救済を願って 作:バレンシアオレンジ
茨の森の奥深く
覚めない眠りに囚われて
ずっとずっと夢見てる
空より来たる怪物に
人は集まり戦うも
怪物は多く強靭で
抵抗虚しく死にゆくのみ
そんな苦しく悲しい戦いに
光を灯す白い花
花の光に誘われて
希望を胸に集う物語
宝石の靴を履くお嬢様
救いを祈り歩む髪長姫
武器を生み出す白雪姫
古きを愛する赤ずきん
強さを求める剣の遺民
白い花と勝利へ進む
けれど悪意が手を伸ばし
呪われ苦しむ赤ずきん
癒す血薬は見付からず
怪物の女王を探し出し
一か八かの賭けに出る
それも呪いに呑まれた妹に
硝子の靴で阻まれ露と消ゆ
陰で眺める悪意は嗤い
赤い靴を履き踊り狂う
茨の森の奥深く
明けない夜に囚われて
ずっとずっと夢見てる
世界の終わりを夢に見る
【Another Side】
「──」
「─長」
「館長?」
自身を呼ぶ声に意識を向けると、司書を勤めているベストセラー部隊のニケが立っていた。
「すみません。少し呆けていたようです。何かありましたか?」
「はい、館長にお客様です」
彼女はそう答えると小さくお辞儀をしてから、背後にいた人を残して離れていった。
「久し振りだな」
「貴方でしたか。こちらに来るとは珍しいですね」
「少し聞きたいことがあってな」
「何でしょうか?」
「知っていると思うが、アークの資源枯渇問題は深刻だ。市民にも不満が溜まっていて何時爆発するか分からない。そして中央政府はこの不満が政府への不満として顕在化するのを恐れている。だからこそ事前に対処するために政府はアークの完全封鎖を解除して、ニケに地上を捜索させている訳だ」
「はい、知っています。特に問題は無いはずですが」
「地上の探索はあくまでも資源採取が目的だ。当然資源の無い場所には行かない。にもかかわらず臨時監視所の跡地を調査したニケがいる。地上探索に参加するニケに無理を言って、彼処を確認させたのは君だな?」
「……」
「勘違いして欲しくないのだが糾弾したい訳ではない。ただ教えて欲しいだけだ。臨時監視所がどんな状態だったのか。あの時、あの場所で皆の身に何が起きていたのかを」
「!!」
彼と彼女達について会話するのは初めてではない。彼女達の戦歴について、私自身が記録に遺すことを決めた際、最初に訪ねたのも彼だったのだから。しかしながら、会話の場では彼が指揮官だった頃の話に終始し、彼が離れてから彼女達がどうなったかについては、私から話すことは無かったし、彼から尋ねられることも無かった。
ある種のサバイバーズ・ギルトなのだろう。恐らく彼は鏡を見ることができないのだ。そこに映る自分自身が、嘗てそうありたいと願っていた姿とは異なり、とても醜悪な人間であるかの様に思われてしまうから。そしてその様な罪悪感を感じてしまう人は、長い人類の歴史の中で彼が最初でもなければ最後でもない。戦争で何かを失った人は誰も彼もが時に泣き、時に笑い、感情を吐き出すことで気持ちに折り合いをつけてきたのだから。
「もう良いのですか」
「……あぁ」
「分かりました」
私は知る限りの事実と、現場の状況から推測されることを話した。
日夜襲撃してきたであろうラプチャーのこと。
志願した量産型ニケたちが次々と戦死、あるいは侵食されて彼女達自身の手で処分されていたこと。
アークと通信できず補給も満足に受けられていなかったこと。
そんな中で食糧庫・貯水槽・発電機といった生存に必要不可欠な設備が失われたこと。
絶望的な状況の中で心が折れそうになっていたこと。
しかしそれでも誇りを胸に、設備を修理し周囲を探索して物資を集め、再び前を向き歩き始めていたこと。
私がアーク封鎖作戦の担当になり連絡したこと。
私の告げた追加の依頼に対して、彼女達は不満を口にすることなく迅速に対応してくれたこと。
封鎖まで日々連絡して彼女達とした会話のこと。
図書館から持ち出したレシピを元に共に料理をしようとしたこと。
先に旅立った人のために御墓を建て祈りを捧げていたこと。
