【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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Memoria
Encounter


 何をすればいいのか。このままの環境では駄目だ。

 もう限界が近いのだろう。どう足掻いても必要な知識が不足している。

 焦る必要は無い。無いのだが、足踏みとはここまで煩わしいものなのか。

 ああ、知りたい。知りたい。知りたい知りたい知りたい! 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 この世に生を受けて早16年。

 一般的な女学生に過ぎない私ことオルテは、今、最も停滞した時間を過ごしていた。

 

 

 

 この地球に人類初の能力者が突如現れ、現存する物理法則を無視した能力という概念が世間一般に認識されるようになったのが実に数百年近く前のこと。

 それからというもの、人類は能力に合わせたビジネスだの製品開発だの環境改善だの世界戦争だの和平条約だの法律改正だの色々行ってきた。

 能力という概念が社会に溶け込み、今や誰であれその存在に違和感を覚えていない。

 

 が。残念なことに、それほどの時間がありながら能力についての研究は数百年前から微塵たりとも進んでいない。かなり大目に見たとしても数歩程度だろうか。

 何せ理論の構築どころか、能力という現象自体が未だまともに解明されていないのだから。

 学者達がこれまでに記した論文は、どれも過去のデータを羅列するばかり。彼らの研究室の棚には同じ資料の焼き直しばかりが積み重なっている。

 

 やれ

「およそ百万人に1人の確率で発現する」とか

「1人につき1つしか発現しない」とか

「先天性である」とか

「人間にしか発現しない」とか

「先に発動したものの効果が優先される」とか

 一般に広く信じられている仮説なら山ほどあるが、どれも未検証の域を出ないまま。

 

 燃え上がるような知識欲の赴くままこの学問に身を投げ入れた私としては望ましくない現状である。

 それは単純に能力学というものが難しすぎるが故だが、それにしたってあまりにも鈍足じゃないか。

 

 

 

 とは思っていた私だったが。

 結局のところ、いざ研究を始めれば私も能力学者のいう倦怠期とやらに足を突っ込んでしまった。

 どの資料へ目をやっても、どれだけ頭を回転させても何も思い浮かんでこない。

 思考の歯車がきしむ音さえ耳に届いてくる気がする。

 

 幸いにして時間こそまだまだあるが、今や過去のデータを漁って少しでもマシな情報を探すだけの日々に身を置いている。

 最終的なゴールも現時点での目標も、そこに至るまでも道筋の1つだって見えやしない。

 

 そう思うと私の一生でも時間が足りるかどうか分からない。

 せめて、生きている間に1つぐらいは能力の何かしらを証明してやりたいと願うところ。

 

 

 

 とにかく私はただ知りたいだけなのだ。

 取れる手段ならどんなことだってしてみせよう。

 要するに環境の問題だ。もっと望む知識を得られる場が欲しい。

 ああ。そんな都合の良い場所が私の前に現れないだろうか。

 

 

 

 ちなみにこの学舎で学べる他の学問については全て修了した。なのでもう興味は無い。

 私は自分の知りたいことにしか興味が無いので。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ということで。旧資料保管棟の鍵を頂きたいのです」

「話の経路が見えないんですけどー……?」

 

 もう夏季休暇も始まっている期間。

 私はいつも通り学舎を訪れ、教員室にいる担当教師に伝えた。

 だというのに、目の前の彼女は首を傾けている。

 何を惚けているのだろうかこの教師は。

 

 単純だ。

 本校舎にあるデータベースではどうにもならないから、昔の資料が残っているあの朽ちかけの棟に入れさせろというだけの話。

 この教師も私が有り余る知識欲を能力学にぶつけていることは承知だろうに。

 

 能力学は成果の見込みが薄い学問故に人も少ない。

 私は貴重な能力学研究の志望者で、彼女は能力学コースの担当教師なのだから、向こうは私を覚えているはずなのだが。

 

「それはその、うちのデータベースだけじゃあ足りないんですか?」

「はい。量だけは立派ですが」

「えぇー……?」

 

 あれだけのデータを集めるにはさぞ時間がかかったことだろう。

 協力に応じた能力者達の努力が染み込んでいるようにも思える。

 

 でもそれだけだ。

 これまでで具体的な法則性の1つですら見つけられていないのだから、骨折り損を被るのは明らか。というか私自身既に大分折られた。

 既存のデータの集合体に頭を悩ませるだけの前時代的な能力学研究にのめり込むつもりなど私には毛頭ないというのに。

 

