【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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Drink as alcohol

 とにかく無駄の多い飲み物が酒だ。高揚感だけなら悪くないが、二日酔いなんてもう。

 飲めば一時的な知的活動への支障、効率の低下、記憶だって曖昧になる。

 酒の席なんてものもどうでもいい。興味ない人間とまで飲みたいとは思わない。

 つまり。余裕のある時、仲の良い人と、悪影響が出ない環境でなら、大歓迎なのだが。

 

 ──────────

 

 

 

「ということで。今回はこちらを買ってきました」

「瓶? ってことは飲み物かな? 色々あるね」

「アルコール飲料です」

「……となると、お酒だね!」

 

 彩り豊かなガラス瓶を並べれば、いつぞやのようにラディの瞳が好奇心で輝いていく。

 面白いな。瓶を増やし続けるとそのうち目から光を放つのでは。ちょっと見てみたいぞ。

 

「今回の買い物は普段にも増して重かったです。途中から台車を借りることになったので、次に外出するときは私用の台車も買うことにしましょうか」

「液体は重いらしいからね。僕が外に出て助けられればよかったんだけど」

「……貴方の図体では人混みの中で邪魔になるだけです。外に出ようなど、余計なことは考えなくていいのですよ」

「えっ酷くない」

 

 危ない危ない。

 

 この図書館はラディを中心にその周囲へ展開している。

 ラディが外に出られるようになるということは、図書館そのものが拠り所となる存在を失い、維持ができなくなってしまう。

 現状、彼が外に出る手段は皆無だが、外出に関連する無駄な思考をただ生ませるのは危険だ。

 

 私達の生活を脅かす芽は早いうちから摘まなければ。

 早めに話を逸らしておこう。

 

 

 

「ほら、貴方は飲酒経験が間違いなく無いでしょう。なので、これらを」

「何なら飲み物を飲んだ経験すら無いね」

「おや? そうでしたか?」

「そうだよ。スープを飲んだことはあるけど、ドリンクとなると本当に初だね」

 

 そうだったか。

 確かにスープなら何度か彼に作ってやった覚えがあるが。

 思い返せば飲み物を出したことは無かった気がする。

 

 これまでほとんど独りだったことを考えると、コップで物を飲むといった行為自体をした経験が本当に無いのだろう。

 もしかしたら上手く飲めずに零してしまうなんてハプニングが起こるかもしれない。

 それを見越して何か拭くものを準備しておくべきか。

 

 しかし、そんな状態で初めて飲むものがアルコールとは……。

 へえ。

 

「人生初ドリンクがアルコールですか。中々にロックですね」

「え? オン・ザ・ロック?」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「とりあえず、有名どころを沢山準備してきました」

「あー、いくつか名前は見たことあるよ。図書館の写真でだけどね」

 

 取り出した瓶を1本ずつ指に挟んで持ち上げ、ラベルを見ながら、酒の名前を確認しているラディ。

 瓶4本分だというのにまるで重さを気にするそぶりを見せない。

 相変わらず性格にそぐわないパワフルな体だな。

 瓶にそぐわない持ち方も経験不足のラディらしい。

 

「大まかに分類すると、順に、エール、ラガー、ワイン、シードル、ウイスキー、ジン、ブランデー、ラム、ウォッカ、テキーラ、リキュール、果実酒、あとそれと」

「すごい、すっごい量だね。そりゃ重いよ。もうちょっと加減しようよ」

「まあ、はい」

 

 それはそう。

 この空間ならいくら買ってもダメにすることが無いので、つい買いすぎてしまった。

 

 いくつか冷やして飲むべき酒もあるが、生憎冷蔵庫はまだ買っていなかったのでクーラーボックスに氷を詰めて持ち帰ってきた。

 これのおかげでただでさえ大変な移動がさらに大変だった。

 酒の種類が限られていれば氷を運ばないという選択肢も取れただろうが。

 知識欲の強さは、目についたものがすぐ気になってしまうという致命的な欠点を備えている。

 

 おかげでこの有様だ。

 ラディを荷物持ちとして活用できないのが本当に残念でならない。

 

 もし次に台車を買ったら「ラディ2号」と名前をつけよう。

 可愛がってやる。

 

 

 

「空腹状態での飲酒もあまり推奨できるものではないので、いくつかつまめるものを買ってきました」

「わあ、食べ物だ! やったね!」

 

 おお。

 予想こそしていたが、こっちの方がラディの受けがいいぞ。

 別にこれはメインじゃないのに。

 今日のメインは酒なのに。

 

「種類としては大きく分類して、チーズ、ハム、ナッツ、オリーブ、チョコレート。そんなところですかね。これだけあればとりあえずは足りるんじゃないでしょうか」

「こっちも色々種類買ってきたんだね」

「ええ。飲み比べ食べ比べしようかと思いまして」

 

「あれ? このチーズ、ゴルゴンゾーラってラベルに書いてあるのに何も青くないよ」

「はて。確かに見えにくいですが、今回買ったゴルゴンゾーラにはきちんと青カビが表面に付着していましたよ。ブルーチーズですし」

「だよね、本で見たことあるし。でもこのチーズ、初めから綺麗に消されたみたいにカビが全く見えなくて」

 

 そんなはずは。

 買ったものを間違えたか? 

