかつけられませんでした。ですが今は違います。今ならあなたのボディ性能を最大限活用した拡張武装を製造できます。そしてそれはクイーンとの戦いにおいて、勝利に繋がる重要な要素となるはずです」
「……どれくらいかかりますか?」
「ある程度はデータを元にシミュレーションを済ませています。ですがそれでも、調整には数日必要でしょう」
「なら後にするべきです。今は1人でも多くの戦力が……」
「ドロシー、私たちを信じなさい」
クイーンを前にして整備に時間を掛けるべきではないと言うドロシーをハランが遮った。
「ハラン?」
「お前の作り上げた部隊がどんな試練を乗り越えて、どれほど成果を上げてきたのか忘れたのかしら?」
「……」
「お前の気持ちも分からないでもないわ。クイーンを前にして自分だけ整備に回されるのだから。でも分かっているでしょう? セシルがそう判断したのなら必要なことなのだと。だから、今は私たちを信じて任せなさい」
ドロシーは黙ったままハランの言葉を聞き、そして自分の中で何か折り合いをつけたように見えた。
「……ハラン」
「何かしら?」
「絶対に死なないでください。イサベルとノアも約束してください。無理はしないと」
「分かったわ。約束する」
「私も約束するわ」
「え〜どうしよっかな〜」
「ノア」
「言ってみただけじゃん……うん、約束する」
「……みなさんのことを信じます」
そう言うとドロシーはDOROを床に降ろした。
「本当は安全な場所に隠れていて欲しいのです。ですが、貴女はそうしてはくれないでしょう? だから貴女も約束してください」
実際に理解しているのか分からないが、ドロシーが差し出した指をDOROは掴み頷いた。
「セシル、行きましょう」
「はい、ついてきてください」
その様子にドロシーは小さく微笑み、セシルと共に部屋を出て行った。
「……あの子も変わったわね」
「きっといい出会いがあったのね。私もそうだったから分かるわ」
イサベルはそう言って、こちらを見上げるDOROを見た。
「ひとまず丸く収まったといったところですかねぇ」
「仙人、居たのか」
「ええ。最悪、私が間を取り持たねばならないと思っていましたから」
「ならば、何故隠れて見ていた?」
「ああ、それは……」
「Dororororo……」
先程まで大人しくしていたDOROがナユタに向けて唸り声を上げている。
「……このように、なぜか神獣に警戒されていましてねぇ」
「傑作だな」
ヨハンがそう言うと、ナユタは渋い顔をしていた。
その後、ナユタはエデンを離れてここには居ない。
『元は先駆者たちが合流するまで待つつもりでしたが、ドロシーの様子を見る限り取り成しは不要だと思いましてねぇ。本来すべきことに戻ろうかと』
そう言い残し、ニヒリスターを連れてリリスのボディを回収しに向かっている。ヨハンはナユタを信用してはいないが、自分で口にしたことに対しては責任を持つだろうと考える程度には信頼していた。
「ウソでしょ、本当にあの神獣なの?」
「あら、スパイのお前でも初めてなのね」
「仕方ないじゃない。神獣はアウターリムから出てこないし、エニックが余計な干渉はしないようにって通達しているんだから」
「なにそれ、スパイなのにビビっちゃったの〜?」
ノアはパピヨンの話を面白い冗談とばかりに茶化している。
「違うわよ! でも、聞いた話では神獣がヘレティック級の危険因子だっていうのもあって……」
そのパピヨンの言葉に、ヨハンは改めてDOROを見た。
「Doro! Doro!」
DOROはやる気十分とばかりにシャベルを素振りしている。
ヨハンはその様子を見て、確かにその評価は信じ難い話だと思った。勿論、これの身体能力の異常さはよく理解しているが。
その時、突然警報が鳴り響いた。セシルを見ると端末を操作して状況を確認している。
「上空に巨大なエネルギー反応。ビーム砲と推定されます」
「!!」
「軌道予測、エデンへの直撃コース。シールドを展開します」
「全員! 衝撃に備えろ!」
直後、エデンを光が飲み込んだ。
クイーンによる上空48kmからの長距離砲撃。降り注ぐ赤い閃光により齎される衝撃と破壊は、シールドでは防ぎ切れない……はずだった。
悲鳴を上げるシールドの下、セシルが追加で設置していたD2クリスタルによる集光パネルが激しく輝きエネルギーを吸収する。
軌道エレベーターから切り離されて資源補給が困難な宇宙を漂うクイーンの主兵装と想定された光学兵器を無力化する防御機構であると同時に、吸収したエネルギーをそのままエデンの槍でクイーンへ打ち返す兵器の一部として設計されていた集光パネルは、仕様通りにその役目の半分を果たした。
だが原料であるD2クリスタルを十分に用意できず、結果として本来の計画よりも設置数が少ない集光パネルでは吸収し切れなかったエネルギーにより、集光パネルとエデンの槍を繋ぐ回路が焼き切れていた。
そのため、エデンの槍を打ち返すことができない。
