毎週金曜と土曜の夜辺りにそれぞれ投稿する予定です。
完結設定にしてるのにさらに続きを投稿するのって大丈夫なんですかね。
そこんとこどうなんでしょ(´・ω・`)
Nice paper media
僕の同居人はこの図書館を第二の我が家にする気なんだってさ。
僕はすごく嬉しいよ。彼女は何があってもここに必ず帰ってくるって言ってくれた。
確かに、外で手に入る知識なら全部ここで手に入るし、それはきっと間違いない。
でももし。彼女が外の世界で、彼女の意思に反して、帰ってこれない状況になったら……。
──────────
「オルテ、これは何に使うの?」
晴れて僕の同居人になったオルテ。
彼女がやって来てから、かつてのあの1週間のときのように、いやそれよりもっと自由に。好きな本を読んで、興味あるものを調べ、二人で語り合う。そんなすごく素敵な暮らしが始まったんだ。
そこに変化が起きたのは、彼女が図書館に再び現れて実に数日が経過した頃。
つまり今。
僕の前には白くて四角くて、オルテの体の半分ほどもあるぐらいの大きな機械が置かれてる。
僕の知る箱っていうのは、本で読めるものを除けばこの図書館にある本棚だけ。だから、目の前のものが何なのか全く分からない。紙みたいに真っさらじゃなくて、よく見ると細かな凹凸や、妙に主張の強いボタンが並んでる。
上の方には、開閉できそうな薄い蓋。持ち上げてみたくなるけど、下手に触ったら壊れそうだしやめとこう。
前の方には、小さな引き出しと、何かを表示する小さな窓。中には、数字や見慣れない記号が踊ってる。
全体的にどこか冷たくて、人工物そのものって感じの手触り。温かみとかはまるでなくて、ただただ無機質で、機械的な存在感だけがやたらと強い。
機械ってことは、既知の図書館にある製品カタログとかで探せば見つかるかもしれないけれど、僕は結局手に入れられないものだから、逃避するみたいに読むのを避けてたんだ。
それが今、オルテの手によってこの場所に持ち込まれた。
いやぁ。まさか実物を自分の目で見れる日が来るなんてね。
「コピー機です。紙面を読み込んで、別紙にコピーし、プリントします」
「ああ、コピー! ってことは、オフセット印刷機だね!」
へー! この機械が本の大量生産を可能にしてくれるんだね! 僕の中ですぐに合点がいったよ。
そう思うとすごく小さく思えてきた。こんなに小さいのに沢山の本を作るために頑張ってくれてるんだ。
本に囲まれてばっかりの人生だから、出会ってすぐなのに愛着が湧いてしまいそう。かわいいね!
「これこそ『big things come in small packages』ってやつだね!」
「諺の使い方は合っていますよ。流石ですね」
「ですが、これは貴方の想像するものより遥かに小規模ですし、版の間接印刷とは違ってデジタル印刷ですよ」
「えっ。これが本を作ってるんじゃないの?」
「はい。これには少量印刷が関の山です」
「そっかぁ……」
そうなんだ。
別に小さいけどすごいんじゃなくて、小さいなりに量は少ないんだ。
大量印刷だとやっぱり普通に大きいんだ。
そうなんだ……。
──────────
コピー機のコンセントを同じくオルテが持ってきた、ものすごく高級そうなポータブル電源に繋ぎながら。
「ところで、ラディ。もし私が外に出て、そのまま帰って来なかったらどう思いますか?」
オルテがそう言った、その瞬間。
全身が逆立つような感覚がした。
「……な、なんでそんな怖いこと言うの、かな?」
「もしもの話です。不慮の事故とか、不都合により帰れなくなるとか」
「あ、ああ……、なんだ……。ここが嫌になったとかじゃないんだね……。よかった……」
「まさか。一時的に外へ出ることはあっても、ここが嫌になるなど有り得ませんよ」
びっくりした。唐突だったから本当にびっくりした。
そうだよね。君はここを見捨てないよね。
君の望みは全部ここにあるって言ってたし。
あれ。言ってたかな。
直接は言ってなかったかもしれないな。
まあでも多分そうでしょ。
「知識」だけを求める限り、君の望みはここに全部あるはず。
「それで、どうなんです?」
「当然嫌だよ。君がいないと、寂しくて耐えられなくなっちゃうだろうね。だから君にだけはずっとここにいてほしい」
普段、他のお客様にはこんなこと思わなかったんだけれど。
「一緒にいてくれる人」がいるっていう確証を持てるだけで、僕の心は孤独から完全に解放されたんだ。
ここ数日の暮らしでその気持ちはどんどん強くなっていて、今じゃ完全に彼女に依存してる。あんなに他人に迷惑かけることを嫌がってたのに、彼女自身もここに依存してくれたらなって気持ちが強くなってる。
もしオルテに捨てられたら、僕は立ち直れなくなってしまうと思うぐらいに。
