救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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06 夕焼けに包まれて

 

 ラプチャーの侵攻が始まってから3年以上の時が過ぎ

 また夏が来た。

 

 昨年、戦場の夏は酷いものだった。

 世界各地で余りにも多くの人が亡くなり、撤退を続ける人類連合軍には遺体を回収して弔う余裕などあるはずが無かった。そのためラプチャーや野生動物に食べ残された遺体はその場に放置され続け、腐敗し蛆が湧き多数の蝿がまるで黒い雲の様に周囲を飛び回る様は地獄そのものだ。

 

 車のラジオからは何時もの様にゴッデス部隊の英雄的な活躍が流れている。

 

『……住宅街を突如襲撃したラプチャーは即応したゴッデス部隊により迅速に処理されました。生き残った住民を護りながら行われた防衛戦では、指揮官の発言した"もう、ここで誰も死なせはしない"の言葉通り、ゴッデス部隊は保護した民間人を誰一人として死傷させること無く勝利を収めました。それでは生存者の声を……』

 

 ゴッデス部隊はこれまで多くの人々を救い、この先の見えない戦争の中で希望の光を見せ続けていた。そしてそれはこれからも変わらず、人類の守護者としてより多くの人々を救っていくのだろう。

 しかしながら、彼女達がどれだけ"戦術的"勝利を重ねたとしても、人類連合軍の"戦略的"敗北を覆すことはできず、戦況は悪化の一途を辿っていた。それは赫々たる戦果に彩られたゴッデス部隊ですら、有史以来初となる人類の生存権を掛けた戦争の前では、大海に浮かび荒波に翻弄される小舟でしかないということを意味していた。

 

「着きましたね」

 

 暫くして車を停めたピナに私達は頷き外に出る。

 まだ午前中の早い時間帯だが気温は高い。せめてもの救いは湿度が低いことくらいか。

 

「それで集合場所は何処でしたか?」

 

「庁舎の地下駐車場と書かれていたね」

 

「……エリカ先輩、本当にいいんですか」

 

「何がだい?」

 

 本当は聞かなくても言いたいことは分かっていた。

 

「これはエリカ先輩に届いたんです。だから私じゃなくて……」

 

「マリー」

 

「……はい」

 

「君が気に病む必要はないよ。これは私のエゴ、私が私自身のためにマリーに抽選券を渡すのだから。それに最後くらい先輩らしく後輩に良いところを見せないとね」

 

 封筒が届いたのは少し前のことだった。

 封筒の中には私の個人識別番号と今日アーク行きのバスが出ることが記載されたアーク抽選券が封入されており驚かされた。私が当選したこともそうだが、そもそも私はアークガーディアン作戦開始後にアークへの避難が行われるのだと思っていたから。

 

 しかしよくよく考えてみればそんなに可笑しなことではないと気が付いた。

 

 当たり前のことだがアークへの避難は、ラプチャーの襲撃を避けるために秘密の作戦だったのだから、皆で纏めて移動というわけにはいかない。もしも1000万人もの人数を一度に移動させようとする計画書を作成した人間がいたとすれば、私なら秘密作戦の言葉の意味を辞書で調べさせただろう。それでアークの位置がラプチャーにバレないと思うなら、作戦部の人達の頭は楽観的が過ぎる。

 

 ……秘密作戦なのに看板が立っているのは既にどうかしているが。まあ何時作られたものなのか分からないから、本当は何か納得できる理由があるのかもしれない。それとも看板は無関係の人間が作った偽物だったのだろうか?

 

 ともかく元々は数年かけて徐々に避難させる計画だったのが、軌道エレベーターの攻略失敗とラプチャーの攻勢により計画の維持が難しくなったため、実施されたのがアークガーディアン作戦と一斉移動ということなのだろう。

 

 手紙の内容を確認した私は2人にアーク抽選券を見せ、抽選券をマリーに譲ることを告げた。ピナは抽選券自体には驚いていたものの、私が譲ることには仕方がない人ですねと微笑むだけだったが、マリーは驚き先輩が自分で使うべきだと何度も言い募ってきた。

 

 確かに私は抽選券を受け取った時、全てを忘れて平穏に生きることのできる選択肢を得た。そしてそのことに心惹かれなかったと言えば嘘になるだろう。

 

 ただその選択をすることはできなかった。

 

 私は未来を知っていたからこそ、私の手で暗い運命が待ち受けるニケを救えるのではないかと考えた。

 しかしもっと身近で友人だったはずのパーシャですら助けることができず戦死した。

 

 分かっている、分かっていた。

 ゲームでは細かなことに触れられていない以上、どうしようもないことだったし、彼自身が兵士だったのだから。でも、そうであっても、もっと上手くできたのではという思いと罪悪感は消えなかった。むしろ友人の死が罪悪感と現実味を強めた。この世で最も恐ろしいことは"その気になれば助けられたのではないかという思いを抱きながら夢を見ること"だと何処かで読んだ気がするが、まさにその通り毎晩の様に魘された。そしてその時に私を助けてくれたのは2人だった。

