出逢いがあれば当然別れもある。そして別れがあるならそれは潔く受け入れるべきだ。
そして、今後会えなくなる人なら、もう必要以上の愛敬を振り撒く必要は一切ない。
会えないのなら、その人はもう知識をくれない。価値が無いということになるので。
何の話だったか。愛敬を振り撒かない相手はもう会うつもりが無いという話だったか?
──────────
軽く息を整えてノックする。
深呼吸した空気には、ほんのり紙と木の匂いが混ざっていた。
静かな廊下には、自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
今叩いている扉も明日には返事を返さなくなると思うと変な気分だ。
ほんの1週間なのに、随分習慣付いてしまったのか。
この扉のあまりの価値の高さに、無意識の内に感傷を抱いてしまっているのか。
まあ、明日になれば「蹴破れ」と言われても何とも思わない木の板と化すのだが。
「今日も図書館を使わせて頂けますか?」
じっと返事を待つ。
なんだかやけに時間が長く感じられる。
はてさて。こんなに時間がかかるものだったか。
中の人物が眠っていないことは承知済みだ。
きちんとこの時間に待つようメモ書きを毎日残している。
じゃあ、私の意識だけが急いているのか。
『……はーい。どうぞー』
いつもと変わらず明るい声が返ってくる。
返事が問題なく帰ってきたことに、らしくもなく安堵した。
もしかすると彼の声は寂しさを誤魔化しているだけかもしれないが。
返事に誘われ重たくなった扉を開ければ、見慣れた荘厳な空間が目の前に開ける。
この1週間、私の知識欲を満たし続けてくれた場所。
そして今日が、その最終日。
──────────
「おはようございます」
「おはよう。変わりないね」
「そうですね。何かあった訳でも無いので」
「おお、本当に気にしてない」
挨拶もまずまずに部屋の中へ入って鞄を置いた。
部屋の真ん中には昨日まで無かった本の山が。
「今日は最終日だよね。だから、『能力学の理論』に関係しそうな本を昨日の夜の間沢山集めて置いたんだ」
「なんと」
「君が完全な理解まで間に合うかは分からないけれど、時間は限られてるからね。助けになればと思って」
「なるほど。ありがとうございます」
そう言って本の山を眺めてみる。
そこには確かに、能力学の理論を紐解くために必要な残りの本の名前が積まれていた。
あの難解な理論を理解するために私はこれまでずっと前提知識を蓄えてきたのだ。
蓄えてきた、のだが。
「ありがとうございます。ただ……」
積まれた中からいくつかを取り出す。
この分野のもの。あの分野のもの。これは要らない。あれも要らない。
「これだけで。残りは全部、今はいいです」
「えっ?」
私の言葉にラディが目を丸くする。
「ちょっと待って。君はこれまで『能力学の理論』を理解するために勉強してきたんじゃないの? 今日はこの場所が使える最後の日なんだよ?」
「ええ。ただ、細かい過程までは把握しきれていないものの、あの本の結論が大体何を言っているかは概ねもう分かるようになったので」
「えぇ……。本当に規格外だね、君は……」
はいはい買い被り買い被り。
ラディに褒められるとなんだか普通に嬉しいのでやりにくい。
あれ? これ褒めてるか?
