『バラダギ』
『……ンだよ』
光良さんが、立ち尽くしたバラダギ先輩に声をかける。すると、先程攻撃されてから数分も経っていないのに、血まみれで立ったまま、こちらを向いて応える。
『うわ、もう復活してる……』
柊は、あまりの無茶苦茶な回復ぶりに引いている。
『それと、お前らにも話がある』
『なんですかなんですか』
『村野さやか?』
俺の肩に顎を乗せた柊が、抱きつきながら言う。ちげえよ。確かに言ってるイメージあるけどさ、さやかさん。
光良さんは三節棍『狙いうち』を、壊れそうなほどに握りしめて言う。
『オレにも
武器を握っていない方の手を見て、光良さんは目をつむる。
『アイツと、まだ手を繋げていない』
『おっ……おお……?』
『……おっとぉ』
少し引く俺らにも構わず、光良さんは『キスもしていない』と続ける。
『な、るほ……ど……』
思ったよりも俗っぽいというか、まあ、彼らしくない欲望。それに俺はおろか、その場にいる全員が1歩だけ後ずさりしてしまう。
『引くな』
『引いてない引いてない』
『ただ、ちょっと……意外というか』
バラダギ先輩と俺は、慌てて言い訳を口にする。
『オレにだって、恋愛欲求はある』
『ええ? このカチコチサイボーグに?』
『違うところがカチコチになる欲があるって?』
『案外にも色恋沙汰がカギになるかもね? 山科っ』
『ああ。演劇には必要のない邪念かと思っていたが、今回ばかりは原動力として有効かもしれんなぁ』
『お前らなあ……』
ニヤニヤしながら揶揄う、柊と部長。いつの間にか美優と山科も横にいる。
しかし、麗赤はバリアを全開にしてみんなを守ってるし、部長も羽根のファンネルで応戦している。
恋バナを聞きたいだけかもしれんが、少なくとも光良さんのことは全員が応援している。
部長に負けず劣らず、この人も人望があるなあ。
『っし……やるか』
柊は指を鳴らし、ガッシュを従える清麿のように意気揚々と指をさす。
『麗赤!!』
『やったるわよ〜ん! “シャム・シェイド”!!』
走り出す麗赤の手を、光良さんは握って止めようとする。が、彼女に触れると気が触れることを思い出し、大きい声で引き止める。
『待てッ!!』
『ききーっ! な、何よ!』
口で音を出しながら、麗赤がブレーキをかけて止まる。
『下手に気を狂わせれば、足止めどころか暴走が激化する』
それを聞いた麗赤は『一理あるわ』と言いながら消え、代わりに麗翠が出てくる。
『せめて僕みたいに、サポート重視の方がいいでしょうよォ』
『た、確かに……』
光良さんは、『暴走……とは、勝手に能力が出ることもそうだが、自在に能力が出せないのもそうだ』と冷静に言う。
『アイツのもうひとつの能力……言わばユニークスキル。それが今、封印されている』
『もうひとつの……』
『……能力……?』
ハッと気づく俺と同時に、光良さんは自分の頭を指し、『ココだよ』と言う。
『能面だ。それが解放されれば、勝ち目は無い』
古織は今、ふたつある能力のうちのひとつ、氷を出す能力だけが暴走している。その氷の能力だけを打破すれば、暴走も解除されるって寸法だ。
『つまりは、氷のうちに解かしちまえばいいんだろう……?』
山科はグリッドマンキャリバーで古織を突き刺して動きを止めながら、そうボソッと言う。
炎が必要ってわけか。まずいな、俺は炎系の技は持っていない。よくて爆煙だけ。ただダメージを与えるだけでは回復されてしまうのは、先程の戦闘で分かっている。
全員がまとまって古織の攻撃から逃げ回り、頭の中に、氷を解かし尽くす豪炎を思い浮かべる。そして。
『あっ!!』
全員がほぼ同時に気づく。この場に今、もっとも必要な人間は、現在かおちゃんと戦っているであろう、虹ヶ咲学園で一番アツい男だ。
結論は、彼女の良き友人であり、メタクリーチャー。言わば邪王門に対する単騎連射マグナムだ。
バラダギ先輩は、その結論に至るやいなや、先程かおちゃんと花火が向かった山の中へと足を向ける。
『俺が呼んでくる』
『バラダギ!』
しかし光良さんは、一転して泣きかけみたいな声でバラダギ先輩を制止する。
先輩にしか、こちらに背を向けた光良さんの顔は見えない。が、『ンだよ。行ったら寂しいか?』という先輩の軽口に、ゆっくりと光良さんは首を横に振る。
『……アイツの力を、借りるのか……』
『はぁ〜……お前なあ、そんなこと言ってる場合か?』
