救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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09 諦めていた邂逅

 

「早く帰りたいですー」

 

 荷台からはそんな声が聞こえた。

 長距離通信機の準備を終えた私達は、地下を休まず全力で走り抜けることでマザーホエールの探知範囲からの脱出に成功していた。設定した発信時間になった直後から暫くの間、恐らくはミサイル攻撃に起因すると考えられる地響きが続いていたため、皆走りながら無事に逃げられるのか恐怖に駆られていた時間もあったが、地下鉄の線路沿いは少数のラプチャーが隠れて待ち伏せしていたのみで、特に大きな問題は無く事前に予定していた地点から地上に戻ることができていた。

 その後も丸一日以上無休で移動を続けたが他の監視所にいるはずの友軍には合流できなかった。このため休憩も兼ねて今後の相談をした結果、友軍との合流は諦めて基地への帰還を優先することが決まった。

 其処で問題となったのは地下に降ろすことができず通信機と共にスクラップになったであろう装甲兵員輸送車に代わる移動手段の確保だった。周囲を探せば放棄された車両は簡単に見つかる。しかしながら体重が重いニケの部隊全員が安全に乗れる様なトラック等の車についてはキーを見つけることができなかった。ではどうするのかと議論が暗礁に乗り上げかけたのだが、仲間の1人がキー無しで迅速にエンジンを始動させてみせたことで問題と思っていたことは問題では無かったことが発覚した。なお彼女が何処でその様な技能を身に付けたのかについては、当然ながら誰も気にすることは無かったし触れることも無かった。

 

 そういう訳で私達はトラックを拝借して基地に向かっている。

 

「夜には基地に戻れるので我慢してくださいね」

 

 ピナが運転席から荷台に向けて声を掛けた。

 

『了解〜』

 

「気が抜けたみたいですね」

 

「仕方無いんじゃないかな? 私達が絶対に勝てない様なラプチャーの有力部隊に捕まりかけたのは初めての経験だからね」

 

 助手席に座る私はそう答えた。私自身もまたマザーホエールという圧倒的な脅威から逃げ延びられた安心感を覚えていたから。

 

「……ラプチャーがいるね」

 

「どっちですか?」

 

「左前方だけど、これは……」

 

「どうしたのよ? 避けられないなら何時も通り戦えばいいだけでしょ」

 

 ラプチャーと聞いて荷台にいる皆も慌てずに反応するが、私が驚き動揺していることに疑問を呈した。この時、私はラプチャーを追い掛けている存在を感じて動揺していた。ただ友軍に出会えただけなら驚かなかった。しかしラプチャーに対して銃器の有効射程を無視した接近を繰り返しているということは……

 

 建物がガラガラと音を立てて崩れラプチャーが現れる。

 即座に皆がそれぞれの銃を構えるが、引き金にかけた指を動かす前にラプチャーは真っ二つになった。

 

 ──崩れ落ちたラプチャーの横には黒いニケが佇んでいる。

 

「……マジかよ」

 

 後ろから呟く声が聞こえたが、私はそれどころでは無かった。ピナがトラックを停めた直後、何も言わずに降りて近付く。黒いニケも直ぐに此方を振り向き声を掛けてきた。

 

「迷惑かけてごめんね~。まさか逃げるとは思わなくて大丈夫だった?」

 

「薔花……」

 

「あれ? 私のことを知ってるの?」

 

 その問いに答える前に彼女の後ろから他の黒いニケ達が現れて合流した。

 

「姉さん大丈夫か?」

 

「レン、私は大丈夫だよ」

 

「紅蓮……」

 

「誰だ。何故私の名を知っている?」

 

「う〜ん。私のことも知ってるみたいなんだけど、何処で会ったか思い出せないんだよね」

 

「エリカ、知り合いですか?」

 

 皆が追いついてからピナがそう尋ねてくる。その言葉で漸く正気に戻ることができた私が改めて前を向くと、薔花は興味深そうに、紅蓮は疑いの眼差しで私を見ていた。

 

「すまない。私が一方的に知っているだけで、今の君達と会ったことはないよ」

 

「会ったことは無いのに知っている? どういうことだ?」

 

「……話しに割り込んでごめんなさい。私達は星屑部隊ですが、貴女方は何処の部隊ですか?」

 

「ああ、ごめんね。私達は近接戦闘部隊だけど正式な部隊じゃないから、まだ名前は無いの」

 

「近接戦闘部隊……初めて聞きました。普通の量産型とは違うのでしょうか?」

 

