【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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Day 1

 「良いこと」をしてくれる「良い人」にはそれ相応の恩を返すべきだ。

 だってそうすれば、その「良い人」は次も「良いこと」をしてくれるかもしれない。

 逆に、もう知識をくれないというなら、その人はもう「良い人」ではなくなるのだが。

 極端すぎ? いやいやまさか。今のところこれで私は全て上手くやっている。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「なんだか、今回のお客様は随分落ち着いてるね。ここに来た人は大抵、部屋を間違えたとか、変な声が聞こえたとか、変な場所に来たとか混乱して、そのまま部屋から出て行っちゃうんだけど」

「そうですか」

「うん、冷静さを忘れないことはすごくいいことだと思うよ」

「ところで貴方は誰ですか?」

 

 教えてくれなかった。

 なのでもう一度聞いてみることにする。

 

「ごめんごめん。質問に答えてなかったし、自己紹介が遅れちゃったね」

 

 彼はほんの少し目を丸くしたあと、また笑って言った。

 

「僕はラディです。まあ、この図書館にいる人って思ってくれればいいよ」

「どうも初めまして、ラディさん。私はオルテです。宜しくお願い致します」

「うん、オルテさんだね。ありがとう。よろしくね。ラディでいいよ」

「はい、ラディ。私もオルテで構いません」

 

 

 

 ラディ。

 図書館の住人。

 

 辺りを見ても本なんて彼の周りに並べられたいくつかしか見当たらない。

 それだけで図書館だなんて名乗ってる訳じゃないだろう。

 つまり、左右の扉、あの2つの奥に書物を蓄えていると考えるべきだ。

 それこそ、さっきの言葉の通りの「あらゆる知識が手に入る」と言う書物が。

 

 正直この空間もこの人物も怪しさしかない。

 しかし、私の知識欲は止まる術を知らないので。

 

「ということで。能力者ですね?」

「急だね」

「何の能力ですか? この場所は一体? あらゆる知識が手に入る図書館とは?」

「あーうん。順番に言ってくね」

 

 はやくはやく。

 

 

 

「でもその前に1ついいかな」

 

 ん? 

 

「ごめんね。でもこっちも聞きたいことが1つあって。大丈夫、すぐ終わるから」

 

 そう言うと、彼はがさごそとローブのポケットを探り。

 

「このリストに載ってる名前をどれか知ってたりするかな」

 

 と、メモを手渡し聞いてきた。

 くしゃくしゃに曲がった紙だ。

 

 書かれているのは5つ。

 人名。おそらく人名だろう。

 聞かないものもあるが、大部分は人名として用いられる単語だ。

 

 しかし、生憎全員知らない名前。

 これが何にどう繋がるかは分からないが、嘘をついて目の前の人間の機嫌を損ねるのは愚策だろうと思われるので。

 ここは大人しく素直に答えておこう。

 

「すみません。存じ上げません」

「ああそうなんだ。手間取らせたね。忘れてくれていいよ」

「あの、これは一体」

「ああ気にしないで気にしないで。ほら、その代わり質問に答えるからさ」

 

 すぐさまメモを取って、もう一度ポケットに突っ込むラディ氏。

 「あんな突っ込み方してるから曲がるのでは?」とは思ったが言わないようにする。

 

 何だったのかは分からないが、あんまり触れて欲しくなさそうだ。

 虎の尾を踏むこともない。気にならないわけではないが、今は忘れることにしよう。

 

 

 

「まずさっきの質問についてだけど、返事はYESだよ」

「僕は『あらゆる知識が手に入る図書館の能力』を持つ能力者だ」

「この場所も、それの影響で生成された特殊な異空間だね」

 

 やっぱり。

 この人物、この場所。能力によるものだった。それなら全てに説明がつく。

 

「それで、『あらゆる知識が手に入る図書館』とは一体何ですか? もしそれが事実なら非常に興味があるのですが」

「おっけーおっけー。何でも答えるって言ったからね。君みたいな知りたがりさんはここをきっと気に入ると思うよ」

 

