The motto   作:苗根杏

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大土麻琴の追想 motto
前編 風に吹かれて


 この世には、理屈で説明できない事が沢山ある。ぬ〜べ〜のOP前のナレーションにある通り、目に見えない闇の住人がいると言われるくらいには、見ることのできない、科学では証明できない、そんな事が山ほどあるのだ。

 

 例えば、マーフィーの法則。雷に打たれた時の致死率。ブラックホールの果て。プラシーボ効果のメカニズム。ぬ〜べ〜や鬼太郎に出てくる妖怪、また宇宙人やUMA。

 

 こと現代での、演者間における『ゲキバトル』なんかも──。

 

 さて、話は変わるが、演技において一番大切なこととは何か、諸君は知っているだろうか。

 

 それは、自分が楽しむことだ。

 

 こと、俺のようにコメディをよくやる演者にとっては、重要度はさらに増すというもの。コメディ系の台本は、やる側の楽しむ姿勢を客側にさらけ出すことで、客の没頭度も上がる。

 

 エゴ全開で楽しむ、自分自身がまず楽しむ。これが大事だ。

 

 土曜日、午前8時。年明け間もない1月初頭、冬休み。空気の冷え込む朝だ。

 

 今日は冬休みに行われる、江戸川区の高校の演劇部すべてが合同で行うワークショップの最終日。

 

 当然、演劇部などというふざけた連中の九割は絶対にサブカル系のオタクなので、ニチアサだのリアタイだの何だのという言葉が四方八方から耳に入る。

 

 確かに俺も深夜アニメはリアタイしたい。仮面ライダーやプリキュアをリアタイで、掲示板やツイッターで実況しながら見たいという気持ちはとてもよく分かる。

 

 前に見慣れた白の大きなパーカー。同級生の柊 麗紅(ひいらぎ-れいく)だ。奴は家に同じパーカーを十着ほどストックしている。令和のスティーブ・ジョブズだ。

 

 ジョブズは、一々服を選ぶ時に思考を割き、ストレスが溜まるという現象に対して同じ服を持つという解決策を出した。しかし柊は、普通にファッションに興味が無さすぎていつも同じような私服になってしまうらしい。

 

 それこそ、一週間のうち5日は制服というユニフォームが決められている、高校生という身分が、アイツにとっては生きやすいのかもな。

 

 自分に性別が無いのは、理解もデリカシーもない奴らが多く蔓延るこの世では、まだまだ生きづらそうだが。

 

「うーっす、おはよーございやーす」

「おはよ〜っ……うわ、何その寝癖!」

 

 柊が、高い声で驚く。驚いたから高い声なのではない。元々声が高めで、合唱で言うところのアルトくらいの声域なのだ。

 

 頑張ればフォーリミくらいなら歌えるらしい。頼む、その声帯をくれ。俺だってフォーリミや髭男を余裕たっぷりに歌いたいんだ。

 

「ごめん、朝はウィリーだの何だので忙しくて」

「ウィリー!? モーニングルーティーンが気になる! 大泉洋か何かなの!?」

「え? その、まずはトイレ行くじゃん」

「うん」

「あと屋上でたそがれた後、壁にスプレーで落書きするじゃん」

「……ん?」

「靴のまま浴槽に入って、したらバイクでウィリーするじゃん」

「えっ?」

「で、タバコ吸ったら自分の腹にこう的を書いて……」

「えっ!? この人、モーニングルーティーンがGTOの一番最初のOPだ!?」

「ラルクいいよな〜」

「確かにいいけど、僕じゃなかったら突っ込めなかったよ……?」

 

 冬のワークショップは、区民ホールの小ホール側を貸し切って行われる。始まるまでは少し余裕があるが、屋外で待っていればそのうち手先が壊死する。暖房の効いたホールのロビーへと入ることとした。

 

 柊は切れ長の目をマッシュの前髪から覗かせ、自販機を探す。なまじ広いホールなものだから、間取りというか、構造をまだ覚えていないのだろう。

 

「あったかい飲み物欲しいな」

「あっちにあるぞ、自販機」

「えっ、ホント?」

 

 トイレに向かう、ゆったりとした下り坂に、自販機はある。

 

