魁霽紀   作:倖往はゆ

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 今回は、れのんちゃんが主の話です。


序章 第柒話  揚潮

揚潮(あげしお)

 

 

 「海へ行く」、これは二次元の作品でよくあるイベントだと思う。それに、海辺そのものが舞台になった作品も多く観た気がする。この前、紫暮(しぐれ)ちゃんがちょっと煮詰まっちゃってそうだったから海に誘ってみた。少し会ったことがあるだけなのに、なんとなく相手の性格が自分の中で定まるのは怖い。これを初頭効果、などというのだったか。それにしても、どの海にどう行こうか。行くとしても、うちは車は持っていないから親に頼むわけにもいかない。かといってここは埼玉などという海なし県だから、歩いて行くことも難しい。そうすると、あとは鉄道路線だけが頼みの綱になる。それにしても、旅費はどこから捻出したものか。まあ、誘ったのはぼくだから、金くらいぼくの小遣いから出そう。

 最初からそう考えればいいのに、どうもぼくの頭はひねくれているからそうもいかない。自分に酔っているわけじゃなくて、ほんとにぼくはちょっとおかしいらしく、小学校では友達の一人もできなかった。人付き合いが苦手なのもあるけれど、どっちかというと人が嫌い、そんなんだから結局不登校。

 ぼくを完全にわかってくれる人なんていないけれど、そんなの烏滸(おこ)がましいけれど、ないものだからこそ願ってしまう。それで誰かに追いつこうと、どうでもいいことばかり知って、知った気になって、他人との不和を呼ぶことになったのは自分だ。

 

 「知識の呪い」という言葉を知っているだろうか。

 自分の知っていることは相手も知っていて、自分が理解できることは相手も理解できるはずだという思考の偏り、思い込みによってコミュニケーションがうまく取れなくなる認知バイアス、つまり「思考のくせ」のことらしい。

 

 ぼくの場合、時間と環境が整っていたからこそある程度の知識が身についたわけで、そうしたらもう「知識の呪い」が働くに決まっていた。まだ幼かったぼくにとって、それは悲劇でしかなかった。

 「みんな」に少しでも追いつこうと頑張った結果がこのザマだ。神様などという最聖の作品がもし実在しているのなら、それはもう酷い性格なのだろう。まるでぼくみたいに。

 あと、念の為に伝えるけれど、ぼくは汎神論者であって無神論者ではない。だからこそ、信仰をもっている人を否定しないし、してはいけないとも思う。それだけ。

 

 8月6日の夜、紫暮ちゃんにもう一度話を切り出してみた。旅費のこととか、行き先のこととか、親のこと(紫暮ちゃんは曲を作っていることを親に言っていないらしい。)とか、そういう細かいこと。

 紫暮ちゃんにとっては、親の問題が一番気掛かりみたいだった。良くも悪くも、うちの家内は仲がいいし自立できないのは難点)、理解もあるからそういう問題には発展しないからいいけれど、親にネットとかそういうことを理解してもらうのは大変なことだと思う。

 なにしろ、今では学校の図書室にも置いてある漫画でさえ、戦後何十年かは否定され続けたらしく、まして漫画家になるなんて外道でしかなかったという。

 とにかく、今日は紫暮ちゃんと初めての遠出だから少し楽しみ。駅で待ち合わせて、きた電車に乗る。ここは埼玉の田舎の方ではあるけれど、都内までは乗り換えずに1時間くらい(各駅停車の列車は除く)で行けるから便利だと思う。

 ぼくの家は名古屋にあるけれど、夏休みの間だけぱぱの友達が貸してくれている埼玉の家で生活している。

 どうやら紫暮ちゃんは、親に「学校の友達と遊びに行く」などと言ってきたらしい。

 向かっているのは都立の海浜浴場で、調べた時にはよくこんな都会に砂浜があるものだと思った。電車とバスとを乗り継いで2時間余り、車窓には海が広がってきた。紫暮ちゃんはちょっと嬉しそうで、誘ってよかったと思った。停留場に降りた瞬間、磯の香りが鼻の奥をくすぐった。

 

「ねえ、そういえばさ、水着持ってきてなかったんだけど…」

「え、あ、たしかに… でもさ、この服でも足までならいけるんじゃない?」

「え、あ、うん…。」

 

 これは完全にぼくが忘れていた。海に来るのに何故水着を持って来なかったのだろうか。でも紫暮ちゃんはまんざらではないようで、海にちゃぷちゃぷと入っていった。ぼくも靴を脱いで、釣られるように海に入ってみる。

 

「ねえ、意外と冷たいね、海…」

「そうだね〜、ほんと!」

 

 こうやって見ると、紫暮ちゃんは意外に可愛いかもしれない。いや別に可愛くないわけじゃ全然ないのだけれども、ただ、なんというか、ぼく好みの顔だなって思った。自分でこう思ってて恥ずかしい気もするが、それでも良かった。

 

「なんかお腹すかない?」

「え、そう……?」

「なんか買ってくるよ〜、ちょっと待ってて!」

 

 紫暮ちゃんはいい子だから、こういうときにすごい申し訳なさそうな顔をする。海辺によくある屋台でかき氷を2つ買ってきて2人で食べる。

 

「ごめんね、奢ってもらっちゃって…」

「いいよ、ぱぱの金だし、ね!」

「うん、ありがと…」

 

 かき氷は海と同じく、冷たくておいしかった。

 

