【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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Day 6

 感情というものは大事だ。自分に必要不必要関係なく。

 効率を極めようとするならば、感情など邪魔でしかないとも言うだろうが。

 とんでもない。感情があるからこそ手に入れられる知識もある。心は当然必要だ。

 勿論私も相手の感情がよく分かる。文学のテストで満点を取ったから間違いない。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 朝6時。

 今日も私は図書館の扉を叩く。

 

「少々尋ねたいことがあるのですが」

『あ、どうぞどうぞ入ってー』

 

 

 

「おはようございます」

「おはよう。どしたの今日は遅かったね……って、何その荷物」

「簡易コンロと調理器具と食材です。少し準備に時間がかかりまして」

 

 微かに金属のすれる音がした鞄を下ろし、中をラディに覗かせる。

 鍋とフライパンと包丁とまな板。

 それに食材が入った袋と簡易的な組み立て机。

 

「……これはどこから?」

「外で買ってきました」

「あっそうなんだ。よかった。遂に無断拝借を止めたんだね」

「はい。初めは食堂の調理室を狙っていましたが、消耗品は返せなくなるので足がつきます」

「別に今までも真っ黒だったと思うけどなぁ。まあ、思い直しただけ偉いよ。うん」

 

 真っ黒とは何だ。

 今のところ何もバレていない。

 学校も親も私を信じているし、借りたものは問題なく返している。

 実質何もしていないのと同じではないのか。

 

 

 

「ということで。食事にしましょう」

「……うん?」

「今日は私が料理を作ります」

「……?」

 

 ラディの声が途切れる。

 どうした。いつもあんなに食事を催促していたくせに。

 もっと喜ぶと思っていたのだが。

 

「え、待って。本当に? 僕のために?」

「そう言ったじゃないですか」

「どしたの急に。あんなに時間が無いって言ってたのに。それに昨日だって」

「不満ですか?」

「いえ。嬉しいです」

「よろしい」

 

 私が直々に食事を振る舞おうと言っているのだから。

 施される側の人間は大人しく施しを受ければいい。

 でしょう? 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「すごく手際がいいんだね。驚いた」

 

 調理中手を動かしていると、ひょいっと後ろからラディが覗き込んできた。

 包丁でいくつかまな板を叩き、火の上でしばらく転がせば、大抵のものはできると思う。

 というか私は不器用だと思われていたのか? 

 

「そうですか? あなたの前で不器用なことをした覚えはありませんが」

「いや、君はいつも知識に一直線だから、『料理なんかに割いている時間は無い』ってスタイルだと思ってて。だからびっくりしちゃったんだ」

「ああなるほど」

 

 確かに。

 私は何も変わりない一般人ではあるが、知識欲と記憶能力とルックスにおいては中々秀でていると自覚している。

 なので、そう言われればそう見えるかもしれない

 

「昔、調理にも興味を持っていた時期があったのです。興味あることは何でも試そうとする子供でしたから。今でこそ興味は失せましたが、我が家のレシピぐらいなら全部美味しく作れますよ」

「そうなんだ。君らしいね」

 

「でも、結局散らかりはするんだね……」

「ほーら危ないですよー。あっち行ってー」

「ごめんごめん。待っておくよ」

 

 

 

「はい。完成です」

「おおー」

 

 30分ほどして調理は完了した。

 持ってきた組み立てテーブルを彼の前に置き、その上に乗せていく。

 焼けたパンと簡単な野菜のスープにチキンのソテー。あとフルーツを小皿に置いて。

 

 ただそれだけだが、メニューが乗せる度にラディの目の輝きも増していった。

 面白いな。下げたらハイライトが消えていくのだろうか。ちょっと見てみたいぞ。

 

「すごく良い匂いだよ! あの道具でここまでできるものなの?」

「これぐらいなら簡単ですよ。味見もしましたから、味に問題も無いはずです」

 

 私はちゃんと味見もする。

 好き勝手レシピにアレンジ加えて大失敗などしない。もう経験済みだからだ。

 

 

 

