【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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 いくらなんでもこの空間には「物」が無さすぎる。

 ただ学ぶだけなら余計なものは不要だが、今の私達はここに住んでいる訳だ。

 少なくともここに来る前の私の部屋でさえもっと色々あった。今は空白が多過ぎる。

 それはただ散らかっていただけ? そんなことはない、はず。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 もうこの図書館に再訪を果たして、漸く1週間を過ぎたといったところ。

 これまでの18年間を外の世界で過ごしてきた私にとって、少々無視できない違和感が募っていて、それでふと聞いてみた。

 

「ラディ」

「うん? なに?」

「何か家具を増やしませんか」

「……家具?」

 

 そう言うと、寝転んでいたラディが起き上がる。

 あわわ、落ちる落ちる。

 

 

 

「おっとっと。待ってくださいね、今降りますね」

「……家具って?」

 

 おっと? 

 

「まさか、家具を知りませんか?」

「知識としては知ってるよ。日常生活の中で使われる、室内で使われる移動可能な物品のことだよね」

「知ってるんじゃないですか。じゃあ話は早いですね」

 

 そう、端的に言ってしまえば。

 この部屋にはあまりにも「物」が少なすぎる。

 

 あの1週間のうちはとにかく大量の本を読むために場所が必要で、それ以外の動作が不要で、それ故にこの何もない空間の無機質さも気には留めなかったが。

 いざ暮らしてみると分かる。何もないというのは意外と落ち着かない。

 今は本だって興味あるものを数冊持ってくるだけ。コピー機とポータブル電源、あと調理道具や筆記用具一式はある。

 が、それだけだ。使われてない倉庫かここは? 

 

 思えば、外の世界では常に「物」に囲まれて暮らしてきた。周りに何も「物」が無い時間というのはほとんど無かったように思う。

 「物」は良い。便利に使うこともできるし、空っぽの空間を少し満たせたような気分になる。

 「人」と違って私に口を出してこないし、私に過度な期待もかけてこない。

 

 より人間的な暮らしをするなら「物」は必須だ。

 急務も無いのに、ただ何もない空間でずっと、というのはやっぱり落ち着かない。

 ふと見渡して、目に映るのが壁だけっていうのはつまらないじゃないか。

 それに、何もないと色々不便だろう。

 

 だから何か増やした方が良いと思ったのだが。

 ラディはそう思わないのだろうか。

 

 

 

「僕は家具とか使ったことないし、必要だったこともないから……。ちょっとよく分からないや。あった方がいいのかな?」

 

 ああ、そうか。

 彼は外に出られないし、今まで家具無しで生きてきたんだから、そんなこと考えたことも無かったか。

 外の世界の常識が染みついてしまっている私とそうでない彼とでは会話の中にどうしてもギャップが生まれてしまう。

 早く私もここの生活に慣れておかなくては。

 

「でもオルテが増やしたいって思うなら増やそうか。何が必要なのか一緒に考えてみる?」

「そうですね。過度に物を置きすぎても困りますし、何が必要で何が不要か決めてから増やしてみましょうか」

「だね。君は興味あるものをなんでも買い込んで、使わなくなったら奥に押し込んでいそうなイメージがあるし」

「む。失礼な」

 

 それじゃあ使われてない倉庫から本当の倉庫になるだけじゃないか。

 流石にそんなことはしないぞ、多分。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「とりあえず娯楽品は除外して、まず必須なものを列挙していきましょう」

「おっけー」

 

 この前提は大事だ。娯楽品だと私が止めどなく物を買ってしまう。知識欲というものはげに恐ろしきものである。

 今までなら別にそれでも問題なかったが、この場所は「私だけの空間」ではなく「私とラディの住む家」なのだ。好き勝手するのは彼に悪い。

 

 

 

「まずは寝具ですかね」

「寝具。ベッドとか、枕とか、シーツとか、布団とかだよね?」

「要りませんね」

「要らないねー」

 

 寝具は場所を取る上に、この空間にいる以上寝ることもないため、気まぐれで転がり込むだけの布と化してしまう。

 あっても困りはしないが、少なくとも必須ではない。枕投げができるくらいか。

 

 ラディと枕投げか。まあ悪くないな。

 数回やれば飽きるだろうし、やはり優先度は低いが。

 

 

 

「次は掃除用具ですか」

「ほうきとか、モップとか、掃除機とか、洗剤とか、洗濯機とかかな」

「要りませんね」

「要らないねー」

 

 図書館は乱れを自動で整頓するし、汚れを自動で清浄する。埃が嫌いなので外の暮らしでは人並みに揃えていたが、ここでは逆に肥しにしかならない。

 整えるための道具が、逆にここでは「整えられる」側として邪魔者扱いだ。そう思うとこの図書館は実に皮肉的な環境である。

 

 ん? 邪魔者? この場合、邪魔「物」か? 

