魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~   作:文月なご

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第16話 大海嘯1

 

  第四話 大海嘯

 

 わたくし、クライネは楽園の扉を永劫に守り続ける番人であり、静かの海の底に楽園の扉を沈め続ける錘。

 わたくしの世界は永遠の沈黙であり、さざ波すらも起こらない。わたくしが番をしている壊都とは静かの海。栄華を極め、過ちを犯し、人々が逃げ去った文明の墓所。

 野生の動物達は黒晶石の残滓を恐れて近づかず、草木が覆い隠した文明の面影を、意志持たぬ魔法人形達が維持し続ける歪んだ世界。そうであることが楽園の扉が今も封じられ続けていると言う証。

 故にわたくしの世界に変化は起こらない。そうでなければならない。……はずだった。

 

 魔王であった友人ラフィールの結末を見届け、わたくしは楽園の扉と同じ名を持つ魔法少女に興味を抱いた。

 ラフィールが何故最期に微笑んでラブリナを託したのか。彼女は自らが零した何を取り戻せたのか。

 それが静かの海だった自らに生じた最初のさざ波。

 

 そして不覚にも体を奪われたわたくしは、白い輝きを持つ彼女に手を差し伸べられた。

 心のさざ波は徐々に大きな波となり、今はわたくしの中で大きなうねりとなっている。

 されど、うねる感情に任せて走るにはもう時間が足りない。だから、わたくしは最期の力を持って立ち塞がらなければならない。

 人と共に在ると決めたラブリナの欠片が、あの白い輝き達が、黒晶石の黒に決して負けぬよう試練となる。それが、わたくしが取り戻した心のうねりが起こせる唯一のこと。

 

  ***

 

 クライネを抱きかかえた私は、そのまま窪地の中を急降下して壊都の底に着地する。

 そこは青の世界を通り抜けた深い黒の中、妖しく輝く黒晶花がクラゲのように浮かんで輝いている。まるで深海だ。

 

「暗い……。そんなに高さの差はないのに」

「壊都の空が魔力の青であるように、この深界域の黒は黒晶石の黒ですわ」

 

 私の呟きが聞こえたのか、抱きかかえられたままのクライネが説明してくれる。

 

「裏界から漏れ出た黒晶石の侵食ってことだね」

 

 私は纏った燐光の範囲を広げて周囲を照らすと、そこは一面の黒。文明の名残なんてなにもなく、足元に一面びっしりとアンジェラスライムが広がっているだけ。

 その雰囲気は以前行った深層"黒晶石の花畑"に近い。事前にクライネから聞いていた通り、ここは深層相当の危険地帯で間違いなさそうだ。しかも、今は凶悪スライム塗れ。

 

「ええ、それがこの深界域ですの。そんなことも知らずに足を踏み入れるなんて、本当にのん気なお方」

 

 私に抱きかかえられていたクライネが、抱っこを嫌がる猫みたいにするんと私の腕から抜け出し、足元のスライムを大鎌で斬り裂きながら着地する。

 斬り裂かれたスライムの破片からアンコウみたいなモンスターが現れ、私達に向かって大きな口を開いて襲いかかってくる。私はそれを燐光で消し飛ばした。

 

「まあ、のん気なのではなくて単に余裕でしたのね。ええ、貴方の輝きならそうでしょうとも。黒晶石の魔王すら白く染める貴方のその輝き、重々存じておりますわ」

 

 そんな私を見て、クライネがくすりと笑う。その言葉の端々からは微妙な敵意と言うかトゲを感じる。

 もしかしてこれ、セレナちゃんお得意のお上品仕草で嫌味を言う奴?

 なんでって心当たりを考えてみれば、テラーニアにラフィール、クライネが一緒に楽園の扉を閉じた仲間を倒したのは私……つまり私は仲間の仇?