「それなら尚更しっかり読んだ方が良いんじゃない? 理解を確実にするためにもさ」
「はい。なので、今からこの本を読もうと思うのです。全部はもう間に合いませんから」
「えぇ……?」
ラディは混乱しているようだ。
まあ今までの知識に貪欲な私を見ていれば、今まで求めていた能力学の頂点を直前になって切り捨てる姿勢に納得がいかないのだろう。
そもそも、今腕に抱えているのは10冊ほど。
これぐらいならすぐに読み終える。
なのに、残りの時間をこの本の山に費やさないという宣言は確かに不自然だ。
「ただ、今の私には別に目的ができたので」
「?」
「協力してくれますか?」
「まあ、うん」
本を開いて、パラパラと中の内容も碌に確認しないまま、ページを捲る。
そして、お目当ての内容を見つけると、それをメモ。
これを数冊分繰り返して、メモがいっぱいになるとラディに渡す。
「では、今度はここに書かれている本を探して下さい」
「……この本は能力学の理論というよりだいぶ限定的な内容じゃないかな。どちらかというと能力の効果による物理演算とか、そういう類いの」
「それでいいんです。お願いします」
「まあ君がいいなら。おっけー」
「……なんか今日はだいぶ多いな」と呟きながら走り去っていくラディ。
私の言動に頭をかしげているようだが、そんなラディの疑念も今は後回し。
今日の予定はもう決まっているのだから。
──────────
……。
…………。
…………………よし。
「はぁ……はぁ……。持ってきたよ」
「ありがとうございます。では次を」
「……!? まだ……!?」
「と言いたいところですが。流石に無理そうですね。すみません。貴方の体力の都合を考慮していなかった。一度休憩にしましょうか」
「ああ……良かった……。ありがとう……。休憩します……」
この空間で生理的活動は必要ないが、それでも肉体的疲労はするようだ。
見たこと無いほどに息を切らしている。何もここまで張り切れとは言っていないが。
普段本を探し回っているのだから運動不足という訳でも無いだろうに。
貴方の胸板の健康的な厚さは経験済みだぞ。
まあ、最終日ということで彼は私に最大限時間を有効活用出来るように努力してくれているのだろう。
それに対しては変に考えずに、私はただ感謝を伝えておくべき。
「私こそ、ありがとうございます。こんなにも協力して頂いて」
「手伝うって言ったのは僕だから……そりゃあ当然……。でも……」
「でも?」
「いや、こんなハイペースで、かつこんなに凄い量だとは思わなくて……。いつもはゆっくり歩きながら、無理なく持てるぐらいの量だったから……」
「まあそうですね。無理なくかどうかは疑問が残りますが」
何はともあれ、彼には悪いことをした。
何せこれまでと違い、読む内容は格段に少なく、必要な本の数は膨大になったのだ。
おかげで彼が戻ってきた頃には次の本を要求するための準備が整ってしまっている。
私にとっては効率的な好循環だが、運ばされるラディにとっては重労働の悪循環でしかない。
いや。本当に悪いことしたな。後で労わねば。
「でも、すごい集中だったよ。声をかけるのが憚られるってあんな感じなんだね。今までもそうだったけれど、なんだか今日は特別に集中してる気がする」
「そうでしょうか? 自分の姿は見られないので分かりませんが」
私が全身鏡を常備するような美意識の塊だったらと思う。
そうすればいつどのような状況で、自分がどういう姿なのか客観的に見れるのに。
確か更衣室にあったな? バレないように上手く拝借できるだろうか。
「……君の中で、何か心境の変化があったんじゃないかな。それで、君は必死になってるんじゃ……」
「ふむ?」
さてはこの人。私は気にしないと言ったはずだが。
前の経験がトラウマになっているせいか、昨日の話をやっぱり私が気にしてると勘違いしてるのでは?
それで「ああやっぱり負担を押しつけてしまった……」とか考えているのでは?
「自惚れないでくださいね」
「えっなんで僕急に怒られたの」
ここは一度しっかり言っておこう。
「私は貴方の境遇や過去など、本当に微塵も気にしていません」
「……君が言うなら、そうなのかもしれないけれど」
「いいえ。貴方はまだ疑っています。いいですか?」
「私が今日一段と身を入れているのは、単に今日が最終日であるということ。そして私にできた別の目的のためです。貴方は変なことを何一つ考えなくていいのですよ」
「そ、そうなの……?」
「そうです。自意識過剰です」
「そ、そうだったのか……」
「あれぇ、そうだったんだ……」と呟くラディ。
彼の顔を染めていた疑念と恐怖が驚きと混乱に塗り変わっていく。
よし。
「そろそろ休憩は終わりでいいですか」
「まあ、多分……大丈夫」
「分かりました。待ってる間に少し量が増えたので、メモの裏にも書いておきました。忘れないように気をつけてください」
「おおぅ……」
変なことは考えなくていい。
最後の日に、貴方に新しいトラウマを抱えさせたまま別れるなんて。
少し酷な気がしますからね。
──────────
昼を少し過ぎた頃。
ようやく全ての内容をメモし終えることができた。
少し拍子抜けだな。
もう少し時間がかかることも想定していたが、案外早めに終わってしまった。
「ありがとうございました、ラディ。全てのメモが終了しました」
「はぁ、……え!? これだけで、っ、いいの……!? まだ昼、だよ……?」
「はい。お疲れ様です。もう図書館を往復する必要はありませんよ」
「っ、ああぁぁー……」
そう言ってラディはその場で崩れ落ちた。
時間をかけて、浅い呼吸がどんどん深くなり、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「ああ……多分今までで一番走ったかも……」
「本当に助かりました。これだけあれば十分ですので」
「そっかぁ。間に合ったみたいで良かったぁ……」
そういえば私も運動はそれなりにできる方だったな。
こんなに早く終わるなら最後の何周かは手伝えばよかったかもしれない。
「……ああ、そういえばさ」
ん?