 ちょっと長くなるかもだけど、と前置きして彼は説明を始める。

 その顔は私の望みを見透かしているようであり、また自分のとっておきの玩具を見せびらかそうとしている子供のような笑みにも見えた。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ここは外の世界から切り離されてる特殊な空間で、3つの部屋から構成されてるんだ。1つ目は今いるこの場所、まあエントランスだね」

 

 両手の人差し指でこの場所を指しながら語る彼。

 

「両隣に扉があるでしょ?」

「はい」

「で、2つ目が左の方の『既知の図書館』ってとこに。3つ目が右の方の『未知の図書館』ってとこに繋がってる」

 

 次にそれぞれを指さして教えてくれる彼。

 彼の周りにあるあの本の数々は2つの図書館から取ってきたということか。

 さっき見えた本のタイトルからして、私の使う言語とは違うようだが。

 

「で、『既知の図書館』は外の世界で書かれた全ての書物が保管されてる。過去から現在に至るまで。内容とか、ジャンルとか、長さとか、言語とか関係なく全部がね。原本そのものじゃなくて、あくまで書物のコピーが存在してるだけなんだけど」

 

 へえ。

 全ての書物が。

 そう。

 なんだか途轍もないことをさらっと言われたような。

 

「で、『未知の図書館』は『既知の図書館』で書かれたものを除く、この世界の真実全てが書かれた本が保管されてる。これから人類が解明するものも、今後ずっと解明できないものも全て、それが書かれた本が『未知の図書館』のどこかにあるよ」

 

 へえ。

 そう。

 ……??? 

 

 

 

「ほらね。この図書館は『あらゆる知識が手に入る』でしょ?」

「———」

「あれっ? おーい」

「っ、すみません」

 

 思わずフリーズしてしまった。

 

 いやしかし。

 それはまあ。

 なんということだろう。

 

 それがもし事実なら、ここは想像以上の知識の宝庫だ。

 あらゆる疑問の答えが、ここにあるということになるじゃないか。

 

 ただ、それを今すぐ信じられるほど私はおめでたくない。

 私の知識欲を満たすには理想的すぎる環境だ。

 「辺鄙な老朽化施設を調べていたら、私の願いを叶えてくれる場所に巡り合えました」だなんて、あまりにも都合が良すぎる。

 これが事実だというのなら今すぐにでも利用しない手は無いが、彼の言葉が真実だという確証はない。

 

 非現実的なことが容易に起こりかねない能力世界。

 実は扉の奥に誘い込んで人を食う存在でした、なんてこともあり得なくは無いからだ。

 いやでも嘘だったら残念だな。事実であってくれないかな。

 

「ということで。何か裏付けになるものはありますか?」

「えっと。どういうことだろう」

「能力の内容については理解しましたが、それを事実だと信じるには少なくとも証拠が必要だと思います。何かありますか?」

「ああ、そうだよね。急に言うからちょっと混乱したよ」

 

 彼は私の言葉に多少驚きもしたが、気分を害した様子はなく。

 

「まあ、疑うのも当然だよね。僕だって突然迷い込んだ場所でこんなこと言われても半信半疑になるさ」

 

 とだけ言って、むしろこう質問されるのを待ってましたと言わんばかりの顔で、足下に並べられた本のうち2冊を手に取った。

 

「で、人が来たとき用に見せる証拠としてこの2冊をいつもここに置いてるんだ」

 

 そう言って2冊のうち1つを渡してくる。

 新品同然の姿形をしているが、異様なまでに古めかしい雰囲気が漂っている本を。

 

 

 

「これは『既知の図書館』から持ってきた『グーテンベルク聖書』の原本だよ」

 

 重厚な革表紙の本を開くと、確かにそれはグーテンベルク聖書だった。

 「これ名前だけ言って分かるのかな」などと彼が呟いているが、心配は無用だろう。

 これが活版印刷技術を用いて印刷された西洋初の印刷聖書であることは当然誰もが知っている。

 しかもその原本となれば、世界でも数十部しか現存せず、その多くは不完全な状態。

 

 それが今、完全な状態で私の手の中にある。

 これが単なるレプリカでないことは、歴史学や古文書学、書誌学を既に修めている私にとって明らかなことだった。

 

