The motto   作:苗根杏

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#3 いつか見たような、存在しない明日。

 

 

 次の瞬間、俺は身体から力が抜け、バランスを崩してしまう。しかし、右足を瞬時に前に出し、アキレス腱を伸ばすストレッチのような体勢になる。

 

 溜まったのはストレッチパワーか? いいや、俺のエネルギー。俺のパッションとも呼べる活力。

 

 その全てを、俺は杖に注ぎ込んでしまったようだ。

 

 俺の本体は、杖になったと言っても過言ではない。メガネが本体という雑魚ユーモアがあるが、あれに似たようなものだ。

 

 まるで新しいスマホにデータを引き継いだかのように、俺の意識は俺の身体の方では薄れていき、杖の方に集中する。

 

『どちらも暴走しているようだが……!』

『先輩ッ』

 

 光良さん、古織、そして気配だけだが恐らく部長とバラダギ先輩も後ろに集まっている。

 

『古織、来たか』

『止めますか、アレ』

『……いや、まだだ』

『いいんですか?』

『ああ』

 

 光良さん、ありがとう。俺の気が失われるまでは、手を出さないでくれ。

 

『大土麻琴。それがお前のケジメってもんだろう』

 

 杖を持った手が、考えるより先に上へと掲げられた。

 

 そこで俺は、ちょっとした事に気づいた。『杖に意識が移された』のではない。視覚や聴覚は俺本体が感じていることから、俺の方にも感覚は残っていると考えられる。

 

『“叉…………紋”……ッッ』

 

 つまり、杖に意識を集めているだけで、俺は俺。どちらかといえば、杖が俺の一部になった、一体化したと考えるべきだろう。

 

 今、“彼女”を呼び出そうとしているのは、間違いなく。

 

『“HANAKO”ォォォォォッッ!!!』

 

 俺の意思だ。

 

 

lily white

『秋のあなたの空遠く』

 

 

 山を削り、海を割り。その口から出るビームは空をも穿つ。俺ができる最大級の“叉紋”技。50m級のバカデカい動く市松人形。それが“HANAKO”である。

 

 今回は、この山道から見下ろす温泉街、マップ外スレスレの所から登場だ。人々の暮らしの象徴、家やインフラ、電柱などをぶち壊しながら歩く彼女は、まるで怪獣。

 

 俺からしてみれば、ビジュアルは可愛いんだがね。だって、こんなに日本古来のロリ・ドールとして完璧なものが、俺に刺さらないわけがないじゃあないか。

 

 ロリはいい。俺の心を落ち着かせてくれる。小さい女の子というのは、その小さな身体の中に、既に大人と同等の母性を秘めているのだ。

 

『ウォォォ────────────…………厶』

 

 低く唸る“HANAKO”。その声が、ビリビリとフィールド中に響き渡り、電線は揺れ、地は響き、俺らはそれをただ眺めることしかできなくなる。

 

 人間、そうそうこんな巨大な動くものを見ることもない。そうなると、特撮なんかと違って、だいたいは呆然と立ち尽くしてしまうものさ。

 

 その迫力たるや、まさに太陽の塔。デタラメで、べらぼうな、俺のイマジネーションさ。

 

『でっかぁぁぁ!!?』

『……そうか』

 

 怯える古織の声と、何かを察したようなバラダギ先輩の声が聞こえる。柊は『その手があったね』と、面倒くさそうに“HANAKO”を睨んだ。

 

『これはちょっと不利かもね』

『本体を狙えばいいのよ。『刺し違えられる』前にネ』

 

 戦闘態勢に入る麗赤。俺も再びエネルギーチャージを始める。しかし、このままでは、この場は混戦状態になってしまう。

 

 俺とバラダギ先輩は、一足先に気づいていた。こちらに向かってくる、大群の存在に。

 

 山を左にした時、正面に見える急カーブ。そこから、灰色のシャツを来た女生徒たちが、群れを生してやってくる。ざっと数十人。

 

『なッ』

『漁夫……!』

 

 漁夫とは、FPSなんかで使われる用語。その名の通り『漁夫の利』を求めて戦いの場にやってくる第三者、あるいは第三部隊のことである。

 

 あの服、あの人数、そして全員が女生徒。間違いない。『羽丘女子学園』の部員だ。

 

 確か江戸川区の女子生徒は、日本でも随一の多さだと聞いたことがある。あそこだけ美少女系アニメの世界かのように。

 

 彼女たちが見えた途端、疾風のように走り出す人がいた。その人のアメリカン・クラッカーは弧を描き、先についた鉄球が山肌にぶつかり、砂やら何やらが舞い上がる。

 

 それらが晴れた時に見えたのは、血まみれの男だった。

 

『バラダギ先輩!!』

『コイツは俺の獲物だァ!!』

 