「お、パピコ売ってるぞ」

「買わないよ。確かにレアだしアガるけどね、アイスの自販機。誰がこんな真冬にパピコなんて食うのさ」

「俺は食うぞ。今」

「正気……? あと20分で集合だよ?」

 

 俺は笑いながら「ゆっくり食うぞ。チキンレースだ」と言う。

 

「誰が見るの、ひたすら高校生がパピコ食べるだけの小説。伸びるわけないじゃん」

「いいや、2ページほどやる!」

「ドラえもんのくろうみその回じゃん」

 

 よく覚えてるな、ひみつ道具まで。

 

 柊が温かいココアを探している横で、俺はいつも飲んでいる、ぶどうのジュースを見つける。

 

 せっかく自販機の前まで来たんだし、今のうちに買っておこうと思い小銭を入れ、ボタンに手を伸ばす。

 

 その手に、何かがぶつかった。

 

「おっと」

 

 それは、とうてい俺と同じ生物とは思えないような手だった。

 

 こう書くと神話生物にでも遭遇したかのような冒涜的で宇宙的恐怖を感じさせるようだが、実際、そこに居たのはニャルラトホテプを彷彿とさせる人物だった。

 

 APPにして18。何を考えているのか分からない瞳。かの名子役、白鷺千聖のように貼り付けられたかにも思える笑顔。

 

「フフ……失礼、子犬くん」

「……子犬ゥ……?」

 

 この女を、俺は知っている。美しい紫紺の長髪をまとめたポニーテールを見ても、なまじ女とも言いきれぬ中性的な顔。柊よりも5センチほど高いであろう身長。

 

 間違いない、実際に話すのは初めてだが、去年の秋の地区大会でその名前と演技は見たことがある。

 

 人呼んで『荒唐無稽の一人芝居』、『魅せて魅せられルネサンス』、『シェイクスピアの伝道師』などなど。平成も終わろうかという時に、古典演劇を好む、贋作マクベスの主人公のような女。

 

 この演者の名前は『瀬田 薫』。演技の型は俺の『自分100%型』の真反対、『自分0%型』。いわゆる憑依演者だ。『演劇人のオーラ』は薔薇色。おめでたい奴だ。

 

「……ども」

 

 俺を子犬呼ばわりする奴は、お前が初めてだ。まあ、こいつの性格上、単にファンネームとして呼んでいるだけかもしれないが、俺はそれを一旦『この大土 麻琴(おおつち-まこと)様への挑発』と取った。

 

 こいつの『オーラ』に触れていると、なんだか闘牛のウシみてーに、無性に『演りたく』なっちまう。何なんだ、この演劇人特攻の媚薬のような『演劇人のオーラ』は。

 

 こんなの、来年度で2年目になるが初めてだ。江戸川区はもちろん東京、いや関東でも感じたことがない。やはり、ただの演者ではない。

 

 しゃがんで自販機からココアを取った柊が、立ち上がった瞬間から、後ろで細い悲鳴を漏らす。

 

「棒に当たったとでも思って忘れろ。『大型犬』」

「……おっと……これはまた、激しい甘噛みだね」

「どっちだよ」

「あ、いや、キミの方が……」

 

 ああ、これはあんまりお互いの話が噛み合ってないな。

 

「ちげえよ。激しいのか甘噛みなのかどっちかって言ったんだよ。あんま説明させんな」

「フフ、そうだね。説明のしすぎは美しくない。儚くない」

「そうだとも。儚さを強調したいなら、説明しすぎは逆効果だ」

 

 こいつ、ホントに初対面の人にもそういう感じなんだな。噂通りの変な奴。うちの姉貴の影響でも受けてんのか? 