「で、ここからが本題なのですが」

「あっすぐ食べれる訳じゃないんだ」

「当然でしょう。何の代償も無しにこんな時間のかかる作業、私がしませんよ」

「まあそうか。君はそういう人だった」

 

 うむ。私のことをよく理解しているじゃないか。

 次の質問も問題なく答えてくれるといいのだが。

 

「ということで。いくつか質問をさせて頂きます。それが終わってから食事としましょう」

「ああ、尋ねたいことがあるって言ってたね」

「はい」

 

 

 

「聞きたいことというのは、貴方の過去についてです」

「……そう」

 

 ラディの顔が強張った。

 その目は強い拒否の感情を訴えかけている。

 まあその反応は予想済みだ。

 

「これまで貴方は過去について語るのを避けている節がありました。私も関係を悪くしたくないので敢えて触れずにいましたが、昨日からどうしても気になってしまって。なので、貴方の大好きな食事を餌に聞きだそうと」

「……悪いけど、それならこの食事は食べられない。僕の過去なんて、聞いても面白くないし、無駄な情報だよ。そんなことのために大切な時間を使ったの?」

「へえ。そんなこと言うんですか」

 

 やはり喋りたくないようだ。よっぽど過去を知られたくないらしい。

 なんとか遠ざけようとしているのが口調から伝わってくる。

 私にそんなことしても逆効果だというのに。

 

「別に無理に語れとは言いません。その場合、この美味しそうな食事は私が頂くことになります。貴方には適当に買ってきたまるで美味しくない携帯食をあげましょう」

「意地悪だね。でもそれでいいよ。僕は恵んで貰う立場だからね。贅沢は言えないさ」

 

 食べたい癖に。いいのか。この携帯食はワンコインだったぞ。

 まあ、この段階で彼が食事だけでは懐柔されないことが分かった。

 

「そうですか。仕方ありませんね。そこまで言うなら、貴方に頼むのは止めにしましょう」

「……ありがとう。ごめんね。僕の事情なのに」

 

 

 

「何言ってるんですか? 次の手段を取るだけですよ?」

「えっ?」

 

 そうだ。断られることも想定済み。

 その上でプランBの存在を仄めかす。

 

「今から未知の図書館で『ラディの過去』と書かれた本を探します」

「でも、君1人じゃ……」

「なに、本の探し方についてはこの前読了したばかりなので。時間はかかりますが見つけるのは大変なことでも無いですよ」

「あっ……」

 

 そう。私は4日目に『この図書館での本探しのコツ』の本を読んでいる。

 当時は手分けして作業をするために読んだ本だったが、今この状況においてはラディの手を借りずに本を探すという手段を私に与えた本となるのだ。

 

 

 

「待って。じゃあ……」

「はい。どちらにせよ私は貴方の過去に興味があるので。貴方から教えてくれないのなら、私が食事を取って自分で探すだけです」

 

 私が欲しい知識を諦めるなんてあり得ないのに。

 拒否するなら拒否するで存分に後悔すればいいのだ。

 

「……卑怯じゃない?」

「逆ですね。私は最初から卑怯な手を取っても良かったのです。しかし、貴方に食事というプレゼントを与えて、その上で会話による教えを求めたのですから。むしろ無断で強行せずに、取れる手段を増やそうとしたでしょう?」

「うーん……」

 

 迷いが生まれた。

 というか、ここで私が止まらないことを察したようだ。

 なら、後は押すのみ。

 

 

 

「貴方の過去がつまらないか否か。それを判断するのは貴方では無く私です」

「まあ……うん……。それはそうだ。僕に判断できることじゃないな」

 

「恥ずかしいから、というなら心配不要、私は知識を得れば私は満足します。その情報について何とも思わないし、どうするつもりもありません」

「そう……そうか……。確かに、きっと君は気にしない、気にする人じゃないよね」

 

「目の前で食事を私に食べられてその上、本で赤裸々に内容を朗読されるか」

「え、朗読されるの」

「この食事を味わった後に、自分の中で情報を取捨選択しつつ私に語るか」

「朗読されるの……」

 

「選択肢は2つですよ」

「嫌な言い方だね……。分かった。話す、話すよ」

 

 

 