 あと私はラテン語も読めるし、ヴルガーダの内容も覚えている。

 一応確認してみるが、中身もまさにその通り。もう疑いようがない。

 

 

 

「で、こっちは『未知の図書館』から持ってきた『風邪の特効薬』についての本」

 

 そう言って手渡されたもう1冊の本を開くと、そこには風邪の特効薬の製法と効能が詳細に記されていた。

 

 風邪の特効薬は現代医学でもまだ実現していない。

 風邪の原因となるウイルスは200種類以上あり、それぞれが独立した特性を持つためだ。

 しかし、この本に書かれた内容は、薬学を修めた私にとって、十分に理解できるもの。

 そして何より、理論的に実現可能な内容に思えた。

 

 言葉を失う。

 既存の書物と、未知の真実、それを一瞬で証明できるものが目の前にある。

 

 

 

「信じてくれた?」

「はい。ありがとうございます」

 

 完膚なきまでに彼の言葉は証明された。

 この2冊の本だけで、ラディの言葉に嘘はないと確信できた。

 もはや運が良すぎるとかご都合主義だとかはどうでもいい。

 私はこの方そんなもの微塵も気にする人間ではない。重要なのは事実である。

 

 この場所には。あの扉の向こうには。

 あらゆる知識が手に入る、私にとっての楽園がそこにある。

 

「ラディ。私は能力学を研究している学徒です。この図書館を使わせていただくことはできますか?」

 

 これこそが私の求めていた環境だ。これを逃す手は無い。

 この場所を使うためなら、それこそなんだってしてみせよう。

 願い事だって出来る範囲で何でも叶えてやるし、何なら非人道的なことにだって手を染めてやろう。

 

 

 

 そんな私の覚悟をよそに、ラディは穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「もちろん構わないよ。だけど、その代わりに何か食べ物をくれないかな?」

「食べ物、ですか?」

 

 図書館の使用料としては随分と軽いように思えるが。

 一瞬疑問に思ったが、すぐに鞄をあさることに。

 本来なら持ち帰るべき資料を入れるつもりだった鞄だが、今となっては別の用途だ。

 何か、何か、入れてなかったか。

 

 あっ。

 

「おっ。あった?」

「まあ、一応は」

 

 鞄の奥から、少し前に誰かからもらってそのまま存在を忘れていたキャンディが見つかった。

 包装は少し色褪せてしまっている。

 

 大丈夫だろうかこれ。

 食べられないことは無いだろうが、中が無事という保証はできない。

 

 

 

 まあいいか。

 食べるのは私じゃないし。

 

 キャンディを差し出す。

 ラディは目を輝かせ、大喜びで受け取った。

 

「これでいいですか?」

「いいね! キャンディか。ありがとう! これで十分だよ」

 

 えぇ……。

 

 ラディは早速包み紙を開け、キャンディを口に入れた。

 まるで子供のような無邪気な表情だ。

 しかし、よくもまあいつのものか分からないキャンディをよく食べられるものだ。

 雑菌とか怖くないのだろうか。

 

「やった。得したね。東洋のことわざに『情けは人の為ならず』ってあるけど、それとは違って、君はちゃんと僕に情けをかけてくれたから、出来る限りその恩を返そうと思うよ」

 

 ……? 

 何も違わないだろう。

 その諺はつまり、「良いこと」をしたら巡り巡って自分にも「良いこと」が来るというやつだ。私も似たような価値観を持っているから分かる。

 

 だがしかし。

 目の前の彼についてはおそらく、「良いこと」をすると、「その人にとって良い結果にならない」という意味合いで勘違いしているのでは? 

 

 異国の諺を知っていること自体は素晴らしいが、残念なことに意味をはき違えている。

 誰かに間違いを訂正されたこととか無いのだろうか。

 穏やかな雰囲気とは違って意外と育ちは良くないのかもしれない。

 まあ他人がどう誤解していようと、私の気にするところではないのだが。

 

 

 

 えっ噛んでる。

 この人キャンディ噛んで砕いてる。

 やっぱり育ちが良くないんだろう。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ふう、美味しかった」

 

 一瞬の出来事だった。

 よっぽどお腹空いていたのか? 