「そうね〜近接戦闘が目的の特殊改良型だから。それはそれとして確か星屑部隊は最近マザーホエールに遭遇して作戦行動中行方不明(MIA)になっていたはずよね?」

 

「あ、はい。マザーホエールを発見して報告したんですが、私達には対空砲などの装備が無かったので撤退していたんです。それを知っているということは、その後どうなったかご存知ですか?」

 

「ええ、マザーホエールは翌日にゴッデス部隊が落としたって聞いたわ」

 

「なるほど……ありがとうございます。その通信機を貸して頂けませんか? 私達の長距離通信機はマザーホエールの報告をした時に壊してしまいまして」

 

「もちろん、いいよ〜」

 

 薔花がそう言ってくれたので私達は近接戦闘部隊の装甲兵員輸送車まで移動して中尉に連絡することになった。ピナが中尉と話している間、私達は食事の準備をすることにしたのだが、それを近接戦闘部隊のニケ達が羨ましそうに見ていたので、お礼も兼ねて共に食べることにした。

 

「ありがとね~。最近は支援物資の補給周期が長くなって、みんなお腹が空いていたから助かるわ」

 

「どういうことですか?」

 

「うちの中尉が怠け者なのだ。補給のことを聞いても戦況が悪いから仕方無いと言うばかりで役に立たぬ」

 

「レン、気持ちは分かるけど落ち着いて」

 

「戦況が悪い……ね。隊長、ニケの部隊に対する補給の遅れなんて初めて聞いた話だけど中尉は何か言っていたの?」

 

「いえ、無事を喜んでくれましたが補給についてはこれといって特別なことは何も」

 

「あの夜に受け取った補給物資も何時も通りだったよね? その後に何かあったのかな?」

 

「……缶詰をもっと大事にした方が良かったってことか?」

 

 ピナを含めた幾人かは薔花と紅蓮の話を聞いて、これから先に支給される補給物資が減らされる可能性について話し合ったが、答えは出ないので一先ず基地に戻ってから中尉に改めて尋ねるということで落ち着いた。

 

「それで、君は何故私達のことを知っているのだ?」

 

「……」

 

 答えられなかった質問が紅蓮から再び私に向けられ、薔花も此方に注目する。正直に全てを話すべきだろうか? いや前世の記憶について話しても不要な混乱を招くだけだ。嘘の無い範囲で誤魔化す方が良いだろう。

 

「……さっきも言ったけど、今の君達とは初対面だよ。だけど私は君達のことをずっと昔から知っていた」

 

「もしかして人だった頃に会ったことがあるの?」

 

「どうだろうね? だけどそうだね薔花の将来の計画は変わらず、心赴くままに生きることなのかな?」

 

「!!」

 

「紅蓮は今も自家製の花茶を飲んでいるのかい?」

 

「……いや、最近は暇がなくて飲んでないな」

 

「そっか……なら薔花との手合わせもしなくなったのかな?」

 

「そうね。最近は余裕がなくて手合わせはしてないけれど、今のところ1025戦1011勝14引き分けかな?」

 

「こっそり勝ちを増やすでない。1010勝15引き分けだ」

 

「相変わらず仲良し姉妹なんだね」

 

 そう返すと黒いニケの姉妹は顔を見合わせてから1人は小さく微笑み、もう1人は花が咲いた様な笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 その後、近接戦闘部隊と別れて基地まで戻った私達には中尉から体を休める様に命じられていた。連絡途絶の経緯を説明した際にピナが補給について質問していたが、中尉は多少周期が延びる様になることはあるかもしれないが大きく変わることは無いと言っていた。

 

 そして皆が安心して部屋に戻った後、私もまた自室へと戻り既に諦めていたはずの可能性について考え込んでいた。

 

「……」

 

 近接戦闘部隊の崩壊は軍の陰謀が原因だ。それを直接どうこうする力は私には無い。故に彼女達が生き残るためには逃亡する以外の選択肢は存在しない。しかし逃げるためには……

 

「彼女達の指揮官を必ず殺さななければならない」

 

 幾らあの中尉が無能だとしても、部隊のニケが逃亡すれば上官に報告するだろう。そうなれば身を隠す時間的余裕が無くなる恐れがある上に、指揮命令権を有する中尉に見付かればその時点で詰みだ。例え薔花であっても解釈の余地が無い命令を下されたら、NIMPHによる指揮官の命令遵守の原則には逆らえないだろう。