 先輩1人で、あんな人数を対処出来るわけがない。どっちにしろ乱戦になることは請け合い、ここで“HANAKO”に柊たちの相手を任せ、俺は先輩の援軍となろう。

 

 そう思った俺が先輩の方向に走り出した時、踏み出した足の2cmほど前に、紐が伸びたクラッカーの鉄球が落ちる。

 

 アスファルトに沈む鉄球は、これ以上の俺の歩みを拒むようで。

 

 紐をたどった先にいる先輩に『バラダギ先輩……』と口ごもると、彼は背中を見せたまま、クナイを“叉紋”しつつ答える。

 

『行けよ! 後輩ッ』

『……!!』

 

 アリガトウッッッ。

 

 こんな俺なんかのために、あの人は不器用ながら助けようとしてくれている。俺は頭を深深と下げ、『ありがとうございますッッ』と精一杯の感謝を伝える。

 

『……戦場で、いちいち感謝なんかするとはな』

 

 彼は軽くこちらを振り向いて、ふっと軽く笑う。

 

『戦場なればこそ、いつ無くなるか分からない命への感謝は忘れてはなりません』

『バーカ! 俺はすぐ死ぬほどヤワじゃねェ!』

 

 そして、もう1人。バラダギ先輩と羽丘の大群のほうへ向かう足音。

 

 光で出来たモーニングスターを引きずり、地面に跡をつけながら、光良さんはバラダギ先輩の横に並ぶ。

 

『原田木燦迅。案外に思慮深いな』

『なんの事だ? 俺は、タイマンでテメーと戦いたいだけだ』

『……演劇バカなことに変わりはなさそうだが』

『テメーらみてぇな演キチと戦うことが、これ以上なく楽しい……同じ演キチとして、当たり前のことだろ』

 

 2人は同時に構えをとり、笑い合う。

 

『加勢するぞ。原田木燦迅』

『置いていかれても知らねーからな、光良!』

『あっ!? 先輩! 私も行きますッ!』

 

 慌てて古織も、その2人に合流していく。

 

 なんだ、案外バラダギ先輩と光良さん、相性は良さそうだ。互いに互いのことを気に入っているみたいで、俺は少し涙が出そうだった。

 

 俺と柊が初めて会った時も、あんな風だった。

 

 最初こそ、俺と柊は『自分とは合わない』と思い合い、普段から喋ることもあまりなかった。しかし互いに一年生だった頃、夏休みの練習で、偶然俺と柊だけ早めに来た時があった。

 

 ──「……何でこんな時間に?」

「あ? あー……ニチアサがゴルフでなくなったから」

「僕も〜……えっ!? ニチアサ知ってるの!?」

「おう……何、お前も見てんの?」

「うんっ、リュウソウジャーが最高で!」──

 

 まあ、共通の趣味が見つかっただけだ。だが、それだけで俺らの距離はグンと近づいた。

 

 元々、演劇部なんてオタクしかいないような部活で、自分の推しているジャンルやタイトルが被ることなんて珍しくない。だが、当時の俺らは、それだけで話がどんどん弾んで。

 

 気づけば、一緒に遊ぶ機会も多くなった。泊まりで夜通し映画を一気見するという、俺にしては多少ヤンチャなこともした。

 

 ここまで近づけたのは、何かしらの運命もあるはず。俺はそう信じてやまないよ、柊。

 

『さて、どうする? 麻琴少年』

『決まってますよ』

 

 そうだ。そんな柊が。

 

『アイツを、助けます!!』

 

 柊が、苦しんでるんだ。

 

 しかも、どっちの柊も。

 

 俺は光良さんと先輩の方から、柊の方へ向き直る。すると、既に麗赤がすぐそこまで近づいていた。

 

 咄嗟に杖を振りかぶる。だが、麗赤が俺に触れる方が早かった。頭を鷲掴んで、まるでブロリーのように。

 

『こんなに瓜二つなのに、攻撃できるわけないでしょう? しかもアタシは触れると気が触れる……あっ、これダジャレじゃないわよ?』

 

 手遅れだ。もう、俺は正常な判断が出来なくなっている。

 

 しかし、今の俺は、杖の方にも意識がある。言わば、意識が分散されているのだ。

 

 俺はまだ残っている意識を使い、杖から技を放つ。

 

『“春の地獄”……ッッ』

 

 杖の水晶が眩く光り、大爆発を起こす。麗赤はもちろん、俺も巻き込んで。

 

『だぁあっ!!?』

『少年!?』

『ぐっ……ぐぎぎぃ……!!』

 

 麗赤を攻撃しつつ、さっきの部長のように、自分にショックを与えて精神攻撃を相殺する。それが俺の思いついたイマジネーションだ。

 

 脇腹に、吹っ飛んできたアスファルトがぶっ刺さっているが、構わん。俺は拳と杖を握りしめて叫ぶ。

 

