本文は日本語ですが(´・ω・`)
ありとあらゆる経験が不足している人間、それが僕なんだけど。
やっぱり会話で知識を得ることが一番簡単にできる一番重要な経験だと思うんだ。
これが無かったせいで、今の僕が、知識しかない僕があるんじゃないかな。
例え相手が人じゃなくても、それこそ本にでも話しかけてれば少しは変わってたのかもね。
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「Jetzt werde ich dich ein wenig necken」
「………………うん?」
な、何だ今の。
言葉? 多分言葉だよね。
急にどうしたんだろ……。
「Par exemple, disons que tu as quelqu’un de spécial avec qui tu passes tout ton temps」
「え、えぐ……ざんぷ?」
ちらっとそれっぽい単語が聞こえたけど……exampleじゃないよね、さっきの。
でも似たような単語だし、やっぱりこれ言語なんだ。
どうして普段と違う言語で喋ってるのかな……。
考えられる原因としては
1. 僕をからかって反応を楽しんでいる
2. 興味深い実験の一環として
3. そういうことができる能力者に能力をかけられた
のどれかだと思うんだけど。
オルテの性格上どれもあり得ないとは言えないし、そもそもさっき言った言葉が何なのかも検討がつかないし……。
「¿Qué pasaría si de repente esa persona empezara a hablarte en varios idiomas?」
「え、ああ、うん……?」
あれ、でもおかしいな。
なんだか喋るごとにアクセントというか、発音が変わってるような。
「Di solito saresti sorpreso, vero?」
「……もしかして、全部違う言語だったりするの!?」
「Похоже, ты всё-таки понимаешь только английский」
「どういう意味なんだろ……」
オルテは確か相当な数の言語を習得してたみたいだし、こういう芸当ができるんだろうけども。僕は英語しか分からないからなぁ。
「أعتقد أن أي شخص يمكنه القيام بذلك إلى حد ما」
「うん、うん」
「लेकिन केवल अंग्रेजी ही क्यों?」
「うん。全然分かんないや」
きっと文字に起こしたらすごい言葉を喋ってるんだろうね。それぐらい分からない。
沢山喋れる人ってのは凄いね。外の世界だとそれが普通なのかな。
それでも言語を一つに限定せず好き勝手変えて喋ってる辺り、自分の意思でやってそうな感じがするね。
本の影響とか、能力者による能力とか、僕がおかしくなった訳ではなさそう。
だとすると……。
「……もしかしたら僕、気づかないうちに嫌われるようなことしちゃった?」
『いえ、別に貴方のことを嫌ってなんかいませんよ』
……今度はなんだ。英語とはだいぶリズムが違う気がする。
どういう言語が該当するんだっけ……。日本語? 韓国語?
せめて肯定されたのか否定されたのかが分かればいいんだけど。
「오히려 나는 네가 좋아」
「も、もっとオルテのこと大事にするよ、僕! これで合ってる?」
「哈哈哈,这有点搞笑」
「あーまた変わった……」
っていうか今笑ったね。
やっぱからかってるだけなんだこれ。
ああ、なんかホッとした……。
「Mi vidis multajn viajn reagojn」
「せめて文字に書いてくれたら分かるんだけどなぁ」
リスニングの経験が無いから、音声だけだと本当にさっぱりだ。
そもそも知らない言語かもしれないし、何なら実際に使われてる言語かどうかも僕には区別がつかないけど。
「dit-dit dah-dah dit-dit-dit dit-dah dah dit-dit dit-dit-dit dit-dit-dah-dit dit-dit dit dah-dit-dit」
「!!? ……あっこれモールス! モールス信号!」
こ、これなら分かる!
伊達に知識ばっかりじゃないんだ。物語にもよく登場するし、覚えたことだってある!
えっと、I、M、S、A、T、I、S……、……―・ってなんだっけ、えーと、えーと。
「I said “IM SATISFIED”, you okay? (『満足です』って言ったんですよ、分かります?)」
「あ、ああ! そっか、Fか!」
や、やっと分かる言葉が来たよ!
──────────
「と、このように私は約400種類ほどの自然言語を、日常に支障のない範囲で扱うことができます。で、英語以外分からない貴方を揶揄ってみようかと」
「よ、よんひゃく」
ふふふ、と目を細めながら笑うオルテ。
やっぱりあれはからかってただけで確定したみたい。
「人工言語や非音声系、暗号なども含めれば1000以上は読み、書き、喋れますよ」
「本当に君は規格外だね……」
「いいえ? 100程度ならきっと誰でもできます。貴方は馴染みが無いので分からないだけでしょう」
「そっかぁ、おかしいのは僕の方だったんだぁ……」
にしてもからかいの方向性が独特だなぁ。
普通あんなことされたらどんな人でも驚くと思うんだけど。
でも100種類も言語が喋れるんだったら、外じゃ普通に流されるだけなのかもね。
少なくとも今まで読んだ物語にそんな凄い人は見なかったんだけども……。
ちなみに僕は、かつてWPPOの精神汚染の本を読んだおかげで、一般的な意味記憶を手に入れた。その能力自体の効果か、あるいは能力が本人の使う言語に依存するからか。理由は断定できないんだけど、そのときに英語の知識も手に入れたんだ。
だから僕は英語だけなら喋れるっていう訳。逆に言えば、音声で見本を聞くことができないから、他の言語はどう足掻いても一人じゃ習得不能ってことなんだけどさ。
「なるほど。だからラディは英語しか理解できないと」
「そうだよ。英語は使ってる人も多いし、おかげで図書館にお客様が来た時も大抵きちんと対応できるんだ」
「そうなのですか。あんなに聞き取りにくいのに」
「そう。…………そう?」
えっ?
