便利が人を弱くするっていう考え方があるよね。
でも、今まで色んなものを便利にしてきたからこそ人類は成長できたと僕は思うんだ。
……って、便利な道具を使ったことが無い僕なんかが言っても説得力に欠けるよね。
やっぱりそのあたりの感覚は実際の経験を積まないと分からないのかなぁ。
──────────
「どうしたんですかラディ。そんなそわそわして」
「え!? そわそわしてた? うまく隠してると思ってたんだけど」
僕のクッションに座りながら、これまた難しそうな本を読んでいるオルテが声をかけてきた。
「してますね。手元を遊ばせながら、忙しなく歩き回ってるものですから」
「いやー……そんな分かりやすかったかなぁ!」
「分かりやすいのはいいことですよ。感情が豊かな証拠です」
「そう? そう? ふふふ」
意外と自分がどういう風にしてるかってのは他人の目からじゃないと分からないよね。
普段通りにしてたつもりなんだけど、オルテにはすぐ分かっちゃったみたいだ。
彼女も意外と他の人のことを見てるってことだよね。
正直、彼女の外の暮らしを聞く限りそうは思えないんだけど。
彼女も他の人に興味を持てるようになったのかな。
それとも僕が分かりやすかっただけ?
「今に鼻歌でも歌い出しそうですね。貴方の図書館なんだから遠慮しなくていいのに」
「……鼻歌?」
「鼻歌ってどうやるのかな。やり方知ってる?」
「……そうだった。この人音楽を聞いたことも無いんだった」
「で、何がそんなに楽しみなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
僕は待ってましたと言わんばかりにいくつかの本を差し出した。
「これは……ラディが最近よく読んでいる物語ですね」
「おっ! よく覚えてるね!」
「著者が全て同じだったと記憶していますが。シリーズですか?」
「おおお……。よく覚えてるね」
彼女の口ぶりからして、自分が読んだ訳じゃないんだろうけど。
どうして、僕が読んだ本を著者まで覚えてるんだろう……。
「えっと、シリーズじゃあないよ。全部別々の作品だね」
「なるほど。じゃあ単に貴方好みの物書きということですか」
「そういうことだね。色々なキャラクターの掛け合いとか、複雑な人間関係とかが面白くて気に入ってるんだ」
「へえ、気になりますね。じゃあ私も後で読んでみようと思います」
「やった! 読み終わったら感想を話そうね!」
僕の影響か分からないけれど、最近のオルテは物語も積極的に読むようになったんだ。
この物語で他にも好きなポイントは沢山あるんだけど、いずれ彼女も読むだろうし。
あんまり喋ってもネタバレになっちゃいそうだから黙っておこう。
それに今はもっと重要なことがあるんだから!
「それでね、この先生の久しぶりの新作があと少ししたら出るんだって! 雑誌に書いてあってさ、それが楽しみで」
「ああ、だから。良かったじゃないですか。本が生成されたら一緒に読みましょうね」
既知の図書館には世の中に存在する全ての書物が所蔵されてる。新作が出来上がって印刷所で刷り終わったその瞬間、この図書館にも同じ本が生成されるんだ。
だから、発売開始の日から大体1~2週間前になったら、僕も外の世界の本が読めるようになるってわけ。
「発売が2週間後の深夜0時だからもうすぐ読めるはずなんだ。そんな時間から発売っていうのは結構珍しい気がするんだけど、外の世界だと普通なのかな?」
「いえ、外でもあまり見ないと思いますが」
「だよね。どうしてそんな時間に出るんだろうね」
「時差ですかね?」
「さあ?」
──────────
2週間後。
既知の図書館にて。
「あれぇ……? おかしいな……」
「……ただいま」
「おかえりなさい。どうしましたか?」
首をかしげながらエントランスへ戻ってきた僕にオルテが話しかけてきた。
あっこの前紹介した本読んでる。ほんとに読んでたんだ。
「いや、探し物をしてるんだけど、見つからなくて」
「探し物? ああ、今日は前言ってた新作の発売日でしたね」
「そうそれ、そうなんだよ。なんでかな、見つからないんだ」
とりあえず発売1週間前あたりから、時間がある度に既知の図書館を探していたんだけど、望みのものは影も形も見えず。
何か不都合が起こったのかな? と思ったけれど、未知の図書館で調べても特にそういった問題は起こってないみたいで。
遂には見つからないまま今日、発売当日が来ちゃった。
「間違いなく今日発売のはずなんだよね」
「未来の書物以外は例外なく生成されるはずですからね。不思議です」
うーん……。
発売前に見つからないのもおかしいけれど、発売日でも見つからないってのはどうしてなんだろう。
「こういうの『喉から手が出るほど欲しい』っていうんだよね。体験できたのはいいけど、いざ当事者になってみるとそこまでいいものでもないなぁ」
「確か日本の慣用句でしたか。実際そんなところに手があったら扱いに困りそうですが」
「なんで喉なんだろうね。新しく生えるなら肩あたりからがいいよね」
その後、オルテが「じゃあ私が探してきましょうか」と言って。
「ただいま戻りました」
「おかえり。どうだった?」
「残念ながら見つかりませんでした」
「ああ、やっぱり。オルテでも見つからなかったんだ」
「はい。となると、貴方ではなく図書館自体の問題である可能性が高いですね」
オルテは図書館で本を探すコツをもう覚えてるし、それに加えて数週間以上に及ぶ図書館での暮らしから、本を探す勘みたいなものもしっかり育ってる。
つまり、彼女は問題なく本を探すことができるんだけど……。
そんな彼女と僕で、二人連続して見つからなかったってことはそもそも既知の図書館に件の新作が生成されてないのかもしれない。
そんなことある?