 だがそうなると部隊の内乱は避けられない。中尉を脅す話だけで意見が半々に分かれたのだから殺すとなれば尚更だ。

 いや、そもそも紅蓮がゴッデスに合流する原因が部隊の崩壊なのだから其処は避けて通れない。何よりも紅蓮がゴッデスに加わらなくなる事態だけは絶対に避けなければならない。紅蓮という戦力を欠いた状態では、後のアークガーディアン作戦やアーク封鎖作戦がどの様に転ぶか分からないのだから。

 

「薔花は何故逃げなかったのだろう?」

 

 薔花の目的は誰から見ても明らかな失敗をすること。そしてそれは中尉を殺した時点で達成していたのだから逃げることはできたはずだ。

 

「……生き方と死に方」

 

 紅蓮はどの様に死ぬとしてもニケとして人類のため戦う生き方を選んだ。

 薔花は逃げ続けて生きるよりも紅蓮と剣を交えて終わる死に方を選んだ。

 そういうことなのだろうか。

 

「花に十日の紅無し……か」

 

 仮にそうだとして薔花を助けたいならば、永遠に逃げ続けることはできないという考えの前提条件を崩さなければならない。信頼関係を築いてからの話にはなるが、人類が2年後にはラプチャーとの生存競争に敗れ地下に逃げ込むことを伝えるのはどうだろうか?

 

「それだけでは足りないかな?」

 

 やはりネックになるのはNIMPHだ。NIMPHが残っている限り指揮官の命令には逆らえない。指揮権の移管条件について具体的な制限等は分からないが、ラピが簡単に指揮権を主人公へと変更できていたのだから、逃亡先で新たな指揮官に突然遭遇してしまう可能性は否定できない。そして遭遇してしまえば逆らえないのだから中尉を殺した甲斐もなくなってしまう。そうなれば上層部はゴッデスに加わった紅蓮の姉である彼女を、人間を殺したニケをどの様に扱うだろうか。未来のアークの在り方を見ると碌でも無い扱いになることは想像に難くない。

 

 それを防ぐ方法はある。あるが、ここで使う選択は正しいのだろうか。私はアンプルを取り出して眺めた。

 

 ──アンチェインド

 

 RhX型の血液にのみ含まれNIMPHを破壊しニケに真の自由を与える物質。この世界の行く末を理解した際に最優先で入手しなければならない物質だった。原作での扱いを見る限りRhX型は希少だ。しかしユニークではない。ならば母集団がアークの数百倍規模の今なら探せば手に入る可能性があると考えた。前世で理論上誰にでも輸血でき黄金の血液と呼ばれたRhnull型も数十億人いれば50人程度は確認されていたのだから。

 この時、自分自身の血液型を知らないことを思い出して検査したところ、私の血液型こそが求めていたRhX型だと判明した。正に天啓だと思った。見付かる可能性は高いが入手困難だろうと考えていたモノが自身の手中、いや体内にあったのだから。その際に少しだけ人のまま生きることについて考えたが、レッドシューズがいるV.T.C.に行く訳にはいかないし、そもそもアンチェインドが必要なタイミングとラプチャーの危険度を考慮するとニケになる以外の選択肢は無いと考え直した。

 以降、定期的に採血し持ち運びを考えて濃縮した血液をアンプルで保管していた。貧血で倒れかけたこともあり心配されたため、間隔は広めに取ったし濃度の心配もあるから主人公の様に採血1回分を分けることはしなかったが、それでも7つも用意できた。

 既に3つは然るべき人へと送付し、1つはピナに土下座して飲んでもらったため、残りのアンプルは3つ。

 

 事前の仕込みが上手くいっていなかった時のために紅蓮に1つ渡すのは確定だ。薔花にも1つ渡すなら残りは1つ。私自身はまだ使用していないし、アーク封鎖作戦の際にドロシーや他のゴッデスメンバーが万が一にも侵食された際の予備として残しておきたいが……

 

「そもそも侵食はどうなっているのかな?」

 

 ラプチャーの攻撃によりニケが麻痺するという噂話は聞こえてきたが、その具体的な内容は戦場の霧に紛れて判然としなかった。もしも原作通りに侵食が進化しているなら、やはり薔花にはアンチェインドを渡すべきだろう。紅蓮と同等以上の強さを誇る彼女が侵食されて人類の敵になる事態は避けなければならない。

 

 だが何もかも失敗していたならレッドフードとシンデレラ、2人を救うために紅蓮にはアンプルを2つ渡すべきではないか?

 しかしその場合、私は使えないし予備も無くなる。

 

「……」

 

 何が正解なのか分からず思考は堂々巡りする。

 この日は答えが出ないまま夜が更けていった。

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