The motto   作:苗根杏

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柊麗紅の暴走 mottoⅡ
#1 幸福はここに。そしてすべてに。


 

「はは、何だよそれ。え、お前は体重いくつだっけ」

「僕? えーとね、5」

「え? トン?」

「ううん、キロ」

「お米じゃん」

 

 高校演劇の都道府県大会。それは、全国の高校の文化部が集まる芸術文化祭という祭典、その演劇部門の『二つ目』の大会。

 

 一つ目の大会である地区大会を経て、その都道府県のトップを決める戦い。ちなみにこの大会では、トップ2に入れれば地方ごとの大会、東京都で言えば関東大会に進出できる。

 

 俺たちの高校は無事に地区大会を乗り越え、都民共同文化ホール、その中でも小ホールというキャパ1050のそこそこ大きなホールで行われる都大会にいる。

 

 そんな所で、上演30分前の俺たちは何をしているのかというと、楽屋と舞台行きのドアが並ぶ廊下で、同じ学年の友人である柊 麗紅(ひいらぎ-れいく)と談笑していた。

 

 周りにはぞろぞろと、ヒリついた演劇人たちの往来。しかし、俺らは特に緊張もせず、いつも通りに話している。

 

 壁に寄りかかってひとつのスマホを覗き込み、頭をくっつけ合う俺らの前に、影が伸びる。いつの間にか、先輩が俺らの前にいたのだ。

 

「緊張、してないんだな」

「……バラダギ先輩」

 

 柊が名前を口にする。

 

 彼は原田木 燦迅(はらだぎ さんじん)先輩。部の人からはよく『バラダギ』と呼ばれている。岩手あたりの神様に、そんな名前のがいるんだとか。

 

「今度こそは関東に進み、そして全国だ。分かっているな」

 

 相変わらず目がギラギラしている。口角も上がって、既に臨戦態勢といったところだ。先輩は、壁越しに舞台を見つめているようで、もう俺たちから目は離していた。

 

 すると柊は、表に出てこそいないものの緊張してるかも、と俺にささやき、先輩の脇腹をツンとつついて笑う。

 

「まずは羽丘と海老原を倒すところからですよ」

 

 ハッとしてこちらを見たバラダギ先輩は、脇腹への攻撃は効いていないようで、ぷいとそっぽを向いてどこかに行ってしまう。

 

「うっせー! クールぶってんなバッキャロー!」

「り、理不尽ッ……」

 

 あの態度は、大会前でピリピリしているからではない。むしろさっきの真面目な表情の方が珍しい。

 

 普段からその類稀なるバカ声量で、熱く激しく舞台上で役と取っ組み合いをしつつ、大会のみならず舞台ならばどこでも勝ちに行く。それが普段も熱血漢なオトコ、バラダギ先輩だ。

 

 柊は、いつも通りだ、と安心したように笑う。

 

『バラダギ先輩らしいコミュニケーションですね』

「あ……花火」

 

 足音で柊が気づいた。

 

 またもや俺たちの目の前に、ニジガクの部員が現れた。そいつはパンダになった早乙女玄馬のように、こちらに筆談で話しかけてくる。

 

 スケッチブックと油性ペンを手に、俺たちにほほ笑みかけるのは、穂村花火(ほむら-はなび)という後輩。苗字では呼ばれたくないそうなので、俺は積極的に名前で呼ぶようにしている。

 

 花火は、今回の大会には出ない。その代役に俺が抜擢された。元々モブ同然の出番から、一気に主役。そこそこ重いタスキだが、今の俺はウキウキでその名前を背負っている。

 

 まあ、実際はそこまで素直に喜べない。花火も演じたかったであろう役。そのポジションにいる、一年生にしては破格の強さを誇る花火本人。これらを考えると、飛び上がって嬉しがるなんてことはできない。

 

『しかし、やはりと言ったところか、少し逸っている』

 

 顎をこする花火が、そんなことを書いて見せたもので、俺と柊は目を丸くする。

 