 

 薫はその隙にとばかりに、ボタンを押してぶどうジュースを手に取る。

 

「ちょ……麻琴……!?」

「ンだよ」

「なに喧嘩売ってるの! 相手はあの瀬田薫サマだよ!?」

「おや、そこの子……ん? キミは……」

「あ、どちらでも大丈夫です。子犬でも、子猫でも」

 

 薫は性別によって使い分けている呼び方に、どちらでもいいと言われた瞬間、その意味を察してすぐに「そういうことか。まあ、最近はそこの差なんて大したものではないからね」と微笑む。

 

「さすが薫サマぁッ! 新しい時代に適合してる!」

「こればかりは本当にさすがだな、みんなの王子様だ」

 

 素直に感心してしまった。まあ、確かに柊の性別なんて、うちの部員の誰も知らないしな。そういう人間がいたっていい。

 

 出会ってからすぐに、性別について聞くのは無神経だと感じ取って、直接聞いてはいなかったが、やはり柊は自分の性別について言及して欲しくないと言うよりかは、どちらでもいいという派らしいな。

 

 男に見えるなら男でいい。女に見えるなら女でいい。自由に見ていい、そういう奴なのだ。多分。

 

 そういう意味で言うと柊は、この江戸川区で一番自由な人間かもしれないな。

 

 そして、これは同じく今初めて聞いたが、薫にサマとつけている。こいつはそこそこに薫を尊敬しているらしいな。手を差し出し、えへえへと笑いながら握手を求める柊。

 

「あっ、握手いいですか……」

「スペシャルサンクスだよ」

「ありがとうございます! えっと、B班でしたよねっ」

「ああ、見逃さないようにね」

「もちろんですよっ!! へへ、にへへっ」

 

 なんつー笑い方だ。見たことないぞ、お前のそんな笑顔。

 

 とっておきのファンサをした薫は、「では、また」とこちらに手を振って去っていく。

 

「はぁっ」

 

 柊は、珍しく肩で息をつく。

 

「薫サマ、いつ見てもすっごいね……というか、『演劇人のオーラ』の……なんというか、変な感じ。あと、直径が大きいよね」

「ああ」

 

 あれ程にまで強く、そして変な焦燥感というか、心の奥をくすぐられて飛び上がりそうな『オーラ』は初めてだ。あれだと、顔の良さが逆に不気味なくらいだ。

 

「だが、演技力そのものは全国にいるバケモノにゃあ満たない」

「ま、まあ本物のバケモノっているからね……じゃあ、あのスゴ味はどこから出てくるの?」

 

 意外にも食い下がらない柊を前にして、俺はこう続ける。

 

「大事なのは『自信』だ」

「じ……『自信』っ?」

 

 おいおいテキトー言ってんじゃあないだろうな、ってな具合で、柊は俺の顔を覗き込む。俺は買いそびれたぶどうジュースのある自販機の前まで歩く。

 

「同じレベルの演者が舞台に立った時、自信がない時とある時では、演技力の発揮のされ方、傍目からの見え方共に全く違うだろう?」

「まあ、確かに自信なんていくらあってもいいよね。この業界で今後もやっていくなら……」

「あのバカは、演技力も高い。しかし、アイツがバカたりうる最大の人格におけるバグ、それが圧倒的な自信。あの自信のおかげで、アイツは全国大会でも演技賞を受賞している」

「ほぉ〜……」

 

 俺の背中に向かって、柊は感心のため息をつく。それと、恐らく飲もうとしたココアに対しての「あちっ」という声も。お前、極度の猫舌なんだから冷ませよな。

 

「見た目がいいのもあるがな」

「王子様〜! って感じだもんね! とにかくカッコイイ!」

 

 カッコイイ、か。俺はどちらかといえば、『美しい』が第一印象だったな。リボンの騎士に出てくるサファイアのような凛々しさがあって、ありゃあ人気も出るよなって感じだった。

 

 なんせ俺の姉貴も元演者だが、それと同系統の演者で、そして大人気だったからな。彼女の持て囃されようを見ても、だろうな、としか思わん。どこか姉貴に似ているその麗しさを思い出し、俺は舌打ちをする。

 

 宝塚風味の見た目の演者というのは、そもそもの母数が少ない。その時点で彼女はレアだ。

 

 しかし、その見た目で宝塚系かそうでないかを問わず、一本芯の通った自分の演技がきちんとできる演者なんてのは、少なくとも今の高校演劇界の上澄みでは見たことがない。

 

 俺は小銭を入れ、ぶどうジュースのボタンを押そうとするが、そのボタンは赤く光っている。

 

「はあ……?」

 

 もはや舌打ちをする気にもなれん。ため息のような疑問符が口からストレートに出てくる。

 