 やや首を前に出して私は催促する。

 

「で、頂けるんですか。どうなんです」

「……厳しいですねー」

 

 そうか。無理か。

 この反応だと無理そうだ。

 

「あの棟は名前だけで、実際は利用価値が無いと判断された資料を捨ててるゴミ箱みたいな扱いでもあってですねー。一応もしものために保管されているだけで、多分新しい情報は見つからないと思いますよ……」

 

 じゃあどうして取り壊さないんだろうか。

 

「じゃあどうして取り壊さないんですか?」

「私に聞かれても困りますー……」

 

 しまった

 心の声が出てしまった。

 教師は肩をすくめる。

 

「いや、あなたは我が校1どころか数百年に1人レベルの天才なんで、すぐ入れるならそれでいいんですが。あそこって入るにも色々手続き必要で、時間がかかるんですよ」

「はあ」

「それに昔と違って今はあんまり整備がされてないから、きっと汚いですし、危ないですよ。なのでおすすめはしないかなー……と」

 

 面倒なのか。

 まあ彼女も自分の研究があるから、変な作業に時間を取られるのが嫌なのかもしれない。

 

 しかし、我が校1ならともかく数百年に1人の天才は買い被りすぎだ。

 この世には私より賢い人間などいくらでもいるだろう。

 私にそれほど過分な期待をかけるぐらいなら、その分手をかけてくれてもいいのにと思うが。

 不潔だ危険だなどは至極どうでもいいことなのだし。

 

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

 

 まあそれが分かったなら。

 私は静かに席を立った。

 

「だからあんまりお願いされてもー……って、いいんですか?」

「はい。あまり先生のお時間を取ってしまうのも失礼なので」

「えー嘘だー。絶対そんなこと思ってないでしょー」

「いえそんなことは。失礼しました」

 

 小さく頭を下げ、足早で教員室を後にする。

 結論としては断られたのだ。

 色々頭の中で反論も考えてみてたが、あの目は長いことゴネた後に結局通してくれないタイプの目だと判断した。

 実に怠慢な教師である。

 

 なら次だ。

 

 

 

 人を探して校舎を歩いていると、3人の女子生徒がこっちを見ながら何か喋っていた。

 見た目からして私より年下っぽいが、あの顔ぶれはどこかで見た記憶がある。ということは私と同じ能力学コースを選んだ生徒、あるいはその志望生徒か。

 

 そういえば、あの教師が「どこかの誰かさんに憧れて能力学に挑もうっていう無謀な卵が今年は多いんだよー」とぼやいていた。

 誰のことを言っているかは知らないが、その類いだろう。

 

「ねぇねぇ見て、オルテ先輩……! すごいキレイ……!」

「入学初日で学校の立ち入れる場所全てを見て回ったっていう噂の……!」

「中学の内に学校のほとんど全単位無理矢理修了したっていう噂の……!」

 

 3人共、目を輝かせてキャーキャー言っている。

 

 これまでの一部の言動から、校内で私はちょっとした有名人らしい。

 実際、能力学の壁にぶつかるまでは色々なことをやっていた。それで少しは知名度があるのかもしれない。

 

 それなりに見た目が良いというのもあるだろう。

 艶やかに黒く、肩までの長さに伸ばしてある髪。

 切れ長の目や形の整った鼻など、顔は整っていると自覚しているし。

 体つきも健康的だ。平均的な身長と均整の取れた肢体。スタイルだって悪くない。

 そう、見た目が良いというのは何かと都合がいい。こういうときのように。

 

 基本は専用の研究室に籠もりっぱなしというのもあって、私を校内で見るのは珍しいのか。

 まあ丁度良かった。

 

「……近づいてきたけど!?」

「えっ私顔についてない? 大丈夫?」

「待って、何か汗出てきた……!」

 

 ぼそぼそと小声で慌てだす彼女達。

 

「すみません」

 

 と、声をかければ。

 

「「「はっ、はいっ!」」」

 

 一切乱れの無い返事が返ってきた。

 見事な息の合いようだ。どこかで練習していたのかもしれない。

 

「な、何のご用でしょうか!」

「唐突なのですが、お時間が合うようであれば、今から私の用事についてきてほしいのです。お礼になるかは分かりませんが、どの単位でも構わないので参考資料及び過去問題を差し上げますので」

 

 彼女達の目に一瞬混乱の色が宿るが、続いて内容を理解したように輝きが光る。

 

