2話前半
『若者よ、世の礎たれ!』
講堂から響く低い声に、冷や汗が頬を流れた。
「おいフィー」
「……ん」
トワと共に一足先に学園へと入り、しばしの時間を潰す場所として校舎の裏手にあたる中庭のベンチへと俺たちは案内された。
かと言って手持ち無沙汰なことには変わりなく。さすがに校舎内を回る気にもなれず、ちょうどいい木陰のベンチで俺は読書を、フィーは再び俺の膝で仮眠をとっていた。
そして気がついたら俺もフィーも熟睡。見事入学式に遅刻している。何度時計を見ても結果は同じ。完全に入学式が終わろうとしているタイミング。思わず未だに膝の上にいるフィーと目が合った。
「やばくね?やばいかな」
「やばすぎる」
「俺らなに、入学式バックれた不良じゃん」
「…アロイスのせい」
「だぁれのせいだコノヤロー」
「いたいいたい」
未だに目が半開きなフィーがこちらを指さし、責任を押し付けようとしてくるのでアイアンクローをくらわせる。小さくて結構持ちやすい。
このまま持ち上げてやろうかと思った矢先、何人かの集団が歩いて来た。髪の長い女性と俺たちとおなじ、赤い制服の集団だ。
流石にこれにはまずいと思ったのか、突然起き上がったフィーが下手な口笛を吹き始める。
「……あんたたち、ここで何やってるのかしら」
「…………」
「えーっと、ですね」
「入学式始まっても来ないと思ったら、こんな所でサボってたのね。フィー、それにアロイス」
「サボってない。アロイスが離してくれなかった」
「ばっかお前なんだその責任転嫁!?お前が俺の膝から離れなかったんだろ!?」
「ちがう。アロイスのせいっ」
「おーまーえーだー!」
「いい加減にしなさい!2人揃って仲良く爆睡してただけでしょ!」
胸ぐらを掴んで持ち上げるも、悪びれることなく俺のせいだと言い続けるフィー。そんな俺とフィーをみて、女性が吠えた。
「はぁ、もういいわ。2人とも着いてきなさい。いまから特別オリエンテーションよ」
「……はい」
「わかった」
「まったく、またお小言聞かなきゃなんないじゃないの……」
呆れたような女性と、それぞれすごいものを見るような視線を向ける制服のみんなから視線を逸らしつつ、俺とフィーは項垂れる女性の後を追った。
△
「さて、まぁトラブルはあったけど。早速特別オリエンテーリングを始めるわ」
女性教官に連れられ校舎の裏手にある古い建物に入った俺たちは、教官のその言葉に若干身構えた。
「それと自己紹介もしないとね。サラ・バレスタイン、今日から君たち“Ⅶ組”の担任を務めしてもらうわ。よろしくね♡」
「Ⅶ組……?」
「あれ、クラス分けって……」
「それは─────」
トールズ士官学院は2年制でI組からⅡ組の貴族クラスとⅢ組からV組までの平民クラスに別れていたはず。そのことを知っていたメガネの女子がそう発言すると、周りのみんなはさらに動揺の声を漏らす。けれど、それぞれの白と緑の制服とは違う、赤い制服なのも納得がいく。
だが、どう言ったクラスなのだろうか。その疑問に答えるようにサラ教官が続けた。
「ヒュ〜、流石首席入学、よく調べてるじゃない!でも、それは去年までの話ね。実は今年から新たにもう1つのクラスが立ち上げられたのよ。─────『身分に関係無く選ばれた』特科クラス“Ⅶ組”が」
「身分に」
「関係なく……?」
「身分……?」
「へぇ」
「ほぅ」
「なぁ!?そんなことがっ」
全員のざわめきの中、一際大きな声で驚いた緑髪の少年が拳を握りしめながら前に出た。
「冗談じゃないっ!身分に関係ないなんて、そんな話は聞いていません!」
「えっと、誰だっけ」
一方のサラ教官はまだ生徒の顔と名前が一致しないのか、名簿を取りだし確認しようとしている。
「マキアス・レーグニッツです!担任教官なら名前くらい覚えてください!」
「ご、ごめんごめん」
「そうだぞー。生徒の名前を覚えろー」
「ぶーぶー」
「うっさいわよそこの問題児2人!…後で覚悟しなさい」
不意に導力銃を取り出し怪しい笑みを浮かべたサラ教官に、野次を飛ばした2人が顔を逸らして黙りこくった。たしか、入学式にいなかった2人だ。これまでのやり取りから察するに、サラ教官の知り合いなのだろうか。
話の腰を折られたマキアスは咳払いをひとつして話を続けた。
「とにかく、自分は納得しかねます!貴族風情と同じクラスでやっていけと言うのですか!?」
「貴族ってなんか悪いのか?」
「んー、場合によりけり?悪いやつは悪いしいい人は慕われてるのかな。あっでも大体金払いはいいよ」
「へぇ。よくわかんねぇや」
「君たちは黙っていてくれ!」
