【完結】 Memoria   作:破れ綴じ

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…and then

 孤独っていうのは許しちゃいけない強敵だよ。人から幸せっていうのを奪ってしまう。

 せっかく手に入れた知識を誰とも共有できないなんて。とても悲しいことだと思うんだ。

 あんな状態にずっとなってれば間違いなく人は狂ってしまうだろうね。

 まあ多分例外はいるよ、少し前に会った女の子なんだけど。外れ値はダメ? そう……。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 あれから大体2年ぐらい経ったのかな。

 今日も僕は1人だ。

 

 

 

「これ面白かったな。なんて作家だっけ。覚えとこ」

 

 とはいえ、オルテと別れてからずっと1人だった訳じゃあない。

 偶然にも3人、ここに迷い込む人がいたんだ。

 

 まあ、うち1人は知識に執着が無くて、何でも分かってしまうこの図書館と、根本的に異様なこの空間に恐怖を感じたのか去ってしまったし。

 1人は色々知りたがりな人だったけれど、それもオルテほどではなくて。迷い込んだのも5日目だったから、あまり交流することもなく。いくつかの情報を得て満足し、去って行った。

 最後の1人は部屋を間違えたのかと勘違いして、中を一瞥したあとそのまま踵を返していった。あまりにも早業すぎて僕が声をかける隙すらも見せなかった。プロだ。

 

 

 

「久しぶりにあれ読みたくなってきたな。なんて名前だったっけな」

 

 そう考えると、やっぱりオルテは特殊だったんだろう。

 

 運よく初日に迷い込み。

 人一倍の知識欲を有し。

 あらゆる内容に精通し。

 それでいて酷く純粋で。

 口数は少なくも愉快な。

 

 もう彼女のような人に会えることは無いのかもしれない。

 未来のことは分からないので、その答えを知ることはできないけれど。

 

 

 

「そうだ。『僕が今読みたがってる本』って名前の本を探すか」

 

 1人のときはどうしても独り言が多くなってしまう。

 聞いてくれる相手がいないのだから言う必要も無いのに。

 やっぱり寂しいんだろうか。

 それとも1人だからこそ独り言が多くなるんだろうか。

 

 未知の図書館へ足を運ぶ。

 彼女と違って僕はあまり未知の図書館を使わない。

 基本は物語とかの、人の手が加わったものばかり読んでいるものだから。

 ここに来るのはどうしても欲しい、正確な情報がある時だけ。

 

 そうこうしてる間に目当ての本を見つけた。

 『僕が今読みたがっている本』の本。

 こんな都合の良い本ですらすぐ見つかるんだから便利でいい。

 これで話し相手でもいたら完璧なのに……。

 

 表紙を開けば、かつて楽しく読んでいた物語のタイトルが目に入る。

 ああ、懐かしい。こんなの昔読んだな。

 

 

 

「そういやこの本続編が出たんだっけ。先にそっちを読もうか、な……」

 

 ページをどんどん捲っていくと、一冊の本の名前が目に入った。

 僕にとっては珍しい、未知の図書館の本の名前。

 

 

 

「『オルテの現在』……」

 

 あれからというもの、僕は定期的にオルテの軌跡を本で追いかけていた。

 普段、外の世界の有名人は伝記などを読んでいる。

 ただ、オルテに関しては正確な情報が欲しいから未知の図書館で情報を得ているんだ。

 

 知識欲に駆り立てられて、暴走し、大きな怪我などしていないか……。

 知識欲に煽られて、体を酷使し、重い病気にかかっていないか……。

 研究に問題が発生し、困った事態に追い詰められていないか……。

 などなど。

 

 振り返ってみるとストーカーみたいな。

 自重した方が良いかな……。

 いやでもとにかく心配させるような猪突猛進ぶりを発揮してるオルテもオルテだよ。

 少しは心配する側の身にもなってみてほしい。

 

 それに、こうやって軌跡を追うことを咎める人はここにいないんだし。

 確かあの本を最後に呼んだのは数ヶ月前。

 今読めば、また何か進展があるかも。

 

 

 

「やっぱりオルテの本を探そう、久しぶりだし。それを読んでから他の本を探そうか」

 

 彼女は今どうしているんだろうか。

 まあその内容が何であれ。

 僕が退屈するようなものでないのは間違いないし。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 結局未知の図書館で『オルテの現在』を探してきたけれど、既知の図書館を使わずこうしたのはもう一つ理由がある。

 というのも、外の世界で現在オルテは非常に有名人となっていて、彼女の軌跡を記した書物が山ほどあるため情報の取捨選択が難しいんだ。

 どれを信じればいいかまるで分からなくて。当初は困惑したなぁ。

 

 内容に面白みを求める僕は、時に浪漫を損なってしまう可能性のある未知の図書館の伝記をあまり読みたいとは思わない。

 有名な逸話が、実は完全な嘘っぱちで、当事者はその時酒に酔って眠っていたなんてことも珍しくないんだ。そんなの浪漫が無いでしょ? 

