魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~ 作:文月なご
国立魔法具研究センター。
それはその名が示す通り国主導で魔法を用いた道具、即ちマジックアイテムの研究開発を行う施設であり、魔法少女の変身アイテムなども取り扱っている。
紅葉林での一件の後、にゃん吉がエリュシウムの鍵のスペアを貸し出しているのもこの研究施設だ。
今現在、そんな研究施設の壁には大穴が開き、フェンスはひしゃげ、アスファルトは砕かれ、見るも無残な状態になってしまっている。
そんな惨状の中心に立つのは、怪我をした人質を盾にして嘲笑う怪人。そして、人質を救出すべく怪人に立ち向かう二人のダンジョン特別戦闘部隊員だった。
「ギョゲゲッ! 貴様等一般戦闘員如きに、怪人であるこの俺様が倒せると思うなよォ!?」
宵闇の中、パトカーや消防車のランプで紅く染まっている白壁を背にして、獅子頭の半魚人怪人ライオネルフィッシュが嘲笑う。
「設楽先輩、もうすぐ癒し手が到着します。施設の周囲もダン特隊員で固めました」
怪人の動きを注視しながら、深紫の髪をした後輩隊員が、大剣を構えた先輩隊員である設楽に小声で囁く。
「ありがとう、ハンナ。さて、最大の問題は人質をいかにして助け出すかだが……」
怪人に気取られぬよう視線だけを僅かに動かし、設楽は怪人と人質の様子を確認する。
相手は巷を騒がせている怪人ライオネルフィッシュ。設楽の妹であるルミカにとっては大したことのない相手だが、一般ダン特隊員でしかない設楽にしてみれば油断ならない危険な相手だ。
しかも、人質の服は血で真っ赤に染まっている、かなりの出血量だ。急ぎ救出しなければ、到着する癒し手の能力次第では助けきれない可能性がでてくる。
「先輩、人質は危険な状態です。私が突っ込んで隙を作るので救出をお願いします」
「バカ! ハンナ、止まれ! 君まで怪我をしたら、本当に助けきれなくなるぞ!」
制止する設楽を振り切り、得物の短剣を手にしたハンナが怪人へと滑るように駆ける。
「ギョゲゲッ! バカな奴だァ!」
短剣を振りかぶるハンナに対し、怪人は人質をハンナの前に突き出して盾代わりにしてくる。
「当然、読んでたっ!」
ハンナは振りかぶった短剣をわざと落として素早く持ち替えると、鱗の隙間を縫うようにして、人質を抱える怪人の腕へと突き刺した。
「ギョゲエエエッ!?」
短剣が深々と突き刺さり、人質を掴む手が緩む。
ハンナはその隙を衝いて怪人から人質を引き剥がすことに成功する。
「先輩、お願いしますっ!」
そのままレベル任せの腕力で人質を後ろに投げ飛ばし、慌てて援護に入ろうとしていた設楽に託す。
だが、無謀な快進撃はそこまでだった。
「小癪な人間風情が舐めるなよォ!」
腕に刺さった短剣を引き抜いた怪人が、お返しとばかりにハンナの胸元に短剣を突き立てた。
「くはっ!?」
「ハンナ!」
致命的な一撃を受け、その場に崩れ落ちるハンナ。
軽々と防具を突き破って刺さった短剣が、ハンナの胸元に紅い大輪の花を咲かせた。
「ギョゲゲゲッ。我等黒薔薇の鍵守に逆らう愚か者はこうなるのだァ!」
怪人は崩れ落ちたハンナの胸元を蹴りつけ、短剣を更に深くめりこませて嘲笑う。
歯噛みしながら怪人を睨みつける設楽。あれは完全に致命傷だ。一刻も早く不出来な後輩を助けてやりたいが、既に怪人は人質を抱えた設楽へと狙いを定めている。
ここで設楽が人質を守らなければ、彼女の捨て身の献身は全て無駄になってしまうだろう。
「ガギョギョォ! 安心しろ、貴様だけは殺さん。何故なら貴様が次の人質になるのだからなァ!」
設楽に飛びかかろうと地面を踏みしめる怪人。
「なるほど、理解しました。貴方の所業、見過ごせません」
しかしそれよりも早く、建物の上から飛び降りて来たピンク髪の少女が、杖剣で怪人を袈裟斬りにしてしまう。
「ゴッ!? ガギョッ……!」
致命傷を受けながらも、往生際悪く最期の力で設楽を道連れにしようとする怪人。
「させないよ」
だが、更に横から駆け抜けて来た黒髪ボブカットの少女が、いとも容易くその首を撥ね飛ばし、怪人に完全な引導を渡したのだった。
***
「設楽さん、こっちよ! こりす達も!」
担架に乗ったダン特の人に付き添う私とセレナちゃんを、臨時救護室になっている倉庫でスタンバイしていたナナミちゃんが大声で手招きする。
研究施設に到着した私達が見たのは、胸に短剣が刺さったまま倒れている隊員さんと、人質を抱えた設楽さんに襲いかかろうとしている怪人だった。
慌ててラブリナさんと一緒に怪人をやっつけたけど、倒れている隊員さんの胸には今も深々と短剣が突き刺さったままだ。抜いた方が危ない、そう判断した。
……刺さってるの心臓の辺りっぽいけど大丈夫だよね? 大丈夫であって欲しい。
「ナナミちゃん、この人大怪我!」
「わかってるわ!」
「ご、ごめん!」
難しい顔をしたナナミちゃんが苛立ち混じりに言う。どちらを先に助けるか考えているんだろうか。
設楽さんの連れて来た人質、ダン特の隊員さん、どっちも大怪我をしている。でも、明らかに隊員さんの方が危険な状態だ。
「ナナミ、両方助けられそうか?」
