【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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Dangericious

 最近同居人が図書館の知識を利用して、色々な文化の料理を再現してくれるんだ。

 よく分からないものも多いけど、彼女は流石。どれも本当に美味しくて。

 どんな料理でも作り方さえあれば、図書館でレシピを読めちゃうから良いよね。

 図書館の力ならいずれ、外の世界じゃあり得ないものだって食べられるかも……! 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ただいま帰りました」

「おかえりオルテ!」

 

 一連の問答をして扉を開ければ、少し服が汚れたようなオルテの姿が見えた。

 手には調味料や食材がいっぱい詰まったカバン。ちょっと重そう。

 

「どうだったかな。お目当てのものは見つかった?」

「ええ。時間も余ったので他にも色々調達してきました。いい買い物でしたね」

「そっか、良かったね。あっ、カバン持つよ」

「ありがとうございます。あー重かった」

 

 今回繋がった場所は地中海沿岸にある大きな広葉樹林の中の小屋だったみたい。

 オルテは場所を知るなり、「ひらめいた!」というような顔をして、足早に準備を整え、そのままの勢いで「遅くならないうちに帰ります」と残し、出ていっちゃった。

 相変わらずのスピード感だった。

 辺りは植物だらけだったし、服が汚れてても何もおかしなことじゃない。

 どうせこの図書館に入ればキレイになるし。気にするようなことじゃないんだね。

 

 カバンを受け取ると、「確かに女の子にはちょっと重たいんじゃないかな?」ってぐらいの重みが腕を引っ張ってきた。

 結構疲れたのかな、オルテは手をパタパタさせてる。

 パタパタ? パタパタっていうのかなこれ。

 外の世界では何て言うんだろ。

 

 

 

 とりあえずこの食材たちは調理器具の横に置いておこう。

 

 外の人は普通食べ物の保存状態を気にするみたいだけど、この図書館には自動で乱れを整え、汚れを清浄化する機能があるから、それのおかげでいつだって無菌空間。

 食べ物の細菌やカビがこの機能で全部消されちゃうから、時間を置いても腐ったりカビが生えたりすることがないんだよね。

 できるだけ早めに食べる方が諸々の都合が良いってオルテは言ってたけれど、逆に近々消費する予定があるなら適当に放置していても衛生的問題は発生しないとも言ってたし。

 

 そう考えると、外は大変なんだなぁ。

 食べ物1つ保存するにも、陽の光に当てちゃダメとか、常温で放置してちゃダメとか、一度開封したら早めに食べきらなきゃダメとか、色々なことに気を配らなきゃいけないし。

 外の暮らしを知らないからこそ、色々苦労がはっきり見えてくるような気がするよ。

 

 

 

「ここは便利でいいですよね。食材の保存状態を考慮しなくていいので」

「あっ、丁度僕も同じこと考えてた」

「まあ。奇遇ですね」

 

 それもそっか。

 外の暮らしを知ってる人も、苦労を知ってるだけにやっぱりそう思うんだ。

 状況が違うだけで考えることはみんな大体同じなんだね。

 

 

 

「ここなら調理前に手を洗う必要もありませんし」

「ん?」

「床に落とした食材だって問題なく使えますよね」

「オルテ?」

「異物が混入しても痕跡ごと消してくれそうです」

「オルテさん?」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「結構僕も調味料の味を覚えてきた気がするよ。たまに変わり種もあるけれど、基本的には大体同じものを買ってるよね?」

「そうですね。もうそこそこの回数貴方に食事を作っているので、大体好みの方向性がはっきりしてきて、使う調味料が固定化してきているのかと」

「はー、なるほど。いつもありがとね」

「いえいえ、この程度ならいくらでも」

 

 図書館の中は生理的行動を一切取る必要が無い。

 でも、だからって食事を取っちゃいけないって訳じゃないからね。

 僕が頼むか、オルテが「なにこれ作ってみたい」ってなるかで、僕たちはときどき食事を取っている。

 中でも、オルテが自発的に料理を作ってくれるのはほとんどが2つのパターンに分けられる。僕にお願いがあってその取引材料が必要な時、それか偶然見つけた珍しい・興味深い料理を気まぐれと好奇心で試してみたくなった時。この2つ。

 既知の図書館には世界中の料理のレシピがあるし、未知の図書館なら2人の好みなアレンジ方法も調べられるし、しかも図書館は世界中を移動するから、珍しい食事を作って食べてみるにはうってつけの環境なんだ。

 

 何より、びっくりするのは彼女の料理の腕前。

 彼女はレシピを1度見ただけでほぼ完全に味を再現できる。

 いや、僕は実際の味を知らないから再現の度合いは彼女基準の判定になるんだけど。

 2回目以降はレシピを見なくても大丈夫なんだって。

 オルテの学習能力の高さはありとあらゆる分野で遺憾なく発揮されるってことだよね。

 