力を借りること込みでさっきの言葉を口にしたんじゃあねーのかよ。先輩はそんな事を浮かべているのか、呆れた顔で、俯く光良さんのもとにしゃがんで目を合わせてやる。
氷の弾と、各々の防戦一方といった技が飛び交う中、光良さんは肩を震わせてライバルを呼ぶのをためらっていた。
『だが!』
『エゴに呑まれた奴から、アイツみたいになるんだろ』
『!!』
先輩の口調は、怒っているようなものではなく、あくまで優しく諭すようなものであった。
彼のこんなに優しい声は、俺も初めて聞いた。
『エゴは乗りこなすもんだ。暴れ馬みてーにな……先輩として、道を示せ。光良』
『…………いいのか。引退試合、なんだろ』
『いいも悪いも、その引退試合をメチャクチャにされてんだよ』
光良さんは肩の震えが激しくなり、腕で目をおさえてへたり込む。彼の男泣きを見て、俺はバラダギ先輩の肩に手を置く。
『お願いします。先輩』
『おう! 任せとけッ』
そう笑うバラダギ先輩の、なんと眩しかったことか。俺はふと思いついた言葉がそのまま口から出る。
『……この人も、光だな……』
光良さんは、必死に言葉を紡ぎ、先輩の足にしがみつく。
『バラダギ。頼む……花火を、連れてきてくれ』
先輩は『言えたじゃねえか』と満足そうに言い、腕を組んで叫ぶ。
『紅葉!!! みんな!!! ここを頼んだッ!!! 株式会社『何がなんでも』取締役、原田木燦迅!!! いってきます!!!』
『変な会社を起業してる!? いってらっしゃい!!』
────────
『花火ー!! どこだーッ!!』
『…………』
ああ、この声は。バラダギ先輩か。なんだ、俺を探しに来たのか? 薫さんではなく?
すまないですね。今は、あんたの相手を出来そうにないです。
『なッ……』
バラダギ先輩が俺の視界に入る。
俺は木を背にへたり込み、薫さんのレイピアを喉元に突きつけられていた。息も絶え絶え、やれやれ。これじゃあどちらにしろ、あと数分も保たないかもな。
俺らの戦いで平均的な温度は上がり、周りの木は花を咲かせている。気づかなかったが、この森一面の木は桜だったようだ。
『もう、私たちの
『はは、参ったな……やっぱり……強いや……』
薫さんは、最初の笑顔を崩さないまま、レイピアを持っている側の負傷した腕の部位をおさえる。
床についた手が冷たい。薫さんの能力だろうか、と下を見ると、地面が氷漬けになっていた。大したもんだ。
氷の上に、桜の花弁が落ちる。見回せば、木そのものから凍っている桜も少し見かけられる。異様な光景だ。
『キミも強かった』
『光栄でさあね……』
説得力、ねーよ。全力の俺をここまで追い詰めといてよ。
バラダギ先輩は、薫さんよりも、俺よりもよっぽど血まみれのくせに、ピンピンとしているようで。俺のみっともない姿を見て、こちらに駆け寄る。
そして、アメリカンクラッカーの紐をこちらに投げ、カウボーイのように俺を捕らえて引き寄せる。
『先輩……手合わせなら、ちょっと……待ってくださいねェ……息が、切れてて……』
『お前……それ……』
『……ククク……なんて顔ォ、してンですか……バラダギ先輩……』
俺がいなくなってキョロキョロと見回す薫さんは、俺を抱えて睨むバラダギ先輩を見つける。
『おや、キミは……あの時は世話になったね。感謝してるよ』
そう言いながらも、レイピアは手放していない。どころか、その鋒をこちらに向け、ずかずかと歩いてくる。
が、バラダギ先輩は『……丁度いい』と言い、目のすぐそばまでレイピアを近づけられても、怯むことなく笑う。
『お前の大好きな、麻琴の所に連れて行ってやる。手を合わせて感謝しながらついてこい』
『……まーちゃんの所に?』
薫さんの笑顔が、一転、シリアスな王子様的しかめっ面に変わる。レイピアはすぐに下ろされた。
何を察したかは知らないが、『何かあったのかい』と深刻そうな声で聞く薫さん。それにバラダギ先輩は、こちらに向かってきた道筋を振り返って言う。
『氷室古織と戦っている。麻琴だけじゃねえ、光良やユリース、山科に麗紅もだ。他の奴らだって、逃げながらも必死に生き延びてる。あそこはもう試合の場ではない。怪獣の現れた悲劇の舞台だ』
薫さんは、その言葉に驚きを隠せなかった。もちろん俺だって。
古織と戦っている、だと? というか、ユリースとか山科とかっていうのは本当か? 俺の記憶が正しければ、確か所属は成田だよな?