今まで一度も無かったよ?
図書館に何か変なことが起こってるのかな。
僕が頭を悩ませているとオルテがこう提案してきた。
「中身を読みたいのであれば、未知の図書館で『(作品名)の中身』という本を探せばいいのでは? そうすれば実際の本自体が無くても、中の情報だけ読むことができますよ」
む。
それは確かにそうだけど。
「それはあんまりしたくないな」
「ふむ。それはどうして」
「ほら、世に出てる作品っていうのは装丁とか、造本とか、あと余白、レイアウトとか。そういった色々な面で作り手がこだわりを込めて作ってると思うんだよ」
「そうですね」
「だから出来上がった作品の中身だけを見るなんて行為は勿体ないし、作った人にも申し訳ない。それに、単純に敬意を欠く行いだと思うんだ。それで、あんまりしたくないなって」
「なるほど。貴方らしいですね。まあ、こんな図書館使ってる時点で何を今更って感じもしますが」
「えっ?」
「いや、個人利用なだけで、やっていることは海賊版の閲覧行為と何も変わりませんし」
か、海賊?
海賊って?
「本来金銭が対価として必要な書物を無料で読んでいる訳ですから」
「あー……たしかに……」
「私は端からそんなこと気にする女ではありませんが、ラディも同じようで安心しました」
「そ、そっかぁ……」
「? ラディ?」
そう言われると、確かに。
僕は外の世界で本来お金を払わなければいけないものを無断で読んでいることになるんだ。
そう考えたら、敬意を欠くとか、作った人に失礼とかはそもそも空回った思い込みなのかも……。
そっかぁ。
あれ? なんだか胸が苦しくなってきたぞ?
──────────
「落ち着きました?」
「まあ、うん……」
「そんなに重く考えなくても。貴方は閉じ込められて自由を制限されている立場ですし、これぐらいの役得が無いと不公平でしょう」
「う、うん……だよね……」
そ、そうだよね。
僕は外に出られないわけだし。
公の場に違法で配布してる訳じゃないから、大丈夫だよね。
よし、自分の中でそう言い訳して罪悪感を薄めよう。
ごめんなさい外の執筆・描画業に携わっている皆さん。
僕はこれからもここで本を読みます。
ゆるしてください。
「ということで。未知の図書館に行きましょうか」
「どうしてかな。理由はなんとなく分かるけど一応聞いておくね」
「『どうして件の作品が既知の図書館で見つからないのか』という本を未知の図書館で探してきましょう、という訳です」
「そうだね、それが一番早いだろうし」
やっぱり結局は未知の図書館だ。
僕の知らない図書館の新しい仕様なのかもしれないし、何か探し方に問題があったのかもしれない。
二人で考えて結論が出ないようなら、考え続けても意味が無いし、素直に図書館から正解を教えてもらうべき、だよね。
「これで未知の図書館にも本が無かったらどうします?」
「そうなったら本格的に図書館の仕様について調べ直さないといけないね」
もしかしたらこの図書館にも所蔵できる限界があったとか?
