The motto   作:苗根杏

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後編 彼女の大切なもの

 演じること、演じる者を見ること。それに魅せられた者は皆、演劇人。たとえそれが、オキニのジュースが売り切れていたことでケンカをふっかけてくる奴であろうとも。

 

『ふ、2人して小癪なマネをッ……』

 

 相性最悪の攻撃をくらい、オレンジくんは半ばウンザリ気味に立ち上がる。

 

 足元には、少し積もった雪。俺らの頭上には、未だに粉のような細かい雪が降り続けている。

 

 奴の構えは、一度太刀を鞘へと納刀し、右手を柄に添え、大股で腰を落としているものだった。かの剣戟浪漫譚『るろうに剣心』に出てくる斎藤一の牙突を彷彿とさせる、身体を相手側ではなく真横に向ける構え。

 

 独自流の『居合切り』と見た。

 

『行くよ。子犬くん』

『命令すんなッ! 俺のやりたいようにやる!』

『フッ、それもまた儚い……』

『終わったらその『儚い』の意味を聞かせてもらおうか!? どういう時にどういう風に使うんだよ、それ!』

 

 俺は、いかんいかん! 彼女のペースに乗せられては! とかぶりを振って、杖を構える。

 

『だったら、ここで倒れる訳にはいかないね……?』

『ッ……』

 

 耳は性感帯なんだよッ。俺は反射的に、薫の方に溜めていた力を解放する準備をしてしまう。つまり、薫に杖を突きつける。

 

『近いんだよッ!!』

『おっと危ない』

『“天使のスピード”ォ!!!』

 

 杖の先から、デカめの街路樹くらいには太いビームが出る。しかし、さすがの瀬田薫と言ったところか。

 

『ああっ!?』

『フフ……間一髪だね』

 

 スレスレのところで上体だけを傾け、ぶっぱなしたビームを避ける。そのビームの先にあったのは、オレンジくんの土手っ腹だった。

 

 ノーガードの素人相手じゃあ、風穴が空くくらいには強いが、相手も一枚岩ではない。太刀をとっさに構え、ビームを受け止める。鯉口を切る動作無しに反応できた彼に、心の底からの称賛を送りたい。

 

 居合切りをパーにされたオレンジくんは、ますます顔を真っ赤にしてこちらを睨む。オレンジなのか赤なのかどっちかにしなさいよ。

 

『ナメやがってェ……ッ』

『はは……ラッキー……』

『これでも喰らえッ!!』

 

 奴は刀を低く構えて、また地面を蹴って姿を消す。

 

 俺は目を瞑り、敏感な耳をすます。ひときわ大きく蹴られた方へ振り向けばいい。先程と同じだ。

 

 そうして俺は、目を閉じたまま片腕を斬られた。

 

『がぁッ!!?』

 

 カッコ悪い斬られ方しちゃったなあ。クソが。

 

 斬られたのを自覚したと同時に、少し積もった雪が、俺の左足下だけ赤く染る。勢いよく出る血の、白い粉雪とのマリアージュ。これを美しいと思わないやつがいるのだろうか。

 

 ああ、血とはなんとも美しい。たとい自分の血でも、俺はその足下の景色に、逆に興奮した。気づけば鼻からも血が流れていた。

 

『……足音は参考にならん。諦めろ』

 

 後ろで声がするもので、振り返ってみると、胴体から離れた俺の可愛い可愛い左手ちゃんを口にくわえたオレンジくんがいた。

 

 現実の戦いなら発狂モンだが、これは『ゲキバトル』。後遺症さえもほぼ残らないような、平和な戦争ごっこだ。

 

『技名は叫ばないのか?』

『勇者シリーズよりも、どちらかと言えばエヴァが好きだからなッ』

 

 なるほど。

 

『はははッ♡』

 

 その心意気は気に入った。

 