 まあ掃除・片付け・整理整頓だけは毎回どれだけやっても上手くいってないんだけど。

 

 

 

「突然ですが、ここで問題があります」

「えっ、問題? 何かあったの?」

「制限時間は1分とします」

「そっちの問題かぁ」

 

 急にどうしたのかな。

 彼女が急なのは今に始まったことじゃないし、毎回ツッコミを入れてたらキリが無いからしないけど。

 今の会話の流れから、食べ物に関係するクイズが出てくるのかな。

 

「私達はこれまで何日も食事を行ってきましたが」

「うん」

「生理的活動が不要なこの空間で、如何なる方法でもこれを排出したことがありません」

「そうだね」

「ではここで問題です。そうなると、私達の体内は今、一体どうなっているのでしょうか?」

 

 ……? 

 どういうことだ……? 

 

「どういうこと……?」

「……ああ。貴方は経験したことがないので知らないのですね。まさかそう解答されるとは思いませんでしたが」

「……?」

 

 

 

「外の世界では体内のものを排尿、排便等の手段で体外に排出することがあります」

「うん。知識としては知ってる」

「養分を吸収し終えたものが体内に残り続けては邪魔なだけですし、特に利用する意味もないですからね。当然排出を行わなければ、体内にそれらが蓄積し続けてしまう訳です」

「そうだね」

 

「おかしいとは思いませんか? 先ほども言いましたが、この空間では生理的活動が不要です。私達の体内にあったものは何処に行ったのでしょう?」

「あっ、そっか。なるほど」

 

 確かにそうだ。

 僕は「体内に取り込む行為」も「体外に排出する行為」も経験が無かったから思いつかない発想だったけれど。

 普通の人は体内にあるものを排出する必要があるんだ。

 

 じゃあ、排出だけしないで、取り込んでばっかりな今の僕たちの体内がどうなってるのかってのも確かに気になるよね。

 実際どうなってるのかな。

 

 というか、排出ってどんななんだろ。

 痛いのかな。

 

 

 

「1分経ったら、私が事前に未知の図書館で調べていた正解を発表しますね」

「用意周到だなぁ」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「1分経過です。答えは思いつきましたか?」

「……うーん、分かんないね。『習うより慣れよ』って言うし、やっぱり経験してないと具体的な発想が出てこなくてダメだなぁ。結局答えは何なの?」

 

「正解は『体内の消化物等は汚物と判断され、図書館の自動清浄機能により消されている』でした」

「ああ! そっかぁ!」

 

 この空間にいる人の体内も、当然この空間ではあるんだ。

 だから、体内にあるものも図書館の清浄の対象になっちゃうんだ。

 

 なるほどね。

 確かに、咀嚼されて嚥下されて消化されて分解された食べ物なんて図書館から見たら清浄対象でしかないだろうし。

 

 ずっとこの図書館にいるのに、どうして思いつかなかったんだろう。

 もうすっかりオルテの方が図書館の機能を把握してるみたいだ。なんだか悔しいな。

 

 

 

「つまるところ、この空間では食事こそ取れますが、図書館の効果により途中で体内から消えてしまうということです」

「そういうことだね」

「生理的欲求が発生しないので空腹にはなりませんが、胃袋に到達する前に消失するため、満福にもなりません。これが私をこの疑問に至らせたきっかけでした」

「そうだったんだ」

 

 普段の何気ないポイントから新しい知識や実験材料を見つけられるのはオルテの良いところだと思う。

 相変わらず知識に貪欲だよね。

 

「そのため、この空間内では排出にあたる行為、排泄や嘔吐等が発生しない、ということになります」

「だね。ちょっと待ってね。今不穏な単語が聞こえたね」

 

「多少の危険性はありますが、体内へ成分が吸収される前に原因が消失されるため、本来人間が取り込めないものも、十分に注意すれば飲食可能ということになるのです」

「ちょっと止まろうかオルテ。話がどんどん危ない方向に進んでるよ」

 

「具体的に言えば毒物、生食、髪の毛や爪、カニバ」

「ストップストップストップ!」

 

 

 

「ところでこちらにこんなものがあるのですが」

 

 そういって彼女がカバンから取り出したのは明るい暖色系の傘に白いブツブツがついたキノコ。

 一目で分かる。

 絶対に毒キノコだ。

 

「こちらアマニータ・ムスカリアですね」

「僕知ってるよ。それ図鑑で見たことあるよ。ドクロがいっぱいついてたよ」

 

 アマニータ・ムスカリア。

 一部の地域ではフライ・アガリックとかベニテングダケっていう名前で呼ばれてて、その毒性の強さからハエ取りとかに使われてたなんていう危険なキノコ。

 世界各地に分布してて、当然地中海沿岸の広葉樹林にも生息してる。

 さては、これを取りに……? 