 

 ただ、彼女に関しては、真実でさえも非常に特殊なので退屈せずに済む。

 本当に、いつになっても僕を驚かしてくれる。

 

 

 

「へえ。また新しい論文出したんだ」

 

 まず、この場所を出たオルテはあの7日間で蓄えた知識をフル活用し、能力学におけるいくつかの定説の証明に成功したようだった。

 彼女のおかげで、停滞していた能力学の歴史は1年と経たないうちに100年分進んだと言われているらしい。

 

 『複数能力における優先順位決定機構の理論的解析』

 『多重能力保持者の分類および特性に関する体系的解析』

 『後天的能力者の発生機序および特徴の分析』

 『能力発動に必要な絶対的条件の理論的検討』

 『能力発動範囲の定量的評価法の開発と適用』

 『能力発動におけるランダム性の概念とその影響の解析』

 『能力発動タイミングと意思決定プロセスの関係性の検証』

 『能力によって形成される異常空間の特性解析』

 『能力の適応的調節機構および可逆性の評価』

 『能力が及ぼす精神的悪影響に関する実験的検討』

 勿論これだけじゃない。他にも色々と。

 いくつかはあの7日間でも話題に上がった覚えがある。

 それら全ての証明はまだだけれど、このペースだとどんどん明らかになっていきそうだ。

 

 

 

 しかし、いくら最終的な結論と、それに引用される文献・資料が分かっているとはいえ、そこから独力で証明まで全て導き出すのはあまりにも至難の業じゃないんだろうか。

 これらの証明の精査には普通に1週間以上の時間がかかるそうなので、少なくとも彼女がこの場所にいたあの期間で内容を把握できていたということは無いだろうし。

 

 実際、未知の図書館からは能力学に関するいくつかの本が消え、既知の図書館にそれはもう分厚い論文の束が増えていた。ということは図書館からもオルテの論文は世界の真実として認められたということだ。すごい。

 そして、僕は彼女の論文を読んでも何も分からなかった。くやしい。

 

 彼女は自分を一般的な女学生に過ぎないと言っていたけれど、間違いなくそんなことはあり得ない。

 正真正銘、数百年に一度の天才と言って差し支えないレベルだ。

 彼女の最終目的だった『能力学の理論の構築』にはまだ至っていないけど、もしかするとそれすら時間の問題なのかも……。

 

 というか調べれば調べるほど、「オムニグロット」とか「人間スーパーコンピュータ」とか「IQ500」とか「パンサイエント」とか「学問のビッグバン」とか出てくる。呼び名なのに普通に知らない単語がある。

 ビッグバンって。まさしくオルテの登場前と後で歴史が変わってしまっている。

 

 

 

 まあ、ここまで聞けば、「オルテらしい」と思うかもしれない。

 ただ、ここで疑問になるのが、彼女がこのことを公表し、それが公式に認められているということ。

 様々な賞を総なめし、山ほどの賞金を受け取って、界隈の中でも確固たる立場を確保していること。

 

 かつて彼女は、知識が手に入りさえすればその過程に興味は無いし、他人がどういった知識を得ようとも、金銭や地位や功績すらも、全てどうでもいいと言っていたはずなのに。

 しかし、最近の彼女の話を見れば、その内容とまるでかけ離れた現在を送っていることは明らかだ。

 

 彼女にとって最終的な結論が分かっているものを、わざわざ証明し。

 それを自分以外の場所へ公表し、賞金を受け取り。

 場合によっては講義なんかも行っている。難しすぎて不評らしいけれど。

 今や多くの人々の尊敬を受け、世界的な能力学者としてその功績が認められている。

 これは一体……。

 

 総資産なんかもうとんでもない。

 普通の人間の30倍の寿命があったとしても使い切れるかどうか……ってぐらいに。

 

 

 

 彼女の論文は当然ながら、証明に至るまでの過程が事細かに記載されている。

 まあ過程の無い中身をすっ飛ばしただけの意見など通用する訳ないだろうし、当然と言えば当然なんだけど。

 でも、今までの彼女なら、自分の知る真実が他人にとって通用するか否かなどどうでもよかったはず。

 