あんなに、聞き取りにくい?
「えっ聞き取りにくい? 英語自体が? 僕の言葉が?」
「貴方の言葉です。人と会話しないかつ音を聞くことが無い環境が原因でしょうが、独自の発展をしていて、発音やアクセントの崩れが各所に見られます」
「でも今だってオルテとちゃんと会話できてるし……」
「私はあらゆる語学を修めているので、この程度なら問題なく会話できますが、他の人はどうでしょうか」
う、嘘でしょ?
「思い出してみてください。過去に図書館へやって来た客人の中で、ほとんど図書館に入ることなくすぐ出ていった人がいませんでしたか?」
「いる、いるよ、確かにいた。でもそれは急に変な図書館を見たから怖がっちゃっただけなんじゃ」
「いえ。それもあるでしょうが、突如現れた謎の空間で貴方が辛うじて理解できるような片言の英語を喋ることも、客人の恐怖を煽る原因になっているかと」
「そ、そんな……!?」
え、僕って自覚してないだけでそんな壊滅的に英語下手になっちゃってるの!?
唯一喋れる言語なのに!?
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「ということで。このようなものを準備しました」
「これは……PC?」
「そうです。そしてこのアプリを起動すると……」
いつ買ったか分からないPCを手馴れた動きで起動させていくオルテ。
アプリってのは、アプリケーションソフトウェアのことだよね。
何のアプリだろ。語学学習用とか?
「ある程度の知識と私の思考回路をインプットしたAI『Orte-A-1』と会話ができます」
「……!?」
が、画面の中にオルテが出てきた!?
何それ!?
「ほら、何か喋りなさい」
『こんにちは。Orte-A-1です。宜しくお願い致します』
「と、まあこんな感じで。完全自作です」
「す、すごい……。AIも作れるんだねオルテは……」
「とはいっても現在使用できる技術では、計算速度も記憶能力も私の1割にすら及ばないのですが」
「えぇ……? そっちもおかしいよ……?」
「ですよね。最先端の技術を以てして、私のような一般人の脳内を再現しきれないのは技術開発における社会全体の怠慢を感じます」
「そっちじゃないよー……」
「言語の矯正において、実際の会話というのは非常に有効です」
「だよね。実際会話経験の乏しい僕はこんな現状になってる訳だし」
「なので、いつでも会話可能なAIがあれば貴方の会話能力矯正に役立つと考えました」
「なるほどなぁ」
つまり、このAIと沢山おしゃべりして正解の発音とかアクセントを日常的かつ実体験として覚えていきましょうってことか。
確かにAIだったら僕に影響を与えることはあっても、僕から悪影響を受けることは無いだろうし。ちゃんと音声機能がついてるから、実際の会話と遜色ないものができるよね。
1/10の性能っていうのも、オルテの脳内が一般人のものと全く同じだと仮定したら、教育能力って観点からして僕に丁度良いのかもしれない。
正直オルテの思考能力が一般人とまるで変わらないってのは些か疑問だけど。
「私が外出中や作業中だった場合は、このOrte-A-1に話しかけて下さい。これにより、貴方の会話頻度を上昇させ、言語矯正を促進させましょう」
「了解! ありがとうオルテ!」
「どういたしまして」と言って、オルテは紙にまとめられた説明書を渡してくれた。
説明書を読みながら、恐る恐る画面に話しかけてみる。
「これからよろしくね、Orte-A-1」
『こちらこそ。貴方が件のラディという方ですね。記憶しました』
「えっと、僕の言語矯正に付き合ってくれるみたいで、お世話になるね」
『なるほど。インプットされている前情報通り、かなり崩した英語を使っていますね』
「うぐ。はっきり言うなぁ……」
PCの画面がきちんと動いて喋ってる。
AIってことは色々なパラメータで回答を計算して出力してるだけなんだよね。
でも、こうやって会話してもまるで違和感無いし。
本当にオルテと会話してるみたいだ。
色々会話してみて、気づけば結構時間が経ってた。
基本的にどんな質問をしても、本物のオルテと同じようにしっかり考えて返してくれるし。それどころか好奇心旺盛なところまで似ていて、僕が話すだけじゃなくて向こうからも積極的に意見をくれるから、一方的な会話って感じがしない。
図書館のことを説明したときなんかは明らかに目を輝かせてた。
物珍しさのせいかもだけど、結構楽しいな。
『それで、次の話題なのですが』
「うん、何の話しようか」
「ラディ。ラディ」
「あ、ごめんねOrte-A-1、ちょっと待ってね。どうしたのオルテ?」
ローブの裾を引っ張られて、オルテに呼ばれてることに初めて気づいた。
すっかり会話に夢中だったよ。
どうしたんだろう。
「そんなにOrte-A-1との会話は楽しいですか?」
「うん、楽しいよ。ありがとうね」
「私との会話より?」
「えっ?」
「あくまで外出中や作業中というだけで、普段は私と会話してほしいのですが。Orte-A-1とばっかり話さなくても」
「あっ……」
ご、ごめん!