「んなっ……そ、そうなのか? いつも通りに見えるが……」

「本当は緊張してるっていうの?」

『恐らく。あの人は、本番前だけに目立つルーティンがあるんです』

「へえ、そうなの?」

 

 彼いわく、『肩が強ばる』・『目付きがいつも以上に鋭くなる』・『呼吸が深くなる』・『歩きが大股になる』などが特徴としてあるとのこと。

 

 長い廊下を歩くバラダギ先輩の歩幅は、確かに大きく、心做しかガニ股にも見えた。ガタイもいつもより良さそうに見える。モンキーパンチが描いたみたいだ。なるほど。

 

「俺ら、花火より1年多く関わってるのに気づかなかったな」

 

 そう言って花火の方を見ると、既に彼は違うページを見せていた。

 

『この度は申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしました』

 

 スケッチブックの一番最初のページに書いているあたり、全ての部員にこれを言って、いや、これを見せて回っているのだろう。

 

 彼は地区大会にて好き放題に無茶をした結果、顧問から出場を停止させられている。

 

 きかんしゃトーマスで言うスマジャーのような、傍若無人な奴ではないのだが、いかんせん地区大会の彼はやりすぎた。

 

 悪いことはしてない。が、身体に悪いことはした。実際、今も後遺症で声を出せずにいる。

 

 彼が今回出られないのは、誰の目から見ても明らかで、誰がどう見ても確かで、誰もが思うくらいに残念な事だった。

 

「もう。気にしないの」

「ゆっくり見てな。お前の分まで、俺らが演じまくってやる」

『ありがとうございます。頼もしいです』

 

 微笑んではいるものの、その一言も発さない口元と目の下のクマは、彼の生気、または覇気を失わせる一因となっていた。

 

 俺は、単純に彼という大きな戦力を失ったことと、同じ舞台に立てないことを部員として残念に思いつつ、挨拶に回る花火の少し小さく見える背中を見送った。

 

 そんな俺の肩を柊が叩いて言う。

 

「ああなってから花火、ちょっと性格丸くなったよね」

「弱ってるのかもな」

「まあ、あんなふうになっちゃあ……ネ」

「ま、Twitterと現実じゃ話し方もちったあ違ってくるよな」

「そういうものなのかな……」

 

 それに、花火だけではない。今回の都大会は、部員各々が特別ハラに一物抱えている。

 

 まあ、そんな気がするだけかもしれないが、実際花火やバラダギ先輩、我らが『部長』のように、地区大会に未練を残してきた奴らは、うちの部だけに言えたことではないが、ごちゃまんといるだろう。

 

 今回こそは、悔いのない勝負を。

 

 それは、俺だって。

 

「ねえ、麻琴」

「ん?」

 

 俺は、地区大会でそこそこの戦果は残したものの、最終的には、あの瀬田薫にボコボコにされたことを思い返しつつ柊の方を向く。

 

 柊の顔はいつの間にか、なんだか少し曇り気味になっていた。

 

「麻琴は、ゲキバトルの中で自分を自分たらしめる要素って何だと思う?」

 

 突拍子もない質問だな。しかも真意が掴みづらい。

 

 俺はなんとかその複雑そうな質問を飲み込み、ゲキバトルをしている時の自分を思い出しながら言う。

 

「武器……かな」

「……確かに、それもあるよね」

 

 演者としての『演技の流派』と答える人も多いだろう。役に向き合う時、自分が役の代弁者となる『自分100%型』、自我を消して役に身を任せる『自分0%型』。このふたつが主な『演技の流派』である。

 

 演者どうしでしか見えない『演劇人のオーラ』もまた、その人の個性をよく表している。色や大きさは様々である。かおちゃんなんかは、演者を闘牛のように興奮させる、おめでたい真っ赤なバラ色のオーラ。柊は筆を洗ったバケツのような、様々な色を混ぜ合わせて濁ってしまったオーラ。

 

 自分に割り当てられた役への、流派としての向き合い方。声の高さに張り方、立ち方、ついたブランド、血筋。そのジャンルは様々あれど、呼吸ひとつとっても同じ演者は存在しない。実際、花火なんかは『自分50%型』という独自の流派を持つ演者だ。

