魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~ 作:文月なご
その後、クライネに先導される私達は、怪人達に見つからないよう適度に建物の中を通りつつ、クライネ本体のあるらしい壊都【深界域】を目指していた。
モンスター化怪人こそ大量徘徊しているものの、今の所普通のモンスターには遭遇していない。
普通のモンスター発生に使われるリソースを、モンスター化怪人達が使い切ってしまっているんだと私は勝手に思っている。
「どう、セレナちゃん。外の様子は」
「はい、暫くは大丈夫そうです。空から捜索している海竜からは死角になっていますからね。地上の怪人だけでは捜索の手が足りないようです」
廃ビルみたいな建物の上層階、枠しかない窓から外の様子を窺っているセレナちゃんが言う。
「ならここで少し休もう。さっきウィルの片目を潰せたのもよかったね」
「ふぃーっ、これでようやく一息つける。ビキニトリオのことなんも言えないぐらい無謀な潜り方してんね、今のウチ等」
携帯食のシリアルバーを頬張る私の横、リオちゃんが木の根っこを枕代わりにしてごろんと寝転ぶ。
冒険慣れしているリオちゃんでも、怪人に追いかけられながらの冒険は疲れるらしい。ちなみに、私は怪人を追いかける側だから、そこは全く苦にならない。
「流石のおねねさんも、帰り道のことは考えたくない状況でございますねぇ」
「ここに拠点を作るのが一番手っ取り早いと思うのです! 怪人達がここから地上に来ているのなら、魔力の集結地点もあるはずなのです!」
はいっと手をあげてアピールしながら、窓の外が見えるようにライブカメラを設置しようとするミコトちゃん。
そこにセレナちゃんが待ったをかける。
「待ってください、宵月さん。ライブカメラの起動は時差起動にしてください。敵にも利用されます」
言って、セレナちゃんが魔石スマホの画面を見せてくれる。
そこに映っていたのは私達が設置したライブカメラの映像。
『ライブカメラがあるのはここか。連中の動向は?』
『ログからすると北の通りへと向かっていったようだ』
『そうか、時間的には追いつける時間だな。いくぞ!』
ライブカメラの前、魔石スマホを浮かべた怪人達がそんな会話を繰り広げ、私達を追いかけるべく駆け去っていく。
「うああ……! 怪人達がしっかりと文明の利器を使いこなしてるぅ!?」
ダンジョンに設置されたライブカメラは誰でも見れるけど、まさか怪人達があんなにガッツリ利用してるとは想像もしてなかった!
って言うか、ダンジョン学園生徒である私よりも使いこなしてるんじゃないの、あれ!?
「怪人達も意外と現代社会に適応しているのです。感心なのです」
「ミコトちゃん、感心してる場合じゃないよぉ!? これ、むしろライブカメラ設置しない方がいいんじゃ……!」
「いや。ウチ等のことだけ考えればそうだけどさ、そう話は単純にいかんでしょ。怪人にライブカメラ壊されても、ダンジョンマップができてればある程度歩けるようになるじゃん?」
寝ころんだままのリオちゃんにそう言われ、私はそうだねって頷いて引き下がる。
設置したライブカメラが破壊されてしまっても、一度ライブカメラ同士のリンクができていれば、そのデータはダンジョンマップとして保持され続ける。
この後、ダン特の人達が怪人対応で来たりする可能性を考えれば、ダンジョンマップは絶対に欲しい。私達は見つかるリスクを背負ってもライブカメラを設置しておくべきなのだ。
「そうなると……。やっぱり、リスク覚悟でライブカメラを設置しながら進むしかないね」
「はい。ライブカメラを頼りにしているのは味方も一緒ですから。これだけの数の怪人が闊歩している以上、少しでも地上に情報を届けないといけません」
「と言うか、あの数の怪人を地上に招待する訳にはいかないでございます。地上に出てくる前に、ちゃっちゃか切り刻むべきでございますよ」
同感だ。一度街中に散ってしまえば、潜伏する怪人を根こそぎ見つけ出すのは結構難しい。
モンスター化した怪人なら、ラブリナさんが見つけてくれるかもしれないけれど、そもそも人質を平気で使ってくるような連中だ。根絶やしにする前に悪さの一つや二つはしているだろう。絶対に阻止したい。
