The motto   作:苗根杏

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#2 おしまいの、ちょっと前。生き物ぜんぶミカン色。

 

 

 

 何かが来る。そう見切ったであろう光良さんは、轢かれたカエルのように地面に伏せてビームを避ける。

 

 俺の分身たちの“天使のスピード”は、円状になった分身たちの中心で相殺される。

 

 すかさず分身全員に、下の方に“我らが旗艦”を放つように念じるが、それも予測していたのか、光良さんはビームを撃ち終わった事ごと俺の思惑を察し、上に大きく飛び上がる。

 

 下に撃たれたグミ撃ちエネルギー弾は、ワンバウンドまで消えないので、何人かの分身が誰かの分身の“我らが旗艦”が当たって倒れる。いや、正確には自滅か。

 

 耐久性はそこまで優れていないので、俺が念じないと消滅こそしないものの、すぐに気絶する。

 

『大、土……そうか、麻美(まみ)さんの弟だな』

 

 ほう、姉のことを現役演者で知ってる人がいるとは、こりゃ驚いた。

 

 今作では登場しないので説明は省くが、現在は一流同人作家をどこかでやっている俺の姉は、かつて俺よりもよっぽど強い演者だった。

 

 まあ、どうでもいい話だ。俺はすぐに分身に、杖を構えさせた。

 

 着地した光良さんは、倒れた俺の分身、その1人の足を持って、その軽さに驚きつつも、分身たちに向かって1人の分身をハンマー投げの要領で振り回す。

 

 次々とそれに当たり、馬鹿正直に倒れていく分身たち。なんとか避けることができたのは、俺一人。

 

『残った貴様が本物だな』

『いいや? 言ったろ、俺はどこにもいない』

『妄言に耳を貸す余裕は無い』

 

 そう言って、光良さんは最後に残った俺に三節棍をぶっ刺す。

 

 すると、見事に分身は全員消滅した。

 

 そして、光良さんの頭上から『本物の俺』が落ちてくる。

 

 さっきはよくもやってくれたな。不意打ちばっかりしやがって。俺は分身を出した段階で、道路の横の山肌に生えた紅葉の木に、ワープして乗っていたのだ。

 

 分身の“叉紋”と操縦で、杖のエネルギーはほぼ底を尽きている。俺は直接、杖の先端で殴ることにした。

 

 俺の杖は、全体的には木で出来ているが、釣り針のように曲がった杖の先っぽにはエネルギーを貯めるための透明な水晶がついている。

 

 先程まで紅いエネルギーが──水晶にエネルギーを充填すると、紅い液体が貯まるのだ──、これでもかと貯まっていたが、今は空っぽ。これは流石に殴り抜けるしかない。そこそこダメージは与えられるだろうしな。

 

 光良さんは避けることは諦めたのか、三節棍を両手で持って真っ直ぐに伸ばし、振り返りもせずに後ろ手にして俺の杖を受け止める。

 

『よく反応できましたね』

『……くそっ、チートが……!』

 

 あんたのイマジネーションが足りないだけだ。

 

 三節棍で大きく弾かれた俺は、空中で縦に一回転して後退・着地する。振り返った光良さんは、ヒビが入りそうなほどに武器に力を込め、その三節棍全体に、手から漏れ出る光を送り込む。

 

 すると、その光が全体から先端に一極集中し、ガラスのコップを作る時のように、息を吹き込まれるかの如く膨らみ上がる。

 

 先端が丸くなったかと思いきや、それは目が眩むほどの光を周りへとばら撒く。

 

 思わず目を閉じてしまった俺は、横を向いて無理やりにでも目を開けようとする。杖にエネルギーを貯めることを忘れずに。

 

 直視できるくらいになった時、その三節棍は、先にトゲ付き鉄球がついた別の武器になっていた。いわゆる『モーニングスター』ってやつか。

 

『……これが、オレのイマジネーションだ』

『へえ。おもしれーじゃないスか』

 

 どんな能力があるかは分からない。ただ単にパワーのゴリ押しがしやすくなったのか、その鉄球に何か仕掛けがあるのか。

 

『そっちは頼んだ』

 

 背中を叩いてきたのは、部長だった。

 

