The motto   作:苗根杏

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#5 桜の花、舞い上がる道を

 

 

『バラダギ』

『……ンだよ』

 

 光良さんが、立ち尽くしたバラダギ先輩に声をかける。すると、先程攻撃されてから数分も経っていないのに、血まみれで立ったまま、こちらを向いて応える。

 

『うわ、もう復活してる……』

 

 柊は、あまりの無茶苦茶な回復ぶりに引いている。

 

『それと、お前らにも話がある』

『なんですかなんですか』

『村野さやか?』

 

 俺の肩に顎を乗せた柊が、抱きつきながら言う。ちげえよ。確かに言ってるイメージあるけどさ、さやかさん。

 

 光良さんは三節棍『狙いうち』を、壊れそうなほどに握りしめて言う。

 

『オレにも(エゴ)がある』

 

 武器を握っていない方の手を見て、光良さんは目をつむる。

 

『アイツと、まだ手を繋げていない』

『おっ……おお……?』

『……おっとぉ』

 

 少し引く俺らにも構わず、光良さんは『キスもしていない』と続ける。

 

『な、るほ……ど……』

 

 思ったよりも俗っぽいというか、まあ、彼らしくない欲望。それに俺はおろか、その場にいる全員が1歩だけ後ずさりしてしまう。

 

『引くな』

『引いてない引いてない』

『ただ、ちょっと……意外というか』

 

 バラダギ先輩と俺は、慌てて言い訳を口にする。

 

『オレにだって、恋愛欲求はある』

『ええ? このカチコチサイボーグに?』

『違うところがカチコチになる欲があるって?』

『案外にも色恋沙汰がカギになるかもね? 山科っ』

『ああ。演劇には必要のない邪念かと思っていたが、今回ばかりは原動力として有効かもしれんなぁ』

『お前らなあ……』

 

 ニヤニヤしながら揶揄う、柊と部長。いつの間にか美優と山科も横にいる。

 

 しかし、麗赤はバリアを全開にしてみんなを守ってるし、部長も羽根のファンネルで応戦している。

 

 恋バナを聞きたいだけかもしれんが、少なくとも光良さんのことは全員が応援している。

 

 部長に負けず劣らず、この人も人望があるなあ。

 

『っし……やるか』

 

 柊は指を鳴らし、ガッシュを従える清麿のように意気揚々と指をさす。

 

『麗赤!!』

『やったるわよ〜ん! “シャム・シェイド”!!』

 

 走り出す麗赤の手を、光良さんは握って止めようとする。が、彼女に触れると気が触れることを思い出し、大きい声で引き止める。

 

『待てッ!!』

『ききーっ! な、何よ!』

 

 口で音を出しながら、麗赤がブレーキをかけて止まる。

 

『下手に気を狂わせれば、足止めどころか暴走が激化する』

 

 それを聞いた麗赤は『一理あるわ』と言いながら消え、代わりに麗翠が出てくる。

 

『せめて僕みたいに、サポート重視の方がいいでしょうよォ』

『た、確かに……』

 

 光良さんは、『暴走……とは、勝手に能力が出ることもそうだが、自在に能力が出せないのもそうだ』と冷静に言う。

 

『アイツのもうひとつの能力……言わばユニークスキル。それが今、封印されている』

『もうひとつの……』

『……能力……?』

 

 ハッと気づく俺と同時に、光良さんは自分の頭を指し、『ココだよ』と言う。

 

『能面だ。それが解放されれば、勝ち目は無い』

 

 古織は今、ふたつある能力のうちのひとつ、氷を出す能力だけが暴走している。その氷の能力だけを打破すれば、暴走も解除されるって寸法だ。

 

『つまりは、氷のうちに解かしちまえばいいんだろう……?』

 

 山科はグリッドマンキャリバーで古織を突き刺して動きを止めながら、そうボソッと言う。

 