 

 その他にも色んな回答はあるとは思うが、俺の思うゲキバトル内でのアイデンティティは、なんといっても武器である。

 

 昔は『演器』と呼ばれていた、一人ひとつは持っている武器。それは、自分の魂の形。それは、精神性のあらわれ。性格を擬人化ならぬ擬器化したのが、ゲキバトルにおける武器だ。

 

「麻琴の武器なんて、特にすごいもん。何でもできちゃう」

「何でもはできないさ。咄嗟に仲間を守ることはできるけど」

 

 今はこの手にない、俺の『杖』を思い、手を握りしめる。しかし、なんだってそんな事を聞いてくるんだ。

 

「どうしたんだ、そんな質問して。病んでるのか?」

「ううん。何でもない」

 

 素直に聞いてみたが、柊は暗い雰囲気のままで首を振る。

 

「あ、そろそろ……」

「もうそんな時間か」

 

 柊がスマホで時間を見て、舞台へ向かうドアを開ける。俺も時間を確認すると、俺らの高校の公演が始まるまであと10分。

 

 舞台裏に入ると、木の匂いがする。ホームセンターとはまた違う、楢が張られた床の匂い。

 

 小さなホールなので奈落も小さいが、これは使わないから関係ないな。俺と柊はスマホを顧問に預け、袖の前まで移動する。

 

 閉じた緞帳が、まるでここから襲い来る試練を表す高い壁のようにそびえている。面積が大きく、分厚いとはいえ、ただの布なのに、どうしてこうも何メートル四方もあるように見えるのだろう。

 

 心臓が高鳴る。緊張も少しはある。緊張感もある。しかしこの場は、高揚とワクワクが勝る。

 

「行こう、舞台へ」

 

 ニヤける俺の手を取り、柊が言う。

 

「ああ」

 

 俺たちは、1袖と2袖の間から大道具や小道具たちを見て、目を合わせてお決まりの言葉を囁く。

 

「「あの虹を探しに」」

 

 拳を突き合わせ、次にグータッチ、そして立てた人差し指を口元に持っていき、そのまま指で天を指す。

 

 ガールズバンドやアイドルは、円陣を組むのが定番だと言う柊の提案で組んだ、俺らなりのルーティンだ。

 

 さて。

 

「ゲキバトル……」

 

 やろうか。

 

「界演』

 

 俺ら二人は、ここの間だけではなく、全国の演劇人のお決まりの言葉をつぶやき、意識を『別世界』へと飛ばす。

 

 いざ、ゲキバトルの世界へ。

 

 

舞台:都民共同文化ホール 小ホール

→紅葉狩り・温泉街

形式:芸術文化祭演劇部門 都大会

 

ゲキバトル 界演

 

 

 

 今回は見るからに秋らしい場所だ。豆腐屋の車でも走っていそうな、カーブの多い山の道路。ガードレール越しに見下ろすと、湯けむり漂う温泉街。振り返れば経年劣化で舗装がボロボロになり、あらわになった山肌。まるで旅の目的地までもう少し、ってところに俺は降りたようだ。

 

 スポーン・ポイントはその度ランダムで、フィールドの端の端に来ることもあれば、敵校の集中する地域に一人だけって時もある。今回、俺の周りには、武器のぶつかり合う声や鬨の声は聞こえても、近くに人の気配はなかった。こういう時は大体、味方の居場所を探すのだ。

 

 少し寒くなるくらいの風が頬を撫ぜる。俺は、その辺でエチュードをやるレギュレーションである『路上即興演劇(ストリート・バトル)』で使うような、適当な学校のジャージ姿ではなく、正式なゲキバトルの服装になっている身体を確認する。

 

 杖もいつの間にか握っている。さて、路上即興演劇よりも広めのフィールド。どこかに敵はいないか、もしくは味方と合流できないか、と歩き始めた、3歩目。

 

『ぐああぁぁぁッッ』

『うおっ!?』

 

 俺の真ん前に、バラダギ先輩が落ちてきた。左側、しかもかなり上から飛んできたな、と顔を上げると、俺めがけてかなりの速度で人が降ってくる。

 

