魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~ 作:文月なご
暗い深海域の中心で黒く輝くそれは、今までのダンジョンにあった次元の裂け目とはまるで趣の違う、高さ十メートルはあろうかという巨大な扉。
次元の裂け目にしてはかなりの小型だけど、話を聞く限り人為的に作り出したものだからだろうか。
「あれが裏界の扉?」
「ええ、あれがわたくし本体が封じている裏界への扉。貴方達の言う次元の裂け目に近しいものですわ。ただ……」
そこまで言って、クライネの表情が苦いものに変わる。
無理もないだろう。扉全体を覆い尽くすような黒晶石からは、寄せては返す波のようにアンジェラスライムが絶えず漏れ出しているのだ。
「アンジェラスライムが大量に漏れ出しているみたいだね」
「残念ながら、そちらは織り込み済み。問題はあの絡みつく黒い根の方ですわ」
クライネが浮かない顔で言う。
「あれ、茨じゃなくて根っこなんだ」
「ええ、あれは楽園の扉の先に封じた黒晶石の大樹の根。その大樹こそが体を捨てた宿り木が憑りつく黒晶石であり、貴方達が追い求めている因縁の一端。ですわ」
「つまり……」
私が言葉を紡ぎ終える前にクライネが首肯する。
「あの大樹こそが魔王ラブリナの本体とも呼べるもの。かつてのラブリナはあの黒晶石の大樹に独り立ち向かい、力及ばなかった。そして、他者を頼ることを良しとしなかったラブリナは、自らが大樹に飲まれることで大樹を御そうと考えたのですわ」
「それがセレナと一緒にいるラブリナの始まり……」
今のラブリナさんだって、最初はテラーニアと共に地上を脅かす存在だった。だから当然覚悟はしていた。
色々と思うところはあるけれど、それは私とセレナちゃんの目的に近づいている証拠でもある。だから、真っ直ぐに受け止めて進むだけだ。
「歪み堕ちたラブリナを元に戻し黒晶石の世界侵食を止めるため、かつてのわたくし達は大樹に挑み……敗北したのですわ。その最中、辛うじて大樹のある楽園区域を壊都から切り離し、そこへと繋がる扉自体を次元の狭間へと封印した。それが事の顛末」
「その根がここに有るということは、裏界にある
「ええ、不愉快なことに。大樹と共に封じられた宿り木達は、常に外に出ようと画策していましたもの。奪われたわたくし本体を取り戻すためにも、まずはあの根を排除いたしましょう。根の一部とはいえ、その大本は壊都を滅ぼした黒晶石、気を付けて相手をするのですわよ」
クライネがそう言って一歩踏み出すと、黒い扉に絡みついていた大樹の根が解け、無数の触手で捕食してくるように私達へと襲い掛かってくる。
私はそれを燐光を組み替えた光の剣で全て切り裂き、扉に絡みついた根っこを切り離した。
「あら難なくですの、見事なものですわね」
「因縁の一端如きに苦戦するようじゃ、私達の目的は到底果たせないから。とはいえ、この感じだと上のスライムにもラブリナの欠片が入りこんでいそうだね」
切り裂かれた根っこは黒い煙となって霧散したけれど、扉から流れ出すスライムは止まらない。
黒晶石の大樹とクライネ本体は別物なんだから当然だけど。
「大樹の一部が混ざっていた以上、その可能性は高いですわ。ただ、こちらも残り時間が少ない以上、そこはラブリナ達に任せる他ありませんわね」
「任せる、か。ラブリナも独りで行かず、君達と力を合わせていれば壊都を守れたのかもしれないね」
「そう思うのなら、貴方は違えないことですわね。貴方の輝きはあまりに眩い、強い輝きは往々にして万能感をもたらし、足元にあるはずの道を見えなくしてしまいますわ」
「わかってる。そこを違えないよう何度も注意されているから」
つい自分でなんでもやるぞって思っちゃう私だけれど、その度にセレナちゃんに口を酸っぱくして苦言を呈されてきた。
それを何度も繰り返せば、流石の私だってもう間違わない……はず。
「あら、いい仲間がいますのね。大切になさい」
クライネは自問自答する私を見て楽しそうに微笑むと、根の取り除かれた裏界の扉を見上げる。
扉の中央、丁度鍵穴がありそうな部分に煌めく小さな鍵が刺さっていた。間違いない、あれは奪われたエリュシウムの鍵のスペアだ。
「奪われたエリュシウムの鍵のスペアが刺さっているね」
「ええ、アンジェラが自らの黒晶石を核代わりにして、わたくしの本体に突き刺しましたの」