 炎が必要ってわけか。まずいな、俺は炎系の技は持っていない。よくて爆煙だけ。ただダメージを与えるだけでは回復されてしまうのは、先程の戦闘で分かっている。

 

 全員がまとまって古織の攻撃から逃げ回り、頭の中に、氷を解かし尽くす豪炎を思い浮かべる。そして。

 

『あっ!!』

 

 全員がほぼ同時に気づく。この場に今、もっとも必要な人間は、現在かおちゃんと戦っているであろう、虹ヶ咲学園で一番アツい男だ。

 

 結論は、彼女の良き友人であり、メタクリーチャー。言わば邪王門に対する単騎連射マグナムだ。

 

 バラダギ先輩は、その結論に至るやいなや、先程かおちゃんと花火が向かった山の中へと足を向ける。

 

『俺が呼んでくる』

『バラダギ!』

 

 しかし光良さんは、一転して泣きかけみたいな声でバラダギ先輩を制止する。

 

 先輩にしか、こちらに背を向けた光良さんの顔は見えない。が、『ンだよ。行ったら寂しいか?』という先輩の軽口に、ゆっくりと光良さんは首を横に振る。

 

『……アイツの力を、借りるのか……』

『はぁ〜……お前なあ、そんなこと言ってる場合か?』

 

 力を借りること込みでさっきの言葉を口にしたんじゃあねーのかよ。先輩はそんな事を浮かべているのか、呆れた顔で、俯く光良さんのもとにしゃがんで目を合わせてやる。

 

 氷の弾と、各々の防戦一方といった技が飛び交う中、光良さんは肩を震わせてライバルを呼ぶのをためらっていた。

 

『だが!』

『エゴに呑まれた奴から、アイツみたいになるんだろ』

『!!』

 

 先輩の口調は、怒っているようなものではなく、あくまで優しく諭すようなものであった。

 

 彼のこんなに優しい声は、俺も初めて聞いた。

 

『エゴは乗りこなすもんだ。暴れ馬みてーにな……先輩として、道を示せ。光良』

『…………いいのか。引退試合、なんだろ』

『いいも悪いも、その引退試合をメチャクチャにされてんだよ』

 

 光良さんは肩の震えが激しくなり、腕で目をおさえてへたり込む。彼の男泣きを見て、俺はバラダギ先輩の肩に手を置く。

 

『お願いします。先輩』

『おう! 任せとけッ』

 

 そう笑うバラダギ先輩の、なんと眩しかったことか。俺はふと思いついた言葉がそのまま口から出る。

 

『……この人も、光だな……』

 

 光良さんは、必死に言葉を紡ぎ、先輩の足にしがみつく。

 

『バラダギ。頼む……花火を、連れてきてくれ』

 

 先輩は『言えたじゃねえか』と満足そうに言い、腕を組んで叫ぶ。

 

『紅葉!!! みんな!!! ここを頼んだッ!!! 株式会社『何がなんでも』取締役、原田木燦迅!!! いってきます!!!』

『変な会社を起業してる!? いってらっしゃい!!』

 

 

 ────────

 

 

『花火ー!! どこだーッ!!』

『…………』

 

 ああ、この声は。バラダギ先輩か。なんだ、俺を探しに来たのか? 薫さんではなく? 

 

 すまないですね。今は、あんたの相手を出来そうにないです。

 

『なッ……』

 

 バラダギ先輩が俺の視界に入る。

 

 俺は木を背にへたり込み、薫さんのレイピアを喉元に突きつけられていた。息も絶え絶え、やれやれ。これじゃあどちらにしろ、あと数分も保たないかもな。

 

 俺らの戦いで平均的な温度は上がり、周りの木は花を咲かせている。気づかなかったが、この森一面の木は桜だったようだ。

 

『もう、私たちの輪舞曲(ロンド)は終わりだね。寂しいよ、カバさん』

『はは、参ったな……やっぱり……強いや……』

 

 薫さんは、最初の笑顔を崩さないまま、レイピアを持っている側の負傷した腕の部位をおさえる。

 