『……飢えてる姿もまた、儚いものだね』

『かかってこいよ。俺はマイトガインが好きだがね』

『こいつ、意外とジャンキーか……!』

 

 あんたには言われたくないね。真面目そうな顔して、早々に俺の腕を切り落としやがって。

 

 俺は最短でチャージ可能な魔法を、数発分杖に溜め込む。水晶は少しの時間で膨れ上がり、針でも刺したらパンッと割れそうなくらいに満ち満ちる。

 

 足は速いくせに、こちらの行動に対する反応は普通並のオレンジくんは、魔法の発射寸前にそれに気づく。

 

 もう遅い。脱出不可能よッ。DIOのように叫び、俺は技名を詠唱する。

 

『“我らが旗艦”ッ!!』

『ぐあぁ───ッ!!』

 

 5発連続、弱めの魔法弾。それを撃つと、俺は薫の所まで走る。

 

『何でもありだね。『ゲキバトル』は』

 

 呑気なこと言ってる場合じゃねーよッ。

 

 確かに俺の『杖』は、ほとんど何でもあり、ゲキバトルを体現したような武器だ。ただ詠唱を必要とするうえ、魔力のチャージも欠かせない。

 

 さて、そのチャージをしますか。俺は薫の首根っこを、逃げないように掴んで叫ぶ。

 

『おい!! 耳寄り情報ここにありだぜッ!!』

『何だ今更!!』

 

 オレンジくんはそう言いながらも、律儀に薫と俺の方を向く。

 

『実は最後の一本を買ったのは……コイツだ!!』

『……ん?』

 

 薫は呆気に取られた顔で、こちらを見る。

 

『そうか……貴様がッ!!』

 

 オレンジくんの注意が、完全に薫に向いたところで、俺は奴の背後まで遠目に地面を蹴って飛ぶ。

 

 その頃には、薫は既にいつものような笑顔を取り戻していた。余裕そうにしやがって。

 

『つまり、そういうことだね』

 

 ああ、そうだ。お前の出番だ。喜べ、演者なんて出番があればあるほど嬉しいモンだろ。

 

 俺は杖にありったけの力をチャージしながら、やり返してやったとばかりに笑う。

 

『ちょいと時間稼ぎをしてもらおうか! 薫さんよぉッ!』

『そうかい、そうかい……フフッ。まんまと利用された、という事だね。その戦法、実に儚い……』

『なァ〜〜〜にが儚いだッ!!』

 

 青筋を浮かべたオレンジくんが、薫のもとに飛び込む。もはや斬る体勢ではなく、薫の心の臓めがけて太刀をぶっ刺すつもりの姿勢だ。

 

 薫は即座にオレンジくんに向けてレイピアを構える。

 

『他の演者の決め台詞だ。途中に割り込む子がどこにいるんだい? ……ねえ、子犬くん』

『ッ!!?』

 

 そう言う薫の目は、赤色をしているが、どこか冷ややかで。ネズミくらいの小動物だったらひと睨みで殺せそうなくらいに鋭かった。

 

 彼の太刀は、薫の細く白く長い、そしてこの世のものとは思えないほどに美しい手で止められていた。

 

 しかも、親指と人差し指で挟んだだけで。オレンジくんとほぼ同じ身長の薫は、彼とじっくりと目を合わせて続ける。

 

『かのシェイクスピアは、四大悲劇『オセロー』にてこう記した。『過ぎた不幸を嘆くは、新しき不幸を招く近道なり』……とね』

 

 お決まりのシェイクスピア語録を余裕たっぷりにかます薫に、オレンジくんは挑発されただとかなんだとかという感情は持たなかったようで。ひたすらに困惑しているようだ。

 

 その気持ちはよく分かる。

 

『オイ! こいつ何かおかしいぞ!』

『ソイツの頭は元っからイカれてるぜ!』

『そーゆー意味じゃねーっつの!!』

 