「ありがとうございます」

「前と同じだね。言い合いになったら、君には敵う気はしないや」

 

 そう言うと、彼は諦めたように「ははは」と笑った。

 なに眉下げてるんだ。ほらご飯食べろ。

 

 

 

「美味しいですか?」

「……美味しい」

「良かったです」

 

「その、もう察してると思うけど僕って人の手作り料理って食べたこと無いから。うん。すごく美味しいよ」

「? そうですか」

 

 

 

 おかしいな。

 食べ終わる前にほぼ答えを教えてくれたぞ。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「1つ目の質問です。『貴方はこの図書館から出たことが無いのですか?』」

 

 

 

 正直なところ前々からそうではないか、とも思っていたが。

 数々の価値観のギャップ。

 会話や食事の経験の少なさ。

 『図書館のものは外に出られない』という制限。

 これらから、彼は外に出たことが無いのではないか、と確信した。

 というかさっきほとんど答えを言ってくれた。

 

 

 

 仮説になるが、彼はおそらく常時自動発動系能力者だ。

 自由意志で能力を解除することができず、かつ常時発動している。

 この能力者社会では珍しくない存在で、自身の能力に振り回されている不運な事例が多い。

 

 もし自由に解除できるなら、図書館に制限時間なんて無いはずだ。

 だって、移動したくないときは能力を解除すればいいのだから。

 それをしないということが、彼は能力に縛られている立場の能力者だということを示している。

 

 もちろん、そうでない可能性だってある。

 何か特例で外に出ることができるのかもしれない。

 

 

 

 しかし、そんな予想は次の言葉であっさり否定された。

 

「そうだよ。僕はここから出られたことがない。生まれたときからずっと。昨日言った持ち出し不可の制限を聞いて思ったのかな。あれは僕にも適用されるんだ」

 

 やはりそうか。

 初めはたまに外出しているのでは、と考えていたが。

 彼はこの空間で常に裸足で、靴も特に見当たらなかった。

 それは彼が靴を履く必要がない、即ち外に出られないことを意味していたのだ。

 

 

 

「ここにずっといて」

「基本的に山ほどある本を読んで」

「たまにお客様が来るから、喋ったりして」

「そんな感じで今まで生きてきた」

「意外と退屈はしないよ。読める本はいくらでもあるんだし」

 

 彼は途切れ途切れながら語ってくれる。

 

 

 

「では、人との会話を重視したり、食事を喜ぶのは」

「そうだね。滅多にない機会だからだね。だって僕は外に出られないから。会話も食事もお客様とだけさ」

 

 つまり。彼の食事に対する知識が浅かったのも。外との情報にギャップがあったのも。

 彼は本を読むことでしか、情報を得られないから。

 

 これで彼が外の世界に興味のない、完全な図書館の住人を自認していれば特に思うことはなかっただろう。

 ただ、彼は、これまでの生活を見る限りかなり外に興味を持っているようで。

 

 外に出たいのに、絶対に出られない存在であるということが事実として分かった今。

 私より遥かに背の高いラディが、檻の中に閉じ込められた酷く小さな存在に思えてしまった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「2つ目の質問です。『本を読むための知識はどうやって手に入れたのですか?』」

 

 

 

 ラディは生まれた時点からずっとこの場所にいるのだと語った。

 では、彼はどうやって知識を手に入れたのか? 

 

 単純に本を読めばいいという話ではない。

 この空間はラディが許可しなければ、そもそも入れない空間な訳であって。

 つまり、彼の周りには知識を授けてくれる人間が誰もいなかったはずなのだ。

 

 

 

 この空間では一切の生理的活動を行わなくても普通に生き、普通に成長することが可能だとラディは言っていた。

 ならば、肉体は何もせずとも成長していくだろう。

 事実ラディは2m近くの大柄な肉体を獲得している。

 

 しかし、知識はそうもいかない。

 年を重ねるごとで一般的な知識も獲得することができるのならラディがこれほどまで世俗に疎い訳がない。

 なので逆説的に、この空間での成長は肉体のみに限定されると考えるのが妥当。

 それならば、文字の内容も、その読み方すらも彼は理解できなかったはずだ。

 