そして私が彼女達の命を懸けた献身に対する私達の、アークの裏切りを明かした時のこと。
彼は私の話を噛み締めるかの様に、静かに頷きながら聴いていた。
「ありがとう。君の話を聞いて改めて理解した。今の私には彼女達と肩を並べる資格など無いと」
「それは……記録からの削除が望みですか」
「そうだ。私は彼女達の指揮官だった。だからこそ彼女達と共に歩み導かなければいけないはずだった。だが実際には、彼女達が本当に必要だったときに側にいて助けることができなかった。指揮官としての責務さえ満足に果たせなかった私の様な人間が、必死に戦いアークの入り口を最後まで守り抜いた彼女達と同列に語られて良いはずがない」
「……分かりました。彼女達の記録から指揮官についての記述は削除しておきます」
「ありがとう。無理を言ってすまないが、よろしく頼む」
そう言うと彼は踵を返した。去っていくその背中は彼が抱く彼自身への失望と哀愁を感じさせた。
「資格が無いですか……」
共にこの戦争を戦い抜いた指揮官ですら資格が無いとするならば、アークに住まうどの様な立場の人間でも資格はないだろう。ましてや彼女達を直接見捨てた私など言うまでもない。
手元の資料に目を落とす。
──パーヴェル・アレクセーエフ。22歳。
彼の生涯は38巻135ページに記載。
第2次首都防衛戦において戦死した先任士官の代わりに部隊の退却に取り組み成功。その際に腹部に銃撃を受けており、治療は試みられたが野戦病院で死亡。
「……」
失敗に終わった防衛戦から少し経ってのことだった。生き残った兵士から彼の遺したものが届いたのは。話を聞けば生前、地獄の猟犬と呼ばれる人物に、友人から頼まれた荷物を渡さなければならないと言っていたらしい。その荷物は奇妙な手紙と、然るべき場所で行った検査で、中身が濃縮された血液と判明したアンプルだった。
当時の私にはこれがどの様な意味を持つのか判然としなかったが、暫くすると否応無く理解できて驚愕した。
手紙は予言だった。
何もかもが終わってから知ったことだが、手紙は同じものが3通あり、アンプルは5つあったようだ。そしてそれらの送り主は戦死した彼の友人の1人だった。
静かにページを捲る
──エリカ・ハーツ。23歳でニケに志願。
彼女の生涯は45巻76ページに記載。
アーク封鎖作戦に参加。
ラプチャーのアークへの侵攻を防ぐためにゴッデスおよび他の量産型ニケ達と共に戦い臨時監視所にて戦死。
「……」
貴女は何故知っていたのだろうか?
貴女は何を見ていたのだろうか?
そして不甲斐ない私達に何を思っただろうか?
失望したのだろうか?
憎悪したのだろうか?
手紙の赤ずきんと硝子の靴の妹を救うために、貴女はアンプルに入れた薬を本命と予備の2個ずつ用意していた。赤ずきんのための薬は指揮官と剣の遺民に、硝子の妹のための薬は私と三大企業のCEOの1人に託していた。
しかし私達は誰一人として渡すべき人に渡せていなかった。
指揮官はまだ救出任務で少佐と出会う前の傭兵だった頃に届いた荷物を悪戯と思って破棄していた。後に手紙の意味を知った際に彼が感じた絶望は想像に難くない。
剣の遺民は狼に渡さなければならないと大切に持っていた。しかし他のおとぎ話と合流する条件として白い花に戦いを挑み、彼女に叩きのめされた際にアンプルは割れてしまっていた。
私は手紙の意味に気が付いた時に、急いで検査を依頼した研究所に対して、保管しているアンプルについての問い合わせを試みたが、既に研究所はアンプルと共にラプチャーの襲撃で失われていた。
CEOは手紙を受け取っていたものの、三大企業の幹部という極めて重要な立場にあった彼への荷物は検閲されており、アンプルは当然その際に不審物として扱われ、また手紙を確認したCEOにとっても身に覚えのない内容だったため、そのまま検閲官によって処分されてしまっていた。
私達は間違えた。
私達に送られた意味に気が付くべきだった。
手紙の送り主は、私達が未来で無事だと分かっていたから、薬を託したのだということに。
