救済を願って 作:バレンシアオレンジ
風が気持ち良い。
久し振りに外の空気を感じて、人はやはり閉じ籠もってばかりだと良くないのだと思わされる。それに加えてピナの運転は正確で乗心地も良いから言うことなしだ。
「……こうしていると不思議な感じですね」
「ピナ?」
「去年の今頃から考えると、今こうして過ごしていることが信じられないんです。あの頃の私が今の不良になった私を知ったら驚くでしょう?」
「そうだね。私も大学を辞めるとは思っていなかったよ」
「……先輩方、辞めた訳ではないですからね? 休校になっているだけですからね?」
大学を含めた多くの学校は遠隔授業を続けていたが、最近は休校や廃校になる学校も増え始めている。教師にとっても学生の安全以前に自分と家族の安全が危ぶまれる状況なのだから当たり前のことだろう。
「それはともかく何を食べようか?」
「露骨に話を変えましたね……う〜んお寿司はどうでしょうか?」
「いいですね。新鮮なお魚は久し振りです」
「なら決まりだね。買い物はどうする? 先に済ませてゆっくり食事をするかい?」
「スーパーは普通に開いているはずですが、先の方が良いかもしれませんね。私は材料を探しますが2人はどうしますか? 今日の内に他に必要なものがあれば纏めて買った方が良いと思いますが?」
「流石に別行動は危ないだろう? 他に何を買うにせよ皆で行動すれば良いさ」
「私も1人は嫌です。先輩方ほど銃も上手く扱えないですし」
「ならみんなで回りましょうか」
そう言ってピナは少し嬉しそうに運転を続けた。
──買い物カゴに商品を入れてレジに並ぶ。
多くの人は専ら缶詰などの保存食を買っているようだ。
「それにしても卵1パック15000クレジットは高すぎませんか?」
「仕方無いですよ。今は本当に輸送が命がけなんですから」
「そうだね。それに生鮮食品は一度に沢山運んで保管するわけにもいかないのものだし」
話をしながら会計の順番を待っていると、
『なあ戦争は何時終わるんだろうな?』
『人類連合軍だとか言っておいて他の奴らが俺等の足引っ張ってるだけじゃないのか?』
『新兵器が投入されれば状況は変わるだろ』
『今更シェルター作ってるんだろ? 遅すぎだぜ早くしろよな』
そんな言葉が聞こえていた。
膨らんだカバンを背負ってスーパーから出て車に運ぶ。他の細々とした買い物は先に済ませたのでこれで最後だ。
「これで忘れ物は無いですよね?」
念の為、ピナが確認してくるので私は頷く。
「ああ、思い付くものは全部買ったから問題無いと思う」
「なら後はお寿司屋さんに行くだけですね! 何を頼みましょうか~」
マリーがお寿司に思いを馳せたとき、たった今出てきたスーパーの入り口が少し騒がしくなった。
「何かあったんでしょうか?」
「電気が消えていますね。停電ですかね?」
2人の言葉に言い知れぬ不安を感じ、スマートフォンの画面を確認する。
──圏外だった。
「2人共車まで走って!」
「「きゃっ」」
不快感が急激に強くなるのを感じながら2人の手を掴んで走った。
空から来るなら事前に空襲警報が発令されるし、地上を移動しているなら車があるのだから事前に察知して避けるなり隠れるなりする時間はあるはずだった。だが現実は広域ジャミングによる電波障害が発生している上に警報もなく停電している。それは変電所や役所などの施設が襲撃されていることを意味し、偶然ではなく何らかの意図に基づく計画的な行動ということだ。
シンデレラの故郷が襲われるのはゴッデス部隊が結成されてからだった。1枚絵の背景からして彼女の故郷は地方都市といったところだが、住民がこの上なく愚かで避難やシェルターへの退避を拒否したのでない限り、あの都市が事前に予想されるラプチャーの侵攻ルートだったという訳ではなく、あの日あの瞬間に驚きをもって突然ラプチャーに襲撃された状況だったはずだ。2年以上前線が抜かれなかったとは思えないが、人口密集地や大規模施設以外が襲われることは稀だったのだろう。そう思っていたからこそ今はまだ危険が少ないと判断していたのだが……
考えが甘かった。
何かが急速に近付いてくる。
「──ッ」
車には辿り着いたが、強烈な悪寒を感じ、反射的に2人を掴んで地面に伏せさせた直後、大きな落下音が辺りに響き渡った。
キィィィィィィ────
『えっ? ちょ待っ』
車より大きなラプチャーに踏みつけられ、落下の衝撃で転んでいた人は鮮やかな赤い染みに変わった。
『何で? 何でここにいるんだよ!』
そう叫んで逃げようと背を向けて走り出した人が破裂するかの様にバラバラに吹き飛んだ。