『効か────んッッ!!!』

 

 煤で真っ黒になった俺は、意地だけで足を動かす。ガニ股で、一歩一歩ゆっくりと。

 

 同じく全身が黒くなった麗赤は、『ン何よォ! もうッ!』と言いながら全身を手で払おうとするが、そこで彼女は自分の左腕が吹っ飛ばされていることに気づいた。

 

 黒い煤が、“HANAKO”のチャージ技による空気の吸い込みで取れていく。

 

『な……ッ!!?』

『柊麗紅はなァ……』

 

 片腕が無くなって動揺した麗赤に向かって、着実に歩む。“HANAKO”も得意技の“ザ・ヴァージン・スピリット”を見せてやる準備が整った。

 

『もっと奥ゆかしく、中性的で!! お前とは違った魅力があンだよッ!!!』

『ムッキー!! 失礼しちゃうわァ!! ……って、え?』

 

 俺の心の叫びに、ふと麗赤が反応する。腑抜けた声で聞き返すものだから、俺も少し脱力して答える。

 

『違った、魅力……?』

『……いや、お前はお前でカワイイだろ』

『カワっ……!?』

 

 頬に手を当て、顔をブンブンと振る麗赤に、柊は困惑しながらも言う。

 

『ちょっ、何ときめいてんだ!』

『だってェ……『ずっと言われたかった』んだもの……』

『ッ!?』

 

 その麗赤の言葉に呼応するように、柊は頭をボンッと爆発させるように赤面する。みるみる茹で上がって、湯気を出す柊は、その場に座り込んでしまう。

 

 麗赤はもう一人の柊、つまり柊自身。感情を共有でもしているのか。だとしたら、精神攻撃がトップメタになるのか。目には目を、ってやつだな。

 

 今の発言、そんなに地雷だったか。2人の柊が戦闘不能な程に恥ずかしがっているのを見て、俺は“HANAKO”を臨時待機状態にさせる。

 

 そして、杖を柊たちに突きつけ、荒くなった呼吸をできるだけ整えて言う。

 

『なんだか良く分かんねーが、お前らまとめて……俺が救ってやる。これが俺のエゴだ』

『!!』

『どっちも、柊だからな』

 

 言いたいことを言いきり、俺はふと意識が遠のく。“HANAKO”も技のチャージを中断してしまう。

 

 こんなことを言っておいて、その場で倒れるなんて、ダサすぎるな。俺。

 

『少年ッ!!』

 

 いつの間にか先輩や光良さん達に加勢していたのか、そしていつの間にか俺の後ろにいたのか。紅葉部長がこちらに飛んでくる音が聞こえる。

 

 だが、俺の身体はとうに地面とキスしようとしていた。

 

 一足遅れて、俺のメンタルが絶望に包まれそうになったその時。

 

『シェイクスピア四大悲劇、そのひとつ。“ハムレット”』

 

 聞き覚えのある声がした瞬間、俺の身体は誰かに抱かれた。超スピード、いや、そんなチャチなもんじゃあ断じてない速度でこちらに迫ってきたのか、俺は脳の処理が追いつかなかった。

 

 気がついたら、俺は『お姫様抱っこ』をされていた。

 

『待たせたね、子犬くん』

『……薫』

 

 俺の顔にかかった自分のポニーテールを、薫は息を吹きかけてどかす。くっきり顔が見えた時、俺はうっかり泣きそうになる。

 

 お前、こんな事を四六時中やってたら、そりゃあ全国の女子高生は湧くぜ。

 

 薫はこちらに微笑みかけた後に、柊の方を向いて『あの子猫ちゃん達かい? お転婆騒ぎを起こしているのは』と言う。

 

 俺は黙って頷く。見ると、柊は、先程の恥じらいが混じった眼を一変させ、その目を丸くして驚いている様子だった。そして、麗赤の方はというと。

 

『……先輩は花火くんの代役なの。代役にして大役、故に対厄。手を出さないでくれる?』

『偉そうにッ……デカリボン!!』

『名前くらい知ってるでしょ?』

 

 よく知っている顔に、いや、俺の後輩に足止めをされていた。

 

 彼女の自慢の日本刀が、麗赤の首筋に軽く当てられ、血が刀身を伝っていく。

 

『片時雨の下手で、血塗れのシャツで。胸には涙、顔には笑顔で、今日も私は舞台で歌う……呪いの雨を振り切り進む、舞台を照らす一縷の雫』

『オイオイ……ラミエルじゃあなかったのかよ』

 

 その血は、『水属性』を持つ日本刀で操られ、一気に尖る。彼女の刀には血でできた回転する刃がついた。そいつはまるでチェンソー。輝彩滑刀の流法が如き血だったものは、彼女の内なる衝動を表すが如く音を立てて……。