 

 だからこそ2人には幸せに生きて欲しいと思う。

 

 ピナは原作で侵食により死んでしまったが、それに対処する準備はした。だから未来のエデンでドロシーと共に幸せに生きられるだろう。

 一方でマリーは原作で出てこなかったから、何が命取りになるか分からない。しかしアークに行けばその心配はいらないはずだ。そのためにもマリーに受け取って欲しかった。

 

「エリカは一度決めると頑固ですから。マリーも諦めた方が良いですよ」

 

「ピナ先輩……」

 

「それに折角久し振りに無事な街まで来たんですから。まだマリーの乗るバスの発車時刻まで時間もあるし、楽しまないと損でしょう?」

 

「そうだね。寂しくなる前に皆で遊ぼうか」

 

「……そんなこと言わないでください。でも、はい、わかりました」

 

 それから私達は他愛のない話に興じながら周囲を散策した。この街は確かに未だ戦火に曝されてはいない。だからといって昔の様に街の彼方此方に遊べる場所が沢山ある訳ではなかった。

 

 それでも私達は嘗ての日常を思い起こしながら、

 

 笑って、

 

 話して、

 

 楽しんだ。

 

 3人で共に過ごした今日この日を特別で幸せな思い出として忘れない様に精一杯。

 

 そうしている内に時間が迫ってきた。

 

 庁舎で手続きを終わらせてマリーを地下駐車場まで見送る。

 

「エリカ先輩、ピナ先輩、これまで一緒にいてくれてありがとうございました。一緒にいられて凄く楽しかったです。嬉しかったです。だから……えっと……また何時か逢えますよね?」

 

「ええ、また逢いましょう」

 

「そうだね。また何時か」

 

 私達は互いに理解していた。これから先、再び逢うことなど無いということを。それでも誰もそのことに触れることはしなかった。言葉にしてしまえば変えられない事実になってしまうように思われたから。

 

 そしてバスが出た。

 

「……ピナ、すまないね」

 

 見送りを済ませて離れながら声を掛けた。

 

「何がですか?」

 

「マリーのこと相談せずに勝手に決めたから」

 

「そんなことですか。私でも同じことをしますから、気にしなくても大丈夫ですよ」

 

 そう微笑んでくれたが、ふと何かに気が付いた様に付け加えた。

 

「そうですね。エリカが気になる様なら、この後付き合ってくれませんか?」

 

「勿論構わないよ。でも付き合うって何処に?」

 

「秘密です。直ぐに分かるとは思いますが折角なので」

 

 楽しそうにしている彼女に、落ち込んでいた心が少し軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラプチャーを避けながら車で移動し、ピナの目的地である廃墟まで辿り着く。彼女の言う通り途中から何処に向かっているのかは私も理解できた。

 

「ここに来たかったんだね」

 

「はい、エリカと出逢った場所ですから」

 

 廃墟は嘗て私達の通っていた大学だった。

 人のいなくなったはずの大学が壊されたのはラプチャーの行動における優先度の変化が原因だ。

 

 ゴッデス部隊の乗艦である勝利の翼号は人類連合軍の技術の粋を結集して建造され、その戦力は空の支配者であり恐怖の象徴だったストームブリンガーを単独であれば撃墜できる程のものだった。当然、人々はその活躍に歓喜し2番艦、3番艦と続けて建造されて空を取り戻すことが期待されはしたが、ラプチャー側の対応もまた早かった。

 勝利の翼号が建造されたドックはゴッデス部隊と共に艦が活躍し始めた頃に、大量のラプチャーに襲撃され技術者と共に完全に破壊された。その後、残されたデータを元に別の場所でも同型艦の建造が試みられたが、其処も、いや其処だけでなく世界各地の大規模施設が例外なく襲撃されるようになっていた。

 空だけでなく宇宙を押さえられていた人類には偽装工作にも限界があった。最終製品サイズが人間大のニケと異なり巨大艦である勝利の翼号であれば尚の事、造るためには大きな設備が必要だったし、ラプチャー側もそれを理解するかのように偽装できそうな規模の施設を無差別に攻撃していた。

 

 私達の大学もそうした流れの影響を受けたということだ。

 

 結果的に勝利の翼号は人類連合軍で唯一無二の艦になってしまい、その運用についても制限を受けることになった。勝利の翼号はゴッデス部隊と同じく希望の象徴として人々に知られていたため、撃墜される様なことがあれば士気に甚大な悪影響が懸念されており、万が一にもその様なことが無いようラプチャーの手に落ちていた監視衛星の隙間を縫って、捕捉されないよう細心の注意を払って作戦が立案されていた。

 

「行きましょうか」

 

 そう言ってピナは正門だった瓦礫を越えて歩き始めた。

 

 緑溢れると形容されていた周囲は、炭化した樹木が墓標の様に疎らに立ち並び、レンガ調に舗装されていたメインストリートは砕かれて穴が開いていた。

 

「ここでしたね」

 

 歪んだベンチの前に少し立ち止まりピナは言う。

 