 それを踏まえると、今の本を読み、会話が可能なラディの存在に矛盾が生じる。

 私はそれを疑問に思った。

 

 

 

「その答えは、精神汚染の本だよ」

「4日目に読んだ、あの?」

「そう。あの本は読んだ人の記憶を全消去して、一般的な意味記憶だけ再度定着させるっていう機能があった。当時の僕が、知識も記憶も無いまま図書館の中に入っていって、何かの弾みで偶然中身を見ちゃったんだね」

「それで、知識を?」

「まあ何も分かってない僕の記憶なんて消えても何も問題無いんだけど。その代わりに一般的な意味記憶、つまり言葉の意味とか、基本的な知識とかが頭に入ってきて。それで本を読めるようになったし、自分の状況を理解できるようになったんだ」

「なるほど」

 

 確かに。それなら合点がいく。

 偶然が重なった末に、図書館自体の効果ではなく、能力が齎した「既知の図書館の機密文書」という副次的な存在によって知識を手に入れることができたと、そういうことか。

 WPPOが情報の保護のために行った精神汚染のロックが思わぬ方向性で彼を助けることになったのだ。

 

 

 

 いやしかし、よく考えれば。

 彼は読めば記憶を失うはずの精神汚染がかけられた本が複数あると把握していた。

 その精神汚染の内容が全て同じであるという確証も無いのに。

 しかもうち一つは中身の内容の一部を朧気ではあったが覚えてもいた。

 あの状況こそ、彼が精神汚染を受けた経験があるという証拠ではないか。

 

 

 

 じゃあ、あの脳がかき回される感覚を彼は既に知っていたのか。

 だから、もう二度とやりたくないとか、君にはさせられないとか言ってたのか。

 

 なのに、あの日に2回も。

 もしかして、私は彼に結構酷い役回りをさせていたのでは? 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「3つ目の質問です。『どうして助けを求めなかったのですか?』」

 

 これがおそらく彼が過去を語ろうとしない理由に結びつく。

 

 

 

 かつてここを訪れた人がいたとラディは言った。

 意味記憶を得た貴方なら、自身の能力を本で理解し、外の人を中に招き入れることも可能だろう。

 では、どうしてその人々に助けを求めようとしなかったのか。

 

 外の世界には自分の能力で苦しむ人を助ける制度も存在する。

 言伝に連絡さえ頼めば、彼の現状は伝わったはずだ。

 でもそんな話は聞いたことがない。つまり、彼はそれをしなかったということ。

 

 あんなに他人との接触を大事にするラディが。

 あんなに外の物に興味を持っているラディが。

 今も私にだって。彼は自分のことを話そうとしなかった。

 

 

 

 私が真剣な眼差しで彼を見つめる。

 ラディはそんな私からふと目を逸らし、長い沈黙の後静かに答えた。

 

「確かに、ここに来た人はいたけれど。僕は助けを求めなかった。でもそれは、ここでの生活がそんなに辛くなかったからだよ」

「辛くない?」

「そう。そうだよ」

 

 

 

 そこから、まるで何かをごまかすようにラディが言葉を進める。

 

「ここには娯楽なんて山ほどある」

「好きな本を好きなだけ読める」

「睡眠も食事も必要無いから、大変な思いをして働いたりなんてしなくてもいいし」

「空気だって清潔だ。汚れも乱れも全てキレイに片付くから病気にだってならない」

 

 確かに。私だってこの空間は理想的だと思う。

 しかし、外の体験を夢見ているラディにとっては、その台詞が強がりでしかないのは自明だ。

 

「それに外には僕より辛い境遇の人がいくらでもいるんだ。それに比べれば僕はずっとずっと恵まれてる」

 

 口から矢次ぎ早に言い訳を並べていくラディ。

 叫ぶ彼の手には食事の前まで彼が読んでいた、いつぞやの『伝奇集』が握られていた。

 

「僕だってこの場所が無くなったら困るんだよ。それだけ」

 

 なら、彼は恵まれた自分が助けを求める事を良しとしないと考えているのだろうか。

 外へ解放されたいという気持ちは無いと、そう言いたいのだろうか。

 