 

『虹ヶ咲学園24期生、桜坂しずく。舞台に残るのは、私だけでいい』

 

 

桜坂しずく

『エイエ戦サー』

 

 

『しずくちゃんッ!!』

 

 俺が薫の腕の中で名前を叫ぶと、しずくは普段の優しい笑顔を微塵も感じさせない、殺気にまみれたような眼光を光らせてこちらを睨む。

 

『麻琴先輩。その役で倒れられたら、花火くんの面子まで潰れてしまいます』

 

 俺はそこではたと気づく。そうか、俺は花火の代役。彼女の日本刀が水を操るように、花火の日本刀は炎を操る。

 

 俺は普段、万能属性の杖を使っているが、花火の使うような炎属性の技だって使えるかもしれないし、花火の技だって借りられるかもしれない。

 

『……麻琴先輩を守ることは、花火くんを守ること。お覚悟を』

 

 覚悟ガンギマリの彼女の目は、花火のように燃えていた。

 

『頼もしい子だよ』

『鼻が高いね』

 

 柊はその間にも苦しんでいたが、やがて意識がはっきりとしていく。

 

『薫……サマ……』

『おや、君はもしかしてあの日の……?』

 

 薫がそう言うと、柊は頭を抑えてうめいていたのが、徐々に叫び声に変わっていく。

 

『ぐっ、ああっ……あああああッッ!!!』

『柊!?』

 

 そのうめきが叫びに変わって、俺は確信した。憧れの方にヤケになっている失態を見られ、絶望的な状況なのだろう、柊にとっては。

 

 なるほど、柊は薫の大ファンだったな。前にオレンジくんとエチュードをした日、薫と会えた時には飛び跳ねて喜んでたっけ。

 

『遅くなってすまなかった、子猫ちゃん……』と辛そうな顔をする薫。しかし、すぐにいつもの微笑を取り戻し、自信たっぷりにこう言う。

 

『でも、大丈夫。何故かって?』

 

 白い歯が、秋の澄んだ空気の通す太陽の光に照らされて光る。

 

『私が来たからさ』

 

 そうキメる薫を見て、フラフラと横に立った部長は唖然とする。

 

 王子様系のライバルだからか? 薫は、そんな部長のリアクションを何でもないように流して、俺を部長に預け、腰に携えたレイピアを抜いて言う。

 

『どこかで会ったかな? 改めて自己紹介を。シェイクスピアの使者にして、天賦の演才を持つ者。怖がらないで、キミの心だってすぐに私を気に入るはずだ』

『……はは』

『羽丘女子学園50期生、瀬田薫。シャル・ウィー・ダンス?』

 

 

椎名林檎

『歌舞伎町の女王』

 

 

『かっけえや』

『……ああ。悔しいことにね』

『おや、そこの子猫ちゃんも素敵だよ』

『こっ!? ……子猫と呼んだか、今……私のことを……』

 

 うちの部長を子猫ちゃん呼びできる、恐らく唯一の演者、瀬田薫は、レイピアを柊に向ける。

 

 自信満々の薫。が、それを見て柊は、安心もせず、ますます苦しそうにうめいている。

 

『麻琴は……僕の……!!』

 

 そのうち柊は、その身を紅いオーラに包み、その中に閉じこもってしまう。

 

『ガァァアアアアッ!!!』

『……麗紅。行くのね』

 

 麗赤はそれを見て、どこか諦めたような、それでいて爽やかな笑みを見せる。

 

 彼女は自分の胸に、残った片腕で手刀を突き刺し、ブチブチという音を立て、心臓を丸ごと出す。

 

 柊のオーラの中に、心臓を突っ込んだ麗赤は、みるみる足元から灰になっていく。

 

『麗赤!?』

 

 俺が敵にも関わらず、駆け寄る。しかし麗赤は俺に向かって、後悔はないといったふうにニコリと笑う。

 

『優しいのね。でも大丈夫……アタシは、麗紅の“武器”だから』

『でも!!』

『麗紅の中に、アタシは生きているわ……』

 

 首まで灰になった麗赤は、薫と俺に言う。

 

『お願い。このコと……麗紅と、全力で戦ってあげて』

 

 そして、麗赤は跡形もなく消え去った。

 

 アイツは、俺にとっての杖、部長にとっての翼、薫にとってのレイピア……武器そのものだったのか。

 

 そんな麗赤がいた場所も、オーラによって包まれていく。より黒の混じった紅が、球状に広がっていく。薫は何かを察したのか、柊から遠ざかる。

 

 紅葉部長もそれに続き、俺を抱えて飛んでいく。

 

『麻琴は……僕のものだッッ』

 

 そんな声が聞こえた時、後ろで大きな爆発音が響く。

 

 山が割れ、崩れる。土はなだれ、木は折れ、多くの演者が巻き込まれる。

 