 しかし、「綺麗」に「カビ」が「消された」みたいなチーズなんて買った覚えが……。

 

 あっ。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「まあ、色々気になることはあるかもしれませんがとりあえず飲んでみましょうか」

「急にぶん投げるね。ほんとは全く気になってないんじゃない?」

 

 仕方ないじゃないか。

 「理由が分かったら気にしないあたりオルテらしいよね」とか彼は言っているが、原因が分かった以上、もうそのことをなお考え続けても無駄なだけだろう。

 とりあえず、この空間に発酵食品や熟成食品を持ち込むと問題が発生することが学べたというだけ、良かったと判断しておくか。

 

 

 

「私も飲むのは久しぶりです。思考が鈍るので苦手でしたが」

「へー、意外。オルテでもそんな風になるんだ」

 

 何を言うか。私だって人間だ。

 ちゃんとアルコールを摂取すれば酩酊の症状が現れる。

 具体的に言うと思考速度が30%程低下する。

 普段の研究中なら致命的である、だが。

 

「はい。ただ、今は余裕もあるので、それならば楽しんでみようかと」

「いいね。いいことだと思うよ」

 

 無駄な時間は嫌いだが、こういう時間を無駄だとは思わない。

 ここでいう無駄な時間というのは、お偉い方との会食であるとか、研究発表の打ち上げであるとか、上手く行かなかったときのやけ酒であるとか。そういう類のものだ。

 意味もないのに飲んだり、やることがあるのに飲んだり、仲良くもないのに飲んだり、そういうものは本当に存在価値を見出せない。

 ただでさえ、面倒な悪影響が諸々現れるというのに。

 

 だから。

 研究職も辞退して時間が山ほどあり。

 仲の良いラディと二人きりで。

 図書館の機能により悪影響が極力排除されるこの空間なら。

 ここまでの条件が揃えば、きっと楽しめると思うのだ。

 

 知識よりは優先されないというだけで、人間楽しめるときは素直に楽しむべき。

 でしょう? 

 

「あれ? でもオルテって成人してたっけ? さっき久しぶりって言ってたけど」

「はいはーいグラスを頂戴しますー」

 

 

 

「じゃあ、どれを飲むのかな?」

「とりあえず軽めのエールかラガーにしましょうか。定番ですし、貴方がどれぐらい強いか分からないので、酒の強さを図るためにもまずは……」

 

 そう言って私はグラス瓶の中から適当にビール系統の酒を探し。

 初めに目に入ったブロンド・エールを手に取った。

 

「はい。ブロンド・エールです。フルーティーで甘みがあって、クセも少ないのでラディのように初めて飲む人でも飲みやすいかと。つまみはモルト感を引き立てるためにミルキーなゴーダ・チーズにしましょうか」

「へえ、ビール。冷やしてないけど大丈夫なの?」

「貴方が想像しているのはおそらくラガーではないでしょうか。エールはラガーと違い、上面発酵によって製造されています。ラガーと同じぐらいに冷やして飲む文化は無いか、あるいは珍しいと思いますよ」

「そうなんだぁ」

 

 とはいっても、これは瓶内二次発酵かつ未殺菌タイプなので、この空間に持ち込んだ時点で酵母が消し飛ばされて、香りが薄くなっている可能性もあるが。

 それについてはもうしょうがない。

 ラディは一生、生の酵母を味わえないのだと諦めてもらおう。

 ご愁傷様。元気出して。

 

「ありがとう。でも、本当に詳しいね。興味を持ったら最後、君が年齢制限とか気にする性格じゃないとは思うんだけどさ」

 

 はいはい無視無視。

 とくとくとくとく。

 

「……なんだか泡がいっぱい出てるよ。洗剤?」

「なんでですか、炭酸ですよ」

 

 

 

「わーお、こぼれそう……」

「はい。では乾杯」

「あ、うん、えっと。かんぱーい」

「はい。よくできました」

 

 泡を零さないようにラディがぎこちなくグラスを合わせてくる。

 

 物語で読んだのか。

 どこで知識を得たのか知らないが、露骨に私よりグラスを下げてきた。これは東アジア特有の目上の人に対する文化だったか。

 もう。私にはそんなこと気にしなくていいのに。

 

 ん? いや、ほんとに零したくなくて下げてるだけの可能性もあるな? 

