痕の軌跡   作:オサシミの化身

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2章 学院生活と初実習
4月のある日の朝


 

 

 

士官学院に入学して、はや2週間が経過した。それと共に、自ずとルーティンのようなものも決まりつつあった。

 

「ふぁーあ……。おぅ、おはようガイウス」

「あぁ、おはようだ」

 

朝6時前の起床。あくび混じりに階段を降りていくと、必ず礼拝へ向かうガイウスと会う。クロスベルと同じく、帝国と共和国の緩衝地域となっているノルドから来たガイウスはかなり信仰深く、これまでの2週間でも女神への祈りを欠かすことのないほどだ。

 

クロスベルにも大聖堂はあったが、俺自身や周りを含め、導力技術や医療技術の発達のせいか、そこまで信仰に厚い者もそういなかった。それ故に毎日必ず礼拝堂へと赴くガイウスや最近仲良くなった平民クラスの女子の姿はとても新鮮だった。

 

「では行ってくる。もう時期に委員長の朝餉も出来上がる頃合だろう」

「おっ、今日の当番はイインチョか。楽しみだ」

「彼女も料理が上手い。朝からああいった物を食べられるのは嬉しいな。それに元気が出る」

「だな。腹減ったし俺は朝飯だ」

「あぁ、また後で」

「気をつけていってらっしゃい」

 

食堂から漂ってくる香ばしい小麦の匂いに顔を綻ばせながらガイウスは礼拝堂へと向かっていった。

 

その背中を見送り、今度はいい匂いのする食堂の扉を開いた。

 

「あっ、アロイスさん。おはようございます」

「おはよう委員長。美味そうな匂いに腹がなって仕方ないぞ〜」

「あはは、沢山食べると思って、多めに焼いておきましたよ」

「ナイスっ!」

 

食堂では、キッチリと着こなした紅い制服の上から黒猫のワンポイントが特徴的なエプロンを着用したエマが、焼きたてのパンの乗ったトレーを手にキッチンにたっていた。

 

既に食卓の上には2人分の料理が並んでおり、サラダとゆで卵、トーストとクロワッサンが大盛りと小盛りで向かいあわせとなっている。

 

「ガイウスさんとの会話が聞こえてきまして、そろそろ食べに見えるかなぁ、と」

「もう俺の行動読まれてる……?めっちゃ好き……」

「す、……えっと、昨晩のシチューが少し残ってまして、よかったら温め直しますか!?」

「お、おう。頼む。ユーシスのシチューも美味かったしな」

 

いやに慌て始めるエマを不思議に思いながら、せかせかとシチューを温め直している彼女を眺める。

 

学生寮の料理の持ち回りは、基本的に料理ができるものが持ち回りで担当している。主に女子組ではエマとアリサ。男子組ではリィン、ユーシス、マキアスと言った面子だ。

 

その中でもエマの作るご飯はどれも美味しくて……。

 

「あの、頂きませんか?」

「っ、おぅ。食べようか」

 

気がつけばシチューを器によそったエマがこちらを見ており、促されるままに席に着き、小盛りの朝ごはんの置かれた席へとエマが座り、2人揃って食べ始める。

 

ふわふわのパンにみずみずしいサラダ。そして暖かいシチューに思わず舌鼓を打つ。

 

エマは女子らしく、クロワッサンに少しのバターを塗り、小さくかぶりつく。

 

「いやぁ、やっぱり委員長の飯は最高だな」

「いえ、べつに普通ですよ……」

「んな事ないって。毎日食べたいぐらいだぜ」

「そ、そうですか……。お、美味しいといばアロイスさんのあの料理もですよね?」

「ん、東方料理のことか?」

 

何故か頬を染めているエマが言うように、俺も晩飯だけ料理担当として参加している。

 

なにせ俺にはクロスベルは東通りの名店、龍老飯店のチャンホイ直伝東方料理があるのだ。あんまりにも美味いチャーハンに惚れて弟子入りし、遊撃士としての活動の合間に師事を受け、今ではアリオスさんを唸らせる1品を作れるようになった。

 

だが、ここで俺の料理が振る舞われることはそこまでないのだ。

 

「男子は喜んで食うんだがなぁ」

「あの料理は、私たちには少し厳しいものがありまして」

「脂っこいもんなぁ」

「それもですけど、そのあと体重を図るのが……」

「散々動いてんだから、そこまで気にすることないと思うんだがな」

「女の子は気にするんです」

 

そういえばエオリアもそんなこと言ってたっけ。でもリンも妹も対して気にして無さそうだったしなぁ。人それぞれっちゃそれまでか。

 