『何ですか何ですかッ!!』

 

 しずくが降りかかる理不尽にイライラしたように、そう言う。

 

 ある程度の所で俺たちが後ろを振り返ると、そこには柊がいた。

 

 身長50mほどの。

 

 巨大柊は、正気を失った紅い目を光らせ、“HANAKO”に突撃する。彼女は表情こそ変わらないものの、流石に驚いたようで、反応が数瞬遅れた後にタックルを受け止める。

 

 両手を前に出した“HANAKO”、それがプレミだった。その手を柊に取られ、背負い投げをされる。向こう側に見える、俺らのいる山とはまた別の山に下半身がめり込む。

 

 土まみれになりながらも立ち上がろうとする“HANAKO”に、柊は馬乗りになって殴りかかる。

 

『あ、あんのヤロー……俺の可愛い“HANAKO”を!』

『可愛い……?』

『……うん、可愛いね』

 

 部長と薫が汗を見せる。微妙な反応するな。俺、小さい女の子はみんな可愛いって判定になるんだよ。

 

『わ、私の家にも同じような子、いますよ……?』

 

 しずくが精一杯のフォローをしてくれる。やめろ。心のない優しさは敗北に似ているんだぞ。

 

 “HANAKO”を戦闘不能にした後、こちらを向いた柊に向かって、薫はこう言う。

 

『キミは……まーちゃんが欲しいのかい?』

『……ガ、ァァァ……』

 

 柊は何も答えず、こちらに進んでくる。

 

『欲しいってどういう事だよ』

『あの子は、キミに距離の近い女子を狙いに来ている……』

『はい?』

 

 部長のそんな言葉に、俺は間抜けた声を出してしまう。どういう事だ、そう聞く前に薫が俺の肩に手を添える。

 

『さて、まーちゃん』

『何だよッ』

『打開策はある……できるかい、“アレ”を』

『……アレ?』

 

 情報の濁流にイラつきながら聞き返すと、薫はなんでもないように笑って言う。

 

『“合体”だ』

 

 ゲキバトルにおいての“合体”。それは通常、“叉紋”したもの同士の融合を指す。武器であれ何であれ、イマジネーションさえあれば、“合体”はできるものだ。

 

 しかし、合体させる者同士の相性は重要だ。俺と薫は、この前のオレンジくんと戦った後、地区大会で一時共闘をした。それ以来、一方的に誘われて一度お茶をしたくらいだ。自作の詩集を押し付けられた。クソが。

 

『……ぶっつけ本番かよ。一回も試したことがないんだぞ、いくらなんでも無謀だ』

『まーちゃん、ごめんね。でも、これしかない』

 

 そんなことは俺も分かっている。“HANAKO”に残ったエネルギーは後わずか。彼女に薫の“叉紋”した何かを“合体”させることができたなら、勝ち目はある。

 

 柊はどんどんこちらに向かってくる。部長の腕の中で、俺はグギギギと歯ぎしりをしながら大声で言う。

 

『だーっ!! やるやる、やりますよ!!』

『そうこなくっちゃあね』

 

 満面の笑みで俺に応える薫は、宙に向かって手をかざす。

 

『“叉紋”……シェイクスピア四大悲劇、その一+二+三+四!! “断割(だんさく)マクベス”ッ!!』

 

 薫は“HANAKO”の横に、何やら大仰な格好をした髭ジジイを“叉紋”する。

 

『“HANAKO”!!』

 

 俺が手を上げてそう呼びかけると、“HANAKO”は辛うじて立ち上がる。

 

 部長は、俺をゆっくりと下ろした後、『こりゃデカイのが来るね』と、山側の少し上まで飛ぶ。

 

 たとえ出来なくても、やってみる価値は無くもない。いや、薫の言う通り、やるしかないんだ。俺は薫の細く長い指が、自分の手に絡むのを感じつつ、手を握り返す。

 

 そして、手を掲げて声を上げる。

 

『『“最極叉紋(ウルティメイト・サモン)”!!!』』

 

 俺と薫がそれぞれ“叉紋”したものが輝きだし、互いに衝突し合うように走っていく。2人がぶつかった時、元の面影はなくなり、完全に白い光の玉になる。

 

 先程まで杖に貯まっていたエネルギーが、みるみるうちに減っていく。あっという間に残り10%だ。俺は慌ててエネルギーを送り込むが、減る量と送る量が同一なので、水晶玉の中でエネルギーが無くなるスレスレをキープしている。

 

 薫もまた、かなりの精神力を消耗しているようで、腹式呼吸こそ忘れていないものの息が荒くなっている。

 

 ここまで大規模な“合体”も、中々ないだろう。焼き付けろよ、柊。みんな。

 