『ふむ、子猫ちゃん達が……』
『暴走しているんだ。あそこには敵も味方もない、ただ……氷室古織を倒し、ゲキバトル世界をもとに戻すために……』
怪獣が現れた悲劇の舞台、ね。そんな状況を変えることができるのは、俺の知る限りただ1人だと思うけどな。
俺の二つ名が
俺はいてもたってもいられず、思わず先輩の手の中から飛び出し、誰よりも乗り気に足踏みする。
『早く教えてくださいよッ、そんなアツい場所!』
『……お前、なんか思ったよりもピンピンしてんな……?』
『いいや、そんなはずは……先程まで虫の息だったじゃあないか』
やべっ。そういう『テイ』だったっけな。
少しの静寂の後、薫さんがため息をつく。
『不意打ちを企んでた、ということかい?』
『まあまあ』
『お前、薫に負けず劣らず強かだな』
『いけないカバさんだ……後でお仕置きだね』
『ありがとうございます』
『ドMがよ……』
呆れた目でこちらを見るふたりに、俺は両手を上げて、自分の負けを認める。
なんにしろ、この場は薫さんの勝ちだ。
『……次は容赦しないでもらいたいね』
『長く楽しみたかったんです、許してください』
薫さんは、俺の肩に手を置いて、いたずらに笑う。無邪気な笑顔だ。演劇が絡むと、少し子供っぽくなるのが薫さんという人間だ、と部長は言っていたな。
よく分からんが、さっさと行くぞ。そう言うバラダギ先輩は、指を鳴らして叫ぶ。
『叉紋!! “フェアレディZ”ッ!!』
すると、白く丸さの目立つスポーツカーが叉紋される。日産の有名な車だ。ミラーが小さく、狭い座席は2人乗りだ。
イカした車のボンネットをぽんぽんと叩き、先輩は。
『これで行くぞ』
『……運転、できるのかい?』
『いいや、全く。機構は知ってるけど。お前は?』
『生憎、馬術しか心得ていないんだ』
『なんで出したんだ……』
ドヤ顔しといてそれかよ。あと薫さん、ホントに馬に乗れるんだな。
バラダギ先輩は、運転を諦めて車の上に、十三代目石川五右衛門のように乗って、走るしかないのかと唸る。
仕方ないな。俺は服で血に濡れたメガネを拭き、運転席に飛び乗る。ふたりはそんな俺を見て、まさか、と驚いている。
『走るしかないんでしょう』
『え、いけるのか』
『ゲーセンのイニDならやった事があります。乗ってください』
『……安心していい、ということだね?』
『めちゃくちゃ不安だぞ、俺は』
マニュアルだよなあ、やっぱり。確かめっちゃ古いもんな、親父が生まれてすぐくらいのモデルだよこれ。
鍵はこっちで、このレバーは……よし。とりあえず前進はできるな。
『かかったね』
『え? 策に?』
『エンジンだろ』
『フフ……んふふっ』
俺の軽口がツボに入る薫さん。
『ちゃんと笑っちゃってるじゃない』
『素の笑い方、可愛いな』
気づけば、薫さんとバラダギ先輩、そして俺・花火という奇妙な組み合わせの間にあった、張り詰めた空気感は、そこそこ軽いものになっていた。
『安全かつ飛ばせ。命は命を守るものだ』
『ナム・ジャラ・ラタック!』
俺は片目を隠すタイプの、ジルクスタン式の敬礼をして、アクセルをベタ踏みする。
『ちょっ、飛ばしすぎだ!』
だって、困ってるんでしょう。みんなが。だったら飛ばさない理由は無い。ほい、2速。
俺は森の中を、木をかわしつつドリフトしつつ、とフェアレディZを走らせていく。
『喋らないでください! 舌噛みますよ!』
『スピード違反は……ゲキバトルには無いからね……』
どこか元気の無い薫さんの声に俺はハッとし、チラッと助手席を見る。すると、顔の色がスティッチくらい真っ青だった。
馬には乗れるのに、車の乱暴な運転にはめっぽう弱いんだな。
『乗り物酔いはあるようですね』
『すまない、袋を……』
そんな余裕は無い。だから吐く前に着いてみせる。
『ギア4〜』
『あっ、バカ!!』
『うっ』
左からは弱々しい王子様の、らしくもないナヨナヨとした声が。頭上からは振り落とされそうな先輩の、腹から出ているうるさい声が。
仕方ないなあ。俺はラジオだかカセットだか、あるいはCDだかを流す用のプレーヤーのボタンを押す。
『じゃ、気が紛れるように音楽流しときますね』
『ますます荒っぽくなるだけだろーッ!!』
『さ、叉紋……“エチケット袋”……』
『え! 普通に出たんだけど、袋! えっ、アリなんだなそういうの!?』
『なんでもありすぎる貴方のセリフじゃあないでしょう』
『一番自由なのはバラダギさんだね……うっ、う……』
『そうかなあ……あ、背中さするぞ』