「確か履修登録に困っていたんだっけ」

 

「エリカも覚えていたんですか?」

 

「ああ、何と言うか印象的だったから」

 

「困っている人は他にもいたから印象に残ることでは無いと思いますけど……覚えていてくれて嬉しいです」

 

「あの頃はまだ若かったなんて言う程ではないけれど懐かしいね」

 

「はい、懐かしいです。まるでずっと遠い昔の様に」

 

 静寂に包まれた講義棟。

 

「殆ど一緒に受けてた気がする」

 

「まあ同じ学科でしたから」

 

「マリーも一緒に受けることが多かったね。後輩なのに」

 

「大学は飛び級がありましたから。エリカと一緒に受けるために頑張ったそうですよ? 何故かそれを私に言ってきましたが」

 

 焼け焦げた枠だけの図書館。

 

「実験レポートは大変だった。今の時代にネットで調べた参考文献は認めないなんて時代錯誤だよ。それに手書き限定だし」

 

「確かに大変でしたね。それにエリカはあの頃も同じ文句を言ってました」

 

 棚が倒され雑然とした購買部。

 

「エリカは教科書についても文句を言ってましたね」

 

「いや皆口に出さなかっただけさ。ピナだって半期しか使わない専門書に高いお金を払うのは嫌だっただろう? 重いし」

 

「ええ、私も本当は嫌でしたよ? エリカの言う通りあんなに重くて分厚い本を毎週持ち歩くのは。その上、必修科目だったから避けられませんし」

 

 窓が割れ壁にひびが入った食堂。

 

「何だかんだ言われても値段の割に美味しいし良かったと思う」

 

「私も好きでしたよ。日替わり定食も色々種類があって」

 

「そうだね。偶に変なメニューもあって楽しかった」

 

「パーシャがよく頼んでいましたね。私は余り食べ物で巫山戯るのは良くないと思いましたけど、パーシャが不味いと言いながら毎回しっかりと完食しているのには驚きました」

 

「パーシャは新しいものや面白いものが好きなだけで真面目なやつだったから」

 

 一部の建物には白骨化した遺体が遺されていた。

 

「……」

 

「せめて来世では幸せを」

 

 2人で手を合わせて祈った。

 

 

 

 

 崩れかけの研究棟に入る。

 本来は電子ロックで施錠されており部外者が入れないようになっているが、今となっては機能しているはずもなかった。

 

「ピナ其処は危ない」

 

「すみません。ありがとうございます」

 

 私の第六感は以前よりも鋭敏になった。以前ならこっちに進むと良くないことが起きるかもといった感じ方だったが、今ではこっちの廊下の右から2番目のタイルを踏むと床が抜けるという様にはっきりと分かるようになっていた。

 

 階段を登り研究室の扉を開ける。

 

 崩れた外壁から夕暮れの赤く染まった空が視界に広がった。

 かろうじて部屋に残されたものは全て壊れて元が何かはよく分からない。

 

「何もありませんね」

 

「そうだね。何も無い」

 

 ここに来るのはデモのニュースを見ていたあの日以来だ。

 

「エリカはオレンジが好きなんですか? 研究室でもオレンジジュースをよく飲んでいましたよね?」

 

「好きだよ。甘味と酸味のバランスが特にね。まあ今では贅沢品になってしまったけれど」

 

 そういえばあの日も飲んでいた気がする。

 

「……ラプチャーがいなければ私達は今頃何をしていたでしょうか」

 

「さあ何だろう。少なくとも学部は卒業して就職か進学か。ただどんな選択をしていたとしても、皆とは変わらず連絡していたんじゃないかな」

 

「そうですね。それならどれだけ良かったでしょう」

 

 そう言うとピナは此方を振り向いた。

 

「エリカ、私はニケに志願しようと思います」

 

「……」

 

 遂にこの時が来た。

 ドロシーを、ゴッデスを救うのには必要だと分かっていた。

 それでも心の何処かでいつまでもこのまま一緒に過ごすのも悪くないと思っていた。

 

「ゴッデスには憧れますが、彼女達みたいに成れるとは思っていません。ただそれでも何かしたいと思います」

 

「量産型ニケになる意味は分かっているよね?」

 

「はい、分かっています。きっと今日のことも忘れてしまうのでしょう。それでもです」

 

「そっか……分かっているなら何も言わないよ。ただ私も一緒に志願して良いかな?」

 

「エリカ、こんなことを告げた私が言えたことではないですが、その場の勢いで決めるのは」

 

「元々そのつもりだった」

 

「……」

 

「私も同じさ。ただ言い出せなかっただけで、ずっと考えていた」

 

「そう……ですか」

 

「それに例え今日のことを忘れてしまって将来の何処かでどんな形で死んでしまうとしても、今の私はピナのことを親友で家族で姉妹の様に思っているよ。だから一緒に……ね」

 

「私もずっと大切に思っていました。これからも思い続けます。例え忘れても」

 

「なら約束だね。どんな未来でも一緒に頑張ろう」

 

「はい、約束です」

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