 この心変わりはどうしたのか……とも思ったけれど、それについて調べる気はない。

 だって、彼女は「過程の情報が必要な用事ができた」と言っていたから。

 きっとこれは彼女の言っていた「別の目的」のためなんだろう。

 

 そして、その内容は「秘密」だとも言っていた。

 「未知の図書館で無理やり暴くなんてしませんよね?」とも強く念押しまでされた。

 そう言われてしまえばこちらとしても、「何故?」を調べようとは思わない。

 

 彼女は大きく変わったみたい。

 その内容はあくまで考察するにとどめ、僕が死ぬまでの暇つぶしの一つとしよう。

 あれだけ楽しい時間をくれた彼女に報いるためにも。

 そうすべきだと僕は思ったんだ。

 

 

 

 ちなみに。

 「隠し味」についても未だ答えが分かっていない。

 

 これも大きな謎だ。

 実際に調べて未知の図書館では分からなかったんだから。

 これはどうしたことだろう。

 どんな真実も記すこの図書館で分からないことなんて……。

 

 これは彼女にとっての私に対する挑戦状なのだろう。

 おそらく『当時の彼女の考え』のような本を探せば真意は分かるが、それは何だか負けた気になるのでしたくない。

 でもやっぱり気になるし……。

 

 彼女は『この答えを考えている内は、私のことを忘れないでいられるでしょう?』と言っていた。

 正直なところ、彼女を忘れられる日なんて来るとは思えないけれど。

 もし、どんなことがあったとしても、「彼女のことを忘れない」と断言できる時がくれば、その時に答えを調べることにしよう。

 

 そう思って、いよいよ最後の、つまり一番最近のページを捲る。

 果たして、今この瞬間の彼女はどうなっているのか……。

 

 

 

「えっ」

 

 研究者辞めてる……。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 目を覚ます。

 昔の夢を見ていたようだ。

 昔といっても、2年前だし、まだ私は18になったばかりなのだが。

 

 目が覚めれば眠気は無い。

 寝ぼけるなんて時間の無駄でしかないのでする気はない。

 ベッドから降りて、さっさと着替えるに限る。

 

 ふと、周りを見れば乱雑な背景。

 私にとってはものが一番取りやすく、一番邪魔にならない最適な配置。

 

 

 

 だが。

 もしここにラディがいれば「片付けないと」と言うだろうし。

 もしここがあの図書館なら勝手に片付けられてしまうだろう。

 私は片付けが苦手であると自覚しているので。多分そうなのだ。

 正直信じられないが。

 

 とりあえず好きな味のドリンクを手に取り、お気に入りの部屋着に着替えて、好みのレコードをかける。

 この姿を見ればラディは驚くだろうか。あの頃はあまりにも余裕を欠いていて、そんな素振り見せなかったから。

 私だって美味しいものは味わうし、オシャレに興味だってあるし、好きな音楽では踊りたくなる。ただ全部知識欲には勝らないというだけで、私は昔からずっとこうだ。

 

 直情的な感情に歯向かうのは良くないぞ。

 余裕がない時の私は本当に良くなかった。

 気楽に好きなことしながら生きていく方がよっぽど良い。

 そのためにも、今日も私は活動を開始する。

 

 

 

 私の人生を変えることになったあの7日間からなんやかんやあって。

 今や私が研究者を辞めて早半年の月日が流れた。

 

 辞める時はかなり大変だった。

 上の人間も同期も後輩達に至るまで全員、引退反対コールのオンパレード。

 やれ「その才能を終わらせるにはあまりにも惜しい」だの「君がいれば能力学はさらに大きく変わる」だの「先輩がいないのにどうやって進めるんですか」だの。

 

 中には「知識欲第一の貴女がどうして今の環境を手放すんですかー……?」と聞いてくる人もいた。

 どうしても何も、他に目的があるからだが。

 逆にどうして私のことがそんなに気になるのだろう。

 

 そもそも私がこれまで能力学のあらゆる説を証明できたのは単に最終的な結論を知識として知っていたからに過ぎない。答えが分かっていれば誰であろうと、その過程の部分など少し苦労するだけでいずれ分かるだろう。

 一体私に何を期待していたのか。ただの一般研究者だぞ。

 

 栄誉だか功績だか色々も称賛を受けているが、真に素晴らしいのは私に知識を授けたラディとあの図書館であって私ではない。

 そんなもの私に与えるべきではないし、私自身受け取る気もない。

 受け取るのは金銭だけで十分だ。

 

 

 