 

「ドキドキするね……。じゃあ、いただきます」

 

 そう言ってラディはごくごく飲み干していく。

 おお、思ったより勢いが凄い。一口が大きいのか。

 どちらにせよ人生初ドリンクの人間とは思えない。

 口元から零してもいないし、これなら準備した布巾もお役御免か。

 

「どうです? 初めてのアルコールの味は? 咽るような酒では無いと思いますが」

「……んっ、ぐっ!?」

「えっ」

 

 ラディ? 

 

「うぐ、ぶはっ!?」

「おや……。あー、よしよし落ちついて。意外ですね。これでもキツかったですか?」

 

 意外だな。

 体も大きいし、そこまで酒に弱そうな印象は無かったが。

 

 

 

「あ、泡が爆発したよ! なんだかひりひりした! な、なにこれ? これがアルコールなの?」

 

 ……そういえばそうか。

 人生初ドリンクなら、炭酸も初めてか。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ご、ごめん。ほとんど全部吐いちゃった……」

 

 準備した布巾はラディが吐き出した酒を吹くために使われた。

 放っておいても図書館の機能で勝手に消えるが、だからと言って濡らしたままなのも忍びないし。

 彼らもお役御免で処分される前に最後の一仕事ができて本望だろう。

 

「いえいえ、私の注意不足でした。すみません」

「そんな! オルテは何も悪くないよ! 僕が炭酸を飲んだことが無いのが悪いだけで、いてっ」

 

 えいっ、デコピン。

 

「貴方の都合を考えれば飲める訳が無いのですから、気にしないでいいんですって」

 

 しょうがないことなのだから、そんなに自責しなくていいのに。

 経験不足が若干コンプレックスで自分を卑下するのはラディの悪い癖だ。

 さっさと矯正しよう。

 

 というか、「いてっ」って何だ。

 その図体なら私程度のデコピンなんて大して痛くないだろう。

 どこでそんな人間的な反応を学んだんだ。

 

 

 

「ということで。別のお酒を準備しました」

「うん、ありがとう。今度はひりひりしても頑張って飲み干すよ。任せて!」

「いえ、布の無駄なので炭酸は一旦止めにします」

「えっ」

 

 ラディに今度こそちゃんと飲ませる酒。

 条件は三つ。

 飲みやすいこと。

 炭酸を含まないこと。

 度数が高すぎないこと。

 

 何も難しく考える必要は無い。

 単純な条件だ。こんなものに当てはまる酒なんて山ほどある。

 ズバリ。

 

「はい。カシスオレンジです」

「カシスオレンジ、ってことは……カクテルってやつ?」

「その通り、カクテルで合ってますよ。カシスリキュールとオレンジジュースでビルドしました。甘くて飲みやすいと思います」

 

「へえ、ビルドってなんだろ……。作るってこと?」

「そうですよ。そのままbuildです。カクテルをグラスの中で直接作ることですね」

「へー、やっぱり詳しいんだね」

 

 おら。

 変なこと気にしたりごたごた言ったりしてないで飲め。

 

 

 

「今度こそ……! いただきます」

 

 そう言ってラディはゆっくり口に流し込んでいく。

 

 さっきは見えなかったけど、口を開けて飲むのか。

 まあ今までコップで飲んだことが無い、知識だけで真似をしている人間ならそういうものか。

 というかそれでよく零さないな。やっぱり口が大きいから? 

 

「どうです? こっちは美味しく飲めているのでは」

「……ん、ん?」

「えっ」

 

 またか? 

 またなのか? 

 

「んぐ、ん、んん……」

「どうしましたか? ラディ?」

「ん、いや、大丈夫……。ふう……」

 

 ラディは空になったグラスを両手で抱えながら、いくつか怪訝な表情をして「ごくん」と喉を鳴らせた。

 結構苦しそうな顔をしていたが、今度は吐き出さずに済んだようだ。

 

 一口で飲み切っている。

 ショットじゃないんだぞ? 

 

 

 

「な、なんだか硬くて、痛くないけど刺すみたいな鋭いものがあったよ……。これって冷たいで合ってるかな。もしかして飲んじゃいけないものだったりする?」

 

 ……そういえばそうか。

 人生初ドリンクなら、氷も初めてか。




【オルテ】
図書館に住む少女。この後、ラディに合わせて色々飲んでいたら普通に潰れた。
娯楽を一切無駄だとは断じず、場合によっては割と積極的に楽しむタイプ。
未成年飲酒の容疑をかけられている。本人は認めていないが否定もしていない。

【ラディ】
図書館に住む青年。この後、色々教えられて結局普通にお酒を楽しんだ。強かった。
麻酔も効きにくいタイプ。多分体が大きいせい。
この後、オルテの介抱に追われた。酔った彼がとても世話焼きだったとオルテは語る。

【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
自動清浄機能が体内に働くため、二日酔いで吐き気に襲われても何も吐かずに済む。
何も飲み食いしなくていい環境が、何を飲み食いしてもいい環境へと変貌してしまった。
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