夏休み初日、お墓の前。
「ここ?」
「そうだよ。」
「そういえばましろさんの話、あんまりよく聞いたことなかったよね。」
「そうだっけ?」
「うん。」
「……じゃあ折角だし手を合わせる前に話そうか、ましろのこと。」
* * *
彼女と出会ったのは
も前、小五の時だったと思う。私はその頃からクラスに馴染めていなかったし、だからこそ転校生だといっても興味はなかった。
私の家の隣に引っ越してきた彼女は、なんの時だったか私に話しかけてきた。最初は鬱陶しかったから適当にあしらっていたが、なんの因果かいつの間にかつるむようになった。
つまるところ私にも彼女にも友達がいなかったのだ。彼女が入ってきたことでクラスはちょうど三八人になったから、私と彼女はペアの時にいつも組むようになった。浮いている者同士、今思えばそうなるのは自然であったと思う。
小六になってもクラスが同じになった。他に知り合いも話せる人もいなかったから、席が近いわけでもないのに絡むようになった。
中学にあがった時、また同じクラスになった。後でわかったことだが、親が同じクラスにしてくれと学校に行っていたらしい。そうでないと四年生の時のように不登校になるだろうと思われたらしい。このようなわけで中学三年間彼女とずっと同じクラスだった。
しかし私は中一になってすぐに不登校になった。勉強がわからないのもあったし、行く意味がわからなくなってしまった。担任は彼女に、私の家にプリントだとかを届けるように言ったらしかった。家が隣だから当然だが、私は話し相手が欲しかったがためにいつも彼女を自分の部屋に招いていた。
彼女の話はいつも面白かった。彼女は話すのがうまかったし、彼女は私よりも世界を知っていた。私は彼女が羨ましかった。
いつしか私は心のどこかで彼女を尊敬するように、いいや崇拝するようにさえなっていた。
でも私は、高校生になれば彼女と別れなければいけないということが怖かった。だから同じ高校に行こうと思った。でもまず勉強ができないところで私はつまずいた。とにかく学校に行っていなかったから、そして三年の一〇月に進路を決めたから、そこから勉強するのには
* * *
彼女が目指した県外の
立高校、
の入学試験に行くその日は夜から雪が降っていた。受験票と筆記用具を何度も確認して積もった雪を蹴りながら石畳を歩くと、もう向こうに彼女は立っていた。
「待った?」
「う~ん三〇秒くらい?」
「それくらい許してよ。」
「許してしんぜよう、」
「はは、ありがたき幸せ。」
「というかまだ全然時間あるから大丈夫だよ、じゃ、行こ?」
「うん。」
私の家から駅まで歩いて一〇分もかからないが、ここのところ家から出てこなかったせいでその距離すら妙に遠く感じた。駅ビルの中に入って券売機に一〇〇〇円札を入れて釣り銭と切符とを取り出す。
「電車乗るの、久しぶり。」
「そうだね。でも高校入ったらよく乗ると思うよ。」
「入れるかな…、」
私は彼女に八つ当たりしているのだ、自分でもわかる。
「入れると思うよ、過去問は合格ラインで毎回解けてたし。」
「でも緊張したり…、」
私が言うと彼女は私の脇に腕を伸ばした。
「ちょ、くすぐったいんだけど…、」
「緊張解けた?」
「まあ、少しは…、」
「なら良かった。」
私はいつも彼女に振り回されている。彼女は
ホームに上がるとまだ六時半にもなってないというのにちらほら通勤客の姿が見えた。まったくご苦労なことである。
都内といってもここから急行を使えば一時間半もかからずに行けるから、通学にそこまで苦労はしなさそうだった。それにここは特急停車駅だから、もし遅刻しそうになっても大丈夫だろう。
そう思ってると接近メロディが鳴って向こうからヘッドライトの灯りが降雪を露わにしながら入線してきた。一〇両編成ともなると入線速度が速く、先頭の乗り場にいても前髪が全部持っていかれそうになる。
車内に入ると外と違って暖かく、先頭車両というのもあるのだろうか、人もほとんどいなかった。まったく快適である。
そういえば、と思い単語帳を取り出した。
「え、真面目ちゃんじゃ~ん?」
「そうじゃないよ。ただ…、」
ただ、自信がないのだ。いまさらやってもどうにもならないだろうに、無意味に開いてしまう。隣に座っている彼女は私の単語帳をチラッと見て自分も単語帳を取り出したらしかった。
所沢を過ぎると座席は全部埋まり、立っている人も多くなってきた。私は座っていたから良いものの、石神井公園を過ぎると有無を言わさずおしくらまんじゅうに参加させられていたところだった。終点になってやっと車内の熱気が解放され、私も車外に降りた。
「こっちだよ。」
彼女に導かれるままに私は駅構内を歩いた。流石にたくさん人がいるもので、何度か彼女を近場で見失いそうになりながら駅を出た。ここから都電の駅まで歩くのだ。別に歩かなくても電車があるのだが、一駅間だけで一〇〇何十円も取られるのだから、そんなに遠い距離でもないし歩こうと提案されたわけだ。人通りの多いところを抜けるとサンシャイン六〇を横目に高速沿いに歩いて行った。駅はすぐに見えてきて、私はどんな電車だろうと思った。路面電車というのは知っているが、名前を知っているのでは実物に触れたことがあるのはやはり違う。そんなことでは強烈なクオリアは見えなてこないだろう。
ホームには改札がなく、向こうを見るとゆっくり近づいてくる列車があった。ホームに入線すると一両編成のかわいい列車だとわかった。
扉が開くとまるでバスのような感じを受けた。料金箱に一〇〇円と少々入れて彼女と並んで座ると、ゆっくりコトコト電車が走り出した。なんとも実家のように落ち着く感じがして、そして昨日寝てないせいもあって寝てしまいそうになった。
慌てて単語帳を開いて文字を目で追うがどうして頭に入ってこない。
「ねぇ、しゆは?」
「ん?」
「Me too.とだいたい同じ意味のことば、知ってる?」
「I agree.とか?」
「そうだねぇ~、あと一個、何か知ってる?」
「………?」
「So am I.ってのもそうなんだよ~。」
「へー。」
「出るかもしれないよ~?」
「出ないよ。」
出るといいな。
「え~、そんなことないって~。」
「あるの?」
「あるあるアルカイックスマイルだよ~。」
「アルカリ電池スマイル?」
「アルカイックスマイルはギリシャのアルカイック彫刻にみられる口もとに微笑を浮かべた表情で、中国
「さいで。」
そうしていると一〇分もしないうちに終点に着いた。
電車を降りると雪が止み始め、どこからか漏れる太陽の光が足元をキラキラと照らした。
「まだ緊張してる?」
「わかんない。」
緊張していないといえばしているし、しているといえばしている。心というのはどうしても確たる基準がないからそういうふうにしか表現できない。
「もしかして寒い?」
なぜわかる?