「何をメモしてたの?」
「これですか? 参照の一覧です。今回は書物の中から参照文のみを探していたため、読む時間が短く、かつ要求する本の数が多くなったのです」
「……?」
あれ。分かってなさそうだ。
説明を省きすぎたか。
「貴方は言っていましたよね。難解な用語や詳細な情報はその本に直接説明が書かれるのではなく、既にその情報が記された本を参照するように書かれていると」
「うん」
「なので、ひたすら該当する本の中から参照文を探し、その本が既知の図書館のものならノートへ。未知の図書館のものならメモして、貴方に探して貰っていたのです」
「そうすると、どうなるの?」
「分かりませんか? これを繰り返せば最終的に全ての参照は既知の書物に収束します。そうなれば外の世界に存在する書物のみで未知の内容の研究が可能になるでしょう?」
「あっ、なるほど」
そう。
最終的な知識を理解するためには、いくつかの未知の書物の経由が必須になるが。
その未知の書物にある参照文をさらに繰り返し探索していけば、最終的に既知の書物に行き当たるはずだ。
これを全ての書物に対して行えば、最終的な知識を完全に理解するまでの過程に必要な前提知識を外の世界だけで準備することができる。
この図書館だけでは間に合わなかった研究を、外の世界で行えるということになる。
まあ、そのためには該当資料の捜索とそのための費用が必須な訳だが。
それぐらいは致し方ない。
なんとか自力で工面しよう。
「でもさ。どうして急に方向性を変えたの? 昨日までは能力学の理論に夢中だったじゃないか。それに、結論だけ分かればいいって言ってた君が、その過程になる研究のために時間を使うだなんて……」
む。鋭い。
「まあ、過程の情報が必要な用事ができたものですから」
「さっき言ってた別の目的のこと?」
「そうですね」
「それって一体……」
ラディの知りたがりの一面が顔を出している。
が、それを知られてしまうのは少し都合が悪い。
「秘密ですよ。これを貴方に話す訳にはいかないのです」
「え」
まあこう言っておけば彼は無理に追求しないだろう。
人の秘密を無理に暴くような人でないことはこの1週間で分かっている。
一応、念を押しておくか。
「それともまさか。貴方は人が秘密にしたがっていることを、未知の図書館を使って無理に暴くなんてことしませんよね?」
「えっでも君は散々」
「しませんよね?」
「いや、その」
「よね?」
「はい」
「よろしい」
──────────
「ということで。ご飯にしましょうか」
「え?」
何だその反応。
いつも食事を催促してくる癖に。
お腹空いてないのか?
そうか。そういえばここじゃ空かないか。
「昨日置いていった調理器具はそのままありますか?」
「うん、あそこにあるけど」
ラディが指差す場所には昨日使った調理器具がキレイに整列されて置かれている。
整列されているということは、つまりそういうこと。
中を覗けば、昨日使った痕跡が跡形も見つからないほどに使う前の姿だった。
図書館の自動で片付ける機能が働いて、勝手に器具から汚れを取り除いてくれたようだ。
よしよし。予想通り。
こういう使い方をすれば、逐一外へ洗いに行かなくて済むので非常に便利である。
もうこの機能に振り回されるだけの私ではないのだ。
さあ、さっさと準備を終えてしまおう。
「いいの?」
と思ったらラディが声をかけてきた。
「いいですよ。それほど大変でもありませんし」
「でも今日最終日だよ?」
「要りませんか?」
「欲しいです」
「最初からそう言えばいいのに」
私が直々に食事を振る舞おうと言っているのだから、施される側の人間は大人しく施しを受ければいい。
そう言ったはずだろう。
なのに何を遠慮なんか…。
…言ってない。
言ってないな。
そういえば言ってなかった。
また、自分の頭の中でだけ完結していた。
良くない癖だ。
次々と料理を並べていく。
机がないので床の上になるのが気になるが、大した問題ではないだろう。
丸ごとのローストチキン、湯気を立てる具沢山のスープ、色鮮やかなフルーツの盛り合わせ。
ご馳走の数々を絨毯のごとく床に並べ、純白の図書館に似合わない、しかし魅力的な空間を作り上げる。