 

 

 

「じゃあバス・トイレ用品」

「石鹸と、シャンプーと、歯ブラシと……あっ、シャンプーハット!」

「要りませんね」

「えっ、シャンプーハットは」

 

 これも図書館の清掃機能の前では無用の長物だ。汚れもしないのに体を清める必要がまず無い。

 図書館内は適温だから、体を温める必要も冷やす必要もない。ほぼ娯楽でしか意義を持てないだろう。娯楽を含めるとキリがないので、今は除外すべきだろう。

 

 というか、どうしてそんなにシャンプーハットに興味があるんだろう。

 

 

 

 と、その後も色々考えてみたが、とにかく全部必須とはいえない。

 既に調理器具は必要最低限あるし、せいぜい追加するとしても、机、椅子、将来的に衣類を買うなら収納家具、それぐらいか。

 人が自由に出入りできる空間でもないし、外の環境の影響も受けないので、プライバシーを保護するカーテンやエアコンなどの空調すら必要ない。

 

 この図書館の特性のおかげで、一切家具が無くても何不自由なく生活できることが2人で話していてどんどん分かっていく。

 ラディにとっては、そもそも自分のそれまでの暮らしが便利か不便か、比較することが不可能なので知ることすらできなかっただろうが。

 

 

 

 会話が進まず、「中々決まらないねー」と体をポキポキ鳴らしながら伸びをするラディ。

 今までずっとこの暮らしをしてきて、かつ対人交流以外には基本的無欲なラディだと、あまり要望も出てこない。

 思うに、そういった経験が皆無だからこそ、彼の欲求の中で物欲というものが存在しておらず、空白になっているのかもしれない。

 その空白を埋めるためにも、「物」に触れることが多い生活にするべきだろう。

 

 彼が日常で不便に思っていることがあれば、すぐにでも決められたのに。

 どうしたものか。

 

 

 

 

 ……ん? 伸び? 音? 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ラディ、ラディ」

「ん? 何か思いついた?」

「家具は一旦置いておいて。とりあえず、大きめのクッションなんかどうでしょうか」

「クッション? 袋に柔らかい素材を入れてるふかふかしたやつのこと?」

「ええ、特に貴方用の」

「僕用?」

 

 そうだ。クッションだ。

 私は床をコツコツと叩きながら、ラディに問いかける。

 

「見てくださいこの床を、ほら大理石ですね?」

「僕は大理石を見たことないから分からないけど、オルテが言うならそうなんだろうね」

「触ってみてください。ほらこんなに硬い」

「硬いね。床だからね」

「こんなところで長時間座ったり、寝転がったりするとどうなりますか?」

「体が硬くなっちゃうよね。ああ、だからクッション?」

 

 彼は先ほど、体から音を鳴らしながら伸びをしていた。

 あれは体が長時間硬い床に接しているせいで、関節や筋肉にかかる負担が増え、体の内部で姿勢の崩れや緊張が蓄積されている証拠だ。

 

 彼自身は気にしていないかもしないが、人間の体は環境に合わせて適応するように変化する。

 体に負荷をかけたまま年を重ねていくことが良いとはとても言えないだろう。

 

「そうならないためにもクッションを買っておこうかなと」

「なるほどね。確かにそれなら、これからの暮らしにあった方がいいし、日常的に触れることもあるし、殺風景な見た目の改善にもなるね。すごく良い案だと思うよ」

「でしょう?」

 

 

 

 クッションなら大きくても好き勝手に変形させられるため、扉が狭かろうと無理やり通すことができる。

 ソファでもいいかもしれないが、ラディが普通に座れるサイズとなると、扉を通れるかどうか怪しいところがあるし。

 クッションの方が軽くて持ち運びもできるから、移動も容易になる。こっちの方が、確実に都合が良い。

 

 ということで。問題はサイズだ。

 

「懸念事項となると、貴方の大きさのクッションがすぐ見つかるかどうか、ということですね。身長はいくつですか?」

「あっそれね、たまに気になって本で読むんだよ。自分の身長とか体重とか視力とかさ。前に本で読んだときは確か219cmだったね」

 

 おお。大きい。

 私より大体50cm近く大きいのか? 