 あのヤロー。売り切れ直前ギリギリビリッケツ、最後の一本を買っていきやがったな。御坂美琴のように自販機を蹴りそうになってしまう。

 

 そうだ、自販機は悪くない。アイツが悪いのだ。自販機、ごめんな。モノに当たるのは最低だ。

 

 本当に最低なのは、人の欲しかった飲み物をまんまと持っていくことだ。クソが。

 

 あれっ。というかアイツ。

 

 俺の金でジュース買ってなかった? 先に金入れたの、俺だよな。お釣りなしのピッタシ150円、アイツにドロボーされた。

 

 クソが。火事とケンカとドロボーは確かに江戸川区の花だが、実際に見るのは今日が初めてだ。

 

 世界じゃそれを犯罪者と呼ぶんだぜ。最低のサンボマスターだ。盗みだして走ってく。

 

「ボケカスゥ〜〜〜ッ」

「え、何。罵倒と共に座り込んで」

 

 仕方ない。俺はもう一度硬貨を入れ、ぶどうジュースの隣にある缶ジュースを買う。オレンジ味だ。

 

 ボタンを押して、下でガコンッと音がする。指を離すと、そのボタンは赤く光っていた。おいおい。ここら一帯を担当してるダイドーはストライキでもしてるのか。

 

 まあ、気にしないでおこう。まさかこのジュースを買いたい奴が、売り切れでガッカリするなんていう負のループなんて発生しないだろうしな。

 

 柊に「そろそろ行くか」と告げる。俺は妥協の入った缶ジュースを混ぜるために振りながら小ホールへ向かう。

 

「げっ!」

 

 そんな声が聞こえたのは、先程まで俺がいた方向。振り返ると、俺の記憶が確かならば隣の高校──確か四十本(あいもと)高校とかいう、そこそこの強豪校だ──の演者が大袈裟な声をあげていた。

 

 少しすると、こちらと目が合う。自販機に片手をつきながら、そいつはハッとする。

 

「……お前……」

 

 そうつぶやくのが、微かに聞こえた。睨みつけるように俺のオレンジジュースを見ている。

 

 その演者が示す片手の指の先には、俺の手にあるジュースが売り切れ表示を出している。

 

 なんとなく察しがついたぞ。

 

 負のループが成立した。俺らは互いに尻尾を噛み合うウロボロスだ。

 

「あ……ごめんな、その、違うんだ。ウロボロスなんだよ」

「何が違う? ン? ……え、ウロボロス?」

「いやあ、こっちの話。ハハ……」

「ワケわかんねーこと言ってんじゃあないぞ」

 

 互いに大会で存在は知っているのか、陰キャ揃いの演劇部員どうしにしては、話すところまではシームレスに動く。

 

「……あっちに『舞台がある』ぜ」

「えっ!? ほ、本気!?」

「…………」

 

 彼の言葉に、柊は飛んで驚く。

 

「ちょ、麻琴!? ダメだよ、本気にしたら!」

「売られたケンカだ」

「それでこそ。こっちも切った啖呵だ」

「へへ」

 

 学生演者の中で、最近流行っている隠語。『舞台がある』。これはいわゆるケンカの誘いのようなもの。

 

 指された方向、まあ大体は人目につかないような所で、即興演劇(エチュード)をしようという意味だ。即興演劇をすれば、演者のおおよその実力は分かる。

 

 そういったケンカの意味も含めた、ストリートでの即興演劇。名前はそのまんま、『路上即興演劇(ストリート・バトル)』。全く、ろくでもない文化だ。きちんと舞台でバトルをしてこそ、慎ましく生きる演者の道だと言うのに。

 

「ふぅん」

 

 こんな地の文とは裏腹に、俺は制ジャージの腕をまくっていた。

 

「案外にノリがいいな、貴様」

「なあに。朝の発声練習だ」

 

 火事とケンカとドロボーは、江戸川区の花だからな。

 

「あぁ〜っ……もう! 僕は参加しないからね!」

 

 頬を膨らませる柊が、かわいいと不意に思ってしまったその時、小走りでこちらに来るポニーテールが見えた。いや、ポニーと言うにはあまりにも凛々しい。サラブレッドテールくらいの風格だ。

 

「薫!?」

 