 

「それじゃあ、図書館は自由に使ってくれていいよ。ここにはどんな文献も資料もある。好きに使えばいいから」

 

 とりあえず私は些事を気にしないことにした。

 こんなことで使わせてくれるというのだ。ありがたく使わせて貰うべきだ。

 後でお腹を壊したなどと言われても、その時はその時で。

 

「あっ。でもね。言い忘れてたんだけど」

「何でしょう?」

「いやね、この図書館にはルールというか、守っておいた方がいい注意事項とか覚えておくべき特徴みたいなものがあるんだ」

「ルール?」

「うん。いくつかあって全部は覚えてないんだけど、大事なやつだけ伝えておくね」

 

 

 

 そう言うとラディは手を開いて見せ、そして親指を閉じた。

 1つ目。曰く、「未来についての情報は分からない」こと。

 

「この図書館の限界なのかもしれないけど、『既知の図書館』の何処にも今より先に発売される本は見つからないし、『未知の図書館』も未来がどうなるかみたいな情報が書かれた本は1冊も無いんだよ」

 

 次にラディは人差し指を閉じた。

 2つ目。曰く「あまりものを散らかさない」こと。

 

「この図書館には時間経過で汚れを消したり、散らかったものを整理したりする自動的な機能があるんだ。だからこの図書館は常に清潔な状態で維持されてる。巻き込まれちゃうから、作業するときは散らかさないように気を付けてね」

 

 次にラディは中指を閉じ、閉じ、上手く閉じれなかったみたいだ。手で押さえた。

 3つ目。曰く「図書館のものは外に持ち出せない」こと。

 

「図書館の中にある本は外に出そうとしても不思議な力でつっかえて出せないんだよね。外から中に来たものなら問題ないから、帰る分には大丈夫。だから、何か情報を持って帰りたいなら、自分で覚えるかメモに写すかしておいて」

 

 次にラディは薬指を閉じた。

 4つ目。曰く「夜の時間は図書館を使わない」こと。

 

「図書館にはいろいろな機能があるんだけれど、それのせいで長時間にここにいると外への生活にあんまりよくない影響が出かねないんだ。僕としてはあんまりお勧めできないし、夜中以降、というか半日以上の長時間利用は避けておいた方が身のためだね」

 

 最後にラディは小指を閉じた。

 5つ目。曰く「読んではいけない本がある」こと。

 

「世界には能力がかけられた本とか、読むだけで危険な影響を及ぼす本もあるんだ。そういった本も当然既知の図書館にはあるから、もし見つけても中身を読まない方が賢明だよ。大抵そういう本には初めに注意書きがあるからそれで判別してね」

 

 

 

「とりあえず図書館を使う上で覚えておいた方がいいのはこのあたりかな。他にも色々あったと思うんだけど、長いことここにいるから、すっかり当たり前になっちゃって意識してないんだよね」

「そうですか。ありがとうございます。覚えておくことにします」

 

 自分の能力なのに全部を把握していないというのはよくある話だ。

 能力というものはそれぐらいよく分からない。

 かといって、守るべき情報を全て思い出せないというのもどうかと思うが。

 

 ただ、聞いた限り、今から直接図書館を使う上で何かすべきことがある訳でもなさそうだ。

 なら話は終わり。

 

「では、図書館を使わせていただきますね」

「うん。行ってらっしゃーい」

 

 能力学の真実を知るチャンスだ。1秒たりとも無駄にはできない。

 私は一目散に『未知の図書館』へと向かっていった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「何も見つからなかった……」

 

 『未知の図書館』に入って少ししてから。

 私は少し不満げな顔で元の部屋に戻ってきた。

 ラディは相変わらず同じ場所に座り、本を読んでいる。

 

「おかえり。探してる本は見つかった?」

「本が多すぎて目当ての本が見つけられません。どうやって探せばいいのか分からなかったです」

 

 ラディの問いかけに、私は正直に答える。

 

 

 

 『未知の図書館』はあまりにも広大だった。

 それもそうだ。この世の全ての真実があるというのだから。

 