 うわぁ……これは敵意を向けられても仕方ない気がしてきた。

 

「クライネ、私が気に食わないのはわかるけど、今は同じ目的があるから協力できないかな?」

 

 だから、私はそう言ってクライネに手を差し出す。

 思う所はあるだろうけれど、今だけは仲良くしようってアピールだ。

 

「まあ、貴方もそうやって手を差し出しますのね。わたくしが歓迎していないことぐらい察せたでしょうに」

「それで手を引っ込めるぐらいなら、魔法少女なんてしていないから。今の君を独りではいかせたくないしね」

「ふぅ、そう言うと思いましたわ。ラブリナの友人達と同じ目をしておりますもの。本当に……物好きな方々」

 

 クライネは差し出し続けている私の手に可愛らしくタッチすると、くるりと前に向き直って歩き出す。

 一応、協力関係成立と考えていいんだろうか。

 

「ありがとう」

「お気になさらず。口と態度では歓迎しておりませんけれど、心の奥では貴方がそう言ってくれることを期待していましたの。どこかの誰かさん達に感化されてしまったようですわ」

 

 言って、顔をあげたクライネが上層を見つめる。

 

「ラブリナさん達が気になる?」

「そのようですわ、自分でも意外ですの。既にわたくしの中に他者はなく、ただ己の使命のみを抱きかかえた屍の類だと思っていましたもの」

 

 クライネは目を細めてくすりと笑うと、深界域を歩き出す。私を先導してくれるんだろう。

 その前、十数メートルはあろうクラゲのモンスターが立ち塞がった。

 

「君の使命は扉守と、この壊都を守る墓守……だったよね。どっちも他人のことを考えてこその使命だと思うけれど」

 

 私はクラゲをパンチ一発で木っ端微塵に粉砕し、クライネに先導されてまた歩き出す。

 扉を守るのは漏れ出す黒晶石から他の誰かを守るため。滅んだ壊都の墓守をしているのも、そこに居たであろう人々のこと忘れずにいるからこそ。

 この場に立っているのはクライネ一人でも、その行動には必ず他人に対する想いがある。

 

「そのようですわね、わたくし自身もすっかり忘れていましたわ。だから想いの始まりを零し、擦り切れ、歪んだ形で扉を守ることだけが残った」

「悲しいね」

「でも、今その静かの海に波の音が聞こえますの。貴方が静かの海に投じた一石が小さな波紋となり、再会と出会いを経て大きなうねりとなった。惜しむらくは少し遅すぎたことですかしら」

 

 しんみりとした会話をしながら歩く私達の周囲では、黒晶石のスライムが絶えず大波のようにうねり蠢いている。周囲は相も変わらずスライム塗れだ。

 燐光でクライネが進む先のスライムは削り壊しているけれど、流石に周囲全部を吹き飛ばしながら進む訳にもいかない。

 何しろ、スライムの体を壊す度、砕けた体から追い出されるように怪人やモンスターが出現してくるのだ。セレナちゃん達の方に山盛りの怪人を送り込んでしまったら、目も当てられなくなる。

 

「このスライム全部、君の本体に接続されているんだよね?」

「ええ、アンジェラが乗っ取ったわたくしの体を通り抜けることで、楽園の扉を無理矢理潜り抜けているのですわ。人様の体をパイプ扱いするのは心底止めていただきたいですわぁ」

 

 眠たいのか不機嫌なのか判断しかねる顔をして、スライムの残骸から飛び出してくる怪人を薙ぎ倒していくクライネ。

 私はそんなクライネに無理をさせないよう、出来る限り手早く怪人達を倒しながら進んでいく。

 怪人がクライネ本体経由で出現しているのなら、私達がここで倒した怪人の数だけ、上層で戦っている皆が楽になるはずだ。

 

「アンジェラがスライムから切り離されたのに、怪人の出現は止まらないね。アンジェラの乗っ取っているクライネ本体が健在だからかな?」

「違いますわ。さっき分け身が切り離されたから、この程度で済んでいますの。今頃、裏界の扉付近には渋滞した怪人達が詰まっているのではないですかしら」

 

 言いながら、クライネが大鎌を振るって怪人達を斬り裂き進む。

 大鎌を振り回すその腕と足は既に人の形を保てておらず、黒く染まりきっている。いよいよ時間がなさそうだ。

 

「なら、君の余力的にも急いだ方がよさそうだね」

 

 大地に敷き詰められたスライムから出現するモンスターを蹴散らしつつ、裏界の扉へと急ぐ私達。

 やがて瓦礫のない広い空間の中央、全体を黒晶石に侵食され、茨のような黒い黒晶石が絡みついた大きな扉があった。

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