だが、実技授業で散々っぱら身体を動かすのだ。せっかくなら美味い飯を腹いっぱい食べて欲しいのだが……。

 

「……ニンニクでも入れてみるか?」

「それやったら殴ります。これ(魔導杖)で」

それ(魔導杖)で!?」

本気(マジ)で」

本気(マジ)で!?」

 

どこからともなく魔導杖を取りだし、にこりと笑うエマに思わずハンズアップする。

 

─────やっぱ、女って怒らせると怖ぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふふーん」

 

しばらく雑談しながら朝ごはんを終え、しっかりとエマに感謝を告げた俺は部屋へと戻り、クロスベルの実家から取り寄せた回転椅子へとこしかける。

 

そして机の上に置いてある2丁の銃の簡易整備を始めた。

 

導力小銃の方は木製銃床に大きなキズやひび割れがないか、銃身に歪みがないかを目視で確認。俺にとって重要な着剣部のアタッチメントにもガタツキやひび割れ等なにか異常がないか確認しておく。

 

続いて弾倉を外し、機関部に残弾がないことを確認してからカバーを外す。すると導力の収束装置と射出装置が姿を現す。

 

当然昨晩分解整備をしっかりしているのでホコリひとつなく各部にしっかりと給油はされているが、万が一組み間違えなあると行けないので、朝一番にこうしてダブルチェックを行うようにしているのだ。

 

「こっちはオッケーだな」

 

カバーをつけて弾倉を戻し、確認を終えた魔導小銃を机上に置く。

 

そして次はもう一丁、普段は左腰のホルスターに収納しているリボルバー拳銃だ。

 

「残弾も心もとないし、今度多めに注文してもらおうかなぁ」

 

リボルバーの火薬式は導力式拳銃に比べ、とにかく弾数が少ないという欠点はあるものの、非常時のサイドアームとしての威力はそれなりのもので、ストッピング能力も高い。

 

それに加え火薬の炸裂する轟音が意外と相手に与える心理的効果が高いのもある。

 

これもまた昨晩のうちに清掃と分解整備は済ませてあるので、簡易的な点検だけを行っていく。特に火薬式は暴発した時のリスクが高く、最悪手が持っていかれる可能性すらある。

 

「ま、後でジョルジュ先輩にでもお願いしようかな」

 

昨日分解整備した時にとちったのか、少しだけトリガーが重たい気がした。そこでふと、弾の購入相談も含め、入学式のあの日トワと一緒にいた恰幅のいい先輩を思い出す。

 

朝のクラブ活動が終わったら、部長に許可だけ貰って寄ってみよう。

 

ふと時計を見ると、時刻は7時を回ったばかり。そろそろ登校する時間だ。小銃をレザーケースに仕舞い、銃剣をベルトで右太ももに添わせるように固定。左腰のホルスターにリボルバーを装備する。

 

このベルトも特注のもので、右側には太ももの下辺りのベルトとの2点固定で銃剣の鞘が触れるのを防止し、リボルバーも咄嗟の拍子に抜けるよう強く引けば直ぐにロックが外れるようになっている。その他にもスピードローダーを3個まで収納できるケースやカラビナやロープ等を固定できるフックなども備えている。

 

シャツの上からホルスターサスペンダーでズボンとベルトと上半身を繋ぎ、その上からⅦ組の紅い制服を羽織る。そしてARCUSとENIGUMAを左右の内ポケットにそれぞれしまう。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

クロスベルにいる義理の両親と妹弟たちの写真と遊撃士協会の仲間の写真。机上に飾ったその2枚の写真にそう告げ、俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出て再び食堂を訪ね、支度をしているエマと朝食をたべているリィン、エリオット、ガイウス、マキアス、ラウラ、アリサたちに挨拶をし、それと共にフィーが起きていないことを確認する。

 

「そういえば、アロイスはもうクラブを決めてるんだっけ」

「わりと入ってすぐの頃にな」

「正直意外ね。あんたみたいなのが園芸部だなんて」

「すまぬが、草花を愛でる男には見えぬからな」

「……流石に傷つくぞ?」

 

まさに朝食中の話題になっていたようで、俺にもクラブの話が振られる。だが、俺は入学して1週間目の時点でクラブが決まっており、普通に一員として活動しているのだ。

 