『ふざけんじゃねぇ! こんなとこで死んでたまるか!』
慌ててエンジンを掛けた車が次の瞬間にはスクラップになった。
『早く! はやく閉めて!』
立て篭もろうと閉じたスーパーの入り口が砕け散った。
先程まではありふれた平和な日常風景だった場所が、ほんの僅かな時間で絶望の悲鳴と怒号が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「……」
現れたラプチャーは1。最悪の事態ではない。
これが複数だったならニケのいない今の状況では諦める以外の選択肢がなかった。
「先輩……」
マリーが震える声で話すのを手で制してからピナに小声で話し掛ける。
「マリーを連れて静かに車に乗って準備して」
「エリカは?」
「私が何とか注意を引くから逃げて」
「自殺行為です!」
「分かってる! でもここに居たら全員殺されるだけだ。それに……」
それにこんなところでピナを死なせる訳にはいかないのだから。
「それに、何ですか」
「何でもない。とにかく襲撃の本命はここではないのだろう。そしてその場合、軍は忙しくてここに直ぐには来られない。つまり逃げるためには誰かが囮になってラプチャーの注意を逸らす必要がある。そしてそれは私が適任だ」
「何を根拠に! 目が見えなくなりましたか? たった今死んだ人と同じように何もできるわけありません!」
「見えているとも。大きく動いたり声を上げた人から殺されていたのは」
「ならスーパーの悲鳴に惹かれている内に一緒に逃げればいいじゃないですか!」
「ラプチャーがスーパーに入ろうとしているならそうしたさ。でもスーパーに対して砲撃しながら、外で逃げようとする人にも飛び掛かってるから、直ぐにこちらの動きに気が付くだろう。そうならない様に私が気を引くと言ったんだよ。それに少なくとも私は不意を打たれる心配はないし、不幸中の幸いかラプチャーの武器は単発みたいだから何とかするさ」
嘘だ。何とかできると思えない。仮にこの上なく幸運に恵まれてラプチャーの攻撃が一発も当たらなくても、今ある銃では装甲に傷さえ付けられないだろう。
そしてそれはピナも理解している。
でもピナなら理解した上で
「……分かりました。お願いします」
行動できると信じている。
「ピナ先輩?」
「マリー静かにして。エリカ……死なないで」
「私だって死ぬのは御免だよ」
そう返して車に隠れながら移動を始めた。
2人から十分に離れた別の車の陰で辺りを確認する。
ラプチャーは急がず、まるで人を弄ぶかの様にゆっくりと移動しながら、命乞いをしたり罵声を上げる人を順番に殺している。また時折思い出したかの様に建物や車に向けても砲撃していた。
「……全く嫌になるね」
これが映画なら車に乗って右に左に躱すだけで逃げられていただろうが、例え単発であっても弾切れを期待できない戦車モドキから、ただの乗用車が逃げ切れる訳がない。
とはいえ、私達の車はスーパーの入り口から遠い駐車場の出入り口付近に停めてあるから、角度的にも静かに動けば直ぐに建物の陰に入って行方を晦ますことができるはずだ。
まあ問題はその僅かな時間を稼ぐことなのだが……
『助けt』
湿っぽい音と共にまた1人踏み潰された。
ラプチャーがこちらに近付いてくる。
深呼吸する。
覚悟を決めろ。
3、2、1……
ラプチャーが建物へ砲撃するのと同時に、私は隠れていた車の陰から飛び出して発砲した。
マグナム弾は銃の設計者の意図通りに火薬の燃焼ガスで押し出されたが、その場にいた誰もが予想し得なかったラプチャーの脚関節を破壊するという戦果をもたらした。
キィィィィィィ────
「!!」
予想外の出来事に一瞬固まっていた体を全力で動かし、別の車の陰に隠れる。先程までいた場所の地面が弾け飛んだ。
何が起きた? 何故傷付けられた?
「……」
……私が転生者だからか?
転生は現実的には考えられない神秘的な事象だ。以前考えたようにラプチャーの強靭性が単なる物理強度ではなく、魔法……神秘的な要素に由来するという仮説が当たっていたとしたら?
私は特別な武器が無くてもラプチャーを殺せるのか?
「──ッ」
全身に悪寒を感じて転がるように移動すると、隠れていた車が吹き飛んだ。
ラプチャーが少し蹌踉めいている。
脚部の損傷で砲撃の反動を受け止めきれなかった様だ。
発砲。胴体に直撃。装甲の破片が散らばる。
キィィィィィィ────
躱されたことに苛立ったのか、砲による攻撃ではなくラプチャーが突進してくる。
発砲。コアに直撃。ヒビは入るが止まらない。
距離が近い。逃げられない。
──ガン!