クライネが首肯する横、私は"本体"と言う言葉を不思議に思って黒晶石を注視する。
上で暴れていたアンジェラは黒晶花で作った仮の体で、黒晶花で作られていないクライネの体を奪ったアンジェラがここで待ち構えている、私はそう思っていた。でも、どうやらそうじゃないらしい。
もしかしてって思いながら目を凝らせば、鍵が突き刺さった黒晶石の中に見えたのは誰かの人影。つまりルミカちゃんの時と同じ、多分のあの人影に付随する黒晶石こそがクライネの"本体"なのだ。
「あの人影はクライネ……。そっか、やっぱり君達は魔法少女だったんだね」
ラフィールはマナチェンバーイグニッションしていたし、魔法少女であるルミカちゃんは魔王になった。
薄々はそうじゃないかとは思っていたけれど、これで確信できた。
「ええ、わたくし達は貴方達がそう呼ぶ者でしたわ。勿論、ラブリナも。彼女は楽園の扉と同じ名を持つ魔法少女でしたの」
それはつまり、私と同じ名前を持ち、にゃん吉さんが語った昔話の魔法少女。
「楽園のエリュシオン……」
「そう、エリュシオン。因縁に終止符を打とうとしている貴方と同じ名。数奇なものですわね、それとも正当な鍵守である誰かは、この時が来るのを予期してその名を託したのですかしら」
クライネが眠たげな眼を少しだけ細めてくすりと笑い、私は我が家で寝そべっているだろうメタボ猫を思い出す。
にゃん吉さんは鍵守の昔話にあやかって、私にエリュシオンの名を付けたって言っていた。
私が初めて変身したのは楽園だのは関係ない時で、更に偶然のなし崩しだったから、そんな意図はなかったとは思う。
……けれど、不思議な因縁を感じてしまうのは確かだ。
「それを考えるのは後にしよう。まずは上の皆に余計な負担をかけないよう、この惨状をなんとかしよう。開きかけた扉、閉め直すことはできそう?」
絡んだ根っこは消したものの、黒晶石に覆われた裏界への扉は依然として少し開かれたままだ。
この状態でクライネの本体を倒しても、半開きになっている扉の隙間から怪人達が自由に出入りできるのではなかろうか。
「既に扉は完全に手遅れ、単にアンジェラを倒しても扉を封じることはできないでしょう。このままでは宿り木達の出入り口になるのは確実ですわね」
「それは由々しき問題だね」
「安心なさいエリュシオン、"このままでは"でしてよ。そのためにわたくしは居ますの。黒晶石の侵食を妨げる手段、心当たりがあるでしょう?」
どうしたものかなって考える私を見て、クライネが少しだけ真剣な声音で言う。
そこに込められた覚悟を感じ取って、私もクライネが想定している解決策を理解する。私もわかっていたけれど、私から提案するのは憚られていた手だ。
「……君自身を白い輝石にするんだね」
「ええ。アンジェラを取り外し、私と共にエリュシウムの鍵を差し込んで本体へと戻し……倒しなさい。かつてのラブリナよりも眩い輝きを持つ貴方ならば……魔王に戻ったわたくしを浄化し、白い輝石へ変えることができる。いいえ、できなくては困りますわ」
真剣な眼差しをしたクライネが、じっと私の目を見据えて言う。
クライネは私達に敵として立ち塞がって欲しいと願っていた。だとすれば、これは扉守としてのクライネの悲願であり、最期の大仕事になるんだろう。
扉を開けようとする私達が、扉の先に居るラブリナさんに太刀打ちできるのか、クライネは最後にそれを見極めようとしているのだ。
「わかった、君を倒してラブリナさんを任せるに足るって証明してみせる」
だから、私はクライネに対して迷いなく頷く。
だって、それは元々私とセレナちゃんが冒険している理由でもあるんだから。
「ええ、知っていましたわ、貴方ならば迷いなくそう言うだろうと。貴方の持つ輝きはあまりに眩い。成功を確信していますわ」
私の返答を聞いて安心したのか、クライネの体がぐらつき、両手足が端っこから黒くポロポロと崩れ落ちていく。
「クライネ!」
「わたくしの体はお気になさらず。エリュシウムの鍵と、それに装着されている黒晶石が残っていれば問題ありませんわ」
そう強がって見せているけれど、クライネはもはや歩けるような状態ですらない。
私は急いでクライネを抱きかかえようとする。
『はーっ! そんなこと、させるわけがないの! お前達のくだらない企みは、このアンジーがぐちゃぐちゃにしてやるの!』
でも、それは怨嗟の詰まったアンジェラの声によって遮られた。