「かわいいこと言いますね。安心してください。私はどこにも行かないので」
「からかわないでよ……。心臓に悪いなぁ……」
ふふふ、と笑うオルテ。
相手が思った通りの反応をしてくれて、喜びを隠しきれないみたい。
感情的な面を意外に感じるけれど、思えばあの7日間でもそういう場面は少しあった。
どうも彼女は仲の良い人にいたずらを仕掛けたくなる性格っぽい。
何も知らない僕は小さい子供みたいで、簡単に手玉に取れるからからかって楽しいんだろうね。
おかしいな。僕の方が年上のはずなのに。
──────────
「ということで。自衛の手段を準備しようと思いまして」
「どうしてそうなったのかな」
「外出中に不都合が起こって、帰還が困難になったことを見越してです」
「あっなるほど。いいね。それだと安心だ」
どうやらオルテは安全にここに帰ってくるための手段を提案しようとしてくれてたみたい。
そうか。そのためのさっきの例え話だったんだ。
そうだよね。僕が必死で嫌がったら、自分の提案を僕に飲み込ませやすくなるよね。
そういえばオルテは、よく「ということで」って言葉をよく使う気がする。
唐突に頭の中で思いついた結論を口に出すみたいから、僕はどうしてその結論に辿り着いたのかを理解できないことが多い。
きっとオルテはものすごく賢いから、彼女の頭の中で先へ先へと考えだけが先行しちゃってるんだと思う。相手がどこまで状況を把握できてるか気にしてないんだろうなぁ。
「ほら、扉も物ですし、壊れることもあるじゃないですか」
「だよね。扉として機能してないとこの図書館とはリンクできないからね」
「それに、外に出てたら時間が経ちすぎてしまって、扉の移動までに間に合わないなんてことがあるかも」
「確かに。どうしても時間がかかっちゃう都合とか、きっと外にはあるんだよね」
にしても、無事に帰れる方法、か。
さっき言った2パターンが起こったとして、彼女は何が何でも全力を尽くしてこの場所に帰ってきてくれると思う。それは信じてる。
実際彼女は計算時間さえあれば、次に図書館の扉がどこへ移動できるかを『疑似的なラプラスの悪魔』で完全に予測することができるし。
だからその2パターンは正直言って新たな対策を講じるほどの問題になるとは思えない。
ってことは、彼女は外の世界で彼女の意思に反するもっと長期的なトラブルのことを指してるのかな。それこそ、事件とか事故とか。
もしそうなら、外に出られない僕はただひたすら心配するだけで、何も行動を起こすことができないから。
「ほら、事件や事故に巻き込まれて、最悪死亡することもあるじゃないですか」
「……嫌だよ。想像したくないなぁ」
「それに、邪魔な法律や規則をつい無視して逮捕されたり拘束されたり、なんてことがあるかも」
「うーん。想像できちゃうのが嫌だなぁ」
やっぱり。
つまりは、オルテが外の世界で、彼女の意思に反して、帰ってこれない状況になったら、ってことだよね。
事件や事故に巻き込まれるのは完全に運だからどうしようもないし、目的のためなら人を騙すこともルールを乗り越えることも意に介さないオルテだから、やっぱりそういう危険性はつきものだと思う。
正直後者に関してはオルテの自業自得でしかない部分もあるんだけれど。
でももしそうなったら困るなぁ。独りは寂しいんだ。
この図書館で未来のことは分からない。そんな中で、彼女がもう二度と戻らない、いつ戻れるか分からない、なんてことになったら……。
……嫌だな。考えたくない。
だから、自衛用の手段があるっていうのなら、きっと僕は両手を挙げて賛成しちゃうだろうね。
一体どんな内容なんだろう。
「なので、WPPOの機密文書をコピーし、有事の際はそれを相手に見せつけようと考えたのです」
「!!!?」
「不都合な相手に精神汚染を食らわせることにより、私の身の安全の保障をと」
「待って待って待って待って待って!?」
──────────
「どうしましたか? 何か問題点が?」
「待ってね。あまりにも非人道的な内容だったから賛同しかねただけだよ」
何とんでもないことを言い出すんだこの子は。
しかも手には既にWPPOの機密文書を抱えてるし。いつの間に。
「だってそうでしょう? 相手が記憶を失えば私の邪魔をすることはありません」
「その前に君が人の心を失ってるよ」
「使用した文書は消滅するので証拠も残りません。罪を犯しても安心です」
「使用した時点で君がいくつもの法を犯してるよ」
「コピーした文書にも効果は発揮されるはずなので。そのためのコピー機です」
「彼もそんな使われ方するとは思ってなかったと思うよ」