 

「なるほど。ありがとうございます」

「体重と視力は?」

「要りません。また別の機会に教えてください」

「そっかぁ」

 

 となると、ラディでも余裕をもって使えるクッションのサイズは単純に考えて、高さ2m×幅1mぐらいか。

 

「本当に大きいですね。何食べればそんなに育つんです?」

「よくぞ聞いてくれたね。実は何も食べてないんだよ。図書館ジョークだね」

 

 冗談めいて聞いてみたら、ジョークで返してくれた。

 流石ラディ。私と息が合っている。

 

 

 

「しかし、このサイズだと特注モノになるかもしれませんね」

「そうなんだ、困ったね。あっでも、いくつか数を買えば何とかなるんじゃないかな」

 

「図書館の移動も考慮しないといけないので、発注してから受取に1週間以上時間がかかるものは買えないんですよね」

「いくつか数を買えば何とかなると思うよ」

 

「私の身長的にそこまでのサイズのクッションを考えたことが無かったですし……」

「いくつか買えばいいんじゃないかなぁ」

 

 まあそれは図書館でクッションのカタログでも見ればいいか。

 最悪、面倒だが、次に移動する地点を予測して、そこの付近の店に事前注文を済ませておけばいいし。

 

「おーい、聞いてるー?」

「え? はい、何ですか?」

「オルテって考え込むと周りが見えなくなることあるよね」

「そうでしょうか? そんな不注意ではないと思いますが」

「うーん」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 カタログにはラディでも普通に座れそうなサイズのクッションが見つかった。

 となると問題は何もなさそうだ。

 逆によくあったなそんなもの。

 とりあえず、次に食材を買いに出るとき、一緒にこのクッションも買って帰ることにしよう。

 

 ああでも、そのサイズなら私一人で持ち帰れるか怪しいな。

 じゃあ、今繋がってる扉のすぐ近くで、売りにでも出している家を探すか。

 その家を丸ごと買い取って、そこに置き配達してもらえば解決だ。

 

 何はともあれこれで、この伽藍洞な部屋に少しは生活感も出るだろう。

 これを繰り返していけばラディの欲求の空白も徐々に埋められるかもしれない。

 他の物は後で都度追加することにしよう。

 

 

 

「ところでさ」

「はい」

 

 何だ? 

 何か気になることでもあるのか? 

 

「僕用だって言ってたけど、オルテの分のクッションは買わないの?」

「はて? 貴方がいるじゃないですか」

「えっ?」

「はい?」

 

 

 

 ん? ラディは何を言っている?

 

「私のクッションは貴方ですが?」

「……言われてみれば、最近よくくっついてきてたよね。僕知らない間にクッションにされてたの?」

「はい。貴方の体は大きいし、安定感もあるし、ほのかに暖かくて何だか良い匂いもするので。貴方自身も気にしているそぶりを見せませんし、背もたれや枕の代わりにしていました」

「そっかぁ」

 

 いつものように諦めたような目をしているラディ。

 何故だ。何故そんな目をする。

 別に拒否しなかっただろう。

 なら良いんじゃないのか。

 

 

 

「それにラディが座れるサイズならきっと私でも一緒に使えますからね」

「あ、うん。そっか、そうだね。確かに。『大は小を兼ねる』ってやつだね」

「そうですね。合ってますよ。流石です」

 

 余計なものは増やさないという話だったので。

 別に殺風景な空白を埋めるため物を買うことに問題はないが。

 それの代わりとして、2人の距離感にまでスペースを作ることもないだろう。

 別にこれぐらいの距離感でも問題は無いと思う。

 ですよね。

 

 

 

「だって私達は仲良しですから、ね? ラディ」

「まあそうだね。この無駄に大きい体がオルテの役に立ててるなら、僕は嬉しいよ」




【オルテ】
図書館に住む少女。片付けが苦手。
変なところにスペースが空いているとつい気になってしまうタイプ。
ラディもそうだが、彼女も大概、仲の良い人との距離感が独特な節がある。

【ラディ】
図書館に住む青年。片付けをしたことがない。
変なところにスペースがあってもそれを変だと理解できないタイプ。
よくもたれかかってくるオルテを猫みたいだと最近思っている。猫を見たことはない。

【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
勿論クッションやソファのカタログも探せば見つかる。
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