 そういえば、と俺は薫に『名前は何だ。それによって見た目や能力もつられるぞ』と問う。薫は、俺と繋いでいない方の手を顎に当てて考える。

 

 思考している横顔すら薫は様になっており、少し悔しくなってしまう。勝手に悔しがる俺に、薫はハッとしてこう答える。

 

『“断割マクベス”と“HANAKO”なら、────でどうだい?』

『……いいのかよ、それ』

 

 薫は『ゲキバトルとは自由だ』とだけ言い、押し通すつもりだ。仕方ない、この小説の存続に繋がるが、シラを切ってやろう。

 

 俺らは小さく『せーの』と言い、声を合わせて『彼女の名前』を叫ぶ。

 

『『DAOKO────ッ!!!』』

『……え!? DAOKO!!?』

 

 部長が驚いた声がした時には、40〜50mほどの美人さんが、柊の前に出てきた。足元から3Dプリンターで出力されるように。

 

 艶やかで長い黒髪が後ろで団子状にまとまり、身体を包む光が弾けると青い着物が着用される。まるで魔法少女の変身シーンだ。

 

 下駄で山の下の温泉街に着地するドヤ顔の彼女は、正真正銘、皆の思い浮かべるような“DAOKO”さんだった。

 

『思ったよりまんまのが出てきちゃったぞ……?』

 

 部長の困惑の声にも、“DAOKO”は微笑みを浮かべながら手を振って応える。

 

『……まーちゃん』

『はあ、はあッ……やったな……出来たぜ、“最極叉紋”ッ……!!』

 

 さすがの薫も、隣でウズウズしながら喜んでいる。これで巨大柊にも対抗出来る。

 

 しかし、薫は更に腕を突き上げ、まだ何かを“叉紋”しているようだ。俺は『えっ、まだ何かするのか?』と問うと、薫は笑顔でこう言う。

 

『彼女と一緒ならば、『あの方』も必要なんじゃないかい?』

『……薫、それは危ない』

『私の身体なら大丈夫だ』

『権利問題的に危ないんだよ!!』

『フフ……ダメ押しってやつさ』

『お前、さては並べたいだけだなッ!?』

『“叉紋”!!』

 

 俺の制止を無視して、薫はウキウキしながら手を掲げる。

 

『あーあ! 知ーらねッ!』

『“(よね)───”ッ!!』

 

 薫の叫んだ名は、今や日本で知らない者はほとんど居ないであろう、今をときめくシンガーソングライター。

 

 彼も、これまた魔法少女のように光を身にまとって、黒いパーカーとジーンズ、スニーカーというラフな格好で、地面を揺らして温泉街に降り立つ。

 

 格好こそ普通だが、その長くうねる前髪と、少しこけた頬、人を刺せそうな喉仏。どれもが、誰もが、見覚えのあるソレだった。

 

『よ……よッ……』

 

 部長たちが狼狽えているのも気にせず、薫はレイピアを柊に向け、『全速前進だ!! 2人ともッ』と指示をする。

 

 いや、この2人を戦わせるのはちょっと。そんな俺の躊躇いも知ったことかと、薫はキラキラとした目を、今や三体となった巨人たちに向ける。

 

 そして、指を鳴らしてこう告げるのだった。

 

『やろうか。子猫ちゃん“達”』

 

 柊、そして麗赤の残った遺志、ふたりに向かって。

 

 

MASHUP

 

DAOKO

『TOKYO-KICK-ASS』

×

米津玄師

『リビングデッド・ユース』

 

 

 柊と、2体の巨人が真っ向からぶつかり合う。こちら側が“叉紋”した巨人はどちらも細身だが、数的優位ではある。足止めをしてくれている間、俺たちは俺たちなりの準備を進めていた。

 

 薫は、シェイクスピアの戯曲の暗唱。こいつ、妙ちきりんな特技を持っていて、シェイクスピアが書いた戯曲を全て暗記しているらしく、それをそらで言えるとのことで。

 

 いつ使うんだ、その特技。

 

 いっぽう俺は、精神統一をしてイマジネーションを練っていた。ここからなるべく最小のモーションの、なおかつ柊の精神になるべく負荷をかけない、最小限の火力の技を考えていた。

 

『……そーゆー事ね』

 

 部長は納得したように、はたまた呆れたようにも聞こえる声で、目の前にて繰り広げられる事物を飲み込んだことを伝える。しずくは『何? えっ、何が……?』とまだ理解していないようだ。

 

『力を貸すよ』

『部長!!』

 

 飛んでいたところを、俺たちの所まで降りてきてくれた部長に、薫はあろうことか顎クイをしやがった。しかもウインクまで。

 

『ありがとう。子猫ちゃん……いや、その白い羽。キミは私にとっての天使なのかもしれないね』

『……たまには、王子に口説かれるのも悪くないかな!』

 