 俺とお前の言葉の意味に、大した差はないだろう。頭がおかしいから、細かいしがらみやら執着やらをかなぐり捨てて、この世界でここまでの戦闘力が出るのさ。

 

『って……』

『……おお。これまた……』

 

 そして、それは俺にも言えるだろう。

 

 俺の力が込められた杖から強く放たれた光は、輪郭を持ち、やがて色を持つ。それはまるで、聖書に書かれた世界の創造。

 

 それはまるで、異世界からの喚問。

 

 俺の最大最強の奥義だ。

 

『“HANAKO”……』

『ウオオォ───────……ム』

 

 足元から胴体、頭にかけてそのシルエットはハッキリとしていく。

 

 この大土麻琴のイマジネーション、その結晶体として現れたのは、全長約50m、奥に見える風車よりもよっぽどデカい『市松人形』だった。

 

 

T.M.Revolution

『Meteor-ミーティア-』

 

 

 赤い着物に、緑髪をおかっぱにした幼い女の子。肌は雪のように白く、黒目のくりくりとした可愛いお人形さんだ。

 

 ゆっくり、ゆっくりと。俺の後ろからオレンジくんに向かってのしのし歩く“HANAKO”。市松人形が動いていると、傍目からするとどうしてもホラーテイストに見えてしまうと思うが、俺からしてみれば我が子のように可愛く思えるね。

 

 人形を集める趣味というのは、俺にはない。しかし、この技を編み出すのはなかなかに難しく、難産の末に生まれたものだ。市松人形を日々眺め、研究し、ロリータ──小さい女の子への愛情を高めに高めた自信作。

 

 自分で作った料理が美味しく感じるのと同じように、自分が生み出したモノってえのは、どうも愛着が湧くんだよな。

 

『こいつ!! “叉紋”できんのかよッ!!』

『……なかなか可愛い子猫ちゃんだ』

 

 薫が“HANAKO”を見て小さく笑う。見る目があるな。市松人形ってぇのは、皆に怖がられてばかりの存在だが、よく見ると案外可愛いもので、次第に虜になっていくものだ。

 

 ゲキバトルにおいての“叉紋”。それは、ゲキバトルの中に自分のイマジネーションを持ち込み、実体化させる能力。想像力↔創造力と、演劇に対する真っ赤な情熱が無いと、この能力は使えない。

 

 情熱・イマジネーションと叉紋能力の強さは比例する。俺は、何がなんでもここで勝ちたいと思った時、はじめてこの“HANAKO”を呼ぶことができる。

 

 実際、世の中にはクールぶっているわけではない、本当に落ち着いた性格の演者もいる。しかし、少なくとも高校演劇界では大概、俺のようにパッションに溢れているアツめの奴が“叉紋”を使える。

 

 これは半ば都市伝説の域だが、俺なんかよりも、もっと情熱とイマジネーションに溢れた全国のバケモノたちの中でもごく少数、この世のありとあらゆる武器を持ち込めるというバカみたいな能力を持った奴がいるらしい。

 

 すっかり怖気付いたオレンジくんは、俺の市松人形の口が、腹話術の人形のように開いていることに気づいていなかったようだった。

 

 俺は威圧のためにも、彼の所までゆっくりと歩いていく。それと同じスピード、大きな歩幅で“HANAKO”が地面を揺らして歩く。そうしている間にも、俺の杖に光は集まり、同時に薫もレイピアを構える。

 

 さて、こいつは最終兵器。名前の通り、初めっからクライマックスだぜ。“HANAKO”は口を開く。

 

『“ザ・ヴァージン・スピリット”……ッッ!!!』

 

 “HANAKO”の口から、青白いビームが飛び出す。それはまるで人魂や釣瓶火。妖しい色で光るそれは、オレンジくんに向かう。

 

『精が出るね、子犬くんッ!』

 

 彼女もまたレイピアで斬りかかる。刃がついているタイプなのか、構えからして刺突ではなく斬撃が目的だろう。

 