『任せてください、部長』

『ちょっとしずくが暴れすぎててさ、抑えてくるよ。もう、こうなってるもん』

『……ひし形? ひし形になってるんですか?』

『いや、使徒に』

『ラミエルに!? えっ、金切り声あげてビーム撃ってることをラミエルとしてる!?』

 

 しずくちゃんってビーム撃てたっけか。よく分からんが、俺は飛んでいく部長を見送って、右足を後ろに大きく下げる。何か動きを見せたらすぐに動けるよう、居合切りのような構えだ。

 

 しかし、俺はその構えをすぐに解くことになる。

 

 後ろに見えたのは、棒立ちの柊だった。

 

『……』

『行くぞ』

 

 そう言って動こうとした光良さんの肩を柊が叩く。少し呆気に取られたような顔で、光良さんは振り向く。

 

『光良、さん』

『貴様は……柊麗紅と言ったか? 先日の地区大会では……』

 

 そういえば、ここは今日の都大会の数週間前に行われた地区大会でも戦っていたんだっけか。まあ、そうでなくても柊の名前は、そこら辺の高校演劇演者には轟いているだろうが。

 

 しかし、次の瞬間にもう一人が、光良さんのもう片方の肩を叩く。

 

 割って入ったか、それとも柊に加勢したのか。ウチの高校の演者と同じ服を着たそいつは、不敵にして不気味にして不埒な笑みを見せる。

 

『フフ♡』

 

 いや、そう見えるのは、笑顔のせいではない。

 

 こんな奴、うちの演劇部にいたか? 

 

 新入部員の顔も、編入した部員の顔も、裏方含め俺は確実に覚えている。ましてや同じ舞台に上がる演者のことは、よく知っているはずだ。

 

 彼女は柊と肩を組み、『どうする? やっちゃう?』と言う。すると、柊もまた笑いながら『そうだね。今のうちに』と言って、彼女の肩を組み返す。

 

 知り合いではあるようだが、どうしたものか。

 

 ゲキバトルでの再起不能(リタイア)の条件、それは『頸を断たれる』こと。折られるなり斬るられなり、はたまた爆ぜるなり、そうして頸を断たれると、ゲキバトルの世界から消滅してしまう。

 

 柊たちは、光良さんの頸をこのまま折る気か? どちらにしろ、俺は予想外の出来事に、頭がショートして動けずにいた。

 

『ぁあッ!? あああああッ!!』

 

 先に動いたのは、光良さんだった。

 

 いや、動いたと言うよりかは、何かとてつもない衝動に襲われて、叫び出した。ほどなくして、武器をアスファルトに落とし、頭を抱えて倒れてしまった。

 

『光良さん!?』

 

 今度こそは正々堂々戦おうとしていた、そんな騎士道精神を汚されたから発狂してる、って感じでもなさそうだ。まるで本当に、頭がショートしたような──。

 

『柊! そいつ、何をしたんだッ!』

 

 そう言って光良さんの後ろを見ると、そこには既に柊ともう一人の演者は居なかった。

 

『うしろ♡』

 

 背中をつつかれ、俺は不意に杖を横なぎに振ってしまう。そして、それをいとも軽々と受け止められる。受け止めたのは、柊ではない方の演者。

 

 柊の黒髪と並ぶと、より鮮やかに見える彩度の高い赤い髪をかきあげ、『物騒ねェ』と余裕そうに笑うもので、俺はなんだか腹が立ってしまった。

 

 彼女の赤い目がこちらを睨むもので、こちらもメンチを切る。

 

 光良さんとの決闘を邪魔されたのもあるが、こんなに訳の分からない存在が、俺よりも柊と仲良さそうにしているのが、少し悔しかったのかもしれない。

 

 俺は柊の性別すら分からない。マッシュの間からのぞく瞳はパッチリ二重でまつ毛も長く、身長は171cmと高めだが声は幼い少年のような感じ。いまいち性別を断定できないような奴だ。

 

 しかし、俺は奴の一番の友達。言っちゃあ何だが、友達以上恋人未満。そんな奴が、急に俺の邪魔をしたら、誰だって困惑とやり場のない怒りが出てくるだろう。

 