 部長のファンクラブの方々が見たら卒倒するような光景だが、当の紅葉部長は満更でもなさそうだった。花火にも見せてやりてえな、このレアな光景。

 

 そこで、はたと俺は思いついた。脚本は俺の前にいた奴に当て書きされている。つまり、花火へのバフがかかっている。

 

 ならば、代役で花火の役に当てられた俺も、花火の戦法を少しは使えるのではないか。通常、杖の水晶に送り込むエネルギーを、俺は何も握っていない開いた手のひらから放出する。

 

 すると、微かなバチバチという音と共に、小さな火が点く。例えるなら、線香花火のような。

 

 これはいけるぞ。そう思った俺は、杖をその場にぶっ刺して、利き手側の肩をぶんぶんと回す。

 

『ついでに……『アイツ』の技も借りるか』

『……なるほど。それは儚いね』

『分かるのか?』

『ああ。まーちゃんの後輩の技だろう? 今回代役で出るということは、私も知っているさ』

 

 何でもいいけど、さっきからその呼び方が気になっているんだよな。なんだよ、まーちゃんって。お前は大鶴義丹か。ならばさしずめ俺はマルシアか。

 

『花火……か』

『儚い、ってか?』

『ああ! とっても儚い。消えるからこその美があると思うよ』

 

 ふわっとしたこと言いやがって。まあ、言わんとしていることは何となく分かるけど。

 

『なら、これはどうだ? あ、部長もご一緒に』

『……ふむふむ』

『なるほど。儚いアイデアだね』

 

 その『儚い』にはどんな意味合いが込められているんだ。

 

 英語だと、俺や僕や私といった一人称が全て『I』になるように、瀬田薫の脳内では大抵の現象や感情は『儚い』で表せるんだろうな。『エモい』みたいなものか。

 

 まあ、こちらが合わせるしかないのかな。薫の語彙にも。薫の──いや、薫と紅葉部長のパワーにも。

 

 俺はこの中でダントツ弱い。ここにいるのは代役で主演をつとめているラッキーマンだ。その横にいるのは、羽丘のエースと、ウチの主将。

 

 武器の杖によって出せる技は多岐に及び、汎用性はピカイチだが、突出した能力といえばイマジネーションくらい。そんな俺が、この人たちと張り合わなければならない。

 

 敵ではなく、あくまで仲間として。

 

 薫と次に会う時は、万全な状態での決闘だと思っていたんだがな。そんな事を思い出しながらため息をつく俺の肩に、部長が手をのせる。

 

 ハッとすると、薫もまた俺の手を握り、準備万端といったようす。

 

 よし、やるか。俺は一種の諦めのようなものを覚えながら、自分の足を叩いて気張る。

 

『行くよ。ふたりとも』

『ああッ!』

『はいッッ』

『しずくは先導を! 邪魔なやつ全員ぶっ殺して!』

『わ、分かりました!』

 

 まずは、2体の“叉紋”巨人には一度、柊から離れてもらう。柊は相変わらずこちらを狙っているようで、ズシンズシンと重い足音を立てて向かってくる。

 

『麻琴ッ……麻琴ォ……』

 

 待ってろ。元の柊のように、袋のお米くらいの重さに戻してやる。

 

 俺たち4人は、柊をより挑発するように、山道を登りの方向へと向かって走っていく。エンカウントする他の演者は、しずくがひと斬りですぐに殺してくれるので大丈夫。

 

『こっちだ、子猫ちゃん!』

『……ウルルルゥゥゥ────ッ……』

 

 そうして5分ほど山を登った頃。“叉紋”巨人たちの足音が『丁度いい具合』に近づいてきた。そろそろだな。

 

 俺は部長に目配せして、『今だッッ』と叫ぶ。

 

 合図と共に、部長が羽根のミサイルを、柊に向かって放つ。

 

『“天使の羽”!!!』

 

 それらを全て手で受け止めようとする柊は、部長の大きな羽の後ろでエネルギーチャージをしている俺らに気づかなかった。

 

 また、山をぐるっと回って、彼女を挟み撃ちにする“叉紋”巨人、その2体にも。

 

 巨人たちは柊の両腕を掴み、その場に固定させる。柊は足をバタバタさせて吠えるも、中々解けない様子。

 

 それもそうだ。予め薫に頼んでおいて、“DAOKO”ではないもう1体の巨人の髪を伸ばしてもらうように言っておいた。

 

 何故か三つ編みになっているが、あれは俺の注文では無い。

 

 俺もまた“DAOKO”のお団子をほどき、ストレートのロングヘアにした。彼らの髪を柊に結びつけた。これでもう、簡単には外れない拘束が生まれた。

 

 ここで俺たちは、手を繋いで、その手を上に挙げてこう唱える。

 

『『“最極叉紋奥義(ウルティメイト・サモン・フィナーレ)”!!!』』

 