 床についた手が冷たい。薫さんの能力だろうか、と下を見ると、地面が氷漬けになっていた。大したもんだ。

 

 氷の上に、桜の花弁が落ちる。見回せば、木そのものから凍っている桜も少し見かけられる。異様な光景だ。

 

『キミも強かった』

『光栄でさあね……』

 

 説得力、ねーよ。全力の俺をここまで追い詰めといてよ。

 

 バラダギ先輩は、薫さんよりも、俺よりもよっぽど血まみれのくせに、ピンピンとしているようで。俺のみっともない姿を見て、こちらに駆け寄る。

 

 そして、アメリカンクラッカーの紐をこちらに投げ、カウボーイのように俺を捕らえて引き寄せる。

 

『先輩……手合わせなら、ちょっと……待ってくださいねェ……息が、切れてて……』

『お前……それ……』

『……ククク……なんて顔ォ、してンですか……バラダギ先輩……』

 

 俺がいなくなってキョロキョロと見回す薫さんは、俺を抱えて睨むバラダギ先輩を見つける。

 

『おや、キミは……あの時は世話になったね。感謝してるよ』

 

 そう言いながらも、レイピアは手放していない。どころか、その鋒をこちらに向け、ずかずかと歩いてくる。

 

 が、バラダギ先輩は『……丁度いい』と言い、目のすぐそばまでレイピアを近づけられても、怯むことなく笑う。

 

『お前の大好きな、麻琴の所に連れて行ってやる。手を合わせて感謝しながらついてこい』

『……まーちゃんの所に?』

 

 薫さんの笑顔が、一転、シリアスな王子様的しかめっ面に変わる。レイピアはすぐに下ろされた。

 

 何を察したかは知らないが、『何かあったのかい』と深刻そうな声で聞く薫さん。それにバラダギ先輩は、こちらに向かってきた道筋を振り返って言う。

 

『氷室古織と戦っている。麻琴だけじゃねえ、光良やユリース、山科に麗紅もだ。他の奴らだって、逃げながらも必死に生き延びてる。あそこはもう試合の場ではない。怪獣の現れた悲劇の舞台だ』

 

 薫さんは、その言葉に驚きを隠せなかった。もちろん俺だって。

 

 古織と戦っている、だと? というか、ユリースとか山科とかっていうのは本当か? 俺の記憶が正しければ、確か所属は成田だよな? 

 

『ふむ、子猫ちゃん達が……』

『暴走しているんだ。あそこには敵も味方もない、ただ……氷室古織を倒し、ゲキバトル世界をもとに戻すために……』

 

 怪獣が現れた悲劇の舞台、ね。そんな状況を変えることができるのは、俺の知る限りただ1人だと思うけどな。

 

 俺の二つ名が究極千両役者(ウルトラ・マン)ってこと、知ってて言ったな? 先輩。あなたの思惑通りだ。俺、今めっちゃくちゃに古織と戦いたいぜ。

 

 俺はいてもたってもいられず、思わず先輩の手の中から飛び出し、誰よりも乗り気に足踏みする。

 

『早く教えてくださいよッ、そんなアツい場所!』

『……お前、なんか思ったよりもピンピンしてんな……?』

『いいや、そんなはずは……先程まで虫の息だったじゃあないか』

 

 やべっ。そういう『テイ』だったっけな。

 

 少しの静寂の後、薫さんがため息をつく。

 

『不意打ちを企んでた、ということかい?』

『まあまあ』

『お前、薫に負けず劣らず強かだな』

『いけないカバさんだ……後でお仕置きだね』

『ありがとうございます』

『ドMがよ……』

 

 呆れた目でこちらを見るふたりに、俺は両手を上げて、自分の負けを認める。

 

 なんにしろ、この場は薫さんの勝ちだ。

 

『……次は容赦しないでもらいたいね』

『長く楽しみたかったんです、許してください』

 

