私は結構見た目を装うのが好きな性分だ。
他人からどう見られるか、などはどうでもいいが、単純に着飾るのは楽しいので。
興味があれば多少変な服でも着てみたいと思う。面白そうだし。
私のパートナーはそういうのを恥ずかしがるだろうか。
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「じゃん。生成りのラッフルワンピースです。いかがですか?」
生地は薄手のジョーゼット。色は私の肌の彩度と干渉しないものに。
襟元はスクエアネックで鎖骨がまっすぐ出る。骨格線の直線が見えるのは良い。
胸下から細いサッシュベルト、結び目は左腰に回しておく。
裾はティーレングス。ラッフルは裾に三段のみ、上半身は面を保つ。
半歩歩いてみれば、布が空気を抱えて足運びが半拍遅れる。
「すごくかわいいよ。ふわふわしてて、癒される見た目だね」
「ふふふ。でしょう?」
「かわいい」という評価はこの装いにぴったりだろう。
ふとした風でも浮き上がるこの装飾はちょっと邪魔くさくもあるが、まあ許容範囲。
むしろ座ったときの皺をラッフルが隠してくれるだろう。±ゼロといったところか。
まあこれだけ自分で見て、ラディに見せて、すればもう十分だ。
そそくさと袋の山から次のセットを掴んで図書館の扉に向かう。
「じゃあ次ですね。着替えてきます」
「えっ早くない? 可愛かったのに」
「じゃん。チャコールのリブニットとスリムデニムです。似合ってますか?」
チャコールの細リブのクルーネックは、視線が自然に上から下へ流れる設計だ。
ボトムはミッドライズのスリムデニム。
色はチャコールより一段暗いインク紺、ステッチは同色。
腰骨で止めてベルトは無し、ポケットに指先を引っかけると骨盤の角度が素直に出る。
上体をひねっても、リブの戻りが速く、肩甲骨の動きは生地に邪魔されない。
「似合ってるよ。タイトな感じで、オルテのスタイルの良さが際立ってると思うな」
「ふふふ。嬉しいです」
私は自分でもスタイルが良い自覚がある。
だから、こういったシンプルかつ洗練されたカジュアルコーデはよく似合うはずだ。
ラディの反応も中々どうして悪くない。彼の言葉も嘘ではないだろう。
しかし。この服はかなりボディラインが強調される装いだと思うのだが。
外の世界でよく受けていた熱の籠った視線をラディからは感じない。
彼はそういった面に興味が無いのだろうか。
まあいいか。
私はひと際大きな袋を手に取って図書館の扉に手をかける。
「次も着替えてきますね」
「たくさん買ったんだなぁ」
「じゃん。キモノと呼ばれる日本の衣服です。お淑やかに見えますか?」
薄藤の単衣。柄は斜めの流水。
襦袢→衿芯→腰紐→伊達締め→着物、もう一度腰紐、それから帯。
衣紋は一指分だけ抜き、うなじに余白。
帯は息を止めて締め圧を一定に保ち、結び目を正中からわずかに外す。
私はゆっくりと扉を閉め、歩幅を狭めてから進み、ラディの前で止まった。
「普段からクールだけど、今のオルテはより一層お淑やかだね。お姫様みたいだよ」
「ありがとうございます。ちなみに動きにくいし着用に時間もかかるので私は苦手です」
「えぇ……」
半歩だけ沈んでみれば、膝の屈伸で布の遅延が分かる。
美点は理解した。「お淑やか」は、この遅延が作る。
理解した、理解はしたが。やはり動きにくい。
美しくはあるが、日常的に着ることはできないだろう。
袖をからげ、裾を少し持ち上げ、次の袋を腕にかけた。
「では次を試してみましょうか……、おっとっと」
「お淑やかじゃないなぁ」
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どうしてこんなことをしているのか。
遡ること数刻前。
「ということで。ファッションショー開幕です」
「……えっと、おかえり」
「ああはい。ただいま戻りました」
「うん。急だったからびっくりしたよ。いつもの事だけど」
ラディ2号(台車)を押して部屋に入ると、段差にぶつかった衝撃で積みあがった紙袋がガサガサ揺れた。
我ながらよく落としもせずにここまで持ってこれたと思う。
二人で袋を荷台から降ろしつつラディに話しかける。