 気が立っている俺は、柊の隣の女をよく見る。

 

 すると、俺は直ぐにハッと気づく。柊と全く同じ身長、同じ顔であることに。違うのは、その豊満すぎるほどに育ったバスト、そして長い髪くらいか。

 

『ふたり……いる……??』

 

 そんな俺のつぶやきに、柊は『そ。これは僕だよ』と言い、その女と背中合わせでポーズをとる。

 

『柊……ど、どうしたんだよ……これッ……』

『苗字だけだったら、どっちか分からないでしょ』

『ぐっ!?』

 

 どういう事だ。そう言う前に、女の方が俺を突き飛ばす。踏ん張ればグッと堪えられるくらいのパワーではあるが、今の俺にそんな余裕はなく、尻もちをついてしまう。

 

 そして、柊と横の女は、俺に向かってこう名乗る。

 

『僕は、柊 麗紅(ひいらぎ-れいく)

『アタシは柊 麗赤(ひいらぎ-れいか)♡』

 

 発狂した光良さんの悲鳴も落ち着いてきた頃、ふたりは手をつないで言う。

 

『悠久を演じる千年演者』

『レイクとレイカ!』

『『以後、ヨロシク♡』』

 

 

YES

『Roundabout』

 

 

『っぐ……』

 

 正気を取り戻し、ふらふらと立ち上がる光良さんに、俺は駆け寄る。先程も言ったが、奴らに触れるような心の余裕なんて、俺には無い。

 

『光良さん!』

『……頭に、何かを流し込まれた……』

 

 どうやって? そう聞くと、光良さんは笑う膝を叩きながら、俺に言う。

 

『ヤツに直接触れるな。発狂するぞ』

 

 何だそれ、どんな能力だよ。

 

 ヤツというのは、恐らく麗赤と名乗る、自称武器。人型の武器が能力を持っているというのか。そんなジョジョの奇妙な冒険に出てくるスタンドのようなことがあるか。

 

 いや、柊は確かこの世にある漫画でジョジョが一番好きだったはず。武器とは精神性のあらわれであるという言葉を信じると、あまり不思議なことでもないのか。

 

 普段使っている武器は大きめのナイフだったはずだが、それはどこへ行ったんだ。

 

『ヤツは今、正気を失っている……取り憑かれているとでも言うべきか』

『何にですか』

 

 光良さんはメガネを拭きながら、震える声で言う。

 

無意識下(イントゥ・ジ・)……没入状態(ウルトラゾーン)

『はぁ……?』

『聞いたことはないか。あの『穂村 燃(ほむら-もゆる)』が発見したとされる、潜在能力や無意識の欲求を最大限発揮できる状態……火事場の馬鹿力というやつに名前をつけたようなものだ』

 

 潜在能力。無意識の欲求。聞いたことはあるが、あんな暴走みたいな感じなのかよ。

 

 これが、柊が本当にしたかったことなのか? 柊が望んで、得た力だというのか? 

 

『し、しかし。あれは……ここ数年で目撃例はただ1つ。万両役者、『高校演劇第三世代』の創始者である蛇崩 神楽(じゃくずれ-かぐら)ただ一人、だったはずだが……おい、待て! 突っ走るな!』

 

 俺は光良さんの言葉を待たず、柊たちに向かって走り出す。

 

『どうでもいい!!! 柊にハートつけられっと調子狂うんだよッ!!!』

『ど、どうでもいい……って……』

 

 あと、あんまり多く名前を出すなよ。こんがらがるだろ。

 

 ちくしょう。分からないことばっかりだ。ウルトラなんたらって奴も、麗赤の正体も、柊に何の心変わりがあったのかも。

 

 でも、俺は多分、柊の目を覚まさせなくっちゃあいけない。ここで動かなきゃ、友達じゃないと思うんだ。

 

 そして、友達以上にもなれない。

 

 俺は、杖で麗紅と麗赤を殴りつけようとするも、何故か出てきた深紅色のバリアによって防がれる。

 

『何よ。ハートつけたくらいで……解釈違い?』

『……麻琴にも、分からないよ。僕のことなんて』

 

 くそっ、二人して冷たい目でこっち見やがって。

 