 レイピアが紫色に光る。彼女の髪色と同じ、綺麗な紫。

 

『この悲劇に魅入られたね』

『……ッ……!?』

『動けないだろう? 私も最初に見た時は、そうだったよ』

 

 彼女の技は『すでに発動している』というのか。推測するに、目を合わせた相手を、動けなくして斬る技だな。

 

 近距離専用、かつ強力すぎるほどの効果。薫も奥義にあたる技を持ってきたのだろうな。

 

 俺の“HANAKO”のゴン太ビームが、薫のおかげで動きの止まった彼に襲いかかる。

 

 これには流石に、オレンジくんも踏ん張っていた足が地面を滑るように後ろへと動いてしまう。

 

『ぐ……このォッ!! 相性など関係ないッ!! 圧倒的『(パワー)』でねじ伏せるのみよッ!!』

『おっと、世界はグー・チョキ・パー!! 力ずくでは覆せない相性ってのはあるモンだぜ!!』

 

 太刀1本で受け切るとは、恐ろしい男だ。やはりイマジネーション、転じて思い込みの力というのは恐ろしい。

 

 逆に言えば、この世界では、決して諦めない限りは誰にだって逆転のチャンスが訪れる。

 

 俺はニヤリと口角を上げ、彼にこう言う。

 

『言い忘れてたがァ……お前さんよ』

『あ!? 何だよッ!!』

『隣の自販機にも、同じジュースがあったぞ』

『ええっ!!?』

 

 瞬間、刀が折れる。隙が生じたのだ。

 

『シェイクスピア四大悲劇、そのひとつ……“ハムレット”だッ!!』

 

 薫はそう叫び、彼めがけてレイピアを斬りあげる。そのスピードは、オレンジくんの移動速度と同等。

 

 彼はビームに飲み込まれ、それと同時に薫が超スピードで移動し、目にも止まらぬレイピアの斬撃が連続で彼を襲う。

 

『が……ッ……』

 

 およそ10秒に及ぶビームが止むと、服もボロボロ、胸やら腹やらの傷口からドクドクと血を流すオレンジくんが倒れていた。首も胴体からオサラバしている。

 

 こうなるとゲキバトルではもう終わりだ。基本的にゲキバトルの世界では、心臓を撃たれようが四肢をもがれようが、気合いでどうにかなる。気が狂うほど痛いので、気合いすら出ないことがほとんどだが。

 

 しかし頸が折れたり斬られたりすると、その時点で演者は死に、意識は現実世界へと戻る。

 

『……俺の俊足を、よく破った』

『薫がいなかったら、もーちっと長引いてたかもな』

『ちっ、どっちにしろ倒す予定かよ……呆れた』

 

 彼は地面に大の字になって──と言っても身体はバラバラなので、字で言うと『友』くらいにはぐちゃぐちゃになっている──、雪の降る空を見上げる。

 

『ははっ』

 

 そして、首だけになった頭についた顔が、くしゃっと吹っ切れたように笑うのだ。

 

『ま、思ったよりも心から楽しめたよッ。ありがとな』

『私からも感謝を伝えたい。ありがとう』

『……ああ。本番で、会おう。強き演者たちと共に……』

 

 切り替えが早い。カッとなっていただけで、根っこはキチンと良い演者(ひと)だったようだ。

 

 オレンジくんは、徐々に身体が透き通っていく。それが始まってから10秒もせずに、彼の姿はどこかへと消えていった。『ゲキバトル』における再起不能(リタイア)者の消え方だ。

 

 さて。俺は薫の方を向く。どこから出したのか、ハンカチを出して血に濡れた剣を拭いているところだった。

 

『四大悲劇なんて、出してよかったのかよ』

『私の技が美しいのは、額縁に飾るためでも、美術館に寄贈するためでもない。最たる理由、それは葬る相手に敬意を表するためだ』

『墓だけでも綺麗にってか?』

『まあ、そういうことさ。解釈は任せるよ』

『……技名、叫ぶ派なんだな』

『この世界においては、それもまた美学のひとつだよ』

 