 扉を開いた瞬間、目の前に広がったのは無数の通路。

 その壁は全て本棚になっており、ありとあらゆる分野の本がランダムに並べられていた。

 天井はそれほど高くないが、それでも一番上の棚には手が届かないほど。

 

 問題は、その量があまりにも膨大すぎて、能力学に関する適切な本を見つけることができなかったこと。

 考えれば分かることかもしれないが、てっきり名前順に並んでいるか、本を探すためのシステムがあるのかと思い込んでいた。なのに、規則性も便利なツールも全く見つからない。

 想像してみてほしい。無限に続くような図書館から、たった1冊の本を探し出すことの難しさを。これじゃあ能力学を普通に学ぶことと同じぐらい、道筋が見えそうにない。

 

「あー……、そっか。外の人じゃあここの本は探せないよね。これも忘れてた。ごめんね」

「いえ、まあ、はい」

 

 この言い方からすると、ラディは本を自由に探せるようだが。

 それなら先に言って欲しかったと思う。一番大事だろう。

 

「でも、帰ってくるまで結構時間かかったね。何かあったの?」

「本の探し方が分からないことはすぐに理解したんですが、色々興味深い本を見つけてしまって、ついつい読み始めてしまっていました」

 

 具体的には『世界平和の真実』とか『未解決問題の証明』とか『死後の世界について』とか。

 

「ああ。好奇心が抑えられなかったんだね。分かるよ。でも面白かったでしょ?」

「まあ、それなりには」

 

 いや正直めちゃくちゃ楽しかったが。

 本来の目的を全く達成できてないという点を除けば、完璧な時間だったが。

 

 

 

「さて、もうそろそろ良い時間じゃないかな。外は確か学校だったよね? 多分、下校時刻になってると思うんだけれど」

 

 そう言われて初めて腕時計を見た。

 数時間が経過している。もうそんなに経っていたのか。

 そういえばラジオもずっと流れていない。それもあって気が付かなかった。

 この場所が特殊な空間だから、外の電波を取得できなかったんだろう。

 

「この空間では外と同じように時間が進むんだ。だから、今日は一旦帰って、また明日来るといいよ。君の親を心配させてもいけないし、ね」

 

 ラディの言葉には一理ある。

 私がこの空間に入ったのは2時を過ぎたあたりだったが、今はもう夕方か夜になっているのかもしれない。家族のことを考えると、あまり遅くなるのも良くない。

 

 今日は本来の目的である旧資料保管棟の探索に明確な成果を得られなかった。

 しかし、その代わりに、それを遥かに超える発見をしてしまった。

 一度整理して、明日また来ることにしよう。

 「夜の時間は図書館を使わない」という彼の言葉もあるし、丁度いい。

 

「そうですね、分かりました。家族も心配するでしょうし、今日はこれで失礼します」

 

 立ち上がり来た道を振り返る。

 ラディも私を見送るように立ち上がった。

 

 

 

「帰る前に図書館への入り方を教えておくね」

「入り方、ですか?」

 

 そういえば、あの扉は唐突にこの空間とリンクした。

 それまで普通に使えていたにも関わらずだ。

 

「そう。あの扉を前にいるときに、何でもいいからとりあえず『知識が欲しい』って願うんだ。そのあと僕が返事をするから、それを待って、そこで初めてここに繋がるんだよ」

「ふむ?」

「知識の内容はなんでもいいよ。どれだけ些細な知識についてでも、単なる疑問文を口にしただけでも条件は整うはず。『誰かいますか?』とかでも十分」

「なるほど」

 

 物理的な場所というよりも、条件を満たすことで開かれる空間なのか。

 そういえば、ここに入る前そんなことを言った気がする。

 ラディも確か「それなら入ってくるといいよ」と返事をしていた。

 あの流れが無ければ、ここには入れなかったということだ。

 

 独り言を言っていてよかった。

 独り言にこれほど感謝したのは人生で初めてだ。

 おそらくこんな機会はもう二度と訪れないので、最初で最後でもある。

 

「今日はありがとうございました。明日はもっと早い時間に来ますね。それじゃあまた」

「じゃあね。また明日」

 

 

 