 しかも、武器を振りかぶって。

 

 後ろには真っ赤な化粧をした山。この山から飛び降りてきたのか。何の武器かはあまり見えなかったが、とりあえず後ろに大きく距離を取る。

 

 その降ってきた人は、思わず転びそうになるくらいに地面を振るわせて着地する。武器をアスファルトにめり込ませて。

 

 改めて見てみると、ここは道路だったのかと気づく。山道か。ガードレールの下にも同じような道が続いている。

 

『こんなものか。同じ第二世代として恥ずかしい』

 

 そう言ったのは、後から降りてきた人の方だ。

 

『舐めてんなァ……やってやるぜェ!! 海老原ァァァ!!』

 

 俺の言葉を待たずに、バラダギ先輩はアメリカンクラッカーを片手にエイリア走りで、敵らしき人物めがけて突っ込む。

 

 地面に落ちた銀杏や紅葉が舞い上がり、右に左にと揺れながら落ちていく。

 

『“狙いうち”!! 弾けッ!!』

『ッ……』

 

 しかし、バラダギ先輩はクラッカーごと武器で跳ね返される。

 

 あの武器は、確か『三節棍』。

 

『がァッッ』

 

 三節棍“狙いうち”、あの白ラン、あのメガネ。そして高校2年生とは思えない老け顔。

 

 間違いない。都立海老原(えびわら)学院附属高校の『三ノ宮 光良(さんのみや-みつよし)』さんだ。

 

 ガードレールをひしゃげさせて激突するバラダギ先輩は、既にかなりの出血をしている。しかし、先輩は背中を逸らしてから一気に曲げ、反動で立ち上がる。

 

 着地した足はフラフラで、満身創痍に見えるが、先輩の顔は変わらず笑っていた。

 

『まだまだァ!!』

『骨のあるバカは嫌いでは無い』

 

 俺も加勢しようと、利き足から踏み込んだ瞬間、肩をポンと叩かれる。思わずビクッとして、杖にエネルギーを貯めつつ振り返る。しかし、その顔を見て、俺は警戒を解く。

 

『なら、骨のある秀才は?』

 

 俺は、彼女の顔に見覚えがあった。というか、最近は毎日練習をしているので、誇張抜きに毎日見ている顔。

 

 ウチの部のエースにして、校内では専ら『王子様』と呼ばれているイケメン女子、『範田 紅葉(はんだ-くれは)』部長は、俺に向かって微笑みかける。

 

 誰かさんを思い出すような笑い方じゃねえか。紫髪の誰かさんを。

 

 光良さんは、部長を見るやいなや、バラダギ先輩と鍔迫り合いしながら叫ぶ。

 

 バラダギ先輩は、いつの間にかクラッカーをしまい、“叉紋(サモン)”で召喚した忍刀で光良さんの相手をしている。

 

『出たなッ、紅葉さん!』

 

 改めて説明。先輩の使った“叉紋”とは、ゲキバトル内において自分のイマジネーションを実体化すること。

 

 演劇に対する真っ赤なパッションと想像力、頭の中にあるハッキリとした“叉紋”したい物のヴィジョンを浮かべることが条件。

 

 アツさを前面に押し出す技なので、情熱的な奴が多い『自分0%型』の演者がよく使う。逆に光良さんや部長のような『自分100%型』は武器だけで戦うことが多く、あまり使わない。

 

 頭の中に浮かんでいるイマジネーションが具体的かつ情熱的であればあるほど、“叉紋”は強くなる。“叉紋”どうしのぶつかり合いがあれば、それはイマジネーション比べってことだ。

 

『私の同級生をいたぶってるみたいだね』

『いや、コイツから仕掛けてきたんです!』

『ま、そんなところだとは思っていたが……』

 

 さすがに少し焦っている光良さんを相手に、短めに切ったツヤツヤ緑髪の後頭部を掻きながら、部長はシャツの背中を膨らませる。

 

 そして、真っ白なシャツを破りながら、同じくらいまた真っ白な羽を出す。

 