「そう言ってやるな。それに俺も美術部という所に入ろうと思っているんだ」

「それは、確かに意外だけど」

「アロイスに比べるとインパクトのレベルが違うしな」

「うるせぇぞ野郎ども」

「てか、アロイスはシンプルに顔が怖いのよ。あと戦い方」

「導力銃を持っていながらも白兵戦主体だからな」

「そういえば前に貴族クラスの女子生徒と買い出ししてたわよね」

「おう。たぶん部長だな」

「あと平民クラスの女子と礼拝堂の前にいたな」

「同級生のロジーヌだな。ちょっと訳あって交流がな」

「たしか街の子供に美女と野獣って言われてたわよ」

「よしそいつぶっ殺す!どいつだこの野郎っ」

「そういうところだぞ」

 

リィンとアリサが呆れたように見てくるが気にしない。お前ら喧嘩中なのにこういう時だけ仲良いのやめろよ。てか美女と野獣てなんだ美女と野獣って。部長が美人なのは認めるが俺が野獣とか泣くぞっての。

 

割とマジめに悔しがっていると、エリオットが話題を逸らしてくれる。

 

「そういえば、フィーを探してるみたいだけど」

「あぁ、あいつ園芸部に参加してみるって言ってたんだが、なかなか来なくてな。いるなら捕まえようかと思ったんだが……」

「朝はわかんないし、放課後もどこかでお昼寝だもんね」

「授業中も寝てるのに、よくそんなに寝れるわね」

「ほんとにな」

 

授業中、放課後と基本的にボーっとしているか惰眠を貪るフィーを思い出し、それぞれ苦笑をこぼす。そこに朝食の片付けをしていたエマが。

 

「フィーちゃんならもう出かけましたよ?」

「マジで?」

「はい、アロイスさんが部屋に戻って直ぐに起きてきて、パンをひとつ食べたと思ったらそのまま……」

「猫かよ」

 

普段の姿も含めて、本当に猫っぽいやつだなと思う。気まぐれだし奔放だし、興味のないものにはとことんスルーするところもだ。

 

「それじゃあ、俺は先に行くな」

「あぁ、また後で」

「今日は遅刻するんじゃないわよ」

「うるせぇ」

 

ニヤリと笑うアリサを軽く睨みつつ、俺は学生寮を出て学園へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようっす、部長」

「あら、おはようございます、アロイスさん」

 

麦わら帽子と白い貴族クラスの女子制服。ここ一週間ですっかり見慣れたその後ろ姿に声をかければ、間違えることなくアメジストの瞳が特徴的なエーデル部長だった。

 

その手には倉庫の方から持ってきたと思われる大きな陶器製のプランターが抱えており、とりあえず横にたってそれを受け取った。

 

「ありがとう。助かります」

「そういうの持つために俺がいるんすから」

「あら、頼もしいけれど、私だって少しは鍛えてるんでふからっ」

「だとしても、使えるもんは使ってくださいよ」

 

細い手で力こぶを作る仕草をする部長の姿に思わず苦笑し、左手でプランターを抱えて同じように力こぶを作ってみせる。少し余裕を持たせたつもりだったが、既に制服の袖、とくに二の腕の当たりは力を込めるとすこし張ってしまう。

 

「私の手何本分かしら。トワ会長も頼もしい助っ人をくれたのね」

「トワの勧めもあったけど、俺も花育てたいってのもありますよ?」

「なら、早くお水のあげ方とか肥料の種類とか、沢山覚えて貰わないと」

「……そーいうのは勘弁かなぁ……?」

「だめですよ。1本1本に愛情を持って育てるのに、そんな適当は見過ごせません」

「水やってりゃそれでいいってわけじゃないんすもんね」

「当たり前です」

 

もう、と笑う部長の横を歩き。ギムナジウムの前を通り、花壇の辺りでプランターを下ろす。土は昨日のうちに用意しておいたヤツを入れるのだろう。

 

「それじゃあ、今日の放課後に昨日用意した土を入れて、新しい花の種を植えましょうか」

「了解であります!っで、どんな花なんすか?」

「ふふっ、まだ秘密です」

「そんなー」

 

作業用の長手袋をとり、優しく微笑む部長と共に校舎へと向かう。その道中、技術練に用があった事を思い出した。

 

「あっ、すんません部長、ちょっとジョルジュ先輩んとこ寄ってきてもいいすか?」

「あら、どうかしたのですか?」

「ちょっと火薬式の弾丸が欲しくて、その辺の相談したいんすよ」

「そういうことですか。なら、ご一緒してもいいですか?」

「え?そりゃいいですけど、武器の話なんで多分微塵も面白くないですよ?」

「かまいません」

 

いたずらっぽくそういうと、先に技術練の方へと歩き出してしまった。

 