 

 

 そんなはずはない。

 だって、私は知っている。

 

「貴方は初日。私に名前が載ったメモを見せましたよね?」

「……覚えてるの」

「私の記憶力を舐めないでください。ここに来てから大体のことは覚えています。あのリストに載っていた名前も。その人々のことも」

「……!」

 

 これ自体は外にいた際にネットで調べたものだが。

 あのリストの人間は全員がラディよりも明確に年上であり。

 そもそも検索にヒットしない者、ヒットはするが何の特徴も無い者。

 そして、能力者として有名な者の名前が含まれていた。

 

 その1人は『両手で触れたものを内側から外側に追い出す能力』を持っていた。

 その人は、ラディと同じく常時自動発動系能力者で。

 ラディが生まれる前から能力が発動しているという。まあ、難儀な人だ。

 

「おそらく未知の図書館で『この空間から脱出する方法』と調べた経験があるのではないでしょうか」

「……そこまで分かってるんだ」

「はい。能力者として知名度がある者は少なかったですが、自覚していないだけの能力者もいるのですよね。また、能力は先に発動した者の効果が優先されるという法則から、貴方より年上、つまり貴方が生まれる前から能力を発動している人間のみが必然的に対象となる」

 

 能力は、先に発動したものの効果が優先される。

 これも昨日ラディが教えてくれた。

 

「つまり、あのリストの人々は全員が貴方を解放できる可能性のある能力者、とみるのが妥当でしょう。それを調べて、メモして、やって来た人々に知らないかと聞いていたのですから」

 

 

 

 と、いうことで。

 

「貴方が外への解放を望んでいないというのは嘘にすぎない、でしょう?」

「……そうだね。そこまえで言われちゃったら否定はできないね」

 

 彼は自分が助けを求めるに値する人間ではないと考えていながら、それでも自由を諦めきれなかった。

 だから、やって来た人にあのリストについての質問を行い、分からないと答えた者には線を引いて、それ以上助けを求めるのを止めていたのだ。

 

 きっと分かる人には言伝を頼むつもりだったのだろうが。生憎私は知らなかったので。

 ラディは私にそれ以上聞くことを諦め、話を切り上げて図書館に渡し誘導したのだろう。

 

 

 

 ──────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 それから、ラディは過去を語ってくれた。

 それは、初めてここに来た人の話だった。

 まあその人に興味はないので内容は簡単に省略させていただくが。

 

 

 

 話を聞くところによると、この図書館に閉じ込められていた当時10歳にも満たないラディをその人は助けようと努力したそうだ。

 ラディ自身初めて見た他人という未知の存在を警戒しており、一緒にいられた時間も2日と無かったようだが、その間にラディは交友というものを体験し、孤独から逃れるため外に出たいと願ったという。

 ただ現在もラディが外に出られていないのを見るに、まあ当然失敗したようで。

 

 制限時間が過ぎ、努力空しく2人は別れることになったと。

 その後も本で調べて、その人の動向をラディは追いかけていたようだ。

 その人も色々頑張っていたらしいが、まあ上手くいくはずもない。

 そもそもラディがいたという証明は、外の人間にはどうやったって不可能なのだから。

 

 そして、その人はその後程なくして不慮の事故で亡くなったという。

 その原因は直接ラディに起因しないし、元々結構お年を召していたようなので、早いか遅いかの違いだったのだが。

 少なくともその人はラディに何もできないことを後悔しながらその生を終えてしまったようで。

 そして、ラディは自分の恩人が後悔しながら亡くなったことを未知の図書館で知ってしまったのだ。

 

 

 

「彼は最後まで僕のことで心を痛めていたんだ。ほんの1日会っただけの人なのに」

「だから、オルテみたいに。ほんの短い期間に会っただけの人に」

「いくら自分が寂しいからって、解決するか分からない問題を押しつけて」

「気を病ませて、迷惑をかけて、関係の無い負担を負わせてしまうのが嫌だったんだ……」

 