 ともかく。

 色々面倒だったので、後々の研究やら私が専用で使っていた機材やらデータベースやらは、私によくついてきて、手伝おうとしていた後輩達に丸投げした。

 何故か私限定で聞き分けの良い後輩達だった。今頃あたふたしつつ息の合った動きで引継ぎを進めてくれているだろう。

 そういえばいつかどこかで彼女達と既に出会っていたような……。

 

 まあそんなことはどうでもいいか。

 今日も今日とて作業の続きをしなくては。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 よし。

 大部分の理論構築は済んだ。

 ここまでくれば後は計算だけだ。

 暗算しながら、他の用事も済ませてしまうか。

 

 

 

「財布と、鞄と、あとは……」

 

 研究者を引退してから、私は貯まりに貯まった金をじゃんじゃん使い、もっと交易の盛んな国に住居を移した。

 

 両親には驚かれたが、もう自立していい年頃であることを主張し、どうしても成し遂げたい目的があることを懇々と説き続けた結果、諦めたような顔で「端から私達にお前を止められるとは思っていない」「好きに生きればいい」「ただたまにだけでいいから連絡だけ寄越してくれ」との許可を承った。

 よく思い出せば説得する前から若干諦めていたような顔だったかもしれない。

 私のことをよく理解してくれている両親だ。満足。

 

 とりあえず、今まで育ててくれた礼として貯金の半分は2人にそのままプレゼントした。

 額を見た2人はもっと驚いていた。

 大袈裟だと思う。半分だぞ。

 

 

 

「ああ、あとマスクと眼鏡か。何処やったっけ」

 

 これまでの行いによる一番のデメリットは私の顔が世界に広く知られてしまったことだ。

 資金集めのために仕方なかったことではあるが。

 

 そのため、食料品や日用品の買い出しにも逐一変装しなくてはいけない。

 一般人なら気にしないだろうが、研究職で私を知らない人間はいないらしいので。

 見つかるや否や私に研究者としての復帰を懇願してきて鬱陶しいことこの上ない。

 

 面倒だなぁ。なんとかならないかなぁこれ。

 そのうち、ここが特定されて人が訪ねてきたりもするんだろうか。

 嫌だぞ。この国は他国への移動という点で高い利便性を誇るため離れたくないのだ。

 

「あったあった。ああ、これでやっと出かけられる」

 

 

 

 今日の目的は食料の買い込みだ。

 特定の店に通い詰めていると顔を覚えられるリスクがあるため、毎回別の店で買い物をしている。もしも私の顔を知っている誰かがいて、変に噂になってしまっては敵わないので。

 

 あれと、これと。

 ああ、そうだ。あれも買えばあのメニューと同じ内容になる。

 最終日にラディと一緒に食べたあのメニュー。

 懐かしいな。今日の夕食はあれにしようか。

 流石に多すぎるのでかなり控えめなサイズ感にはなるが。

 

 それならいくつか香草と香辛料がいるな。

 どこにあるんだろう。

 

「すみません。少しいいですか?」

「あ、はいお客様! 何かお探しですか?」

「はい、いくつか欲しいものが」

 

 

 

 あっ。

 店員に声をかけた瞬間に脳内の同時並行で処理していた暗算が終わりに近づいてきた。

 

「……お客様? どうかしましたか?」

 

 待って。今いいとこだから。

 ちょっと集中させて。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 見える。計算式が収束する。

 結果が思い浮かんでくる。

 

「その、どこか具合が悪かったり……」

 

 ……。

 …………。

 ………………! 

 

「あ、いえ」

「っあ、ああ! びっくりしました! お客様、急に黙っちゃうので。何かあったのかと……」

 

 見えた。

 はっきりと。

 大まかに検算もしてみるが、特におかしな結果も出力されない。

 これは来たか? 目標達成の最後の一歩となるか? 

 

 

 

 と、ああ。

 店員を呼んでいたんだった。

 

「すみません、少し暗算をしていて」

「はい?」

「問題ありません。今丁度終わりました」

「……??」

「では、香草と香辛料がどこにあるか教えて貰えますか?」

「???」

 

「え、と? こちらです?」

 

 どうして疑問形なのだろう。

 ものを尋ねたのは私なのに。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「これで全部か」

 

 家の荷物から必需品と食料を全部鞄に詰め込む。

 日持ちしないが、計算から出力された座標は然程遠くない位置だったため問題ない。

 その気になれば今日中にも着くだろう。

 

 手元には何枚かメモを。

 座標も再度完全に計算し直したが、結果は変わらなかった。

 なら、私の導出した理論と途中式に問題が無い限りこれで確定だろう。

 