「はい。できました」
「これはまた……すごい美味しそうな……」
ふふふ。
褒めても何も出ないぞ。
食事が出てるか。
失念。
「……待って。これってもしかして2人分?」
「ええそうですよ」
まあ見れば分かるか。
「私は栄養補給と空腹を満たせさえすれば携帯食でも構わないのですが。おそらく貴方は誰かと一緒に食事を取ったことが無いでしょう?」
「ま、まあ」
「ということで。せっかくですし一緒にいかがですか。貴方にはこれまで図書館を使わせて頂いた恩があります」
「……ぜ、ぜひ!」
「まさか誰かと一緒に食事を取れる日が来るなんて、夢にも思わなかったよ」
「ふふふ。ここじゃ夢なんて見ないでしょうに」
「あはは。そうだね」
私に比べて辿々しくカトラリーを扱うラディ。
これは外に出た経験が無いからなのだろう。
が、一応きちんと使えてもいる。
長いこと1人でいる内に、物語などを読んである程度のテーブルマナーでも身につけたのだろうか。
寂しさを紛らわすためや外の世界への憧れも重なって、概ねのことは体験こそしていないが知っている、という状況なのだろう。
やはり可哀想だ。
しかし、今の私にすぐさまどうにかする方法は無い。
なら、こんなこと考えるのは無意味だ。
変な思考は止めて普通に食事を楽しもう。
「これこそ『最後の晩餐』ってやつだね!」
「あら、上手いですね」
彼にとって、目の前の景色は正真正銘最後の食事に見えていることだろう。
そして、この食事はそれに相応しい豪華さを備えてもいる。
まさに最後のひと時。『最後の晩餐』とはよく言ったものだ。
こんなポジティブな意味合いで使うべきではない気もするが。
あんなに諺や格言の引用を誤用していたラディが、こんな形で完璧に比喩を使えるようになるとは。初日や2日目の頃であれば考えられなかった。
今までの彼は「知識」こそあるが「経験」が欠落していたために、学んだ言葉を日常で使うことにより彼なりに「経験」を積もうとしていたのだろう。
しかし、それでも圧倒的な対人経験の不足が原因で間違いを指摘されることがなく、誤用を繰り返していたのだ。
それが私との交流を繰り返すことで、少しずつ成長していった。
私は当初まるで指摘する気が無かったが、彼との交流を経て、知らず知らずのうちに「経験」を積ませていたのだろう。そういう意味では私も成長したと言えるのかもしれない。
しかしまあ。
仲の良い人との交流はこんなに楽しいものだったかな。
「楽しい。すごく楽しいな。この一週間で、いや。今までの人生で一番楽しい瞬間かもしれないよ!」
「そんなに楽しいですか? 私も楽しんでいますが」
「楽しいよ! だって他の人と仲良くなれて、一緒に会話ができて、一緒に食事を取れて。どれも僕が今までずっとできなかったことだから……!」
「あーあー泣かないで。そうですね、私達は仲良しですね」
ラディが目に少し涙を浮かべながら答える。私がそれを拭う。
流石に大袈裟な、とも思ったが。
それは私が知識第一すぎるだけで、彼にとっては大きなことだったのだろう。
全く同じことを繰り返すだなんて、意味が無いので好きじゃないのだが。
「喜んでもらえて嬉しいですよ。時間があればまた作ってあげましょうか」
気休めじゃない。これは私の本心だ。
彼は私の知識欲を満たしてくれたという、大きな恩がある。
そんな彼が望むなら、多少は願いを聞いてやってもいいだろう。
まあ、覚えていれば、の話だが。
「でもよくこんな時間を取ってくれたよね。君はすごく特殊な人だから。僕が君と同じ性格だったら、きっと最後の一秒も無駄にできないって躍起になって、食事なんて目もくれなかったと思うな」
「はて? 私そんな特殊でしたか?」
「えっ自覚無かったの」
何を言うか。
私はラディをよく理解したつもりだったが、彼はそうでも無いのだろうか。
ただの知識に飢える一般女学生だぞ。
一方的な理解だったとは。悲しいことだ。
──────────
いつもの時間がやって来た。
いつもの私が帰る時間だ。
「ここの扉が移動するのは、夜0時ぴったりなんだ。それを過ぎると、もうあの資料棟のあの部屋からはここに繋がらない。だから、まだ猶予はあるんだけど……」