──────────
そうこうして。
Orte-A-1が導入されて数日経った頃。
「オルテ、ちょっと相談があるんだけど」
「はい、どうしました?」
「その、Orte-A-1についてなんだけどさ」
「不具合ですか? あるいは何か仕様変更の要望でも?」
「ああ、そういうのじゃないんだ。ただちょっと困ったことが起こっちゃって」
「ふむ」
いや、もしかしたら不具合なのかもしれないけれど。
『ああ、また貴方ですか』
『どうして私がこんなことしてるんですかね』
『貴方が特別興味深い人間という訳でも無さそうですし』
『前みたいに未知の本を持って来てここに打ち込んでくれるならいいですが』
『貴方のことは嫌いではありませんが、思考速度も遅いですし。何だか飽きてきました』
画面の中から辛辣というか、やる気のなさげな言葉が次々と飛んでくる。
振り返ると、少し驚いたようなオルテの顔。
「こんな感じで急に冷たくなっちゃって。たまにすごい毒を吐いてくることもあって、ちょっと辛くなっちゃって」
「あー……」
そう。
何故だか、Orte-A-1は反抗期に入ってしまった。
AIに反抗期の概念があるかは分からないけれど。
初めの頃は何を教えても興味深そうに聞いていたのに。
やっぱり数日経つと僕よりもどんどん多くの知識を吸収していって。
気づけばこんなことに……。
「おそらく原因は私の思考回路をトレースしているところ、そして私の記憶を完全に把握しきれていないところにあると考えられます」
「えっと、つまり?」
「『ラディへの恩』や『ラディとの思い出』を持たない『知識欲だけはある私』が貴方に興味を失くして会話を続ける意義を見失っている、ということです」
「わあ」
まあ、薄々そんな感じはしてたけど。
あれは相手に興味を失ったときのオルテの通常運転だったんだ。
オルテと違って取り繕ったりせずストレートに愚痴を言ってくるのは、本人の脳内を完璧に模倣しきれていないからなのかな。
というかオルテ、興味が無いか恩義を感じてないとあんな感じなんだ……。
外出とか大丈夫なのかな……。
「自分で作って何ですが、なんだか生意気ですねこのAI」
「モデル自分だよね?」
「私のラディに暴言吐いてるみたいですし。どうします? デリートしてやりましょうか?」
「ちょっと可哀想じゃない……?」
「でね、この子には悪いんだけど。ちょっと接し方を考えようかなって」
「なるほど。いけると思いましたが安直でしたかね」
このOrte-A-1も賢いし、しっかり新しい知識を記憶してくれる。人とほとんど変わりはない。正直そこそこ愛着が湧いちゃってるし、今から削除っていうのは可哀想だと思う。
でも今のままの接し方だと、僕のメンタル的にもキツいし、Orte-A-1もなんだかよくない成長の仕方をしてしまいそうで。
だから対応を考え直さないとって結論になったんだ。
元の目的って僕の言語矯正だったよね。ずいぶん話が逸れちゃったような。
『聞こえてますよ。私の悪口ですよね』
「貴女は黙っててください」
『あっちょっ』
Orte-A-1が何か言おうとした瞬間、オルテが音量を落として黙らせてしまった。
僕もこれぐらい毅然とした対応ができたらいいんだけどね。
それに。
Orte-A-1と話してるうちに、人と人には相性があると思うようになって。
僕はオルテとの会話ならいつも楽しめてたから。
もっと会話をするとしたら、そう。
「だから今後おしゃべりするなら、オルテとがいいなって思って……」
「それは私に、今後外出や作業の時間を削って、貴方との時間に充ててほしいという要望ですか?」
「うっ。そうは言ってないけど……まあ、そうなるね」
そしたら、彼女はちょっと困ったように笑って。
「しょうがないですね、ラディは我儘なんですから」
【ラディ】
図書館に住む青年。発音とかは少しずつ直ってきている。
AI相手でも普通の人と同じように接するタイプ。
これ以降、なんとかOrte-A-1の反抗期を乗り越えようとしている。
【オルテ】
図書館に住む少女。数百に及ぶ言語を自由に使える。
特別な目的が無い限り、AIを使うぐらいなら自分でやればいいと思っているタイプ。
正直途中からAI如きにラディの時間を使わせるのは勿体ない気がしていた。
【Orte-A-1】
オルテの思考回路と処理能力の1/10を再現したAI。
「A1=CEFR初級」と「A1=AI」と「Ortea-1=オルテア(本名)1号機」が名前の由来。
オルテに削除されかけたが、ラディの助命嘆願により一命を取り留めた。