「ねえ、れのん、さん……」

「れのん、でいいよ〜。」

「えっと、れのん…」

「どうしたの?」

「ヒトデ、」

「うわ、ほんとじゃん!生で初めてみたんだけど〜」

「私、も。」

「だよね〜、埼玉、海ないもんね。」

「私、群馬生まれだから、海と無縁なんだよね、」

「え、そうなんだ〜!いいな〜、グンマー帝国〜。」

「そんなふうに言われてるの、群馬って」

「うん、確かね〜 え〜と、ちょっと待って……、」

 

 そう言ってスマホでグンマー帝国、と調べる。それと今更だが、海で遊ぶ時にスマホを持っているのは危ない気がする。

 

「あ、そうそうこれこれ!」

「へー、こんなのあるんだね。」

「ね、おもしろいよね〜」

 

「ねえ、ちょっと歩かない?」

「砂浜を?」

「そうそう、なんか青春ぽくない?」

「そう、かな…」

 

 そう言って靴を履き、砂浜の端っこまで歩き出す。今日は割合晴れているから、すぐに汗ばんできてしまう。

 

「暑くない?」

「え、まあ、うん… でもかき氷食べたし…」

「そうだ、これ使う?」

 

 そういえばこんなもの持ってきたな、と鞄から扇子を取り出す。

 

「え、いいよ…」

「だいじょうぶ、2つ持ってきてるから!」

「じゃあ、ありがとうございます…」

 

「そういえば、さ、」

「ん?」

「れのん、ちゃんてさ、なんでも2つ持ってるの…? なんかこの前も傘貸してくれたでしょ。」

 

 ああ、そういえばそんなこともあったな、と思い出す。確かその時、初めて紫暮ちゃんに逢ったんだったな。

 

「う〜ん、必要そうなものは2つくらい持ってるけどね〜。でも、さすがに命までは2つもってないかな〜」

「それはそうだね」

 

「ねえ、空、奇麗(きれい)じゃない?」

「え?」

「夏空、って感じで、」

「あ、うん、たしかに… アニメとかのアイキャッチ、っていうんだっけ?の背景っぽい感じがする……。」

「あ〜、わかりみが深いな〜」

 

「そういえばさ、この前イラスト頼んだ時さ、紫暮ちゃん美術部って言ってたじゃん?」

「あ、うん、そうだよ、」

「美術部、なんか夏休みに活動とかあったりするの?」

「あ、いや、そもそも私、幽霊部員だし…、それに、夏休みは活動がないんです…」

「へ〜、そうなんだ〜」

「れのんちゃんは、何か部活やってるの?」

「え〜、ぼくは帰宅部だよ〜、それにあんまり学校行かないし…」

 

 紫暮ちゃんは「ちょっといけないこと()いちゃったかな」、みたいな顔をした。

 でも、クラスメートの親が聞いたときにする、ぼくに社不のレッテルを貼るような、まるで人権の欠片すら認めてもらえないようなあの顔をしなかったことが嬉しかった。こんなことで喜んでいることも問題な気がするけれど、どうしても普段を基準に考えるとそうなってしまう。

 

「私も、なのかな、学校行きたくない、」

「積極的に行きたい〜、なんていう方が無理あると思うよ、」

「まあ、うん、そうだね…。」

 

「てかどお?この辺が端っこっぽいけど」

「写真、撮ってみる」

「いいじゃんいいじゃん、じゃあぼくもピース!」

 

 ぼくは、少しふざけて紫暮ちゃんのカメラに写ってみた。

 

「ちょっと、れのんちゃん…」

「ごめんごめん、つい…」

「じゃあ撮るから、一緒に、」

「え〜、いいの⁉︎ありがと〜!」

 

「ほら、これで撮れたよ」

「ありがとね、てかさ、一緒に撮らない?」

「え、でも私、写真写り悪いよ…」

「いいって、そんなの〜、ね、一緒に撮ろ?」

「じゃあ、一枚だけ……」

「え〜、ありがと〜!じゃあほら、撮って撮って〜!」

「え、あ、うん」

 

「い〜感じじゃない?」

「そう?」

「うん、ありがとね」

 

 そのあと、もう1回海に入り少し遊んでご飯を食べる。近くに焼きそばの屋台があったから、そこで2人分買った。もう一回だけ海に入って、いつの間にか3時を過ぎていた。

 

「そろそろ帰ろっか」

「うん…」

 

 バスに乗って、だんだん海から遠ざかっていく。

 電車に乗って、だんだん家へと近づいていく。

 

「てかさ、夏休み、もうだいたい半分だね」

「え、うん。」

「宿題どお?」

「まあ、うん、少し」

「え〜、えら〜。ぼく全然やってないな〜。」

「でもさ、私たち、曲つくってるんだよね…、それって宿題よりすごくない?」

「そうだね、そうだよね!」

「だから、ちょっとだけ楽しいかも…」

「え〜、うれしいがすぎるんだけど〜!」

「そう…?」

 

 話していると、意外に時間は早く過ぎた。駅に着いて跨線橋を渡り改札を出る。

 

「絵、続き、やってみる。」

 

 紫暮ちゃんは唐突にそう言った。

 

「え、ほんと?」

「うん、まあ…」

「ありがとね、ほんと。」

「いや、別に…」

「でも、ほんと嬉しいよ、ぼく」

「そう…」

 

「じゃあ、またね、今日はありがと、ばいばーい!」

「うん、さようなら…」

 

 

 今日はすごい楽しかった、また行きたいと思えた、それでよかった、そんな1日だった。

 

 

あなたに手を引かれたその先でほんの少し息を呑んでみようか




 読んでくださり、ありがとうございました。
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