 何故、また戻ってきた。ややこしくなるだろう。

 

 薫は俺たちの荒ぶる『演劇人のオーラ』を見て、何となく察したのか、その場で止まってひと息ついてから落ち着いた声を出す。

 

「……朝から随分と元気じゃあないか」

「テメェ何のつもりだ! 笑いに来たのか!?」

「そうだそうだ! 笑いに来たんだろ!」

 

 俺とオレンジくんが交互に口を出す。

 

「麻琴はあの人の敵なの!? 味方なの!?」

 

 柊が困惑しているが、ここばかりは彼の味方だ。この王子様のせいでややこしい事になったんだからな。

 

「いや、私は単にキミのお金を返しに……」

「まあ何でもいい! 元はお前が撒いた種だ!」

 

 俺はつかつかと歩き、薫の手を取り、ニヤリと笑いトイレ前の広い空間に歩くオレンジくん──オレンジジュースが好きそうだったから付けた仮名──の方へと向かう。

 

 薫は逃げる気もないらしい。最初こそ少しの困惑が見られたが、今ではすっかり余裕の表情だ。

 

 先程、俺は演技力のみでは全国に点在するバケモノには適わないと言ったが、それに関しては比べる相手がバカみたいな演技力を持ったヤツらだっただけだ。

 

 普通にそこらで『路上即興演劇』をやる分には、ここら一帯の演劇ジャンキーどもをまとめてひねり潰せるくらいの実力はあるつもりだ。

 

「『路上即興演劇』において、参加者は無制限。いいよな?」

「……元から破天荒ルールの戦いだ。認めよう」

 

 俺らはそれぞれ違う腹積もりを抱え、人気のないトイレ前に来た。奥からはチラリと柊が覗いている。推しの生演技と、同僚の勇姿を近距離から見届けろよ。

 

 勝負をするからには、ハナから負けるつもりなどない。完膚なきまでに叩きのめして、朝のいい練習として使わせてもらう。

 

 3人で、観客席側である方向と登場する順番を決め、袖である左右にランダムに散らばる。今回は俺が下手、残り二人が上手。

 

 俺らでさえ忘れがちだが、『路上即興演劇』と大袈裟に言えども、普通の即興演劇。ここは普通に、至って普通に決めるもの。

 

「……行くぞ」

「いつでもオーケイだぜ……!」

「やれやれ。本当に元気だ」

 

 薫は胸に手を当てる。そして、静かにこうつぶやく。

 

「かのシェイクスピアはこう言ったね。『運命とは、もっともふさわしい場所へ、貴方の魂を運ぶ』──」

 

 それをいい前口上だと思ったのは、俺もオレンジくんも同じだった。かくして、向かい合った俺らは同時にこう叫ぶ。

 

「「いざ!! ゲキバトル、界演ッ!!』』

「……つまりは、そういうことさ』

 

 

 

舞台:江戸川区民文化ホール

→花畑・日付のない墓標

形式:路上即興演劇

 

ゲキバトル 界演

 

 

 

 

 tips.『ゲキバトル』

 

 大会ならば、その日に行われた全ての舞台に上がった演者が一緒くたで。今回のようなワークショップであれば、ひとつひとつの舞台の演者で。

 

 その演者どうしが、自校他校関係なく脳内のイマジネーションを駆使して、演者にしか存在しないシナプスを通り脳内の『ゲキバトル細胞』を直結させて戦う。

 

 言わば、演技力での戦いを『直接的な肉体どうしの命懸け一本勝負』として可視化したのが『ゲキバトル』。演者しかその存在を知らぬ、脳内のお花畑での戦争である。

 

 

 

 

 気がつくと、そこは大会や学園祭でも見た、『ゲキバトル』特有のフィールド。現実味のない、どこまでもだだっ広いフィールドだ。

 

 今回は、花畑。遠くに風車や見慣れぬ針葉樹、さらに遠くに山も見える。地面には花が咲き、そこに俺らを中心として円形に、半径100mほどの花のない原っぱが広がっている。

 

 咲いている花は、パンジーやチューリップ、コスモスなど節操がない。少なくとも季節感が現実世界とは違い、春から秋にかけてのどこかだと言うことしか分からぬ、異国情緒さえあるような場所だ。