 今日でこの家ともお別れかもしれない。

 まあ失敗だったときの保険として、しっかり鍵はかけておく。

 当分戻らないかもしれないが、一応私の家なので。

 上手くいかずに帰って来たときはまたこの家に世話になろう。

 

 だが、もし成功した場合は。

 その時はこの家も用済みだ。

 後で売りに出して、中の置いていった荷物ごと煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 

 

 

「ということで。到着」

 

 座標が指し示す場所は廃墟だった。

 立入禁止の看板もあったが、少し周囲を回れば入れそうな穴があった。

 この建物を管理している人間はもう少し管理を努力すべきだろう。

 

 まあ、努力したとしても私は無理矢理侵入するが。

 つくづく私は廃れて草臥れた建物に縁がある。

 

 

 

「確か、3階の廊下突き当りに誰かが使ってた部屋があって。と、ここか」

 

 調べによれば、この中にもう一つ部屋があったはず。

 

 おや。

 扉に鍵がかかっている。もう誰も使っていないくせに。

 ここを最後に使った人間は何故鍵なんかかけて出たのだろうか。

 私が入れないじゃないか。

 

 

 

 ……ついさっき、似たようなことがあった気が。

 

 まあいいか。

 昔興味があってピッキングを練習したことがある。

 その要領でいけば問題無いだろう。

 

「ほら、開いた」

 

 ぬるい。

 いつまでもこんな旧式のラッチを使っているからこんなことになる。

 もし失敗だったときはここのセキュリティの不備を管理者に教えてやるか。

 鞄から扉に咬ませる用途の厚紙を取り出して、一扇ぎした。

 

 

 

 扉を開ければ、何年も使われていないためかむわっと埃の舞う風が私を撫でた。

 木製の壁には本棚が建て付けられており、これまたいつのものか分からない資料が並んでいる。

 何だかいつぞやの旧資料保管棟を思い出すぞ。懐かしい。

 

 そして部屋の奥には調べ通りもう一つ扉が。

 こちらには鍵がかけられていないようだ。

 とりあえず開けてみたが中には何も無い。

 老朽化のせいか、扉はやけに軽かった。

 ここは物置用の部屋として使われていたのだろうか。

 どうでもいいが。

 

 さて。

 せっかくここまで来たのだ。

 これで何の成果も無しでは肩透かしもいいところ。

 また、一から理論立てて計算を組み立てるのは面倒なので、ここで終わらせてほしい。

 

 

 

 物置部屋の扉(仮)の前に立つ。

 ちょっと緊張してきたな。

 鞄から手鏡を取り出して軽く見た目のチェック。

 

「あ、あ、あ。あー、あー、あー、んん」

 

 一応声の通り具合を確認し。

 気持ち程度に身嗜みを整え。

 荷物を下ろして背を伸ばす。

 

 返事など返ってくるはずもない誰もいない物置。

 ボロボロで、強く押しただけで壊れそうな扉。

 荘厳さなど微塵も感じられない煙たい匂い。

 

 それでも私は、2年ぶりの期待を込めて口にした。

 

 

 

「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」

 

 そして、扉をノック。

 本来逆だが、こうでもしないと中の人にノックは聞こえないはずなので。

 

 

 

 お。

 

 扉の奥からドタドタと慌てたような音が聞こえてくる。

 良かった。合っていたか。

 

 ああ、良かった。

 いやはや長かった。

 2年もかかってしまった。

 だが、ようやく。

 ようやく。

 

 

 

『い、います。ど、どうぞ中へ……』

 

 扉の奥から困惑したような声が聞こえる。

 

 ノブに手をかけた。

 さっきとは比べ物にならないしっかりとした手応え。

 

 ああ。

 ああ……。

 ああ……! 

 

 

 

 扉を開けば、今も記憶に新しいあの異空間が目の前に広がる。

 そして。




【オルテ】
目的のためなら余裕で現状を捨てられる主人公。
人との会話中に平気で別の事考え出すタイプ。
2年経ったが相変わらずヤベー女から変わっていない。

【ラディ】
図書館でいつも通り本を読んで暮らしている人。
内容が良ければ多少の真偽については目を瞑るタイプ。
「経験」する相手がいないので、孤独なときは諺や格言の引用をしなくなる。

【オルテの上司・同僚・後輩】
「オルテの研究についてこれている数少ない有能な人材」とも呼ぶ。
オルテを引き留められなかったため、また能力学を100年分停滞させてしまうという責を負わされてしまった。彼らが何をしたって言うんですか。
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