「そこまで始業時間に余裕もありませんし、急ぎましょう」

「了解っす。物好きですね、火薬式の話をしに行くのに着いてくるなんて」

「かわいい後輩くんの好みを知るのも、部長として大切かと思いまして」

「かわいいて、やめてくださいよ」

「ふふっ、照れてますか?」

「照れませんよっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、僕の方からラインフォルト社に注文をかけておくよ。それと、ここにいくつか在庫を仕入れておくから、欲しくなったら買いに来るといい」

「おおっ!助かります!」

 

黄色いつなぎを着たジョルジュ・ノームに大きな後輩が頭を下げた。

 

後輩のアロイス・アイスナーくんが芸術部に入って、1週間と少しがたちました。最初は、トワ会長からの紹介だったとはいえ、体格も良くて顔を少し怖めで、どちらかといえばこういったことには興味が無さそうだったから少しだけ警戒していました。

 

「ちなみに、もう少し安くは……?」

「火薬式のは作ってるのラインフォルト社くらいだし、生産数も限られてる。むしろラインフォルトといろいろ交流があるここだからこそ、この値段で仕入れて売れるんだよ?」

「うっす……」

 

だけどこの1週間と少しで、その印象はかなり変化しました。

 

まず、手つきがとても優しいんです。水やりをする時も、間引きをする時も、追肥をまく時も。拙い手つきながらも消して適当ではなく、花に対しての愛情を感じる手つきでした。

 

「あと、トリガーに若干渋みが出ちゃって」

「……そうかな?むしろ割と軽いほうじゃ……」

「もっと軽くないと咄嗟の拍子に喰らわせられないじゃないですか。通りすがりのマフィアとかに小銃持ち出すの面倒なんすよね」

「流石に物騒すぎるよ?ここじゃそんなこと起きないからね?てかクロスベルそんな事起きるの?」

 

次に人となりもいい子だったんです。一緒に歩く時は常に歩幅を合わせてくれるし、荷物は率先して持ってくれる。買い出しに街まで出る時、少ないとはいえ導力車が通る時はそれとなく庇うような位置取りをとってくれるのです。

 

あと、気配りが結構できるようで、ジョウロの水が少なくなったなぁってタイミングですでに新しいジョウロを用意していたり、喉が渇いたなぁと思ったら水筒を差し出してくれたりします。

 

─────なんだか、怖ーい狼だと思ったら賢い大型犬だったんですよね。

 

「それじゃあ、これでよろしくお願いします」

「任せておいて、納品されたらARCUSの方で連絡入れるから」

「うす。それじゃ部長、行きましょうか」

「─────あ、あら?」

「どーしたんすか?」

 

彼の横顔を眺めながらボーッとしていたらしく、話を終えたアロイスくんとジョルジュくんが不思議そうにこちらを見ていた。

 

「ご、ごめんなさい、すこしボーッとしてました……」

「そりゃ興味ない話に付き合わせちまってるしそうっすよね」

「そんなことないですよ。でも、どうして火薬式の銃を?」

「それは僕も気になるね。メリットの少ない火薬式にどうして拘るんだい?」

「それは……」

 

私とジョルジュくんが揃って質問すると、珍しく彼は口ごもった。もしかしたら、あまり聞いては行けないことだったのかもしれません。

 

「ごめんなさい。もしかして何か事情が……」

「マフィアとかスパイって、事を大きくしたくない傾向が強くて、火薬式の発砲音が響くとすぐ逃げ出すんすよね」

「……え?」

「あ、あと単純にサイドアームとしてストッピング能力高いってのも理由にありますけど」

「……うん、また変わった理由だね」

 

マフィアやスパイ。創作めいた単語だが、まさか本当に身近にいたのでしょうか……?

 

というか、私の心配を返してくださいっ。

 

これ言ってよかったかなぁ。なんて無邪気に笑う彼に少しだけ憤りを感じ、軽くすねを蹴ってみる。頑丈さが取り柄と言っていたのです。このくらい大丈夫でしょう。

 

「いてっ、俺なんかしました?」

「いえ、なんでもありませんよ?そろそろ始業も近いですし、行きましょう」

「いやなんか怒ってますよね。なんかしたなら言ってくださいよぉ」

「それではジョルジュくん、失礼します」

「あ、うん。じゃあね」

「あっ俺も、ジョルジュ先輩、頼んます!……って、待ってくださいよー」

 

一足先に技術練を出ると、後ろからアロイスくんが着いてくる。

─────もっと後輩が増えるのも嬉しいけど、このままふたりでって言うのも悪くないのかもしれません。

 

そんなことを考えながら、私は一時の感情で意地悪なことをしてしまったアロイスくんになんで謝ろうか、直ぐに思い悩むことになってしまうのであった。

 

 

 

 

 





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