 俺は、満足気な彼女に対してたわいもない会話を持ちかけた後に、少し緊張して質問を投げかける。

 

『なァ』

『ン?』

『“ハムレット”の意味、知ってんのか?』

 

 薫は目を見開き、そののち、訳が分からないといったふうに笑う。

 

『……フフ。どういう事だい?』

『いや……なんでも』

 

 昔から、演劇界で使われている蔑称がある。

 

 下手な演者に対して使う蔑称、『ハムレット』である。

 

 だからどーだこーだってんじゃあないが、なんだか少し気になった。

 

 下手な演者を葬る時に使う技なんだったとしたら、コイツは相当戦いにこだわっているし、それ以前に相当性格が悪いだろうな、と思っただけだ。

 

 まあ、今の彼女の、『ゲキバトル』を心の底から楽しんでいる顔は、光を持った笑顔だ。あまりそういった邪念があるようには思えない。本物のサイコパスなら話は別だが。

 

『……これで、1対1だね』

『ああ。正々堂々のタイマンだ』

 

 俺は杖を肩に当て、薫と相対する。

 

『キミはこの前の関東大会で見てから、一度戦ってみたかったんだ……そうだ。名前を教えてくれないかい?』

『……ンでだよ、こんな時に』

『私に会って、話した。ましてや共に戦った。それが理由にならないかい?』

『まあ……なるか、うん……』

 

 瓶詰めにした時に名前を書くためとかじゃあなくってよかった。さすがに裏の顔がそんな猟奇的、なんてのはテンプレすぎる。こいつは心から『瀬田薫』なのだ。

 

 参ったよ、少し舐めてた。生まれついて、って訳でもないだろうが、薫は劇中から出てきたような、それこそ絵に描いたような『王子様』なんだな。

 

 瀬田薫という人物は、変と言うより真摯なのかもな。ファンの視線や、自身の可能性に。

 

『大土麻琴。大きいに土に、麻薬タマゴの麻、楽器の琴だ』

 

 俺が名乗ると、彼女は小さく笑う。

 

『そう。そして私と話したからには、全員が私のファンだからね。名前は覚えておかないと』

『あ、そういう理由!? いやなってない! 決して! 俺は小さい女の子が好きなんだ!!』

『おや、そんなに否定されたのは生まれてこの方初めてだ。どうしよう、泣きそうだ』

『ラフメイカーか! アンタが泣いてちゃ仕様がない!』

『フフ、冗談だよ』

 

 大仰なポーズを取る薫は、俺がやったら拾い食いを心配される程度にはヘンテコだった。

 

 しかし、今の俺にとっては、それすらも格好よく見えた。ああ、これが『子猫ちゃん』『子犬くん』になった奴らの通ってきたルートなのだろうか。

 

『私の名前は……』

『瀬田薫。そのくれえ知ってるよ』

『名乗られるより先に言うとは。ファンの鑑だね』

『だからファンじゃねえって!』

 

 俺がお前に魅せられていることは確かだ。

 

 杖を構え、水晶玉を光らせる。

 

『行くぜ……『かおちゃん』ッ』

 

 俺はイタズラっぽく笑い、薫のことをそう呼ぶ。ヅカっぽい奴には似合わないが、ファンってことなら、ファンっぽく呼ばせてもらおうじゃないの。

 

『!!!』

 

 俺が『かおちゃん』と呼んだ瞬間、彼女は一気に俺の目の前に来た。一旦“我らが旗艦”で牽制して距離を取ろう、俺の武器は遠距離向きだ。

 

 そう思い、勢いよく杖を前に出す。レイピアを受け止めるためだ。

 