『僕自身だって、分かってないから』

 

 だから何だ。

 

 お前が教えてくれようとしない限り、お前が声をあげない限り、2人でそれを分かろうとすることもできないじゃあないか。いや、麗赤を入れて3人なのかも分からないが。

 

 俺は柊にたどり着きたいがために、至近距離で爆発系の技を使う。

 

『“春の地獄”ッ!!!』

 

 これ、使うと煤みたいなので真っ黒になるから、あんまり使いたくないんだけどな。

 

 杖の先からエネルギーを凝縮した赤黒い球が出てくる。それはあっという間に、瞬きをする間に、ニトロ的大爆発を見せる。咳き込みながら、俺は手で爆煙をかき分けていく。

 

 俺の手や顔は真っ黒になっているくせに、バリアには煤ひとつ付着していなかった。技の副産物でさえも効かないのかよ、と俺は肩を落としたくなるほどにうんざりする。

 

 バリア越しに見える柊の顔は、これ以上ないほどに曇っていた。流し目で俺を睨み、横の麗赤が高笑いしている。

 

『……近寄らないで』

 

 そんな柊の冷たい言葉に、確かに今の柊は我を失っているのかもしれないと察した俺は、無力を嘆くように叫んで、立て続けに技を出す。

 

『くっそぉぉぉッッ!!! “ファンシー・P・I・N・K・タイフーン”!!!』

 

 俺はもうひとつの爆発技を使い、柊から距離をとる。まあ、この技はピンクの爆煙を出すだけの、言わばスモークグレネードのようなものだが。

 

 しかし、すぐに麗赤に追いつかれてしまう。麗紅は、遠くで立ち尽くしたまま俺を睨んでいる。

 

『随分なエゴね。自分の思い通りにならないからって』

 

 走る俺に、ニマニマ笑いながら横をついてくる麗赤に、俺は杖を振りかぶる。

 

『エゴで何が悪りーンだよッ!!』

『悪いわよ。分かろうとすることは所詮、偽善に過ぎないわ』

 

 そんなに悪いかよ。好きなやつが、何で悩んでるかを知ろうとすることが。

 

 だってお前ら、知られたくなさそうな顔して──。

 

『くっそォ……俺、お前のこと何も分かってなかったってのかよ……!!』

 

 そう言う俺の後ろから、柊の声がする。

 

『何も言ってないからね』

 

 俺の前と後ろで、交互に声が聞こえる。まるで洞窟かトンネルでこだまするように、同じ声で。

 

『諦めなさい。人間という括りにはいるものの』

『誰かの痛みを肩代わりすることなんて出来ない』

『なぜなら、別人だからよ』

『僕は麻琴とは違うんだ。違う人間なんだよ』

『考えも違えば感じ方も違う』

 

 うるせェ。

 

『アナタとアタシたちは別の生き物』

『僕らは端から違う生き物なんだ』

『そう。だから分からなくて当然なの』

『僕だって、みんなと違う生き物』

『何故なら性別さえも無いのだから』

 

 うるせェな。

 

『アイデンティティを喪失した我が痛み』

『イマジネーションを殺した我が苦しみ』

『『そうやすやすと分かってたまるものか』』

 

 それなら、なんで。

 

『それならッッ!!! なんでこんなに俺を見てンだよッッ!!!』

 

 頭の中が混濁していくのを感じる。既に俺は麗赤の能力の術中にいたらしい。

 

 昔あった嫌な出来事。やらかした出来事。悲しい出来事。

 

 そういったネガティブな思い出が、次々と俺の脳を押し潰さんばかりに襲ってきたのだ。

 

 クソっ、姉貴の顔が特に多く過るな。

 

 そうだな。やすやすと分かるもんじゃあないとは思ってるさ。こんなにも多様性に慎重で寛容なご時世でも、柊は俺の想像の何倍も生きづらいハズだ。特に昔は……。

 

 学校ではどのトイレにも入れず、必ず多目的トイレを使い。水泳の授業では常に見学をし。真夏でも体のラインが見えないように長袖を着て。俺の見る限りでも、アイツは苦労してたと思う。

 