「思えば、服に汚れが残らないのをいいことにずっと同じ服でしたから。着替えなんて外に出ているときしか行わないので、この格好にも段々飽きてきてしまって」
「そうだね。ここにいる限り着替えは絶対的に必要じゃなくなっちゃうだろうし」
「なので、いっそのこと大量に新しい服を買い込んでファッションショーに洒落込もうかと」
「えっこの袋の山全部服なの」
普段の私は肌着の上にまっさらなシャツを着て、下には暗い紫のパンツを履いている。
図書館の中だと基本これで、外で暮らしていたときの服がいくつかあるぐらい。
それで特段これといった支障は無いし、多少汚れても図書館の機能ですぐ綺麗になる。
だから、服を沢山持つ必要自体は無いのだが。
一応私だって一般的な感性を持つ齢18の女子だ。
知識欲には勝らないというだけで、服の好みまで無い訳じゃない。
たまにはオシャレだってしてみたいし、新しい服を着て自分に似合うかも知りたい。
そう考えることはさして不思議でもないだろう。
あとついでだし、ラディからの感想も欲しい。
そのためのファッションショーだ。
「既知か未知か、まあどちらでもいいですが。そのどちらかを更衣室にします」
「ふむ、更衣室」
「着替え終わったら鏡で確認した後に出てくるので、貴方には簡単な感想を頂きたいのです」
「なるほど。いいよ!」
図書館の中へ全身鏡を運んでもらいつつ、流れを説明する。
この場所に更衣室が無いのは不便だが、幸いにして既知と未知、2つの部屋が別個にあるのだからそれを利用すればいい。
服は放っておいても図書館の機能で自動的に整理させられるから放置しておこう。
「でも意外だなぁ」
ん?
「何がですか?」
「いや、オルテが服に興味あるだなんて思ってなくてさ。てっきり知識さえ手に入るのなら自分の身なりは気にしないって考え方だと思ってたし」
何を。
ついさっき「私だって一般的な感性を持つ齢18の女子だ」って言っただろう。
言ったか?
言ってないな。
まあいいか。
「どういうイメージを持っているかは分かりませんが、私だってお洒落に興味はありますよ。見た目も良いんですから試してみないと損でしょう」
「見た目が良い自覚はあるんだ……」
ただ、自分で言ってなんだが、確かに。
ラディにとってはあの7日間の「ずっと制服を着ていた私」とこの図書館生活の「ずっと同じ服を着ていた私」しか知らない訳だから、確かに連想しにくいかもしれない。
当時は溢れんばかりの知識欲に取りつかれてそういった余裕が無かったことも、私の無関心さを印象付ける要因になっているのだろう。
しかし、今は昔と違って余裕もある。
普段なら鬱陶しいと感じていた周囲の目線も、今はラディの1人分だけだ。
彼にならジロジロ見られても然程気にならないし。
流石に着替えシーンを見せられるほど恥を捨てた訳ではないが。
「まあ、深く考える必要はありませんよ。単純に、楽しめるのなら、そんなこと大した問題ではないと思いませんか?」
「うん。素敵だと思うよ。そうやって色んなことを試したりするのはきっと楽しいからね」
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ということで今に至る。
「じゃん。制服です。今回、図書館の扉が偶然学校の近くだったので買ってきました」
濃紺のブレザーと白い開襟シャツ、灰紺のプリーツスカート。
ブレザーの紫のパイピングは、私の記憶にある色に近い。
ボタンの刻印は別物だが、見た目の要素は揃っている。
ただ、どうしてか動きにくい。
16歳だった時と同じサイズのものを買ったのが良くなかったんだろうか。
「わぁ! 懐かしい見た目だね! この制服を見慣れてたから、オルテには紫のイメージがあったんだ」
ラディは思い出の姿を見れて楽しそうだ。
それに問題は無い。むしろ予想通りの反応をしてくれてこちらとしても嬉しい。
しかしやっぱり動きにくい。
研究職に入ってからは白衣と私服だけ着ていたので失念していたが、この制服を着ていた当時に比べれば当然身長も伸びているし、体も育っている。
関節が曲げにくいし、背伸びすれば臍が見えそうだ。
何だかすごく年不相応な感じがしてきたぞ。
「……大丈夫ですかねこれ。パツパツですし、なんだかキツくありませんか?」
「そりゃパツパツならキツいんじゃないかな。え、意味が違う?」
