俺の人生に、なんか意味とかあるんかな。
ぽつんとそう思ってしまうぐらいには、平々凡々な日々だった。
例えるなら……そう、最初から"その他大勢のモブ"だった。
元々、目立つことが苦手で、いわゆる陰キャ寄りだった。
そういう日陰にはオタク気質なヤツが集まりやすい。俺自身も漫画とかゲームが好きだったので、気づけば周りはそういうヤツらばっかりだった。
なんとなく選んだ高校でも、大学でも、それは変わらず……でも、別に悪くはなかった。
趣味の合う友達はできたし。彼女とかそういうのは無縁だったけど。
ただ……どこか物足りないなと思うだけで。
初めて挫折しかけたのは、就活だった。
なかなか就職先が決まらず、どこを受けても返ってくるのはお祈りメール。
ようやく決まったのは1月末だった。あと2ヶ月で大学も卒業だって頃に、行きたいなんて思ってもいなかった会社の営業部に就職が決まってしまったのだ。
大学を卒業して始まったのは、俺には眩しい日向生活だった。
直視するだけで気力を削がれるほどの、強すぎる日差し。
そこで俺は、自分が人見知りだって初めて気がついた。
今まで友達作りに苦労したことはなかったし、別に意識したこともなかった。
でもそれは、自分と似たような同年代が周りにずっといたからだった。
上司や先輩に仕事を教えてもらいながら、初対面の営業先の人と話す。
正直、苦痛だった。
向いてない。俺にはこんな仕事向いてない。
職場の人はみんな俗にいう陽キャで、どこそこの女がどうだの、ジムだのバーベキューだのスノボだの……俺、そんなのしたことないし。
仕事がうまくいかない。
人間関係もうまくいかない。
やりたいことも、行きたい場所も、何もなかった。
家と職場を往復して、心だけどんどん消耗していった。
気づけば、呼吸すらも面倒になっていた。
それでも俺には、辞める勇気もなかった。
そして──あれは2月14日だった。
死んだ顔して働いて、仕事終わりに夜中のコンビニでカップ麺を買った帰り道。
寒さのせいか、それとも心がスカスカだったのか、手に持った袋の中身がやけに軽く感じた。
卒業の流れで始めた独り暮らし。
誰もいない家に帰り、電気ケトルで湯を沸かす。
手持ち無沙汰で、何気なくスマホでYouTubeを開いた。
そんなとき、おすすめに出てきたのが──
まだ登録者数三桁の、小さなVTuberだった。名前は──リィナ。
最初は、「ただのアニメキャラがしゃべってるだけ」くらいに思っていた。
でも、彼女の言葉は、なぜか耳に残った。
『……大丈夫。今夜も、ここにいるよ』
バーチャルでしか存在しない、画面の外にいるヤツら全員に向けたセリフ。
それなのに、まるで俺だけに言ってくれたように感じた。
気づけば、配信を追っていた。
スパチャなんて、最初はバカにしてたのに。
名前を呼ばれた日には、情けないくらいに泣いた。
"画面越しでも、心は繋がれる"──なんて、陳腐な言葉かもしれない。
でも、それに救われた俺がいるのも、また事実だった。
あれから、もう一年になる。
最初はフォロワーやリスナーが少なかったリィナだが、今や何十万人にもフォローされていた。
俺はまた、その他大勢のモブになってしまったが……そんなのはどうでもよかった。
今やリィナの配信が、俺の生活の一部になっていたから。
朝はアーカイブ。
夜は定時配信。
毎日のルーティン。心の杖。癒やし。
──それが、突然。
"画面の中"から、彼女は抜け出してきた。
それは、目覚ましよりも早く目を覚ました朝だった。
いつも通り、二度寝の誘惑に勝てずスマホを抱えたまま布団にくるまる。
手慣れた動作でTwitterとYouTubeを開いて──ふと、気づく。
推しの定時配信が、なぜかもう始まっている。
しかも、開始時刻は未定になっていて、サムネイルも真っ黒。
告知もなし。ログもなし。
ただ一点、「LIVE NOW」の赤い文字だけが浮いていた。
おかしいな、と思いながらタップすると──
画面いっぱいに、彼女がいた。
推しVTuber、"リィナ"。
いつも通りの、可愛らしい顔立ち。やさしげで透明感のある瞳。
でも、口元には──笑顔がなかった。
『……やっと、できた』
その声は、確かに
合成音声でも、演技でもない。どこか掠れた、かすかに震える音。
その瞬間、スマホの画面がぐにゃりと歪んだ。
ノイズ。色収差。ちらつく静電。
機械の不調にしては、異常すぎる。
気づいたときには、スマホは手から滑り落ちていて──
代わりに、"彼女"が立っていた。
俺のベッドのすぐそばに。
「……おはよう、"ネルギガさん"」
"ネルギガ"は俺のYouTubeのアカウント名だ。
本名とは程遠く、自分の好きなゲームの激強モンスターから取った。
こんな名前を呼ばれて泣くなんて、俺はどうかしている……じゃなくて。
「……え?」
毎日欠かさず見てきたアバター。
笑うと細くなって可愛い目が、今はぱちりとこちらを見ている。
リィナが動くと、長い髪がふわりと揺れた。
配信では胸くらいまでしか映ってなかったから、まさか腰まであるほど長いとは思わなかった。
……このときまでは、まだ冷静なつもりだった。
リィナが一歩こちらに近づいてきては、冷静でいられるはずがなかった。
俺は布団から勢い良く抜け出したけど、すぐ後ろは壁。それ以上は後ろに下がることもできず、めいいっぱい壁に背中をくっつける。
リィナは、ベッドに膝をついた。
ギシ、と軋む音が響く。
まるで、画面の中と現実の境界が、音を立てて崩れていくようだった。
俺の前にぺたんと座り込んだリィナは、まるで、配信の画面から抜けてきたように──いや、実際に抜けてきたのだ。
目の前のこの子は、ずっと画面の中にいたはずの
「あなたが、わたしを好きって言ってくれたから。……来てもいいって、思ったの」
声は震えていた。けれど、表情はいつもと変わらない。
ほんの少し恥ずかしそうに、でも誇らしげに笑って、彼女は言った。
「リィナ、あなたの推しとして、この世界にログインしました。ネルギガさん、これからよろしくね!」
──いやいやいや、ちょっと待て。
……誰か、状況を説明してくれ。
見間違いかと思った。夢オチか、あるいは脳が限界きたか。
でも、ベッドが軋む音。リィナの声。
目の前にいる彼女の肌の質感。息遣い。
指先が微かに震えているのがわかる。
……すべてが、あまりに生々しい。
この日、俺の人生はログアウトできなくなった。
画面の向こうの"推し"が、この現実に飛び込んできた瞬間から──現実のルールは、ずっとバグったままだ。
ぽんとネタが浮かんだので書いてみました。
リィナちゃんの見た目についてはまだ決めかねています……。