救済を願って 作:バレンシアオレンジ
【Another Side】
──2日後
「……」
ヨハンはエデン周囲の索敵情報を確認していた。この2日間、当初想定されたよりも遥かに少ない数しかラプチャーと接敵していない。
どうやら、クイーンが周囲のラプチャーを尽く誘引した結果、それらの撃滅と共にエデン一帯はラプチャーのいない人類が喉から手が出るほど望んだ安全地帯となったようだ。
「……一時的なものだろうがな」
そう、勿論理解している。やがて更に外周にいるラプチャーの縄張りが変わり、こちらへ進出してくるまでの僅かな平穏にすぎないことは。しかし──
「かつての地上は、こんな光景だったのだろうか……」
ヨハンはラプチャーのいない監視映像を見てそんなことを呟いた。
「感傷に浸っているのですか? ヨハン、あなたにしては珍しいこともあるものですね」
「……状態は?」
セシルに声を掛けられ、ヨハンは現実に意識を戻す。
「相変わらずです。何度確認してもバイタルに異常は見られません。しかし、マリアンは眠り続けています」
「目覚めない原因について、仙人は何か言っていたか?」
「ナユタも分からないようです。それに、彼女が動揺していたのは、あなたも見ていたでしょう?」
「演技ではなかったということか」
そう、あの日の夜に眠りについてから、マリアンはずっと目覚めることなく眠り続けている。
「最悪の場合……」
「ええ。マリアンがクイーンに精神を乗っ取られる可能性も否定できません」
セシルとヨハン、そしてドロシーは、戴冠について最初から妨害するつもりだった。
理由は語るまでもない。クイーンがラプチャーの意思で生まれると分かった以上、マリアンが最後のクイーンだと考えるのは楽観が過ぎるからだ。
今はいい。マリアンの人柄を仮に信じるとすればだが。しかしそれでも、先のことは無視できない。万が一、マリアンが次代のクイーンに喰われた場合のことを考えれば、吸収されるマリアンの力は当然弱ければ弱いほど良い。
それに3人共、クイーンの力によるラプチャーとの共存は幻想だと考えている。そもそも、その力は液体金属の薄い膜で防がれる程度のものだ。ならば、その力で星全域に蔓延るラプチャーを従わせるなど不可能だろう。
だからこそ、ドロシーはクイーンのコアを狙った。
「ドロシーが失敗しなければ……いや、これは私が言えることではないな」
拡張武装ルビーの靴。エデンの持てる技術全ての結晶だが、2つ想定外の機能を有している。
1つ、DOROとの精神的な繋がり。離れていても互いに位置が分かり、体調や感情もなんとなく分かるらしい。また、接触していればDOROの不可思議な感知能力の恩恵も受けられる。
2つ、望む場所への転移能力。ドロシー自身が知っている場所であれば、ほぼ無制限で瞬間移動が可能らしい。セシルは勿論調べたが、原理は全く不明だった。
そして、ドロシーはこの2つ目の能力と光学迷彩を使ってクイーンの意表を突く算段だったようだが、光学迷彩はラプチャーの感覚を阻害するものだ。そのため、最善を尽くすために使った筈の光学迷彩が、却ってクイーンに気付かれる原因になったようだ。
結果として、クイーンのコアを潰し損ねて戴冠を許してしまった。
「……あいつを呼ぶか」
「そうですね。少なくとも、状況の共有はするべきでしょう」
ナユタも分からない以上、マリアンについて今できることは何も無い。だが、マリアンがクイーンに乗っ取られた時に備えて、あの指揮官には事前に情報共有し、不用意に近付くことがないようにさせるべきだろう。
「リリスの頭部は?」
「ブレインシェルターに入れてアトラスケージに収容しています。こちらも状態は何とも言えません」
「ドロシーと薔花は理解するだろう。だが、ラプンツェルとスノーホワイトはどうなるか……」
リリスの頭部はマリアンよりも更に危険だ。早々に処分するべきだが、勝手にそんなことをすれば内部分裂の原因になりかねない。特にラプンツェルは状況を無視して走り寄るほどだった。理屈は兎も角、その感情から納得できないだろう。
「セシル、ここにいたのね」
「何かありましたか?」
答えの出ない話し合いは、パピヨンが現れたことで終わりを迎えた。
「そうなのよ。薔花が、DOROが突然いなくなった〜って言って、探しに行くって聞かなくて。どうせドロシーが連れ出したんでしょ? だから、ドロシーの居場所が調べられないかなって」
「少々お待ちください……ドロシーはエデンの東、山の麓にいるようですね」
「へぇ~方向はホントに薔花の勘と同じね。ピルグリムってみんなそうなのかしら?」
「そんなことはない。だが、拡張武装をエデンから抜け出すために使ったということか……相変わらず勝手なことをする」
ヨハンは溜め息をついた。
「いい天気です」