 お前は一切自分の苦労を語らない人間だった。弱音も吐かなかった。だからこそ、この多くの人間の感情が飛び交うゲキバトルに感化され、自分の感情が爆発したのだろう。

 

 全ては憶測に過ぎないが。

 

『なんで暴れてンだよ!! そのくせ、なんで皆を拒絶すンだよッ!!!』

『ッ……』

『……助けて、って言えば済む話じゃねェか……!!』

 

 それもこれも、こいつから直接聞かないと分からない。

 

 だからこそ、話して欲しいんだ。俺でよければ、俺の前だけでもいいから、弱音のひとつやふたつ吐いて欲しいんだ。

 

『自惚れないで!!』

『ぐっ……』

『確かに麻琴は、僕の一番の友達! 大親友だよ!! ……でもさ……僕の性別、分かんないんでしょ……?』

『聞いてないからな! あと、お前も分からないんだろ! それはッ!』

 

 柊は涙目で『そうだよ』と俯く。『僕もどうなりたいのか分からないんだ。麗赤が本当に僕の心の形なのか、どうなのか』と、麗赤と見つめ合いながら。

 

 麗赤は、その胸に柊の頭を埋める。だいぶ高さのあるハイヒールを履いているので、同じくらいの背なのだろうが、ぱふぱふができるようになっている。

 

『いいわ。その分アタシが、アタシ“たち”が、どんな形にだってなる』

『麗赤……』

『どの性別が好きなのか、どの性別になりたいのか。そんなの、麗紅が決めること。他の人にどうこう言われたって……』

 

 今にも泣きそうなほどに弱気な柊を、麗紅はつよく抱きしめる。

 

 その慈愛に満ちた目がこちらに向けられた時、その赤い眼は力強くこちらを睨んでいた。

 

『アンタよりも、アタシの方が柊のことはよっぽど分かってあげられる。麗紅にはアタシだけいればいいのよ』

 

 その言葉を麗赤が口にした時、柊はこちらを少しだけ見て、すぐにそっぽを向いてしまう。なんだその仕草。可愛いな。

 

 いや、呑気なことを考えている場合ではない。柊は。

 

『っ……』

 

 今、少し自分でも腑に落ちていない状況なのだろう。

 

 自覚するほどに、柊は今、空回りしている。もがけばもがくほど、沼の底の方に向かって落ちていく。ある種の『トラになる』ってやつだ。李徴とは少し状況は違いそうだが。

 

 やることなすこと悪いことに向かっていき、何をしても普通になれない。何をしてもダメになる。しかも、もがいているうちは、沼に底があるとも分からない。

 

 おそらく、麗赤の言っていることは、柊の本音でもある。しかし、柊は優しい奴だ。

 

 ここまで俺を追い詰め、傷つけるなんて、さっき廊下で話していた時から考えていたこととは思えない。

 

『そんな事、本気で思ってるのかよ。柊』

『……思ってるから、こんな事してるんでしょ』

『こんな事とか言ってる時点で、もう……』

 

 まだ言葉を吐ききっていない俺に、わなわなと手を震わせる柊。その手をこちらに向け、それと同時に麗赤が走って顔を掴もうとしてくる。

 

『うるさいッッッ』

 

 頭を直接触られたら、先程の光良さんの発狂ぶりを見る限り、廃人になってしまうかもしれない。

 

 いくらゲキバトル内のダメージは、原則的に現実世界へ持ち込まれないとはいえ、初心者がひどい欠損を負えば数時間の幻肢痛くらいは避けられない。

 

 ゲキバトル内で廃人になった場合、現実での精神への影響が0とは言いきれない。さて、バリア技は間に合うだろうか。

 

 最悪、杖で受け止める。後退も間に合わない。そう冷静に分析しつつも、やはり怖いものは怖い。俺は反射的に目を閉じてしまう。

 

『くっ……』

 

 来ると思っていた衝撃は、結果的には来なかった。代わりに、俺の前方が暗くなり、大きな衝突音が鳴る。

 

 白い、壁。いや、それは羽だった。

 

『部長!?』

『フフ……しずく、ようやく落ち着いてくれてさ』

『でも、部長!! 羽が!!』

『安いもんさ、戦友のためなら』

 