そもそもあの文書にかけられた精神汚染は、WPPOが情報漏洩防止と以降の影響について色々考え抜かれた上に作られた仕様なんだ。
精神汚染の内容が記憶喪失なのは、もし情報漏洩してもその情報を閲覧した人に悪用できなくさせるため。例え無関係の人が誤って読んだとしても、元の性格には影響せず、あくまで記憶喪失だけだから物理的に大事になる訳じゃない。
精神汚染を受けても一般知識は残るから、受けた人はとりあえず病院に向かう。病院からWPPOへの報告を義務付ければすぐ回復させられるし、どこから情報漏洩が起こったのかを特定できる。
その上、1度読めばその文書は消失するから、その特性を悪用したりすることもできない。読むまではその機密文書が本物かどうか分からないわけだし。
だけどオルテは、その特性を生かして自衛の手段に使おうとしてるんだ。
確かに、精神汚染を使えば不都合な相手からは逃げられるし、その相手が記憶を取り戻すころには図書館まで逃げきれてるだろう。
情報漏洩元も異空間の図書館だから、特定されて捕まるってこともないし。
文書の消失は悪用禁止じゃなくて、証拠隠滅のために使える。
おまけに図書館の効果で、文書は何度も再生成されるし、それが本物かどうかも事前に把握できる。
しかも機械でコピーするなら自分で読んで写す必要もない。持ち込んだ紙にコピーする訳だから、外への持ち出しも可能になる。
確かに至れり尽くせり。
オルテならこれを「効率的だ」って考えるだろう。
でも……でも、これは流石に……。
「これだけ便利な道具があるのに、使わないのは勿体ないと思いませんか?」
「そうかもしれないよ。でも、発想が悪魔的というか」
「ふうん。ラディは私が外で危ない目に遭っても構わないというのですね」
「……そういう訳じゃないけれど」
「どうせその外の人は貴方を孤独から救ってくれる訳でもないのに」
「その……」
「赤の他人を優先して、また独りを楽しみたいと」
「いや、ちが……」
「じゃあ何です? 私が邪魔? ああ、悲しいです……」
「ぐっ……」
すごい自然に泣き真似モードに入った。
そんなことできるんだ。
汚い。すごく汚い。
オルテはこうやって相手に自分に選ぶことのメリットを提示し続けるか、自分を選ばないことのデメリットを何度も突き付けてきて、そのまま考える時間や反論する時間を与えずに答えを迫ろうとしてくることがよくある。
しかもここ数日は僕特攻で感情的に迫ることを学び始めた。惨いと思う。
その上、僕が傷つくような発言でも都合が良いなら使いたがろうとする。
本当に彼女は変わらない。成長はしても根本は初めて会った日のままだ。
そんな彼女だからこそ、僕とも上手くやっていけるのかもしれないけれど。
「意味もなく使用しないと誓いますから。ほらラディ。この私に免じて、ね?」
柄にもなく目をキラキラさせて上目遣いで強請ってくるオルテ。
いや……悪いことはいけないし……。
でも、彼女が帰ってこれないのはすごく嫌だし……。
あくまで、念のために、正当防衛でなら……。
ああでも過剰防衛のような……。
「…………………………悪用はダメだからね」
「やった。感謝します。聞き分けの良い人は好きですよ」
ふっ、といつもの様子に戻るオルテ。
そのままコピー機の元へと走っていく。
結局僕は許してしまった。
やっぱり言い合いになったら僕はオルテに敵わない。
でも、それでも独りは嫌なんだ。
これで僕も共犯者だけど、仕方ないことだって思うことにしよう。
うん、それがいい。
彼女を守るための手段があるに越したことは無いんだ。仕方ない。
「あっ。ラディ、紙が1枚そっちに流れてっちゃいました。取ってもらえますか」
「え? ああ、うん」
印刷された紙が1枚ひらひらとこっちに飛んでくる。
コピー機ってあんな風に紙が出てくるんだ。
知らなかっ……。
「あっ設定が両面印刷になってました」
「えっ?」
……うわーっ!?
【ラディ】
図書館に住む青年。人生で初めて実物の機械を見た。
機械化・デジタル化していく世界についていけないタイプ。
コピーした紙でもしっかり記憶喪失が働くことを実証してくれた。不本意。
【オルテ】
図書館に住む少女。悪魔的な思考と計算能力を持つ。
自分達に関係しない人のことは本当にどうでもいいタイプ。
寄付とか絶対してくれない。
【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
新たにコピー機が設置された。
【WPPO】
World Peace Preservation Organization (世界平和維持機構)。
能力者がいる世界で、世界の平和を守るため日々努力している組織。
今後特定不可能な記憶喪失現象の対応に追われる可哀想な組織。
是非とも頑張ってほしい。