「……ハンナさんの方は完全な致命傷。私じゃ手に負えないわ」
「な、ナナミちゃん! なんとかならないの!?」
絶望的な宣告をするナナミちゃんに、私は思わず食ってかかる。
他力本願で申し訳ないけれど、命がかかっているんだからダメ元だろうと最善を尽くして欲しい。
「大丈夫、私の手には負えないけれど治せるはずよ。人質の怪我は私が対応する。設楽さんはハンナさんを奥の部屋に連れて行って、もう一人癒し手が居るから」
「もう一人……? わかった。ハンナ、死ぬなよ。私はお前にお説教をしたくて堪らないんだからな!」
設楽さんは声かけしながら、ハンナさんと言うらしい隊員さんを奥の部屋へと運んでいく。
当然、こちらもそれで終わりじゃない。人質の人だって命にかかわりそうな大怪我なのだ。
「こりす、用件はわかっているけれど話は少し待ってちょうだい!」
「あ、当たり前だよ! 私達のことは気にせず治療に専念して!」
人質の人を簡易ベッドに寝かせて、回復魔法をかけていくナナミちゃん。
その様子をハラハラしながら見守る私は、思わず隣に居るセレナちゃんの服の裾を掴んでしまう。
「ああ、もう、こりすちゃんったら小動物みたいで可愛いんですから。安心できるようハグしてあげますね。ぎゅーっ」
そんな私の情けない姿を見て、セレナちゃんは何故か変なスイッチが入ってしまったらしく、私の胸を持ち上げるように後ろからぎゅうっと抱きしめた。
「せ、セレナちゃん! 怪我人の前だから!」
「大丈夫ですよ、もう治療は終わったみたいです」
セレナちゃんを振りほどきながらナナミちゃんの方を見てみれば、人質さんの怪我は嘘のように治っていた。回復魔法って凄い。
「ごめんなさい、待たせたわね」
治療を終えた人がダン特の隊員さんに付き添われて帰っていくのを見届け、ナナミちゃんがパイプ椅子に腰かける。
「気にしないで、こういう場面だと私達全然役に立てないし。ナナミちゃん、ハンナさんの治療を手伝いに行かなくていいの?」
「あっちはいいわ。どんな致命傷だろうと絶対に治せるって、この体で嫌と言うほど体験してるから」
心底嫌そうな顔で身震いするナナミちゃん。多分、トラウマ物の怪我を治して貰ったのを思い出しているんだろう。
そんな凄腕のヒーラーさんが居るんだ。そんな人にお世話になるような怪我は絶対にしたくない。
「まずはお礼を言わせてちょうだい、アンタ達が居てくれて助かったわ。それで……アンタ達が来たのは、黒薔薇の鍵守の狙いがエリュシオンのスペアキーだって察したから、よね」
「うん」
周囲の目がないことを確認して、私はナナミちゃんの問いを首肯する。
「その口ぶり、やはり襲撃した鍵守の狙いはエリュシオンの変身アイテム……そのスペアで間違いないんですね」
「まだ被害の全貌は見えていないけれど、少なくとも狙いの一つだったのは間違いないわね」
「それで……スペアキーの方は守れたんですか?」
「残念ながら、見事に盗られたわ。あの怪人が人質を取って立てこもっていたのは、盗んだ別の怪人が逃げる時間を稼ぐためだったのよ」
ふんと鼻を鳴らすナナミちゃん。
あんな大怪我をしている人質が居たんなら、陽動だってわかっていても救出を優先するしかない。悪い怪人らしい悪辣で卑劣なやり口だ。許せない。
「なんか、その……ごめんね」
もしかして、私がスペアキーを預けなければこの大惨事は起こらなかったんじゃないか、そんな気持ちになって思わずナナミちゃんに謝ってしまう。
「アンタが謝る必要なんて微塵もないでしょ、むしろ謝るべきはこっちよ。どうして怪人がここにスペアキーがあるって知っていたのか、よくない可能性を疑わざるを得ないわ」
「この国はマジックアイテムの発展著しいですが、その裏には魔法技術を提供している秘密結社があると聞いたことがあります。黒薔薇の鍵守はその結社と関係があるのかもしれませんね」
「まだそんな組織があったんだ。……裏に隠れていた組織が表立って動くのは、悪い企みが佳境に入っている証拠だね」
裏で世界を牛耳ろうとしてくる組織は、私も沢山壊滅させてきた。
その手の組織が目に見える場所で悪事を始めるのは危険な兆候、もう見られても関係ないぐらい計画が進んでいるか、あるいは行き詰った悪い連中が破れかぶれになっているかだ。
どちらにせよ、所属する怪人達は派手に大暴れしてくる。凄く厄介な状況だ。
「同感ね。今回は何とか死傷者なしで乗り切れそうだけれど、次回も大丈夫である保証はないわ。スペアキーを奪った怪人にまんまと逃げられてしまった以上、相手は予定通りに悪巧みのプランを実行してくるでしょうしね」
「あ、今の人達以外にも死者は居ないんだね。よかった」
ナナミちゃんの言葉に私はほっと胸を撫でおろす。
私も来る途中に見てきたけれど、敷地内は酷い有様だった。
これだけ派手にやられて死者ゼロは素直に嬉しい。凄く安心した。
「今回は幸運な偶然があっただけだから、ダン特としては力不足を感じて少し歯がゆいのだけれどね」
「幸運な偶然?」
「こりすー」
私が小首を傾げていると、聞き慣れた全く緊迫感の無い声が聞こえてくる。
その声の主は予想通り、煌めくような白い髪に赤と青のオッドアイと言う目立つ風貌の女の子、ミコトちゃんだった。