「えっ、(先輩についていって)いいんですか?」

「(修了した単位に興味は無いので)いいですよ」

 

「でも私たち、(先輩の研究の)邪魔になるんじゃ……」

「いえ、今丁度(別件で)人手が必要なので」

 

「私たちに、(そんな大役)務まるでしょうか……!」

「ええ、(誰でもできる仕事なので)問題ありませんよ」

 

 

 

「それで、いかがです?」

「「「も、もちろん! 喜んで!」」」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 あっさり手に入った3人を引き連れて旧資料保管棟へ。

 上手くいかないようなら他にも何人かに当たるつもりだったが、大分素直に着いてきてくれている。余計な手間が省けて助かった。

 

 しかしこんな怪しい取引にすぐ乗っかって、ろくに知りもしない先輩について行くというのもどうだろう。

 よっぽど単位に困っているのか、自分の時間に対する執着が薄いのか。

 私についていくことで何か別のメリットがあるのかもしれない。

 まあ聞けばすぐに分かってしまうようなことだ。そんなものに興味は無い。

 

 とか考えてる間に着いた。

 埃っぽい外壁に蔦が絡み、朽ちた看板が風に軋む旧資料保管棟。

 今の私の数少ない希望の1つ。

 

 本校のやたら大きな購買施設の裏を進み、細い道をかき分けていった先にあるこの場所。

 年期を感じさせる見た目だが、それと同時に長らく手入れされていないことを示唆するかのような寂しさを纏っている。

 多分こんな遠いところにあるのが悪いんじゃないだろうか。

 

「先輩……ここって……? 能力学の研究室じゃないですよね……」

 

 3人のうちの1人が不安そうに尋ねてきた。

 

「本校の旧資料保管棟です。不要だと判断された資料が保管されています」

「あっなるほど! 先輩はここに研究で使う資料を取りに来たんですね」

「そうですね」

 

 そんな資料が実際にあるかどうかは分からないが。

 あったら無許可で取っていくため間違いではない。

 正面の入口は無視してどんどん進んでいく。

 

「すごいボロボロ……。これ大丈夫……?」

「えっと、これが入り口かな。鍵かかってるね」

「先輩、鍵が要るみたいで……あれ、先輩どこ行くんです?」

 

 

 

「裏です」

「えっ?」

 

「鍵を貰っていないから表からは入れませんよ」

「えっ??」

 

「昔興味本位で入ったことがあるんですが、1階奥の部屋の高い位置にある窓が割れていたはずです」

「えっ???」

 

 

 

 あの教師は整備されていないと言っていた。

 あんな奥の方にある窓一つが直ってるなんてこともないだろう。

 

 ここを曲がると、ほら、やっぱり。

 少し高い位置にあっておそらく1人では入るには苦労しそうなあの窓。

 確かに前確認したときのまま。

 あれなら外側から強引に開けられそうだ。

 

「ここですね。何でも良いので3人で階段状に台を作ってくれますか?」

「えっ……は、はいっ。その、こうでいいですか?」

 

 言われるがままに3人は台を組む。

 本当に素直だな。そんなに単位が危ないのか。

 

「乗りますね」

「あっちょっ待っ」

「あの先輩これって不法侵入じゃ」

「うわ先輩軽っ……」

 

 何やらごちゃごちゃ聞こえてくるが気にしない気にしない。

 靴を脱いで手に持ち、足をかけて彼女達を登っていく。

 

 一番上まで上がって窓を開ければ煙たい風が顔にぶつかってきた。

 手で払ってから、足に力を込めて窓枠を乗り越え、足を反対側に下ろす。

 見た目に反してしっかりとした床の感触。

 

 侵入成功。

 

「せ、せんぱーい!」

 

 窓の外から声がした。

 さっきの3人が息を切らしながらこちらを見上げ、声を張り上げている。

 

「ということで。おかげで無事侵入出来ました。ご協力感謝します」

 

 服についた埃を軽く払いながら、窓から顔を出す。

 

「侵入って……それって無許可ってことですよねー!?」

「そうですね」

「だ、大丈夫なんですかー!?」

「……」

「無視されたぁー!?」

 

 靴を履き直して、と。

 重要そうな書類を持ち帰るため、荷物は研究室から適当にとってきた鞄1つ。

 

「ああ、言い忘れてました」

「「「……?」」」

 

 私は指を唇に当てて、小さく。

 

「バレたら怒られるかもしれないので。このことは内密にお願いします、ね?」

「「「えぇ……」」」

 