図書館は無限に続いてるように見えるけど、実際はそんなことなくて。
その限界が丁度今来ちゃったってことなのかもしれないし。
「もし自由に知識が手に入らなくなったら、私も今後の生活を考え直す必要があるかもしれませんね」
「ははは、そんなまさか……」
「えっオルテ、えっ待って、えっ」
「冗談ですよラディ、冗談。あ待って痛い痛い痛い掴まないでごめんなさい」
「ごめんねオルテ、肩痛くない?」
「若干痛みます。いや、さっきは私が悪かったので貴方が謝ることなど何一つ無いのですが」
「ごめんね。もうちょっと自分の力が強いことを自覚しないと。次は気を付けるよ」
見つけた『どうして件の作品が既知の図書館で見つからないのか』の本を読みながら、オルテの肩を撫でる。
前に教えてもらったんだけど、オルテの身長は大体170cmぐらいあるらしい。
一般的な女性の平均身長と比べるとそこそこ高めなんだって。
なんだけど、こうして撫でてるとそこまで大きいイメージは出てこない。
彼女は子供じゃないけれど、僕にとっては大人と子供ぐらいの差があるんだ。
ただでさえ僕は大きいんだから、オルテを傷つけないようにしないと。
彼女は僕の、たった一人しかいない、一生の友人なんだから。
それはそれとして。
「原因が判明しました。『電子書籍限定作品だから。書物ではないため図書館には現れない』だそうです」
「……電子書籍って何かな」
「そう言うと思ってました。機械もネットも貴方は使えないでしょうし」
──────────
「なるほど。機械端末で読める、デジタルデータ化された形式の書籍のことなんだね」
「その通りです。紙と違って嵩張らないため携帯性が高く、調べればすぐに取得できるため検索性にも優れています」
「まあ知識量という面においてはこの図書館にまるで及ばないのですが」とオルテが付け加えるけれど。
確かにこれはすごい。
今まで機械端末なんてほとんど触ったことが無いし、ましてやこの環境では電波通信ができないから僕には完全に無縁のものだけど。
それでもこれといった欠点が思い浮かばないような気がする。
強いて挙げるなら、手触り・重み・厚みとか、紙の本として読む感覚が味わえないとか、充電が無いと読めないとか、そんなところかな?
ただ普通に本の中身を読む分には関係しない部分でもあるし。充電だって今の世の中なら簡単にできるだろうからそこまで問題にもならなさそう。
色んな視点で考えてみてもなかなか隙が見当たらないね。
人類の努力が実を結んだ故の便利さってわけだ。へーすごいなぁ。
「つまり、既知の図書館で新作が見つからなかったのは、その本が紙媒体ではなく、電子上のデータでしか公開されてないから、ということですね」
「確かに。既知の図書館に所蔵されるのは世界に存在する書物だけだからね」
そもそも書物じゃないなら、図書館に出てこなくてもむしろ当然。
盲点だったなぁ。
まあ良かった。
図書館自体に何か問題があった訳じゃないみたいだし……。
「となると。貴方の期待している、公式が提供する形での読書は不可能ということになりそうです」
「えっ? あっ……」
「まあ、時間が経てばいずれ紙の本としても発売されるかもしれませんし。気長に待てばいいんじゃないですか」
「そういうものなんだ。うーん……」
どうしよう……。
待ちに待った新作ではある。
何せ2週間前から落ち着かないでいたんだから。
けど、でもやっぱりちゃんとした本で読みたい気持ちもあるし。
僕はどうすべきなんだろう……。
「私は内容が気になるので、未知の図書館で調べてさっさと読んでしまうことにします」
「えっちょっ」
「感想を語り合うのは当分先になりそうですね。うっかり口を滑らせて貴方が読む前にネタバレしちゃうなんてことがあるかも」
「そ、それは困るよ!」
なんてこと言うんだ。
この言い方だと、多分オルテも一緒に読みたいんだろうけど。
でもオルテは気になる情報をわざわざ待つつもりなんて微塵も無いから。
それで僕に脅しをかけて、早く読めるようにしてるんだ。
「ほら、引き留めるタイミングは今しかありませんよ。一言、『オルテと一緒に読みたいな』と。さあ」
「う、うぐぐ……!」
「便利すぎるってのが必ずしも良い結果になるとは限らないんだね。勉強になったよ」
「新しく知見を深められたようで良かったじゃないですか。ほら早く次のページめくって下さい」
【ラディ】
図書館に住む青年。感情の変化が分かりやすい。
使っているサイトが違法サイトだと気づかないタイプ。
オルテに鼻歌を教わったが、音楽を聴いたことが無いので音程が所々狂っている。
【オルテ】
図書館に住む少女。例外(ラディ)を除いて他人には相変わらず興味が無い。
違法サイトだと知っていて平気で使うタイプ。
強く掴まれた肩がまだちょっと痛い。
【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
書物のみなので、電子書籍限定作品は当然手に入らない。
大人しく未知の図書館で妥協してください。