しかしそれでも、確かな意味があった。
原作には存在しなかったこの防御機構により、エデンはクイーンの初撃を比較的小さな損傷で耐え切ったのだから。
薔花は走りながら焦っていた。エデンの方向に見えた禍々しい閃光はクイーンの攻撃とみて間違いない。そして、さっき聞こえたコーリングシグナルの様な音も。また間に合わないかもしれない。そんな思いが頭から離れない。
「うん?」
「姉さん、どうかしたのかい?」
紅蓮もまた走りながら声を掛けた。
「……」
薔花は紅蓮の問いに答えず、意識を集中させる。
「……マリアン?」
「なんだと?」
その呟きにスノーホワイトも反応した。
「薔花、どういうことですか?」
「あっちにマリアンがいるみたいだけど……何かに襲われてる……?」
マリアンを襲っている敵も感じたことのある気配だった。けれど薔花は心の中でそんなはずないと否定する。
「助けに行くぞ!」
何故、王国にいるはずのマリアンがこんな場所で襲われているのかは分からない。しかし、現状を打破する唯一の可能性に、薔花はレッドフードの声に合わせて走る方向を変えた。
「う……あああ……!」
「上手く再生できないようですね。いかにクイーンでも、眼球の再生には時間がかかるようで」
呻くマリアンを、インディビリアは見下して嘲る様に言う。
「ああ、失礼……クイーンではなく、なり損ないと呼ぶべきでしたね」
「どうして……こんな……!」
マリアンの問い掛けに対するインディビリアの返答は鋭い尻尾の一振りだった。
しかし──
「……?」
インディビリアの尻尾はマリアンへ届くことなく地面に落ちる。そして、そのことを理解できないでいるインディビリアをさらに斬撃が襲う。
「うっ……くっ……!」
「まさかとは思ったけど……なんで生きているの?」
「巡礼者か!」
「そうね、お喋り。でも、分かっているなら私だけに集中していいの?」
呆れた様に薔花はトーカティブを見た。
「お前の相手は私だ」
「ぐっ!」
「スノー、あたしも手伝うぜ!」
「がぁっ……!」
スノーホワイトとレッドフードの銃撃によりトーカティブは吹き飛ばされた。
「さてと、時間もないから早く来なさい」
「人間もどきが!!」
飛び掛かるように迫るインディビリアを薔花は冷めた気持ちで見ていた。薔花にとって巨大化していないヘレティックは普通のラプチャーよりもさらに殺り易い。ラプチャーは呼吸をしないし、瞬きもしない。けれど人型のヘレティックはニケだった頃の名残りなのか、そういった無意識の行動をする。
だから、呼吸を合わせてほんの一瞬目を閉じた瞬間に踏み込めば──
「ぐはっ!?」
「う〜ん、鈍ったかな? 踏み込みがちょっと浅かったみたいね」
首を跳ね飛ばすつもりの一刀は、インディビリアが咄嗟に回避したことで八割程度斬るに留まった。
「この……!」
インディビリアは怒りに任せて再生した尻尾を振るう。
「私のことも忘れないで欲しいものだね」
しかし、それもまた紅蓮に斬られて地面に落ちた。
「マリアンは平気?」
「ああ、ラプンツェルが看ている。眼を斬られたようだが何とかなるであろう」
薔花と紅蓮は戦いの最中とは思えないほど落ち着いて話した。そのことがプライドを傷付け、インディビリアは腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えていた。
しかし、インディビリアもこの状況で戦いを継続するほど愚かではない。
「……」
インディビリアとトーカティブはそれ以上何も口にすることなく逃げ出し、瞬く間に姿を消した。
「……行ったようだ」
「ふぅ~粘られるかと思って焦っちゃった」
実際のところ、薔花と紅蓮もそこまで余裕があった訳では無い。2人の目的はあくまでもエデンへ援軍として向うことであり、インディビリアとの戦闘に時間を取られる訳にはいかなかったのだから。それだけでなく、首を斬られてからクラウンのネイキッドキングで粉微塵にされても生存しているインディビリアの不死性の詳細を明らかにしなければ、例えここで勝利しても結局無意味でしかない。
「助けてくれてありがとうございます……」
マリアンが眼を押さえて少しふらつきながら言った。
「気にしないでください。それよりも大丈夫ですか?」
「はい、もうすぐ治ります」
ラプンツェルが心配そうに声を掛けるが、マリアンは平気なフリをしていた。そこに薔花は近づいて口を開く。
「マリアン、頼みたいことがあるの」
「……何をですか?」
「巨大化して私たちを運んで欲しい」
「それは……」
「無理を言っているのは分かってる。でも、このままじゃ間に合わないかもしれない……だから、お願い!」
そう言って頭を下げる薔花を見て、マリアンの瞳に意志が戻る。
「分かりました。任せてください!」
そして先駆者たちは、巨大化したマリアンと共にエデンへ飛んだ。
【End】
※本作主人公の原作知識は去年の夏イベントまでです。
読んで頂きありがとうございます。