 薫さんは、俺の肩に手を置いて、いたずらに笑う。無邪気な笑顔だ。演劇が絡むと、少し子供っぽくなるのが薫さんという人間だ、と部長は言っていたな。

 

 よく分からんが、さっさと行くぞ。そう言うバラダギ先輩は、指を鳴らして叫ぶ。

 

『叉紋!! “フェアレディZ”ッ!!』

 

 すると、白く丸さの目立つスポーツカーが叉紋される。日産の有名な車だ。ミラーが小さく、狭い座席は2人乗りだ。

 

 イカした車のボンネットをぽんぽんと叩き、先輩は。

 

『これで行くぞ』

『……運転、できるのかい?』

『いいや、全く。機構は知ってるけど。お前は?』

『生憎、馬術しか心得ていないんだ』

『なんで出したんだ……』

 

 ドヤ顔しといてそれかよ。あと薫さん、ホントに馬に乗れるんだな。

 

 バラダギ先輩は、運転を諦めて車の上に、十三代目石川五右衛門のように乗って、走るしかないのかと唸る。

 

 仕方ないな。俺は服で血に濡れたメガネを拭き、運転席に飛び乗る。ふたりはそんな俺を見て、まさか、と驚いている。

 

『走るしかないんでしょう』

『え、いけるのか』

『ゲーセンのイニDならやった事があります。乗ってください』

『……安心していい、ということだね?』

『めちゃくちゃ不安だぞ、俺は』

 

 マニュアルだよなあ、やっぱり。確かめっちゃ古いもんな、親父が生まれてすぐくらいのモデルだよこれ。

 

 鍵はこっちで、このレバーは……よし。とりあえず前進はできるな。

 

『かかったね』

『え? 策に?』

『エンジンだろ』

『フフ……んふふっ』

 

 俺の軽口がツボに入る薫さん。

 

『ちゃんと笑っちゃってるじゃない』

『素の笑い方、可愛いな』

 

 気づけば、薫さんとバラダギ先輩、そして俺・花火という奇妙な組み合わせの間にあった、張り詰めた空気感は、そこそこ軽いものになっていた。

 

『安全かつ飛ばせ。命は命を守るものだ』

『ナム・ジャラ・ラタック!』

 

 俺は片目を隠すタイプの、ジルクスタン式の敬礼をして、アクセルをベタ踏みする。

 

『ちょっ、飛ばしすぎだ!』

 

 だって、困ってるんでしょう。みんなが。だったら飛ばさない理由は無い。ほい、2速。

 

 俺は森の中を、木をかわしつつドリフトしつつ、とフェアレディZを走らせていく。

 

『喋らないでください! 舌噛みますよ!』

『スピード違反は……ゲキバトルには無いからね……』

 

 どこか元気の無い薫さんの声に俺はハッとし、チラッと助手席を見る。すると、顔の色がスティッチくらい真っ青だった。

 

 馬には乗れるのに、車の乱暴な運転にはめっぽう弱いんだな。

 

『乗り物酔いはあるようですね』

『すまない、袋を……』

 

 そんな余裕は無い。だから吐く前に着いてみせる。

 

『ギア4〜』

『あっ、バカ!!』

『うっ』

 

 左からは弱々しい王子様の、らしくもないナヨナヨとした声が。頭上からは振り落とされそうな先輩の、腹から出ているうるさい声が。

 

 仕方ないなあ。俺はラジオだかカセットだか、あるいはCDだかを流す用のプレーヤーのボタンを押す。

 

『じゃ、気が紛れるように音楽流しときますね』

 

 

宮本浩次

『冬の花』

 

 

『ますます荒っぽくなるだけだろーッ!!』

『さ、叉紋……“エチケット袋”……』

『え! 普通に出たんだけど、袋! えっ、アリなんだなそういうの!?』

『なんでもありすぎる貴方のセリフじゃあないでしょう』

『一番自由なのはバラダギさんだね……うっ、う……』

『そうかなあ……あ、背中さするぞ』

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