 紅葉部長は、俺を“天使の羽”でかばいつつ、普段はファンネルやホーミングとして活用する羽根のひとつを、苦しみながらこめかみに刺す。

 

 すると、先程まで歯を食いしばってギリギリいつもの顔を保っていた部長は、冷や汗を拭ってすっかり元のイケメン女子に戻る。

 

 より強いショックで相殺したのか。それよりも、こんなに顔のいい、性格・容姿共にイケメンな人でも嫌な思い出があるというのが驚きだ。

 

 片目のあたりが自分の血で濡れた部長は、俺の肩を叩いて笑う。

 

『言ってやれ、少年!』

 

 ヤバい、泣きそうだ。部長は今年で三年生だ。この大会で関東に行けなかったら、最後の大会なんだぞ。そんな部長に、こんなに痛手を負わせて。

 

『……はいッッ』

 

 情けない。

 

『柊!!』

『……』

 

 まっこと情けない。

 

『俺は……!』

 

 悔しさに、歯が砕けそうなほどに歯を食いしばり、俺は杖を握りしめて言う。

 

『俺はお前のこと、何も分かんねーッ……でも!!』

 

 部長が『緞帳は上がる』と言い、羽を上にどける。

 

 そして、柊と麗赤、両方に向き合い、俺は杖を前に出して言う。

 

『分からなくても傍に居たい!!! お前が、好きだからッッ!!!』

『すッ……』

『好き!!? ♡♡』

 

 エネルギーを、手を通して杖へとチャージする。水晶の具合からするに、既に80%ほど貯まっていたのだが、100%、いや120%ほどを目指して、俺は更にエネルギーを送り込み続ける。

 

『な……何よ。ただ自分が好きだってだけのエゴじゃない』

『エゴで何が悪い!!!』

 

 俺の本気で出した声量に、空間がビリビリと震える。一瞬、絶え間なく山から降ってくる紅葉が、その場で硬直する。

 

『演者はなァ!! 自分が泣いたら客にも泣いて欲しいし、笑ったら客にも笑っていて欲しい!! 自分の演技に周りを合わせたがるし、誰にも譲らぬエゴがある…………ッ』

 

 そうだ。ゲキバトルとは、一歩間違えば現実世界での生活にも影響を及ぼし、そうでなくとも敗れれば臨死体験を味わうという、イカれた『死合い』。

 

 演劇部にとって、大会とは試合ではなく『死合い』である。その真剣勝負の場において、殺陣をやろうなど言語道断。真面目に殺しあってこそゲキバトル。

 

 だが、俺は今、私欲のためだけにこの杖を振るい、友のためだけに戦っている。

 

 なるほど、少しだけ分かった気がする。

 

 俺をゲキバトルの中で俺たらしめるものは、この『心構え』なのかもしれない。何が来ようと、今だけは自分が主役でいたい。

 

 本来、主役ってのは花火や部長、バラダギ先輩みたいな人のことを指すんだろ。ああいうカリスマも実力もあって、主人公って感じのやつがそう呼ばれるんだろ。

 

 でも、俺だってやってやれる。やってできないことはない。

 

 そんな存在証明のために、俺は演劇の、ゲキバトルの世界に足を踏み入れたのかもしれない。

 

『演者は!!! 舞台の王になンだよッ!!!』

 

 

NAOKI

『Play the Hero』

 

 

『それだけのエゴなくして、何が演者かッ!!!』

 

 かつて俺は、教室の隅っこのミソッカスだった。でも、舞台に上がれば誰もが主役になれると信じていた。

 

 今回は、一年生にして将来有望、俺よりも強いかもしれない花火という演者の代役で、主役として舞台に上がった。ゲキバトルを界演した。

 

 だが俺は、だからこそ、分からせたいのかもしれない。

 

『演じてやる。主人公を』

 

 どんな形であれ、俺が主人公になった、ってことを。

 

 虎のように戦い、鷹のように飛ぶ。

 

 そして、お前を心の底から自由にしてやる。俺が死ぬまで。

 

『アイツも入ったか。無意識下没入状態(イントゥ・ジ・ウルトラゾーン)に』

 

 光良さんが、遠くでそう言ったのが聞こえた。

 

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