 3人は少し呆れたような声色で返事を返してきた。

 つまりは伝わったと。なら十分だろう。

 

 

 

 さて、探索開始だ。

 ノブに手をかければ、目の前の老朽化した扉が軽い力で音もなく開いていく。

 

 ああ。

 願わくは、少しでも役に立つ情報が見つかりますように。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「何も見つからなかった……」

 

 現実は残酷だった。

 1歩1歩と歩く度に微かに揺れて床から軋む音が嫌なほど響く。

 埃の積もった棚と古びた木の匂い。

 読み終わって机の上に置かれた資料が、積み重なった枯れ葉のように乱れていた。

 要約すると、シンプルに居心地が悪い。

 

 「一応これを不要と完全に判断するには少し早計では?」と、思えそうなものはいくつか見つかったので、入ってきた部屋にまとめて移しておいた。

 

 が、それ以上のものはまるで見つからなかった。

 私の研究を確実に進められるような、起爆剤となりうるものはこの場所に無かったらしい。

 そんなものなら初めからこんな場所には移されないのかもしれないが。

 

 しかし、思っていたより能力学についての資料が少ない。

 人が少ないことによる弊害だろう。これなら分別などしなくてもよかったまである。

 

『WPPOが午後2時のニュースをお伝えします。先ほど、総司令官が1週間後の日本に巨大地震の発生を予知したため、特殊機動部隊2番を現地に派遣することを決定致しました。地震は2日後にも削除される予定です』

「もうそんな時間か」

 

 タイマー代わりに持ってきていたラジオが現在時間を教えてくれた。

 どうやらWPPO(世界平和維持機構)がまた変なことをしているらしい。

 地震を削除って。そりゃ助かる人は多いだろうが。何をしているのだろう。

 

 ともあれ。

 侵入した頃はまだ朝方だったのだが、既にいい時間が経ってしまったようだ。

 日没まではまだ余裕があるが、このまま何も見つからなければかなりの時間の無駄だ。

 

 気弱な腹の虫が私の機嫌を伺うように小さな音を立てる。

 午後ということはそろそろ食事を取るべきだということ。

 しかし食事は持ってきていない。外に出なくてはならない。

 

 私は一度にそこまで多くのものを食べられるほどの胃袋をしてないが、かといって食事を抜いてフル稼働できるほどの素敵なエネルギー効率をしている訳でもない。

 食べられるときに沢山食べておくことも、逆に抜きすぎることも出来ない訳である。

 

 つくづく人体というものは不便なものだ。

 食事も睡眠も不要な肉体が手に入ればどれほど有益に使える時間が増えることだろう。

 まあ、そんな都合良いものがある訳は無いのだが。

 

 

 

 つまり、今回の判断は失敗だった。

 あの教師の忠言は正しかった。

 次のアドバイスはもう少し考慮するようにしよう。

 もし覚えていたら、だが。

 

 この棟から出れば、またデータの中から粗探しをする日々に戻るだけ。

 難易度が高ければ高い内容であるほど私の知識欲は燃え上がる。

 が、それで逆に進捗が無さ過ぎてもこの心は荒んでいく。もどかしい。

 世の中の人間は、こんな葛藤をどう処理しつつ研究に挑んでいるのか。

 それとも諦めているのか。それだけは御免被るが。

 

「せめて新しい知識がもう少しでも見つかれば良かったのに」

 

 まあ、「ここに何があるか分からない」なんて疑念を抱き続けるよりずっとマシだ。

 少なくともそういう発見があったという意味では後悔はしていない。

 

 それはそれとして。

 ろくな資料が見つからなかったという残念すぎる結果が、徒労感として私の心にのしかかりはする。

 このまま帰るというのはどうにも勿体ない気がしてならない。

 どうせなら後1回だけ資料を洗い出してみようか。

 

 

 

「それならこっちに入ってくるといいよ」

 

 ……なんだ? 

 今誰かの声がしたか? それも扉の向こうから。

 

 誰かいるのだろうか。ここには誰もいないはずだ。

 もしかすると、誰かに侵入がバレたのだろうか? 

 

 でもそれなら、あんな言い方はしないだろう。

 元々、今「部屋」にいるのはこちら側、つまり私だ。言うなら「出てこい」の方が妥当ではないか?