 

 気に入った。俺は足元にある『杖』を拾う。こいつが俺の武器だ。

 

『へぇ、似合わねーな』

 

 いつの間に見つけて、いつの間に近づいてきたのか。俺の真横にいるオレンジくんが低い声で囁く。

 

 気持ち悪い。耳が性感帯だから余計に。俺は攻撃ではなく囁きに反応し、跳ねて距離をとる。

 

 オレンジくんが持っているのは、太刀。甲斐青沼高校の『蛇崩 神楽(じゃくずれ-かぐら)』を含めた多くの演者が使う、オーソドックスな武器だ。

 

『見た目は随分とメルヘンだ』

『ッ……よく、言われる』

『だろーな』

 

 嘲笑うオレンジくん。なんでもいいだろ、別に。姉貴が魔法のホウキを使ってたから、それになぞらえた武器にしたかったんだよ。

 

『私は、いいと思うよ』

 

 後ろから、薫の声。こちらに向かってくるので、俺は杖を持っていない方の片手を真横に伸ばす。来るな、のハンドサインだ。

 

『どきな』

『でも、キミは……』

 

 因縁をつけられて、なんて言うんだろ。いいんだよ、別に因縁と言うには、あまりにも俺の行動が原因すぎるし。

 

 それに。

 

『ははッ』

『……っ』

『演りたがってンのさ……俺の中の、演劇魂がッ!!』

 

 なにせ、都大会から1ヶ月半。こういう本気を振り絞る場がなかったもんだから、ガスが溜まっちまってしょうがなかったんだ。

 

『活きのいい!』

『どの口がァッ!!』

 

 

梅田サイファー

『KING』

 

 

 彼が太刀をぬらりと鞘から出す。完全に出し切った時、姿が消えた。

 

 足音の方角に杖を両手で持ってかざすと、案の定、俺に向かって刃が降りかかる。木製の杖と、玉鋼の新刀の鍔迫り合い。何故か火花が散るのは、イマジネーション世界故のご愛嬌。

 

『はははッ! いいねェ! いい速さだッ!』

『……君、笑ってるのかい……?』

 

 少し引いたような声をあげる薫に目もくれず、俺は杖に力を込める。やがてそのエネルギーは、先端の丸い水晶玉へと集まる。

 

 さて、どの技でいこうかな。“99(きゅーじゅきゅうッー)”で追いつくか、それとも“夏はそこにあって、少女はここにいる。でも僕はどこにもいない。”で分身してみるか。

 

 いや、今の気分はとにかくド派手にって感じだ。俺がそう決めると、先程まで透明だった水晶玉は、みるみるうちにピンクになる。

 

『行くぜ』

『ッ!?』

 

 遅れて光に気づいたのか、彼は目だけで水晶の方を見る。だが、時すでに遅しってやつだ。

 

 襲い来る太刀を杖でいなし、俺は彼が至近距離に迫ったタイミングでこう言う。

 

『“ファンシー・P・I・N・K・タイフーン”ッ!!!』

 

 すると、爆風。

 

 同時に辺り一面は、ショッキングピンクの爆煙に包まれる。

 

『こーいう戦い方、できちゃうんだよねェ』

 

 ドヤ顔の俺の数十メートル先に、煤けたような土化粧をしたオレンジくんが見えた。

 

 彼は太刀を左右に振り払い、刀身についた土汚れを落とす。

 

『爆風、爆煙……だけか?』

『ああ。世界一優しい爆弾だ』

『……珍しい。魔法か?』

『そうなんじゃね? 俺にも分からねーけどさぁ〜〜……』

 

 原理が分からないのは本当だ。分かるのは、俺がイマジネーションから成るエネルギーを送ると、杖の先にある水晶玉に液体のように貯まること。そして、それを消費して魔法の技が撃てること。

 

 傘を持って燥ぐ小学生よろしく、棒回しの真似事をし、俺は杖を胸の前で構える。

 

『こいつで、アンタは倒せちゃいそうじゃねーか?』

『やってみろォッ!!』

『はは……ッ!』

 

 俺は片手で軽く印を結ぶ。本当に軽く。人差し指と中指を立て、ニンニン的なやつだ。NARUTOのような複雑なものではない。

 