 こんな口上は今までに恐らく存在しない。“最極叉紋”自体は元から存在が確認されていたが、そこから派生して技を出すのは初めてだろう。

 

 羽根が舞い散る中で、俺は2人の“叉紋”巨人からエネルギーを拝借する。杖を経由せず直接、俺の手へと。薫と繋いでいる方の手に、だ。

 

 ふと、自分の前髪あたりに乗った羽根を取る。見ると、部長の“天使の羽”を盛り上げる演出のように、毎度毎度どこからともなく舞ってくる白い羽根。

 

 繋いでいない方の手でそれを取った時、羽根はまるで脱皮や羽化をするように、外殻が剥がれるように、サラサラと粉を発しながら色を変える。

 

 中から出てきた色は、紫色。薫の艷めく髪色のように、深い紫。

 

 俺はそれを見て、思わずため息をつく。

 

『私のメンバーカラーだね』

『そうかよ。知らねーけど……』

 

 こちらを見ているドヤ顔の薫の方を向き、目を合わせて笑う。

 

『きれいな色だな』

『……フフ』

 

 ここじゃないどこかへ、誰も知らない場所まで飛んでいけそうな、澄んだ紫の羽根。

 

 俺の心は、みるみるうちにアツくなる。

 

 花火はよく『アツいぜ』と言っていたな。今、理論や言葉の上だけではなく、心からその言葉を理解できた気がした。

 

 さあ、やってやろうじゃあないか。俺は花火の必殺口上を拝借する。

 

『冠花火!! 万華鏡花火!! 蜂花火!!』

『消えるからこそ儚い……花火も、命も……!』

 

 火種は、この羽根。

 

 薪木は、この命。

 

 見えたぜ、柊に勝てるイマジネーションが。

 

 俺は心臓のあたりに羽根を当て、燃え上がるような熱に、アツアツの風呂に首まで浸かった時のように、いや、それ以上の熱さと苦しみに気を失いそうになりつつも、大声で誤魔化す。

 

 燃え上がった羽根が空へと舞う。そのうち、辺りはみるみる暗くなりはじめ、夕焼けをスキップして夜になる。

 

 俺は薫と顔を合わせ、無言で頷いて、柊の方に向き直って、今日イチの声量を出して技名を唱える。

 

『『必殺!!! “打上花火”ッッッ!!!』』

 

 柊の足元、2体の“叉紋”巨人のスニーカーの紐を通す穴から、のべつまくなしに八尺玉が昇っていく。

 

 しずくはそれを見て、『あれは……花火くんの……』とつぶやき、満足そうに笑う。

 

 打ち上がるのは、柊の顔の少し下。首元である。澄んだ空気の夜の山、季節外れの花火が打ち上がる。爆発して火が飛び散り、柊にダメージが着実に与えられる。

 

『“夢の傷跡(ゴッドノウズ)”……ッッ』

 

 部長は俺の作戦通り、柊の後ろに回り込んで飛び上がる。柊の真裏に丁度浮かんでいる月をバックに、彼女は鉄棒の要領で縦に回転して、逆さに体勢を変える。

 

 彼女の足元には、羽根を凝縮したサッカーボール大の玉があった。それを部長は思い切り蹴って、柊に当てる。

 

 威力こそ小さいものの、あの技の狙いは直接的打撃によるダメージではない。

 

 羽根の玉は柊の後頭部で爆ぜ、そのまま肩へ腕へ、胸へ腹へとまとわりつく。

 

 花火は未だ絶え間なく上がり続けている。その飛び火が羽根へと引火し、まとわりついたそれらが一気に燃え上がる。柊の身体が、炎に包まれる。

 

 数十秒、あるいは数分。花火が弾け切り、羽根たちも燃えて灰になった後。巨大柊は少しの間だけ硬直し、禍々しいオーラが収縮し、空中で柊は花火となり爆発する。

 

 爆風で、俺ら諸共吹っ飛ばされる。しかし、これでいい、完璧だ、とばかりに薫は俺に笑いかける。

 

『……やったね』

『薫……それ、死亡フラグ……』

 

 とはいえ、流石に倒せただろうと俺も思っていた。

 

 しかし、次の瞬間、俺らの前に何かが墜落した。

 

 最初は真っ黒で何が何だか分からなかったが、よく見るとそれは五体満足、どこも欠損していないが、真っ黒焦げになっている柊だった。

 

 思わず俺は飛び上がってビビってしまう。身体が反応してしまい、もう立てるほどもエネルギーが残っていないにも関わらず、逃げようと無意識に身体が立ち上がった。

 

 とは言っても、流石に動けんだろう。と思ったが、焦げ焦げの柊は俺に向かって手を伸ばす。

 

『ぁ……』

『なッ』

『やれ……て、ない……』

 

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