 何を隠そう、紅葉部長の武器は今生えてきた羽そのもの。その名も“天使の羽(エンドレス・ワルツ)”。羽根を飛ばしてホーミングにして良し、自分を覆ってガードして良しの、攻防一体、クセはあるが見た目よりも使い勝手がいい武器だ。

 

 武器の羽が発現すると同時に、どこからともなく俺らの頭上から羽根が降ってくる。これは彼女曰く、自分の羽から抜け落ちたものではなく演出らしい。

 

『ケジメはケジメだ。アンタから死んでもらおうか』

『ほう、中々のエゴイストだ』

『エゴ見せてナンボでしょ、演者なんて!』

 

 部長がその羽を使って、真上へ飛び上がる。暖色の葉たちと、純白の羽根たちが、混じって落ちていく。

 

『こっちは花火少年の意志も背負ってるんだ』

 

 そう言ってニヤリと笑う紅葉さん。しかしその歯は食いしばられており、どこか怒りを内包しているようにも見えた。

 

 花火たちの未練を一身に背負い、紅葉部長は叫ぶ。

 

『さあ、舞え! 部員たち! 私を中心に地球が回るようにねッ!』

 

 

Ingen

『チェリーコークにペパーミント』

 

 

 部長の指パッチンと共に、音楽が流れ始める。部長は、地面から少し浮いたままクルクルと踊り始める。

 

 背中が見える度に、羽の付け根に痛ましい傷と紅い血が目に入るが。毎回痛そうな素振りを見せずに生やすので、たまに忘れるが、この人は無理やり身体の外に羽を出してるんだよな。

 

『ははッ』

 

 さて、今回、ウチの高校がやる台本は、青春熱血ものとギャグ系が合わさっている。つまり、ゲキバトル中に得られるバフは炎系技術強化と身体能力強化。

 

 シリアス系の台本なら精神的に強くなり、『0%型』でも精神が崩壊しづらく、技への反応やその場での判断力にバフがかかる。恋愛のある台本は、特に『100%型』への武器強化と、水系技術強化。社会風刺ならば、叉紋強化など……。

 

 そして、ウチの高校特有かもしれないバフはもう1つ。

 

 演者の興が乗ると、BGMを流しだすのは、ゲキバトル界の猛者において日常茶飯事。その場を自分のモノにしてやろうというエゴから発される、これ以上なく演者らしい特性と言えるだろう。

 

 それらのBGMというのはあくまで、俺の“HANAKO”と同じような、召喚、つまり“叉紋”扱いである。しかし、ウチの高校は劇の中に必ずダンスシーンを取り入れている。

 

 このダンスシーンというのが、ウチの高校だけかもしれないバフの要因。効果はBGM強化、即ち“叉紋”をせずとも頭の中に浮かんだBGMを即座にその場で流せるというものだ。効果範囲は、流した人物と戦っている者まで。

 

 普通に考えればハズレバフ枠だが、演者ってぇのは、言わば舞台上のみならず客席の空気をも掌握・支配することが最終目標。

 

 そんなエゴを見せつける演者にとって、その場を支配する最も分かりやすい方法である『専用BGMを流す』というのは、割と役に立つバフなのだ。

 

 スキャットにノって、踊るように羽で攻撃を続ける紅葉に、光良さんはタジタジだ。全て避けてはいるが、反撃に移れない防戦一方といった状態か。

 

『ノッてきたよ、光良!!』

『紅葉さんまで……あのバカでさえ厄介だと言うのにッ』

 

 変わらず忍刀で斬りかかっているバラダギ先輩が、カチンときて叫ぶ。

 

『誰がバカだってェ!?』

 

 しつこいぞ、とばかりにため息をつく光良さんは、目を細めつつ先輩を指さして言う。

 

『演劇バカと褒めたんだ』

『お? おお……へ、へへへ』

 

 一転、照れくさそうに笑い出す先輩の顔に、光良さんの三節棍が直撃する。

 

『あのバカ……』

『バカですね〜、先輩』

 

 鼻が折れたのではないだろうか。山に突っ込む先輩はタダでは済んでいなさそうな量の土埃と紅葉を舞い上がらせる。

 