私はそのミスを自覚したからこそ、次こそは間違えまいと慎重に赤い靴について調べたが、何も出てこなかった。後にニケに対する侵食が発見された際にも、これが呪いなのかと再調査したが結果は変わらなかった。後から見れば何のことはない、ただ調査する時期が早過ぎただけのことだった。
2度も潔白が証明されたことで、それ以降は明確な根拠がなければ調査を行うことさえ難しくなってしまった。結果として私が赤い靴の悪意を捉えることができたのは、軌道エレベーター攻略作戦失敗後になってしまった。
もっと詳細な手紙であればと思ったこともあった。
だがその一方で頭では理解していた。
もしも赤い靴の本名と将来の犯罪行為を詳しく書いていたらどうなっていたか。彼女は人望があり、権力もそれなりに持ち合わせていた。そんな彼女を犯罪者扱いする手紙の内容は彼女の信奉者から彼女自身へ伝わったことだろう。そうなれば彼女がどの様な対応するかについては、彼女の非人道的実験の記録からして明らかだ。
またアンプルではなく指揮官の血液の重要性を手紙で明かしていたなら、その情報もまた完全に管理して秘密にするのは不可能だっただろう。予言の中で将来現れる恐るべき敵の存在と、それに対処可能な方法が中央政府に伝わっていたのなら、最初から彼は指揮官ではなく人類の未来のために消費される実験動物として扱われていただろう。
──コトン。
目の前にコーヒーが置かれた。
何時の間にか側に司書のニケが戻ってきていた。
「ありがとうございます。ですが良いのですか? 閲覧室は飲食禁止では?」
「他の方には秘密ですよ? それに館長、気が付いてないのかも知れませんが、先程から思い詰めた顔をしています。少し気分転換した方がいいのではないでしょうか?」
微笑んで言う彼女に感謝してコーヒーを飲むと、体の芯から温まる気がした。
「……憎くはないのですか」
言うつもりは無かったはずだが思わず言葉にしていた。
「何がですか?」
「私は貴女の大切な人の命を懸けた必死の努力を無駄にしました。いえ、それだけではありません。彼女達を見捨て、亡くなる原因を作ったのも私です。恨まれて当然。憎まれて当然のことをしました」
「……」
「貴女も気付いていた筈です。私はだからこそ貴女が私を糾弾するために、ニケとなりベストセラー部隊へ志願したのだと思っていました。ですが貴女は何も言わず、ただ淡々と真面目に司書の仕事をこなしているだけです。何故ですか?」
「……私は誰も恨んではいません。私もただ先輩方に救われてここにいるだけですから。あの頃、先輩方のために何かした訳でもない私が、何か出来ることをしようとしていた人を責めていいはずが無いんです。だから、恩返しにはもう遅すぎるけど、せめて残りの人生くらいは、先輩方のために、先輩方のことが忘れ去られない様に、出来ることをしたいと思ったんです。先輩方と同じニケになって」
「そう……ですか」
私は彼女の言葉を聞いて、方法は違っても彼女もまた勝利の女神なのだと感じていた。
ページを捲る。
──ピナ・グレイス。23歳でニケに志願。
彼女の生涯は45巻85ページに記載。
アーク封鎖作戦に参加。
ゴッデスとの通信内容から生存していると思われるが、当人は一度も話さなかったため正確な健康状態は不明。
追記。
地上探索部隊のニケに依頼して臨時監視所を調査した結果、近辺に墓地があるのを確認。御墓の数と作戦に参加した量産型ニケの人数を照らし合わせたところ、同数だったため死因は不明だが既に亡くなっている可能性が高い。
「……」
後悔は尽きない。
もっと上手くできたのではないかと何度も思った。
だが進んだ時間が巻き戻ることはない。
過去を都合良くやり直すことなどできない。
だからこそ忘れてはいけない。
あの戦いで散っていった全ての人々のことを。
何よりも最後まで戦い抜いた人類の守護者、誇り高い勝利の女神達のことを。
「……貴女方の犠牲に心からの敬意と感謝を」
そう呟いてから、目を閉じ黙祷を捧げた。
【End】