 彼は「良い人」だった。

 こんな場所を自由に使わせてくれるというのに、こちらに過大な要求を課してこない。

 いつか彼には恩を返さねばならないだろう。この状況が続く限りは。

 

 別れの挨拶を言って、扉に向かって歩き出す。

 入ってきた時と同じようにノブを回し、私は旧資料保管棟へと戻った。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 一方、旧資料保管棟の前では。

 

「も、もう夜だよ!?」

「先輩まだ出てこないの……?」

「中で何かあったんじゃ……」

 

 ついさっき完全下校のアナウンスが流れてた。

 この旧資料保管棟にまで先生や警備員さんは来ないけど、私たちそろそろ帰らなきゃいけない。

 本来ならこんなボロいだけの場所に残る意味は無いのに。

 

 

 

 なのに私たちはここに残っている。

 何故かって言うと、憧れのオルテ先輩がこの中に侵入して、そのまま戻って来ないから……!

 

 

 

「やっぱり誰か先生に言った方が……!」

「で、でも。喋るなって」

 

 私たち3人は、孤高でクールで、ルックスも良くて、その上あらゆる学問を既に修めちゃってるという秀才の中の秀才のオルテ先輩に憧れて、能力学コースなんて難しいだけの課程に入ることを希望している。

 今日はそんな雲の上の存在である先輩に偶然会えて、しかも作業を手伝って欲しいなんて言われてしまって、やる予定だった夏休みの課題も放り出してついてきた!

 

 そして今に至っている。

 考えもせず、ただ先輩を不法侵入させる手伝いをしてしまったこと。

 それはまあ、後悔していない訳じゃない。それでも済んだことだから仕方ないよね。

 

 だけど、先輩が一向に帰ってこないのはマズいよ!

 もしかしたら中で何か問題があって、意識不明になっているなんてことがありえるかもしれないじゃない! 

 

 

 

 3人で目を合わせる。

 先輩が危険かもしれない中で何もしない訳にはいかない。

 後で怒られても構わない。そのときは謝ろう。

 

 誰か大人を呼びに行く。

 私たちが心を決めたその時。

 ガチャ、と音がして。

 

 

 

「他にも色々準備が要りますね。それに何かしら口実も作っておかないと……おや?」

 

 なんと、普通に先輩が正面から出てきた! 

 

「えっ!? せ、先輩!」

「やっと出てきてくれた……!」

「大丈夫だったんですか……?」

「はて、どうしてあなた達が?」

 

 ああよかった! 

 先輩は特に何も怪我をした様子は無いみたい。

 私たち3人とも疲れてるけど、先輩が無事帰ってきて安心した顔してて。

 

 

 

「ずっと待ってたんですよ!」

「先輩が出てこないから心配で……」

「でも秘密にしろって言われたから、先生とかに言えなくて……」

 

 交互に言葉を発しながら、長時間の待機で溜まった心配を一気に吐き出した。

 そんな私たちを見て、先輩は首をかしげ、そして少ししてから合点がいったように、こう。

 

「ああそうでしたそうでした。すみません。忘れてましたね。恩には恩で返さないといけませんから」

 

 

 

「それで、どの単位の資料が欲しいんですか?」




【オルテ】
学校の奥に変な空間を見つけてしまった主人公。
成果にはきちんと対価を払ってくれるタイプ。
対価の方向性がズレていることもあるが本人は気づいてない。

【ラディ】
なんか図書館にいた人。
キャンディは噛み砕くタイプ。
久しぶりのお客さんに少し浮かれている。

【後輩達】
憧れの先輩に振り回されている高校1年生達。
多分もう出てこない。

【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されている、ありとあらゆる知識が手に入る図書館。
ラディ曰く、
1. 未来の情報については分からない。
2. 自動で浄化・整理する機能がある。
3. 中のものは外に持ち出せない。
4. 夜間(長時間)の利用は悪影響がある。
5. 入るには扉の前での『知識を求める発言』と『中からの応答』が必要である。
とのこと。ややこしい。

【オルテが通う学校】
オルテのスペックが盛られる度にその分野の本格的な内容が学べることになってしまう学校。
マンモス化が加速していく。
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