 しかし、レイピアは俺に向かってこなかった。どころか、薫は1ミリも動いていない。俯き気味で、目元さえも見えない。

 

 おかしいと思う俺は、何があったのかと、視線を下に落とす。ぐらりと、視界が揺らいだ。いや、揺れているというより、なんだか直線に移動している。

 

 ずるり、ずるりと、首の辺りで何かが擦れる感覚。気づけば、景色はぼやけ、やがて真っ白になった。地面に落ちたのだ。

 

 今の一瞬で、首を斬られたか。

 

『あっ、す、すまないッ。その名前で呼ばれるのは……』

 

 やれやれ、技名を叫ぶのが美学じゃあなかったのか。それとも、技でもない普通の斬撃で俺を殺したのか。

 

 そこで、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 tips.『ゲキバトル』②

 

 バトル内に持ち込める武器は、各々一個ずつ。しかし、本人のイマジネーション力が高く、なおかつ情熱が燃えれば燃えるほど、他の武器も願えば実体化しやすい。

 

 また、他の生命体を呼び寄せる“召喚”も、同じ条件で発動する。情熱的な演者は他の武器や“召喚”を使い、クールな演者ほど己の身一つで戦う。

 

 ここ数年で一気にインフレが起こった高校演劇界では、全国大会では武器の複数持ち、“召喚”持ち、また武器も持たずに己の身に宿るユニークスキルを駆使する演者が溢れかえっている。

 

 

 

 

 

「ま、麻琴……?」

「よかった、無事のようだ……すまなかった、子犬くん」

 

 俺の意識が現実に戻ると、オレンジくんの姿は既になかった。見えるのは、こちらを覗き込む柊と、同じくこちらを見る申し訳なさそうな薫だけだった。

 

 なに謝ってんだ。「……格の違いを見せつけちゃってごめん、ってか……?」と、俺は掠れた声でつぶやく。

 

「そ、そうじゃあない。ただ……その……」

「……するってえと、あの『呼び方』についてか」

 

 彼女に何かあったとするならば、心当たりがある。

 

 俺が『かおちゃん』と呼んだ後、彼女はすっかり黙りこくってしまい、何らかの衝動で俺の首をご自慢のレイピアで斬り落とした。そう推理するのが無難だが、果たして。

 

「えっ? ん?」

 

 何が何だか、といった様子の柊は、俺と薫を交互に見て、視線の反復横跳びをしている。

 

「詳しく話すことはできないが、どうもその呼び方を『他の人』からされると……こう、走るんだよ」

「虫酸が?」

 

 薫は、自分でも言語化できないんだといった様子で、腕を組んで首を傾げる。

 

「……悪寒、かな」

「変わらねえじゃん!」

「不意打ちをしてしまったことは事実だ。申し訳ない」

 

 彼女は深深と頭を下げる。どうやら嘘は言っていない。声のトーンからも察するに、本当に申し訳ないと思ってくれているようだ。

 

 ここらでも名の高い演者のついている嘘を見抜くなど、図々しい真似かもしれないが。

 

「別に怒ってはねーよ。技や呼び方への説明もろくにない事に、呆れてるだけだ」

 

 そう言うと、薫は頭を上げて話し始める。

 

「次は、もっといい勝負をしたい」

「手加減してくれンのか?」

「そうじゃあない。もっと美しく、もっと紳士的で……もっと、お互いに楽しいような劇を……」

 

 落ち着いたトーンで、彼女は話を続ける。

 

「子犬くん……演劇において何が一番大事かは、君は心得ているかな。人によって正解が違うことを踏まえて、君に問う」

 

 俺は考える間もなく、自分の考えを口にする。そして、口にする途中で自ら気がつく。

 

「そりゃ、まずは自分が楽しむこと……ハッ!?」

「奇しくも私と同じ結論に辿り着いたようだね。そう、楽しむことさ! 私たちが楽しめば、おのずと客もノッてくる!」

 