「頼むからあんたたちしばらく黙ってなさい。それにねマキアスくん。そんなこと気にする必要あるのかなぁ」
「なぁっ」
ニヤリと笑いながら挑発するサラ教官と青筋を浮かべるマキアス。そんなふたりのやり取りを金髪の生徒が鼻を鳴らす。
「何がおかしい!」
「いや?平民風情が随分と騒がしいと思っただけだ」
「っ!き、君は……っ!」
ユーシス・アルバレア。金髪の彼はそう名乗った。アルバレアといえば帝国東部クロイツェン州を治める公爵家にして、四大名門のひとつ。マキアスの嫌う、紛うことなき大貴族だ。
ユーシスの皮肉にマキアスが怒りながらも言い返せずに口を塞ぐ。そんなやり取りがいくつか続いたあと、ついに見かねてかサラ教官が手を叩いて注目を集める。
「はいはい、そこまでよ。みんな色々あるだろうけど、オリエンテーリング始めないとダメだから。文句は後で聞くわ」
「くっ」
「でも、オリエンテーリングって何をするんですか?」
「そういう野外活動があるのは知っていますが」
「たしか、地図とコンパスを使って目的地に到着するまでの所要時間を競うスポーツですよね」
「ま、それはこれからわかるわ」
2、3歩後ろへ下がった教官へ、ふと気づいたことを聞いてみる。
「それは、今朝校門で預けたものと関係が?」
「あら、いいカンしてるじゃない」
─────つまりこの特別オリエンテーリングは、校門で預けた武器を使って、目的地までたどり着くことが目的。
ニヤリと笑ったサラ教官は、後ろに下がった状態で柱の死角になる場所へと手を伸ばし。
「それじゃ、早速始めましょうか」
なにか、ボタンのようなものを押す動作と共に、不思議な揺れが俺たちを襲った。
そして─────。
「な!?」
「えぇ!?」
「きゃぁ!」
「よっ」
「うおっ」
突如として床が割れて傾き、俺たちは為す術もなくその先の暗闇へと滑り込んでしまった。
△
「で、あんたたちはなにしてんの」
「何って」
「緊急回避。ぶい」
「回避しないで素直に落ちなさいよ」
「てかアロイス重い」
「わりぃ。でもオレもワイヤー持ってるし半々ってことで」
「ぶー」
「聞いてるの?」
傾いた床の上、天井に引っ掛けられたアンカーにぶら下がるフィーと、片手で同じワイヤーをつかみつつ、小さなフィーに全身を使って抱きつくアロイスの姿にサラは呆れた。
「まったく。サボってないであんたたちも付き合うの」
「えー」
「めんどくさ……」
「オリエンテーリングにならないでしょうが!」
サラの投擲した投げナイフによってワイヤーが切断され、アロイスとフィーは2人揃って闇の中へと消えていった。
「……はぁ。わたし、上手くやってけるかしら……」
2人の姿を見届けたサラは、面倒な事情を抱えていたりとにかく相性が悪かったりするうえ、問題児がいるこのクラスの行く末と、教頭から言われるであろうお小言の数々を幻視して頭を抱えた。
△
暗闇へと落下する最中、腕の中にいるフィーを咄嗟に横抱きにしたアロイス。しばらく坂を滑り落ちた後、薄暗い石畳の上へとしっかり着地する。
周囲には先に落ちた面々が揃っており、何人かは立ち上がっているが、ほとんどは上体を起こすか未だに転がったままだ。
「ナイス着地」
「まぁな。こういうのは慣れてるのよ。って」
「ん?……うわぁ」
そしてついに全員が立ち上がる中、その視線は1箇所に集められた。
「ううん、なんなのよまったく……」
金髪の少女がうつ伏せの姿勢でそう呻き、しばらく硬直したあと、自分の現状に悲鳴をあげた。
「─────っ!」
「その……なんと言ったらいいか」
慌てて立ち上がる少女に、その下敷きになって少女の胸部に顔を埋めていた少年が申し訳なさげな顔でボソボソとそう言い、立ち上がる。
「えっと、とりあえず申し訳ない。それと、君が無事でよかった」
「─────っ!」
「うっ」
真剣な顔で謝罪する少年の頬を、顔を真っ赤にした少女の張り手が襲い、乾いた音が地下空間をこだました。
△
なんとも言えない空気が漂う中、全員の懐から電子音が鳴り響いた。俺の場合、制服の内ポケットにしまっていた、入学案内と一緒に受け取った
中にクォーツ用のスロットがあることから戦術オーブメントだ思うが、これまで使っていた持っていたエプスタイン製の戦術オーブメント“ENIGUMA”と違い、スロットが8つと用途不明の大きなスロットが1つ空いている。
隣のフィーもスカートのポケットからそれを取り出し、不思議そうに眺めている。
「これって、入学案内と一緒に送られてきた」
「携帯用の導力機か」
「エニグマとはまた、いろいろと違うな」
『それは特注の戦術オーブメントよ』
「っ!これは、この機械から?」