 気のせい? 結果を焦るあまり、ついに私の耳は幻聴まで捉え始めたか。

 

 

 

「……あれっ? 聞こえなかったのかな。入ってきていいよー」

 

 いや、そんなことはない。

 確かに声がした。それもこの目の前の静かに佇む扉から。

 しかも2回目。わりとはっきりと。

 おそらく聞き間違いではない。「入ってこい」と。

 

 よく見れば、扉の隙間から微かに光が漏れているような気もする。

 ノブに手をかけてみる。

 

 今日何度も開閉した、相変わらずボロボロの扉。

 なのに、手に伝わる感覚が余りにもしっかりとしすぎている。

 予想していなかった重みを感じる。回すのに力がいる。

 おかしい。

 

 

 

 つまりは、この先で異常が起こっている。

 この先に誰かがいる、ということだ。

 

 

 

 本来部屋の外に繋がっている扉の向こうから得体の知れない声がするという異常事態。

 普通の、それこそさっき着いてきたあの女学生達なら恐怖の1つでも覚えて、慌てふためくところかもしれない。

 だが、どうやら今の私は違った。

 

 何しろ、この扉の先にいるのは私の知らない存在で。

 そして、その存在は知識を求める私に入室を提案したのだ。

 この知識欲は止められない。

 なら、その提案を拒む理由が存在しない。

 

 

 

 私は先ほどより少し力を込めてノブを回した。

 扉はそんな私を歓迎するように、大きく音を立てて開いていった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 中に広がっていたのは、本来現れるはずだった旧資料保管棟の陰気な廊下とは比べものにならない、それは遙かに美麗な世界だった。

 

 その天井は、ドーム状に所謂シャンデリアと呼ばれる明かりがぶら下がっており、元の部屋との落差で目を焼かれてしまうようで。

 その壁は、窓が無く、汚れも存在しない大理石の造りで、一切色味の変化しないその光景には人工の雰囲気も自然の雰囲気も全く感じさせない。

 その床は、見事なまでに磨かれ尽くし、ふと目配せするだけでそこに映る自分と否応にも目が合ってしまうほど。

 大きさは大体教室1つ分で、部屋の左右に2つ扉がある。どちらも繋がっている場所がただの空き部屋でないのは間違いないだろう。

 

 

 

 そしてその中心には。

 綺麗に並べられたいくつかの本とそれに囲まれるように立つ1人の男がいた。

 

 手には本を持っている。私達の使うものとは違う言語のタイトルが目に入った。

 装いはシックな色合いのローブを。余って垂れる布は動きにくそうだ。

 年は私より少し上ぐらいか、少なくとも同い年か年下では無いだろう風貌をしている。

 背は高い。すごく高い。見上げないと顔が見えない程度には。

 髪は漆黒のインクのように光を反射せず、そこそこに長い。

 瞳は鮮やかな青色。足は裸足だ。

 顔は整っている。朗らかで親しみを感じさせるような、それでいて清潔感がある。

 

 彼の人間味のある色合いが異様で構成されたこの空間で際だって、ひどく不自然に見える。

 

 

 

 ここまでの情報で十分に推測は可能。

 目の前に本来あり得ないサイズの部屋が突如現れたのだから。

 物理法則を完全に無視している。

 

 つまり、「これは間違いなく能力による効果だ」と。

 そして、「能力の持ち主は目の前にいる人物だ」と。

 

 

 

 青年はこちらを見た後、にっこりと笑い、立ち上がって口を開く。

 何を言うのだろうか。尤も、私の第一声は決まっているが。

 

「ようこそ。久しぶりのお客様だね。ここは『あらゆる知識が手に入る図書館』だよ」

 

 

 

「そうですか。ところで貴方は誰ですか?」




【オルテ】
能力学を学ぶ主人公。知識欲モンスター。
自分のことを異常と理解していない天才肌タイプ。
当然のように学校の地図や建物の構造が全て頭に入っている。

【教師】
大学の能力学コースの教師。
もう出てこない。

【後輩達】
オルテに憧れて能力学コースを志望している学者の卵達。
多分もっと沢山いる。

【オルテの通う学校】
様々な学問を学べる小中高大ストレートめちゃデカ学校。
オルテは現在高校生だが既にありとあらゆる単位を修了している。
そして、特別に大学の講義を受け、今は難易度の高い能力学にのめりこんでいる。
何だこいつ。

【WPPO】
World Peace Preservation Organization (世界平和維持機構)。
能力者がいる世界で、世界の平和を守るため日々努力している組織。
自然災害なども所属する能力者の力で、問題ない範囲で対処しているらしい。
本編にはほぼ関係しない。
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