「Doro〜」
ルビーの靴で転移した場所は、エデンからそう遠い訳では無い。しかし、クイーンとの戦闘により荒野と化したエデンの周りとは異なり、ここは穏やかそのものだった。
そんな場所をゆっくりと歩く。
「……静かですね」
勿論、無音では無い。鳥たちの囀り、虫たちの声、吹き抜ける風の音、揺れる草木のざわめきなど、自然の音が満ちている。
だが、嘗ての臨時監視所で約束した様な花道でもない。
お祝いの言葉も、
ねぎらいの言葉も、
喝采もない。
ドロシーはただ静かな花の道をDOROと共に歩いた。
「Doro!」
何か気になるものでもあったか、DOROが突然走り出す。そして、少し先の花畑の中で足を止めた。
ドロシーは急いで追い掛けることなく、そのままゆっくりと歩き続ける。
『日傘を差して日差しの下をゆっくり歩いていると……自分が特別になったような気がするのです』
『う〜ん、ぜいたくな時間って感じですね』
『ふふ、そう聞こえましたか……スノーホワイト、日傘を持って日差しの下を歩くことが、いつからぜいたくになったのでしょう』
『……あっ』
『私はただ……戻りたいのです。みんなに与えられていた日常が、ぜいたくではない頃に。だから日傘を差すのです』
そうだった。戦いに身を投じたのもそれが理由だったのだと、ドロシーは思い出す。
「まだ道半ばですね」
クイーンを倒してもラプチャーが消える訳では無い。だから、人々が日差しの下を自由に歩ける日はまだ先だろう。
「それでも……」
確かな前進があった。
「DoroDoro!」
考えながら歩いている内に、DOROの近くまできていたらしい。ドロシーと視線が合うと、DOROは何処か嬉しそうに手招きした。
「どうしたのですか?」
「Doro!」
側に寄ると、もう少し屈んで欲しいとDOROがアピールするので、ドロシーもDOROのいる花畑に座る。
「DoroDoro」
「これは……」
DOROはドロシーの頭に花冠を被せた。先に花畑へ向かったのは、これを作るためだったようだ。
「ありがとう……ございます……」
「Doro……DoroDoro?」
「いいえ、嬉しかっただけです」
頭の上にある冠に触れて涙ぐむと、DOROが慌てて心配しだしたので、ドロシーは感謝を伝えるために抱きしめる。
DOROは花冠を贈る意味を知っているのだろうか?
いや、きっと知らないのだろう。
永遠の愛や幸せといった意味があるなんてことは。
しかしそれでも、ただ温かくて幸せな時間だった。
「見付けた〜!」
「……どうやら見付かってしまったようですね」
幸せな時間は長くは続かなかった。薔花がこちらに走って来るのが見える。
「Doro?」
「行ってあげてください」
「……Doro!」
離してそう言うと、DOROは薔花へ駆け出した。そして、直ぐに2人の距離は縮まり、薔花が飛び込むDOROを受け止めると、そのままくるくる回り倒れ込んだ。
「心配したんだから〜次からは一言いってからにしてね?」
「Doro……」
DOROが済まなそうにする声が聞こえる。
「姉さん、見付かったようだね」
「なら、食事にしよう」
「では、私が料理しますね」
「せっかくだし、パーッとやろうぜ!」
どうやら、気分転換にみんなで来ていたようだ。
「ふふ──」
ドロシーは微笑んで空を見上げる。
鮮明な空と流浪するように流れていく雲。
万物を祝福するように降り注ぐ日差し。
いい日だった。
この上なく、完璧な日だった。
アークはみなさんを歓迎します
悪夢は遠く、もう見ることもない。
『ドロシー!』
「Doroー!」
「いま行きます!」
みんなの呼ぶ声に、ドロシーはそう返事をして立ち上がった。
「本当に良かったです……」
少し離れた山の頂きから彼女達を見下ろしながら、私は心からの思いを呟いた。
「ふ〜む……」
しかし、そんな幸せな気持ちは、わざとらしい声によって直ぐに無くなった。
「……」
声の主を一瞥して少し考える。けれど、ここで無視しても後々面倒になるだけなのは間違いないため、選択の余地など最初からない。
私は溜め息をつきそうになるのを押さえて話し掛けた。
「どうかしたのですか、ミラー?」
「いえ、マリアンのことなのですが……気になりますか?」
再び溜め息をつきそうになるのを何とか堪える。このフィクサー気取りは何時もそうだ。本当は話したくてたまらないくせに、何故か聞き手から望まれて話した体にこだわる。
「……はい、気になります」
「そこまで言うなら、いいでしょう。お答えします」
嬉しそうな顔に鉛玉をぶつけられたらどんなに良いだろう。そんな思いを振り払って質問する。
「マリアンはクイーンに乗っ取られるのですか?」
「あり得ません。戴冠は精神に影響を与えるものではありませんから」
「なら、何故眠り続けているのですか?」