「通信機能も内蔵しているのか」
端末から聞こえるサラ教官の声に、俺とフィーを除く全員が驚いていた。
俺としては“ENIGUMA”が通信機能を搭載していたうえ、クロスベルではそういったものが割とありふれていたので、そこまで驚くものではない。
「まさかこれって!」
『えぇ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代戦術オーブメントのひとつ。第五世代戦術オーブメント“ARCUS”よ』
「“ARCUS”……」
「まぁたエプスタインか……」
「ENIGMAと一緒だね」
「戦術オーブメント。たしか、
『そっ。
メガネの女子に答えて全員へ向けたサラ教官の説明を聞きつつ、俺はバンドで腰にひっかけていたENIGMAを触りつつ、ARCUSを閉じ、また内ポケットへとしまう。
『あっ、ちなみにだけどアロイス。ENIGMAは使用禁止ね』
「はぁ!?」
「ENIGMA……?」
『当たり前じゃない。てか、入学の条件にそれあったでしょ』
「そ、そうだっけか」
『そうよ。まぁ、私的に使うのは構わないけど、学業関係ではかならずARCUSを使いなさい』
「まじか……」
「どんまい」
背伸びして慰めるようにこちらの頭をポフポフしてくるフィーに辞めるよう手で促しつつ、深くため息をついた。
帝国に来たらENIGMAのクォーツを作ったり整備したりする環境がないと思った俺は入学のために魔獣を狩りまくり、各地のトレジャーを巡り、スロットを最大まで開封して自分に最適なクオーツを選別してセットしてきたのだ。その努力はほとんど無駄になったわけだ。
何人かはENIGMAという単語に首を傾げているがそれはとりあえず後で説明すればいい。背伸びが疲れたのか方に手をかけ始めたフィーを払う。
『とりあえずこんなところね。それじゃ、各自受け取りなさい』
サラ教官が言い終わるかどうかのタイミングで、薄暗い部屋にいくつかのあかりが灯り、隅々まで見渡せる程度には明るくなる。
部屋の隅にはそれぞれ等間隔で台が設置されており、その上にそれぞれの預けたであろう荷物とひとつの箱が置かれていた。
『君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認した上でARCUSにセットしなさい』
「……とにかく、やってみるか」
「だね」
「俺のやつはどこかなぁっと」
沈黙の後、俺とフィーと青い髪の少女が動き出し、悪態をつくマキアスと無言のユーシスが続く。残っていた面々もそれぞれ自分の荷物の元へと向かっていった。
俺の武器が収められた細長いレザーケースと一緒に置かれた箱を開けると、微妙に大きい球状のクオーツがあった。その横には“バーミリオン”と書かれている。
「これは……なんかデカイな」
『それはマスタークオーツ。ARCUSの中心にはめればアーツが使えるようになるわ。早速セットしてみなさい』
「マスタークオーツ……?てかこのデカイスロット、このためだったのか。よっと」
カチリと子気味のいい音とともにマスタークオーツが固定された。それと同時に、ARCUSと俺の胸の辺りが淡い青色の光に包まれた。
しばらくすると消えたそれを確認して、これまでENIGMAを下げていたバンドを取り、新しくARCUSを腰から下げられるよう固定した。
『今のは君たちのARCUSが共鳴、同期した証拠よ。これでめでたく、アーツが使用可能になったわ。他にも面白い機能があったりするんだけど、それは追々ってとこね』
「へぇ、ENIGMAよりも個人の専用端末って感じなんだな」
『それじゃ、早速始めるとしますか』
重々しい音を立てて両開きの扉が開き、新しく奥の空間が現れる。いくつか、嫌な気配もある、
『そこから先はダンジョン区画になっているわ。割と広めで入り組んでるからちょっと迷うかもだけど、終点までたどり着ければ1階に戻れるわ。ま、ちょっとした魔獣がいたりするんだけどねぇ』
いやらしくそう言ったかと思えば、今度は声を正して、はっきりとしたサラ教官の声が。
『それではこれより、トールズ士官学院、特科クラスⅦ組の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を突破し、旧校舎1階まで戻ってくるように。』
そう、オリエンテーリングの開始を告げた。
『あっそうそう、文句があったら後で受け向けるわ。なんだったら、ご褒美にほっぺにチューしてあげるわよ♡』
「締まらねーな、歳考えろよ」
「一言余計」
『煩いわね問題児ふたり!ペナルティでも欲しいのかしら!?』