「ええ。ただ必要な情報は集め終わりましたし、これ以上遅くなって外で怪しまれても困るので」
「そっ……か。……そうだよね。遅くなったら困るもんね」
私といられる時間が残り短いことに微かな感情を見せるラディ。
まあ、はっきりと「残ってほしい」と言わないので、そこまで強くは思っていないのかもしれない。私は人の気持ちが分かる女なのだ。
まあそれはそれで少し悲しいが。
「ほら、そんな顔をしないで下さい。気にするなと言った側が気にしてどうするんですか」
「いや、君は逆に気にしなさ過ぎな気もするけれど……。まあでも、その方が良いか。うん、そうだね」
何だその煮え切らない返事は。
言いたいことがあるならズバっと言えばいいのに。
「でも、楽しかったよ。この7日間。君は今まで会った中で一番面白い人で、一番一緒にいて楽しい人だった。色々トラブルもあったけれど、それも良い思い出だよ」
「こちらこそ。貴方のおかげで、能力学の知識がかなり進みました。おかげで私の目的は、無事達成できるでしょう」
特に問題が無ければ、の一言は飲み込んでおく。
秘密と言っている以上、私との約束を破らない限り彼はその目的を知ることは無いのだから、余計な不安要素を伝える必要も無いだろう。
「ところで、例の目的って……?」
「秘密と言ったでしょう」
「ごめんなさい」
この知りたがりめ。
「まあ、秘密を増やして貴方に忘れられるのも困りますね」
「君みたいな人を忘れることは無いと思うけど……」
「仮定の話ですよ。実際私なら1週間会っただけの人なんてすぐ忘れます」
「そっかぁ」
やはり私ほどでないにしても、ラディも好奇心が強い。
でも、そうか。それなら。
「ということで。1つ問題を出しましょう」
「ん? 問題?」
そう。問題。
「実はさっきの食事には隠し味を入れたのです。味にこそ明確な変化はありませんが、貴方と私にとって非常に大きな意味のある隠し味を」
「えっそうだったんだ」
「そして、この答えはきっと図書館にも載っていません」
「へえ…………えぇっ!?」
「そんなことってあるの!?」と混乱するラディ。
よしよし。思った通りの反応だ。
「それが私の置き土産です。これの答えを考えている内は、私のことを忘れないでいられるでしょう? 私がいない間は、それで私を思い出して、寂しさを紛らわして下さい」
「えっ、えぇ……? き、君らしいね……」
「どうも」
時間をおいてキレイになった調理器具と先ほどまで書き綴ったメモの山を鞄に詰め込み立ち上がる。
そろそろ外では完全下校のチャイムが鳴り響いている頃だろうか。
夏季休暇中にもご苦労なことである。
ラディが扉まで見送りに着いてきた。
「……じゃあね。ありがとう。楽しかったよ」
「いえいえこちらこそ。それじゃあまた」
ラディは多くを語らないし、私はさらに多くを語らない。
最後まで私達らしい会話を交わして、この出逢いはあっさりと終わりを告げる。
こうして、図書館の日々は戻らない思い出となり。
私が最も多くの知識を手に入れた7日間は、始まりと同じ扉の音で閉ざされた。
──────────
「……また1人か」
「まあいいさ。彼女との思い出を懐かしんで何年か過ごせば、いつか次の人が来るよ」
「っと、そうだ。隠し味、隠し味だ」
「あったあった。『オルテのレシピ』の本。未知の図書館にも載ってないって言ってたけれど。そんなこと……」
「……」
「……」
「……あれ? 本当に載ってない……」
【オルテ】
成長したかもしれないが本質はあんまり変わってない主人公。
明日辞めるってなったら好き勝手やっていくタイプ。
人の秘密は暴く癖に自分は秘密を作ろうとする性質の悪さを見せている。
【ラディ】
図書館にいる寂しがりな人。
帰り際や解散のときにちょっと切なくなるタイプ。
本当はオルテに残っていてほしかったが、そんなこと言えるはずもなかった。
【ラディの図書館】
既知の書物と未知の書物の全てが所蔵されているありとあらゆる知識が手に入る図書館。
物語で起こるラディ関連の問題は大体こいつのせい。ほとんど元凶。
ちなみにそれ以外の問題は全てオルテのせい。何だこいつ。