脚部への衝撃でラプチャーが再び蹌踉めく。
私は弾かれる様に前に出た。
ラプチャーの砲が至近距離で火を吹くが、その直前で横に跳び間一髪で躱す。まさかステップ回避を実際にすることになるとは思わなかった。
無我夢中で4度目の引き金を引く。
キィィ……
コアが砕けて静かになった。
『ウォォォ──!』
周囲から歓声が爆発した。
私はその声を聞きながら倒れ込む。
足に力が入らない。銃を離そうにも手が強張って動かない。
誰かが走り寄ってくる。
ライフルを持ったピナとマリーだ。
先程ラプチャーを攻撃したのはピナだったらしい。
「エリカ!」
「エリカ先輩!」
「2人共、逃げてと言ったのに」
「分かってます。だから今から逃げます!」
そういう問題ではない。
ないが、他のラプチャーが集まってくる前に一刻でも早く逃げなければならないことには変わりがない。
ピナに先導されマリーの肩を借りて車まで急ぐ。
『本当にありがとう!』
『ヒュ〜助かったぜ嬢ちゃん!』
『スゲェな!』
聞こえてくる呑気な声が何処か遠くの音に思える。
疲れた。
後部座席に倒れ込むと、私は抗いきれない睡魔に襲われ意識を失った。
目を覚ますと、自宅の地下シェルター内のソファーに寝かされていた。すぐ側でピナとマリーが眠っている。重かっただろうに2人で運んでくれたらしい。
体を静かに起こして時計を見ると、とっくに日付は変わり、もうすぐ朝が訪れる時間帯だった。足音を殺してシェルターを出るとリビングへ移動しテレビを点けた。
『……に現れたラプチャーの大部隊は、待ち構えていた人類連合軍が総力を挙げて迎撃しました。政府の公式発表によれば犠牲は大きいものの、首都防衛に成功したとのことです。またその攻撃の直前に行われた、陽動と思われる各地への小規模な襲撃に対しても、人類連合軍は掃討の完了を宣言しています。それでは現場近くの……』
現場の映像を生中継で報じているのだから、今回は本当にラプチャーを押し返したのだろう。ラプチャーの大規模侵攻を防いだのは初の快挙と言える。
しかし一体どれほどの犠牲を払ったのだろうか?
他国にも同様に侵攻があったのだろうか?
気になることが無数に頭に浮かぶのを振り払い外を眺めた。
日の出だ。
遠くに煙が見えるのは減点だが、それでも美しい光景だと思える。あの煙は集まってきたラプチャーと軍が戦闘した結果なのだろうか?
分からない。分からないが、少なくとも私達は昨日を生き残れたし、今日も生き続けるだろう。その一方で名前を知らない人々が幾人も死んだのもまた事実だ。
それでも、そうであっても──
「……あぁ、本当に良かった」
そう呟いた日の1週間後、ラプチャーの首都への再侵攻が行われた。先の攻撃で受けた被害が余りにも大きく、再編成すら終わっていなかった人類連合軍では耐えることなど不可能だった。その防衛戦に参加していたパーシャは、参戦した他の多くの将兵と共に戦死した。
『……リリーバイス少佐がまたやりました。臨時集積所を襲ったラプチャーは少佐の尽力により僅か10分で殲滅されました。それではゲストと共に少佐の志願により大きく前進した対ラプチャー用人型兵器開発計画、通称ニケプロジェクトについて詳しく……』
『人類にはあなたが必要です。お近くの三大企業研究センターにお問い合わせください』
『……ゴッデス部隊は、結成直後に行われた初戦で瞬く間に4体もの大型ラプチャーを撃破しました。またその後も2週間の間に参加した20件全ての戦闘で完勝しています。ゴッデス部隊について世論調査によれば、まさに部隊名通りの勝利の女神そのものだといった絶賛の声が大多数を占めており……』
『三大企業は今すぐニケ実験をやめろ! 人間の兵器化を中断しろ!』
『あなたは人類のために最善を尽くしていますか? お近くの三大企業研究センターにお問い合わせください』
『……遂に三大企業が量産型ニケの開発に成功しました。ゴッデス部隊に所属するニケは、プロトタイプモデルであるリリーバイス少佐を元にした第1世代フェアリーテイルモデルが採用されていますが、製造には適合者が必要不可欠なため大量生産できませんでした。しかし今回開発された量産型ニケは出力こそフェアリーテイルモデルに劣るものの、適合者でなくとも製造が可能で……』
『ゴッデスの様に人類を救いたいと志願した私の娘は、実験の結果、他の被験者30人と全く同じ顔のクローンになってしまいました。親の顔すら覚えていません……』
『……アーク計画に基づき建設中の第1シェルター都市がまもなく完成します。収容人数の問題があるため、個人識別番号を利用した厳正な抽選により、都市内ヘ避難する権利の当選者が決定されます。当選者にはシェルターの所在地と移動日が記載された抽選券が送付され……』
『あなたの決意に人類の存続がかかっています。お近くの三大企業研究センターにお問い合わせください』