「じゃん。ベビー服です。コスプレ店で何故か大人サイズが売っていました」
色はベビーピンク。
素材はコットンスウェットで、内側が起毛している。
上は肩にスナップボタンのついたクルーネック。
胸の中央に小さなクマのアップリケ。
スナップをひとつ外してみれば、金属が小さく鳴って、生地がぽふと戻った。
「……今キツいの意味が分かったよ。どうしてこれを着ようと思ったの?」
対してラディの表情は険しげだ。
何故だろう。
「お金ならありますから。で、感想は?」
「聞いたのは買った理由じゃなくて動機だよ。うん、違和感が凄い」
不評のようだ。
眉を顰めつつ「気でも狂ったのか……?」という目をしている。
そんな風に見つめられる謂れは無いはずなのだが。
というかラディに褒める以外の評論ができたのか。
渋々次の袋を手に取りつつ、私はラディの前を後にする。
「面白いと思ったのですが。純粋に興味もありましたし」
「流石に面白さより驚愕がずっと上を行ったよ」
「おかしいですね。こんなはずでは……」
「僕の方が不思議だよ。あの制服が不満気なのに、どうしてこっちは問題無いと思えたのかな」
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そうこうして後にも何着か試し、二人だけのファッションショーは終わりを迎えた。
二人でクッションに凭れ掛かりながらどれが良かった、どう良かったなどと他愛もない話をする。
「色々な服があって、見ている僕も楽しかったな」
「楽しんでいただけたようで何よりです。私も様々な着こなしを試せて、有意義な時間が過ごせたと思います」
ラディには今回協力してくれた礼も必要だろう。
評判の良かった服を図書館で着てみることにするか。
「でもやっぱりあのベビー服だけは無いなぁ」
「そんな」
「そういえば、ラディはずっとそのローブですよね」
「まあ、そうだね。他に着るもの無いし」
ファッションショーを楽しんだ傍ら、ラディの出で立ちはいつも変わらないローブ姿のままだ。
当たり前だが、彼は外に出られないので自分の好きな服を選ぶこともできない。
そういう意味でも、今日のイベントは彼にとって新鮮に映ったことだろう。
できることなら、ラディにも自由に服を用意してやりたいが。
正直彼のサイズだと服を探すだけでも大変だ。
あの背丈に見合うとなると、場合によっては特注品も考慮しなければいけない。
そもそも彼の服を探しに行くなら、まず彼の身体の採寸をする必要がある。
邪魔になるからあの分厚いローブも脱いでもらわなければ。
外の人間に彼の存在を教える訳にはいかないので、やるのは私になりそうだが、ラディほどの大きさだと採寸にも骨が折れそうだ。
まあ最悪それについては未知の図書館で調べればいいか。
それならわざわざラディにローブを脱いでもらう必要も……。
……そういえばラディが服を脱いだとこ見たこと無いな。
着替えを見られたら彼はどうするんだろう。
恥ずかしがるんだろうか。
「どうして急に僕から服を剥いだのかなオルテ。ちょっとだけ肌寒いよ」
「ふむ。隠そうとしたり、恥ずかしがったりしないんですね」
なるほど。
他人の目がない状況で育つと、人は羞恥心が希薄になるのか。
人から見られるという経験が無ければ、恥ずかしいなんて思うことすらそもそも無いのだろう。
また1つ新しい知識が増えたと、目の前のラディを見て思う。
「ああ、気にしないでラディ。貴方はとても良い体していますよ。素敵です」
「話を逸らそうとしているのは分かってるよ。でもありがとう」
【オルテ】
図書館に住む少女。意外と一般的な趣味趣向も備えている。
ビジュアルの良さを自覚し、何気にそれを楽しんでいるタイプ。
あくまで自分の好みに従うため、流行には興味が無い。雑誌とか読まない。
【ラディ】
図書館に住む青年。羞恥心が比較的少ない。
人に見られながらでも平気で着替えられるタイプ。
大人用のベビー服という矛盾した存在のおかげで一瞬頭の中が真っ白になった。
【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
自動清浄機能が働くので洗濯機要らず。
ずっとここにいると人はいつしか着替えることを忘れてしまう。