『くっそぉーッ! 避けられなかったッ! 卑怯だぞ!』

 

 しかし、さすがはウチの部の中でも随一の耐久性を持っているバラダギ先輩。埋もれた中から、ボコッと足だけを露出させ、それをバタバタさせて、何事もなかったかのように怒っている。足だけが動いてる。シンクロナイズドスイミングみたいだ。

 

 フリーザと戦った時の両津勘吉かよ、と光良さんはつぶやいて二度目のため息をつく。

 

『やはり……バカだな』

 

 そうは言っているものの、光良さんもスタミナ切れ間近のようで、何回か紅葉部長とバラダギ先輩の攻撃を食らっている。かすり傷が数個見えるな。

 

『おい、麻琴(まこと)!! 俺を引き抜け!!』

『俺と一緒に地面師になりませんか?』

『お前はいつから詐欺師になった!? 引き抜くってのはスカウトじゃねえ! ここから引っ張り出せって言ってんだ!!』

 

 俺はバラダギ先輩の足を掴み、山から引っ張りだそうとする。中々深いところまで埋まっているようで、先輩が自力ではみ出させた右足の膝から下しか見えない。

 

『クソっ、早く引っ張り出せ!』

『……これ、自力で出た方が早くないですか?』

『あっ』

 

 その後のバラダギ先輩の行動を予測していた俺は、その場から素早く離れる。

 

 すると、先輩はド派手に土や石たちを飛び散らせて復活する。真っ白だったシャツは、血の赤色と土の茶色で、すっかり汚れている。

 

 脱獄したような勢いで『よっしゃー!!』と拳を挙げて喜ぶ先輩。しかし、それもつかの間、光良さんと同じような服を着た奴がこちらに向かって猛スピードで走ってくる。いや、『滑ってくる』。

 

 それに吹っ飛ばされたバラダギ先輩は、再びガードレールにめり込む。

 

『先輩!! ここは任せてくださいッ!!』

古織(こおり)、相手は関東でもトップの演者たちだ。油断するなよ』

『はいッ!!』

 

 走ってきた彼女の名前は、古織と言うらしい。確か脇役ではあるが、地区大会の1年生たちの中では、かなり演技力=戦闘力が高かったな。

 

 それに、年下だろうが何だろうが、海老原の生徒だ。油断はできない。

 

 そうこう分析しているうち、彼女は紅葉部長ではなく、俺の方に攻撃を仕掛けてくる。

 

 一見丸腰に見えた手ぶらの彼女の左手は、みるみるうちに白い冷気に包まれる。吐く息さえも、涼しげな秋のステージの中でもハッキリ見えるほどに白い。

 

 息が白いのは、周りが寒いからではない。周りより寒い息だからだ。よく見れば彼女の足には1枚の刃がスケートシューズのようについており、そしてこちらに来るまで走ってきた道はキンキンツルツルに凍っていた。

 

 彼女はツムジあたりに開いた手を当て、その手を顔の方へ下ろす。すると、彼女の顔へ『面』が貼り付く。中国の伝統芸能に、変面というやつがあったが、まさにそれだ。

 

 彼女の着けている面は、確か能面と呼ばれるやつだったか。オカメって感じの面越しに、殺意の視線を感じ、俺は足がすくむ。

 

 1年でその練り上げられたオーラ、さすがは海老原。彼女が素早く地面に手をつく。ヤバいと思ったが、気づいた時には遅かった。予備動作が少なすぎる。

 

 彼女の手を中心として、俺の方に向かって氷が形成されていく。パキパキと棘を伴った氷が地面を伝って広がり、俺の足元を固める。

 

『今のはマハブフじゃあない、ブフだ』

 

 

Lotus Juice・高橋あず美

『It's Going Down Now』

 

 

『ベイベ・ベイベ・ベイベ……』

『……なるほど、氷系……』

氷室 古織(ひむろ-こおり)!! ……推して参るッッ』

 

 動けない俺に対して、ロンダートや側転を交えつつアクロバットに距離を詰めてくる彼女は、ダメ押しとばかりに、面に手を添えて声高らかに言う。

 