 同時に彼は地面を蹴り、先程と同じく驚異的なスピードでどこかに飛ぶ。

 

 しかし、すぐには斬りかかってこないようだ。四方八方で、土が蹴られる音と、移動音が聞こえる。

 

『なんて儚い……フフッ、目で追えないような速さだね』

『薫、お前も一応は俺の敵なんだぞ?』

『巷では私に、“荒唐無稽の一人芝居”、という二つ名がつけられているそうだね』

『質問に答える気はないのか? お前……』

 

 そう言う薫は、なんだか盛大に嘯いているような顔だった。

 

 彼女の服は、こちらの世界に来てから大きく変わっている。俺がジャージのまま、オレンジくんが自校の制服であるのに対して、薫は私服とも思えぬ派手な服になっていた。サーカスにでも出るのかってくらい。見世物側で。

 

 白を基調とした、スーツスタイル。演劇の衣装と言うよりかは、迷走したV系のような、カラフルな差し色。胸元からは、これまた色鮮やかな飾り羽根が飛び出している。

 

 この世界での服装は人それぞれだが、ここではやはりといったところか、派手派手に瀬田薫は立っている。演者の個性など、いくらあっても困らないが。

 

『もとは私も原因の一端。ひとまずは、降りかかる火の粉を前に共闘といこうじゃあないか』

『ちょっとは裏切りとかも疑えよな』

『かのシェイクスピアは……』

『あ、今シェイクスピアさんの名言はいいんで』

『……儚い』

 

 何がだよ。

 

『名言でないなら……『戯曲』はどうかな?』

『え、やるの? この場で、“オセロー”とかを?』

『いいや?』

『……は?』

『まあ、見ていれば分かるよ』

 

 何が? 怖いんだけど、この人。その戯曲をまんま演じるというわけではないらしいが、彼女の真意は果たして。

 

 どっちにしても、俺は有名どころの『シェイクスピア四大悲劇』である、『リア王』、『ハムレット』、『マクベス』、『オセロー』くらいしか知らないぞ。あとは定番の『ロミジュリ(ロミオとジュリエット)』あたりか。

 

 俺が呆れているうちに、気づけば手ぶらだった薫の手には、レイピアがあった。

 

 服と同じような、アイボリーに近い白。刀身は象牙やイッカクの角に似た色と材質だった。

 

『私たちの演じる喜劇にふさわしいのは……季節も丁度いい。“冬物語”だ』

 

 何を言っているのか分からない。俺はふと、くしゃみが出てしまう。

 

 口をおさえる手の上に、冷たい感覚。見ると、水滴が乗っていた。この世界で雨が降ることは、特に珍しくない。やっている劇がシリアス・悲劇に近づくと、よく起こる現象だ。

 

 空を見ると、何故か少し明るく見えた。白の色が多かったからだ。

 

『これは……』

『雪か!?』

 

 どこかを走っているオレンジくんの声も聞こえてきた。そう、雪。本来この時期に相応しい、粉雪である。

 

『さあ、行くよ。世界で一番、嫉妬と狂気の渦巻く喜劇の幕開けだ』

 

 薫がレイピアを片手にそうキメた途端、どこからともなく強風が吹く。

 

 

椎名林檎

『罪と罰』

 

 

 俺は杖を思わずもっていかれそうになり、慌てて両手で掴み直す。そしてそれを花畑に突き刺し、老人のような姿勢でそれに掴まる。

 

 突然、周りの木を揺らすほどの、下にある土すら荒れ狂うほどの風が吹いてきたという点では、ある意味での突風かもしれない。雪を伴っているので、突風+吹雪で突吹雪だ。

 

 高速移動をしていたオレンジくんは、俺たちの目の前で動きを止める。地面に太刀を刺しながら。どうやら、こうしているのが精一杯なほどらしい。

 

 王子様のような風格に、俺は在りし日の姉を重ねていた。そう、まだ身体のどこも悪くなかった、全盛期の姉貴を。

 

『……強ぇーッ……』

『シェイクスピアの描いた喜劇や悲劇……その全てが、私の『武器』だよ』

 

 くそっ、なんだよ。

 

 柊の言う通り、カッコイイとこあるじゃあねーか。

 

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