 ラディはそう語ってくれた。

 その顔は激しく感情的でもありながら、大きな後悔と諦めを纏っているようで。

 その瞬間、初めて彼がその心を私に曝け出しているのだと。

 この言葉が間違いなく彼の本心なのだと、理解した。

 

 

 

「だから助けを求めなかったと?」

「……そうだよ」

 

「でも、貴方は……」

「僕と違って、君には外の世界がある、から。学校や、家族や、友達とか、君の将来だって。だから、君に余計な負担を与えたくなかったんだよ……」

 

 それはいつか聞いた言葉だった。

 項垂れて、自分が孤独に苛まれつつ、それでも私を気遣おうとした彼。

 その姿に珍しく私は気圧されてしまった。

 

 

 

 ラディは過去のトラウマで人に頼ることを恐れている。

 外の世界との隔絶により、酷く自己肯定感を失っている。

 外の世界を諦めきれないが、自身の能力の絶望的な状況に諦めを見せている。

 

 これがラディの助けを求めようとしない理由だった。

 私と今まで過ごしてきて、心の奥底ではこんな感情を秘めていたのか。

 

 正直初めの人とやらのことは知らないが、ラディが沈んでいるのは面白くない。

 こういうときは、どう声をかけるのが正しいのだろう。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「では。そろそろ時間なので」

「……ごめん。今日は取り乱しちゃって」

「いえ。私が聞いたことですから」

 

 

 

 あの後少しして、ラディは落ち着きを取り戻し、それからいつものように勉強を始めた。

 とは言っても、普段通りフルタイムでできた訳ではない。

 結局部屋の隅に積まれた昨日の分の内容を処理するだけで1日が終わってしまった。

 

「……その、君は。気にしないのかい?」

「はい? 何がですか?」

「いや、僕の過去を知って、とか……」

 

 ああ。

 

「いえ。何も気にしていません。私は気になっていた貴方の過去を知ることができて満足しましたよ」

「そ、そう……?」

「はい。確かに可哀想だとは思いましたが。『その情報について何とも思わないし、どうするつもりも無い』と言ったばかりですし」

「そ、そっか……」

 

 

 

 そう言うと、ラディは息をついた。

 

「……良かったよ。やっぱり言うべきじゃなかったかもしれないって、心配してたから」

「まあ。実際にそれで私が気を病んで、引きずり続けるなんてことはあり得ないので」

「は、ははは。やっぱり君らしいね」

 

 今日はずっと思い詰めていたようなラディだったが、安心したように笑った。

「気にしない」が正解だったか。

 いつもの調子だ。こっちの方が私にとってもいい。

 人の気持ちが分からないというのは初めてだったので、対応をあぐねていたところだったのだ。

 

「それじゃあまた」

「うん。ありがとうね。また明日、ね」

 

 そう言っていつものように扉を閉じる。

 これも明日が最後になるのだが。

 

 

 

 そうだな。

 考え方を変えてみよう。明日の予定は変更になるだろうか。




【オルテ】
他人の感情が正直よく分かっていない主人公。本人は分かっているつもり。
一度得た情報はそのまま丸々記憶できるタイプ。
意外と色々なことを覚えているが、都合の悪いことは忘れたフリをしている。

【ラディ】
図書館の中から出られない人。
他人に負担をかけると思うと些細なことでも中々言い出せなくなるタイプ。
重い病気にかかっても打ち明けられなさそう。図書館が性質上無菌空間でよかったね。

【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
オルテにとっては自分の望みを叶えてくれる楽園。
ラディにとっては自分を孤独へと閉じ込める牢獄。

【初めに図書館へやってきた人】
錯乱するラディ少年に人と関わりあうことの暖かさを教えた人。
ラディの穏やかな人柄は彼の優しさから構成されている。
ラディが普段着ているローブはこの人から貰ったらしい。
しかしオルテには微塵も興味を持たれなかった。

【両手で触れたものを内側から外側に追い出す能力者】
解除できないせいで普通に苦労の多い生活をしている人物。
ラディを図書館から解放するためだけにあるような能力をしている。
そのため、本人は知る由もないが、ラディからの強い期待を受けている。
しかしオルテには微塵も興味を持たれなかった。
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