『“増女(ぞうおんな)”!! 十二単の重さを味あわせてやれッ!!』

 

 すると、凍った地面が俺に向かって起き上がってきた。

 

 いや、違う。一瞬の出来事で認識出来なかったが、俺はどうやら地面に伏せられたらしい。

 

『オッケー……あんたも武器に名前つけるタイプか。いや、それ武器か?』

 

 面というのが武器に分類されるのかどうかはさておき、俺は重力に耐えかねて完全なるうつ伏せになる。

 

 なんとか顔だけ横に向けると、光良さんが三節棍をぶんぶんと回しながらこちらに近づいていた。

 

 しかし、悠長に氷の上を滑らないように歩く暇なんて、無いと思った方がいいぜ。俺は、先程凍らされた辺りから、既に自分の武器である杖にエネルギーを貯めていた。

 

 杖を地面に向け、俺は弱めのエネルギー弾を連続で放つ攻撃技である“我らが旗艦”を撃つ。そうして反動で地面から離れた途端、身体がうんと軽くなった。

 

 おそらく、相手の身体が少しでも地面についていれば、重力操作を行えるのだろう。

 

 飛び上がった俺が見たのは、先程まで俺がいたアスファルトと氷の地面が、半球状に凹んでいるところだった。

 

 なるほど、素体で持っているのが氷系、面が持っているのが重力系の技か。

 

『負けていられないな』

 

 地に足をつけた俺は、先程までいなかった大勢の海老原生徒が、古織とかいう奴の後ろにいることに気づき、思わず「げっ」と口に出してしまう。

 

『皆さん!! 先輩を全力でサポートしますよ!!』

 

 多勢に無勢だ。この状況を打開する技は何かと考えていると、左肩に何かが乗っかる。

 

 それはバラダギ先輩の腕だった。俺より背の高い先輩は、ゼーハーと肩で息をしながら、血を地面に吐いて俺に言う。

 

『10秒だけ休憩させろ』

『……俺の肩でよければ』

 

 今となってはもはや血まみれのバラダギ先輩を見て、古織はギョッとする。返り血だとでも思っているのだろうか。

 

 先輩の身体に付着した血が全て返り血だったら、そりゃあ驚きもするだろう。ゲキバトルが始まって5分ほどしか経っていないのに、こんなになるまで他の奴らを倒したのかって。まあ、全部先輩自身の血なんだけど。

 

 白シャツが自分の血で赤シャツになり、手も首も顔も傷まみれ。逆にどうやったらそこまで短時間で血を噴き出すことができるんだ。貧血になるぞ。

 

 古織の後ろの生徒が『所詮は2人だ!! やれるぞッ!!』と言った途端、数人の生徒が走って前に出てくる。

 

『よし……』

 

 先輩がそう呟いたのを聞き、またどうせロクでもないことをやらされる、と確信した俺は、足を肩幅より少し大きいくらいに広げ、どしっと構える。

 

『バラダギ先輩! 行きますよッ』

『命令すんなァ!! 俺に合わせろ!!』

 

 俺の左肩には、既に先輩の体重が半分ほどかけられていた。おおよそこんな動きでもするんだろうな、と思った俺は、腕を伸ばし、両手を身体の前で組む。武器である杖は手放さず、両手の間に挟んで。

 

 いわゆるバレーの『レシーブの構え』だ。

 

 先輩はのしっと俺の手の上に、片足を乗せる。そしてもう片方の足は、俺の杖の先端あたりに。港町のイカした男って感じのポーズで、先輩は俺の上で叫ぶ。

 

『俺の踏み台になれッ!! 麻琴ォ!!』

『喜ん……でッ!』

 

 しっかり足を広げておいてよかった。レシーブの姿勢の俺を踏み台にし、高く飛び上がる。

 

 そして、敵陣に向かって馬鹿正直に落ちてくるやいなや、先程“叉紋”した忍刀で、真上から敵の1人の脳天をぶっ刺す。

 

 そして、フリーズしたそいつをまた踏み台にし、また1人に乗り移って首を斬る。

 