「クライネ、あの怪人達は裏界との境界を越えてきているんだよね?」
「ええ、そのはずですわ。裏界の扉はわたくしの本体が封じておりますけれど、アンジェラがわたくしの体を奪っている以上、意味を成していないはずですわ」
言いながら、窓から遠くの風景を眺めるクライネ。
崩れ緑に飲み込まれた建物群の先、空とも違う深い青が溜まった窪地が見える。先の見通せないあの場所が、裏界との境界がある壊都深界域だ。
「なら、まずは出入り口を塞ぎたいね。一刻も早く奪われたクライネの体を取り戻して、壊都に出てくる怪人がこれ以上増えないようにしないと」
「深界域は黒晶石の侵食が激しい場所。強いモンスターも居ますの、怪人抜きでも一筋縄ではいきませんわよ」
「強いってどの程度なんでございましょ」
「そうですわね。先日、貴方と出会った場所程度ですかしら」
「"怪人達の巡礼道"でございますか。バリバリの深層ございますねぇ」
「げっ、それ変身してないウチじゃキツイ奴じゃん。ミコっちゃんが言ってたみたいに、怪人の侵攻経路を奪って拠点作って、ルミカ辺りに来てもらわないと辿り着けないかもしれんね」
顎に手を当てて考えるリオちゃんを見て、クライネがふうとわざとらしく息をはく。
「本当に無粋な方々。ここは死者を悼む静かの海、観光地ではないと理解していただきたいですわぁ」
クライネはそう言いながら立ち上がり、一人でどこかへ歩いて行こうとする。
「クライネ、どこに行くつもりですか」
「安心なさい、少し休憩してくるだけですわ。貴方達が居ると騒々しくて気が休まりませんの」
慌てて呼び止めるラブリナさんを見て、クライネは口元に手を当ててくすりと笑うと、部屋の外にある崩れかけた階段を上っていく。
「…………本当に騒々しい方々。でも、そんな姿にどこか懐かしさと喜びを感じてしまうのは、かつてのわたくしにもあんな友人達が居たから、ですかしら」
廃ビルを独り歩くクライネは、林のようになった建物屋上まで辿り着くと、茂みに寝そべるようにして青い空を眺める。
その体は尻尾だけでなく、腕も、足も、気を抜けばすぐに黒い欠片となってポロポロと崩れ落ち壊れていく。
「クライネ。一人あの場を離れたのは、自分の体調不良を皆に見せないためだったんだね」
多分そうなんだろうと察していた私が声を掛けると、クライネが気怠そうな顔で視線だけをこちらに向けた。
「あら、覗き見ですの? マナー違反ですわよ」
「うん、ごめんね。心配だったから」
「本当に無粋でお節介な方。まあ、わたくしはそんな貴方が嫌いではないようですけれど」
そう言うクライネの手足は黒くなって先端が崩れたままだ。
多分、体としての機能を維持しておくよりも、壊れたままの方が楽なんだろう。
「そんな体になっていても、"魔力の海"では襲われていたダン特の人達を助けてくれたんだよね」
「昨日言った通り、単なる利害の一致ですわよ。それはわたくしの使命であり、魔王としての本能。そのことで貴方が気に病む必要は全くありませんの」
「本能? 確か昨日もそんな感じのことを言っていたよね」
「ええ、黒晶石の魔王とは未練を抱えた亡霊のようなもの。歪んでもなお抱き続けた強い願いや意志が、黒晶石によって固められて形を得たものですわ。故に魔王は己の願いに強い執着を持ちますの」
私は先日の魔王ルミカちゃんを思い出す。
魔王ルミカは魔法少女として皆やお姉ちゃんを助けたい想いが歪んでしまった姿とも呼べた。つまり、あれはそう言うことだったんだろうか。
「だとしたら、クライネの抱えている願いはなんなの?」
「当然、扉守であり墓守であるわたくしの願いは、壊都と
「その答えは少し違うと思うな」
私が即座にそう返すと、クライネが少し驚いた顔をする。
「……理由を伺ってもよろしいですかしら?」
「門番って門そのものを守っているんじゃなくって、門の中を守っているんだよ。ならクライネも扉自体が大事なんじゃなくって、扉の先にある物が大事なんだと思う」
開けるつもりがないのなら完全に閉じてしまえばいい、扉になんてする必要はない。
扉って言うのは、いつかまた開けるためのものなんだから。
「なるほど、それがわたくしの歪み……。ああ、わたくしは友人達を再び外へと連れ出してくれる誰かを、ずっと待ち焦がれていたのですわね」