 

「命に危険を及ぼすことは少ないものの、複数の消化器症状・神経症状・自律神経症状等の中毒症状を引き起こす毒キノコです」

「知ってるよ。有名だもの。だからすごく嫌な予感がするんだけど」

 

「激しい吐き気、嘔吐、腹痛、下痢等が主な症例として挙げられ、重篤化した場合は呼吸や意識に影響が出ると言われています」

「どうしてさっきの話からそんなに危ないキノコが出てくるのかな」

 

「この空間内で排出行為が発生しないことと、吸収前に消失するという現象を踏まえると、きっとこのキノコを食することも可能なのではないかと思いまして」

「そうだね君はそういう人だったね。ちょっと今反論考えるから待ってね」

 

 いつぞやの機密文書のコピーの時と同じ展開だ。

 何気ない会話から初めて反論できそうな予知をある程度潰してから、非常識な提案を無理やり通せるように誘導してくる。

 流石オルテ。おかげで中々いい反論が思いつけない。

 

「さっきは色々言いましたが、生食できる食べ物は調理しても美味しく食べられますし、髪の毛や爪はそもそも美味しくありません」

「そうだね。そこで踏みとどまってくれて僕はすごく嬉しい。できればさらに後数歩戻ってきてほしいな」

「無理です」

「無理かぁ」

 

 

 

「そして、このキノコは非常に旨味成分が強いことで知られています」

「……それは、まあ、うん」

「この毒、通称イボテン酸自体がグルタミン酸のアナログであり、つまるところ旨味成分なので、毒抜きして食べるという選択は意味がありません」

「詳しいね……。なんとなくそんな気はしてたけれど」

 

 ……卑怯じゃない? 

 彼女は僕が食べること好きなのを知っていて、デメリットを潰した後、さらにメリットを見せて僕をその気にさせようとしている。

 結局今日も、僕は気づかない内に主導権を握られちゃっていたってことだ。

 

「これをそのまま食べようと思えば、専門の知識を備えた人材を準備するか、毒物を早急に除去できる設備が必要になるでしょう」

「うん、そうだよ。困ったことにね」

「そして、この場所には医学や栄養学等の専門知識を備えた私と、毒物を丸ごと汚物と判断して除去してくれる図書館があります」

「うん、そうなんだよね。困ったことに」

 

 確かに、強力な毒があるけど、その代わりすごく美味しいなんて聞かされたら、僕も好奇心が一切疼かないとは言えない。

 しかも、その対処法は丁度今、提示されてしまってる。

 つまりこれは、図書館の力によって食べられるようになった、「外の世界ですら食べられないもの」なんだ。

 

 それって、なんだかすごく、すごく試してみたくなるような……。

 

「吐くものも出すものも無いのなら、せっかくの経験ですし食べてみませんか?」

 

 

 

「……飲み込まず咀嚼するだけってのはどうだろう。口の中でもある程度経ったら図書館が消してくれる、と、思うし」

 

 ああ! 

 結局負けちゃった。

 僕はやっぱり彼女に甘いんだ。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 目の前には綺麗に盛られたアマニータ・ムスカリアのバター焼き。

 その二箇所がナイフとフォークで切り取られていて。

 

 皿の前には無言で咀嚼し続けるオルテと僕。

 口の中にものがある状態では喋れないから、筆談用にペンと紙が2つずつ。

 

 

 

 ……これ美味しすぎじゃない? 

 

 

 

『美味しすぎませんかこれ』

『美味しすぎ。予想以上』

『出汁みたいに深いコクがあって、それでいて肉厚で、旨味という名前の塊をそのまま食べているようです』

『苦みとかもまるで無いね、クセがなくて涎がすごく沢山出てる気がする』

 

 ちょっとまずい。いや、味的な意味じゃなくて。

 あまりにも美味しすぎて飲み込んでしまいそう。

 

 飲み込まないままでいるっていうのがここまで難しいとは思わなかった。

 喉が叫んでるみたい。「飲み込ませろ!」って。

 味を感じるのは舌だけのはずなのにな……。

 

 

 

 隣のオルテも難しい顔をして、ため息をついてる。

 ……あれ? ため息? 口の中は? 

 

 

 

「……どうしましょう、ラディ。美味しすぎてつい飲み込んじゃいました」

「っ、ぐっ、ぶはっ!?」

 

 えっ!? 

 は、吐いて吐いて早く!




【ラディ】
図書館に住む青年。ご飯が大好き。
賞味期限とか気にしないタイプ。生まれ育った環境のせい。
この後、オルテの介抱に追われた。後にオルテから中々悪くないと評された。

【オルテ】
図書館に住む少女。知識が大好き。
例え悪い結果でもいい経験になったと捉えるためノーダメージなタイプ。
この後、激しい中毒症状に襲われた。なお飲み込んだ時点で諦めて残りも食べた模様。

【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
自動清浄機能は体内の不純物・消化物・老廃物にももちろん作用し、それらを消失させる。ごく普通に質量保存の法則を無視している。
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