『ツーダウン!!』

 

 そう言いながら、ナマクラになってきたのか、先輩はアメリカンクラッカーを両手に持ち、武器を切り替える。

 

『了解! 俺も……行きますよ!』

 

 こちらに向かってくる数人の敵に対し、俺は貯めていたエネルギーを20%のみ解放し、敵の後ろに行く自分をイメージして、シノビのように印を結びながらこう唱える。

 

『“99(きゅーじゅきゅうッー)”』

『!?』

 

 すると、自分でも認識しきれないほどの速さで、俺は敵の真後ろに移動する。土埃が良い目くらましになったのか、敵の中の1人は目を擦って苦しんでいる。

 

 ちなみに印は技の威力に一切関係ない。

 

『ぐっ……』

 

 俺が移動した直後に舞った、落ち紅葉たちが落ち切る前に、杖のエネルギーの40%ほどを使ってビームを撃つ。

 

『共に歌おう……“天使のスピード”!!』

 

 地面と並行に、空間を薙ぐようにビームを撃つ。それが終わり、紅葉やら何やらが全て落ちてみると、俺の方に向かってきた奴ら全員、首と胴体がおさらばしていた。

 

 こういった、大会などのきちんとした場での、正式なゲキバトルの勝利条件。それは、『頚椎を断つ』こと。折る、撃つ、斬る、消す。なんでもいいから、相手の首を狙えばいい。

 

 スカッとするな。現実世界で中々出来ないことを出来るってのは。陳腐な表現だが、VRゲームに通ずる魅力があると俺は思うね。

 

『ははっ、派手すぎたかな』

『……』

 

 杖を使って技を出すのも、疲れないわけではない。今から風呂入ったら寝ちゃうな、くらいの丁度いい疲弊感に襲われ、息を整える俺の後ろに、気配。

 

 ゆらり、とした殺気に、俺は咄嗟に残ったエネルギーを全て使い、その場に杖を立てて早口の詠唱をする。まるで流れ星に欲張りな願い事を3回唱えるように。

 

『“夏はそこにあって、少女はここにいる。でも僕はどこにもいない。”』

 

 そう俺が言うと、その場から俺は消える。すかさず振りかざされた三節棍は、行き場を見失う。

 

 その代わり、そこには光良さんを囲むように、十数人の俺がいた。武器である杖そのものの力でワープし、それと同時に数多の俺を“叉紋”したのだ。

 

『分身ッ!?』

『かかってこい』

 

 偽物の俺のうち、1人が指をくいくいとやり、挑発する。まあ、あの分身の言動は俺が念じて操っているのだが。俺がこうしろと念じると、分身はその通りに動く。

 

 通常、こういった分身は念じる人数が1人であることから、動かせるのは1人だけ、もしくは全員に同じ動きをさせるだけになってしまう。

 

 しかし、その場にいる全員の行動を同時に思い浮かべ、絵コンテや台本のように頭の中でそれを整理して出力すれば、なんとか十数人をいっぺんに動かせる。

 

 感覚としては、複数のラジコンを俺一人で動かしているといった感じだ。ダンボール戦機の仙道ダイキのようなものだ。

 

 光良さんは、挑発してきた俺に対して、三節棍を両手で構えながら聞く。

 

『貴様、ヤツの代役か』

『ああ……花火の代わりを務める、大土 麻琴(おおつち-まこと)ってモンだ』

 

 涼しい風が木を揺らす。部長も攻撃を止める。バラダギ先輩も、ちょうど古織以外を倒した所で、その古織が光良さんと分身の俺との間に挟まりに行きそうなのを足止めしている。

 

 俺は舌を鳴らし、メタルシャワーが頭を撫でるように、遠近法で小さく見える光良さんを潰すように手を動かす。

 

 そして、十数人の俺は同時に光良さんに杖を向け、間もなくビーム──“天使のスピード”を放った。

 

 ここで塵すら残さず、死んでくれるといいが。俺は指を鳴らし、いつも流すBGMを再生した。

 

 

梅田サイファー

『KING』

 

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