「私もそれが分からないのです。マリアンは戴冠して確かに次代のクイーンになりました。そこには間違いも問題もありません。なのに目覚めない。とてもおかしなことです」
三度溜め息をつきたくなった。我慢して聞いても情報が増えない。
「……それなら、リリス様はどうなのですか?」
「ああ、リリスの脳ですか? それは半々ですね。クイーンが脳を上書きしたとはいえ、完全ではありません。そもそも、完全に上書きできるなら侵食なんて回りくどい方法は不要ですし……いえ、とにかくリリスの残留した意識が勝つのか、力を失ったクイーンの意識が勝つのかは、実際に結果が出てみないと分からないでしょう」
「回収しないのですか?」
「……不要です。王位を失ったクイーンなど興味もありません」
嫌がらせも兼ねてそう尋ねると、一瞬顔を強張らせたが答えは想像通りだった。
ミラーはフィクサーを気取っていても非常に臆病だ。常に自分が安全だと思える状況でなければ、絶対に行動しない。
「……そうですか」
適当な相槌を打ちながら以前知ったことを思い出していた。
嘗てミラーは、ナユタとの取り引きが上手くいった際に聞いたパイオニアの会話内容から、DOROの正体を知った。そこで、ナユタと同じく利用する価値があるかを確かめるために、ミラーはDOROにラプチャーを嗾けたらしい。
ところが、DOROは押し寄せるラプチャーの大群から逃げ出したため、ミラーは興味を失うことになった。それが間違いだったと気が付く翌朝までは。
DOROを襲撃した翌朝、ミラーの本体の1体が突然潰された。その時はまだ、ミラーも運が悪いとしか思っていなかった。しかし、本体の2体目が間もなく潰され、偶然ではないとミラーも理解し、3体目の場所には大量のラプチャーを集めて防衛体制を強化した。
だがその強化した防衛体制は、何の意味もなさず蹴散らされたようだ。そしてその段階になって、ようやくミラーは襲撃者の正体がDOROであることに気が付いた。
ミラーは心の底から震え上がったらしい。
形振り構わず4体目の本体を逃がそうとしたが、既に捕捉されており、逃げ切れずDOROに叩きのめされたそうだ。
しかしDOROの追跡もここまでだった。
私にとっては残念なことに、残る3体の本体はDOROに捕捉されることなく逃げ果せたため、今に至る。なお、ミラーが徹底的に安全策をとった上で調べた結果、DOROは悪意の源を感じとることができると判明している。
このため、命令されたラプチャー越しに本体の位置を知ることができたのだろう。確かめてはいないけれど、恐らくはホログラム越しにも。だからこそミラーは、トーカティブには命令とならない程度の情報を流すだけに留めている。
また、命令されていない同盟関係では位置が分からないみたいだけれど、ミラーの残り香は感じ取れるようで、それ以来DOROはナユタを警戒対象としていた。
そして今のエデンにはDOROがいる。
だからミラーは何があってもエデンには近付かないし、先程ドロシー様が転移して現れた時にも明らかに動揺していた。
「……あるいはこういうことでしょうか?」
「ミラー?」
「童話ではよくあるでしょう? お姫さまがハッピーエンドを迎えるために必要なものが」
「えっと……?」
「理解が遅いですね……私は王子さまのことを言っています」
「王子さま、ですか? それってまさか……」
「はい、もちろん特殊別働隊の指揮官です」
マリアンの王子さまだとすれば、1人しかいないと思い確認すると、ミラーはその通りだと頷く。
「恐らくナユタも関係があるようですから、きっと彼にも何かあるのでしょう。今回は余り上手くいきませんでしたが、試してみる価値はあるはずです」
「マリアンは諦めるのですか?」
「……直接的にはどうしようもありません。そのうちリバーレリオがエデンを襲撃するでしょうが、今の戦力差では大したことはできず、一方的に狩られるだけです」
そう言うと、ミラーはエデンに背を向けて移動し始めた。
「……」
私はもう一度、DOROを、エリカを、見る。
「DoroDoro」
聞こえる筈のない声が聞こえた気がした。
「……いつの日か、私を見付けてくれると信じてます。だから……またね」
かけがえのない友人に別れの挨拶をする。
「何をしているのですか? 行きますよ、ピナ」
「分かりました」
私は後ろ髪を引かれる思いで、その場から離れた。
【End】
本作はこれを持って完結になります。
先ずは評価・感想を頂いた全ての方々。お陰様でここまで続けられました。心より御礼申し上げます。
続いて、誤字報告を頂いた方々。確認はしていたつもりですが、誤字脱字が多く申し訳ありません。表現の修正なども含めて非常に助けられました。
そして、最後までお付き合い頂いた全ての読者に心からの感謝を。