私の言葉に思うところがあったらしく、クライネは目を閉じて少し何かを思案していたけれど、
「ならば……一つお願いがありますの。貴方の持つエリュシウムの鍵、わたくしに預けてもらえませんかしら?」
覚悟を決めた眼差しでそう言った。
「何のために?」
「今のままでは、わたくしは程なく果てる。本当の願いまでの道筋を拓くことはできないでしょう」
「そのための時間が欲しくなったんだね」
こくりと頷くクライネ。
「わかった。なら、使って」
私は胸元を緩めてエリュシウムの鍵を取り出すと、クライネに手渡す。
厳密に言えば、手は黒い煙になっちゃってるから、胸の上に置いた感じだけど。
「ふぅ、本当に不用心な方。これがお人好しな貴方を謀る罠だったら、一体どうするつもりでしたのかしら?」
「その時は私の見る目の無さを悔いて、自分でその責任を取るだけだよ」
迷いのない私の返答を聞いて、クライネがくすりと笑う。
直後、その胸に置かれたエリュシウムの鍵の先端がクライネの服と一体化し、黒い煙になっていたその手足が再び形を取り戻す。
アンジェラがクライネの体を乗っ取っるのに使ったように、魔法少女が変身する要領で体を再構築したんだろう。
「ええ、本当はわかっていましたの、貴方の眩い輝きならばそう言うと。だから、貴方達は楽園への扉に辿り着かなければならない。わたくしの敵となってもらわなければいけませんわ」
クライネは体を再構築して立ち上がると、じっと私の目を見据えて言う。
その言葉に一瞬びっくりしたけれど、すぐにその意味を理解する。クライネは裏界にある楽園の扉を開けと言っているのだ。
その先で待つのクライネが本当に大切にしていたもの。……多分、楽園の扉の先に居るであろうラブリナさんのために。
「そうと決まれば急ぎましょう。多少時間的猶予ができたとはいえ、それでも時間は有限ですもの。……それとラブリナ、覗き見はマナー違反ですのよ。この方と合わせて二度も言わせないでくださいな」
「申し訳ありません、クライネ。真剣な話の最中だったようですから、話に加わるタイミングを逸してしまいました」
クライネに咎められ、ラブリナさんが悪戯っぽく微笑む。
「……ラブリナ、わたくしは友人達と楽園の扉を封じたと言いましたわよね」
「はい。そのように記憶しています」
「共に封じたのはテラーニア、ラフィール……その中に貴方は含まれておりませんの」
「そう、なんですか……」
クライネの言葉に、ラブリナさんが凄く悲しそうな顔になる。
「かつての貴方は、わたくし達を置いて一人楽園の扉の先へと行ってしまいましたわ。テラーニアとラフィール、二人の魔王としての動機は恐らくそこから生じていましたの」
ラブリナさんが魔王の欠片である以上、一人戦ったラブリナさんは敗れ、黒晶石に飲まれて魔王になってしまったんだろう。
魔王テラーニアの目的は強くなることで、魔王ラフィールの目的はラブリナさんの隣に立つこと。
戦った時には気付けなかったけれど、二人の動機は本質的には同じもので、ラブリナさんを一人で行かせてしまった後悔に起因していたのだ。
「つまり、もう同じことはするなってことだね」
「ええ、だからラブリナに協力を求められた時は驚きましたわ。あの時、ラブリナがそう言ってくれていたのなら、わたくし達は黒晶石の魔王になっていなかったはずですもの」
「申し訳ありません、クライネ」
「別に貴方を非難する意図はありませんわ。ただ……ラブリナ、貴方はかつての自分が零した欠片を少しずつ拾い上げている。その欠片。もう二度と零さぬようなさい」
「はい。心配ありがとうございます、でも大丈夫です。そんな傲慢な振る舞い、セレナとこりすが許しませんから」
ラブリナさんは、そっと胸元に手を当てて微笑む。
今のラブリナさんにはセレナちゃんがついている。だからそんな無茶は絶対にしない、私もよくセレナちゃんに怒られるからわかる。
「そうですの、なら安心ですわね。こりす、後は頼みましたわよ。残念ながら、わたくしはこの結末を見届けられないでしょうから」
「うん、任せて。クライネの想いは私達が引き継ぐよ」
私が力強く頷いて承知すると、クライネは安心したように目を細めて皆の所へと戻っていく。
そんな穏やかな決意を押し流すように、外から激しい破壊音が聞こえてきた。