 なるほど。自分たちが楽しめなければ、客に楽しさが、感動が、驚きが、喜びが伝わらない。だから──

 

「だから、次は……納得のいく最終幕にしよう。2人きりになったら、また……」

 

 やれやれ。こいつ、本当に演劇やら何やら、真摯に向き合っているんだな。本当に好きだからなのだろう。何気に俺が最後まで生き残ることも想定してやがるし。

 

 俺の横の柊はというと、ギレン総帥もかくやという薫の名演説に胸を打たれているといった様子だ。

 

「薫サマ、かっこいい……ねえっ、麻琴。薫サマ、なんだか楽しそうだよ」

「そりゃ何よりだけどよ」

 

 俺は脱力しきって、もたれかかっていた背中を壁から離す。

 

 そして、右手を薫の方に差し出す。仲直りって言うほどには、お互い怒ってもないし、ぶつかり合いもしていない。

 

 だが、これでもうこの話はおしまいって感じの握手をしようと、俺は薫へと手を出しているわけだ。

 

「次は、そうだな。お互い納得のいくほどバカ楽しいバトルにしようぜ」

「ありがとう、子犬くん」

 

 そうは言いつつも、薫は俺の手に、先程買ったぶどうジュースを乗せた。握手じゃねーのかよ。

 

「これを、キミにあげよう」

「は? えっ?」

「よっぽど好きなんだろう? コレ」

「いや、薫サマも好きでしょ? ぶどう味のジュース……」

 

 あげるじゃねえよ。返す、だろ。正確には。俺はジャージの上着、前についているポケットに雑にペットボトルを入れる。

 

「それに、キミのお金だからね。これを買ったのは」

「あ、気づいてたんだ」

「ホールに行く途中で、私は1回も財布を出していないことに気づいたのさ」

「おせえよ。まあ、返してくれるってんなら何でもいいけどさ」

 

 案外、抜けたところもあるんだな。ファンにとっちゃあ、それすらも魅力のひとつ、ギャップ萌えのうちに入るんだろうが。

 

「……『まーちゃん』、ごめんね」

 

 ため息をつく俺の前で、薫はそう呟いた。

 

「あ? 何だ、その呼び方」

 

 変な呼び方をした仕返しだろうか。そう思って彼女の方を見る。

 

 その頬は分かり易すぎるほどに紅潮しており、手元はモジモジ、目はキョロキョロ。一言で言えば、なんだか乙女っぽい表情だった。

 

 いや、今そんな顔する場面じゃないだろ。俺が告白でもしたかよ。いや、したとしてもそこまでキュンキュンしてる顔にはならないだろ。

 

 何が何だか分からない俺は、思わず当惑。柊もついでに頭の上にでっかいクエスチョンマークを浮かべている。

 

「おい、どうした?」

「フフッ……何がだい、なんでもないさ……ア、アデュー!」

 

 薫は轟速で振り向き、できるだけ顔を見せないようにその場を去った。

 

「アデュー……?」

「あいつ、あんな事言うキャラだったか?」

「さあ? シェイクスピアの戯曲にそういう場面があったんじゃあないの?」

 

 そこは知らねえのかよ、と俺は心の中でズッコケる。

 

 俺は少し減ったぶどうジュース──ちょっと飲んでんじゃねーよハゲ! ──を手に取り、それをぐいと半分ほど飲む。

 

 暖房とエチュードで温まった頭が冷え切る。いい冷たさだ。俺は袖で口元を拭う。

 

「おもしれー女……」

 

 思わずニヤけてしまう。

 

 あそこまで強いヤツと、本番でまた戦えるのか。手の先がピクピクと震え、歯が自然と食い縛られる。

 

 ああ、早く()りてえ。ジャージのポケットに手を突っ込み、俺は連戦になることをものともせず、小ホールへと歩き出す。

 

「──次こそ、本気でブッ潰すぜ。『かおちゃん』」

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