「指、悴んじゃった…、」
「そっか、じゃあちょっと失礼…、」
彼女は自分のコートのポケットの中に私の手を取って入れた。
「あったかい…。」
「でしょ?」
私は周りの目が気になったが、あまり気にされる様子もなかったから学校に着くまでそうしていた。
校門が開いていたから中に入って、自分の受験番号と教室を照らし合わせる。その教室まで行き、教室におそるおそる入ってみたが誰もいなかった。
「いっちばん乗り~!」
彼女は教室に入るとくるっと振り返ってこっちを見た。
「ほら、しゆは?」
「二番乗り。」
「うんうん、幸先がいいね~。」
「そう?」
「そうだって~。」
なんでこんなテンション高いん? と思いつつ自分の席に座って後ろを見ると彼女が座った。私たちはしばらく無言だったが、誰もこなさそうだと思って口を開いた。
「ましろは、緊張とかする?」
「ん~、あんまし? 命取られるわけでもないしさ。」
「そういうことじゃないと思うんだけど…、」
「そお?」
彼女は歴史の用語集を取り出しながら言った。
「ましろって歴史苦手だったっけ?」
「わかんないな~、手前にあったのがこれだから。」
「でも理系じゃなかった?」
「ん~、多分そうだね、」
多分てなんだよ。
「しゆはは文系だよね。」
「さんすうわかんない。」
「あはは、それずっと言ってるよね~…、まあ他の教科はできてるから全然心配しなくていいと思うよ~。」
そんなことを言い合ってると、ぞろぞろと他の人たちも入ってきて教室は騒々しくなった。しばらくして先生が入ってくると、急に天使が通った。さすが日本人だ、まあこれはフランスの諺だったと思うが。
先生の指示の通り筆記用具を用意して受験票を机の上に出すと、そろそろテストだからお手洗いに行きたい人は行ってきて、と言われた。念の為に立ち上がって行こうとすると彼女に手を引かれた。
「いっしょ行こ?」
私は黙って頷いて、さっさと教室から出た。すると彼女は私の手を取って先に廊下を歩き始めた。私は彼女に引かれるまま歩いて行った。トイレまで来ると彼女は私の手を離して個室に入った。私も個室に入ったが、緊張と反芻する思考で出るもんも出なかった。
彼女より先に手を洗って出ると教室は粛々とした雰囲気に覆われていた。赤恥をかきつつ自分の席に戻ると、ちょうど彼女が何事もないような顔で手を拭きながら部屋に入ってきた。
まったく彼女のああいうところはさすがというか、なんというか。
いつだったか、多分小六の頃だったと思うが数学の時間に担任が「この問題の答えを教えてくれる?」と彼女に聞いたことがあった。その時に彼女が答えて言ったことには、「『教えて』とおっしゃいますが先生は答えをご存知でしょう?」だった。
偉人とは奇人である、という風説はまあ正しいようだった。
そんなこともあってテスト用紙が配られたが、その髪を手にした時私は何かのスイッチでも押されたかのように急に緊張が高まった。
用紙の表紙に書いてある注意書きも頭に入ってこなかった。
でもいざ試験が始まると思ったより解けた。解けていくにつれて緊張も解けていった。
国語、数学と進んでいって英語の番になった。単語が意外とわからなくて動揺した。次のページをめくると文章の穴埋め問題だった。
難問か解いていって手が止まった。さっき彼女に教えてもらったところだ。私はほっとした。
解いてる間には気づかなかったがもう英語で試験は終わりだった。少し説明があって解散すると彼女が私の手を取った。
校舎の外に出てふと横を見る。桜の蕾が膨らんでいた。
白雪が解け、もう春が来る。
* * *
白雪を集めて冬を飲み干さん春呼ぶ水で芽吹くかざしぐさ
ここまで読んで下り、有難う御座いました。