魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~   作:文月なご

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第16話 大海嘯7

 壊都深界域、裏界へと通じる扉の前で怪人やモンスターを蹴散らす私は、急に敵の勢いが弱まったことに首を傾げていた。

 一面を埋め尽くす黒であるスライムは、今や死んだみたいにピタリと動きを止め、凪いだ海のように静かになっている。

 クライネが体を取り戻す邪魔にならないよう、私は出てくる敵の対処だけを徹底していた。だから、うっかりやり過ぎちゃった訳ではない、と思う。

 

「これで打ち止め? もしくはセレナちゃん達の方が何かした、のかな……?」

 

 クライネが戻ったことで怪人の流入が阻止されたのか、セレナちゃん達の戦闘が激化して怪人の戦力がそちらに割かれているのか。ありそうなのはその二択、あるいは両方だ。

 なんて思っていると、真っ暗だった深界域が心なしか明るくなってきて、僅かに白んで開けた視界の先、スライムが凄いスピードで灰になっていくのが見えた。

 

「あの感じ、上でスライムが倒された……?」

 

 エリュシオンとして表面上クールを装っているけど、内心は困惑しっぱなしだ。

 えっ、えっ、えっ、これ大丈夫? 大丈夫な奴なの? これ伝播してクライネ本体まで灰になっちゃわない?

 裏界の扉付近のスライムを切り取って隔離しておいた方がいいんだろうか。悩む私が、とりあえず切り取る方向で行動しようと心に決めかけたその時、

 

「感謝しますわ、エリュシオン」

 

 どこからともなくそんな声が聞こえ、扉付近のスライムが瞬く間に灰となった。

 前後二方向から灰となったスライムは、裏界の扉から吹いた黒い嵐に飛ばされ消え去っていく。

 灰を吹き飛ばしながら渦を巻く黒い嵐が、徐々に人の体へと収束し、黒いドレスに黒いベール、黒髪猫耳、二股の尻尾の少女の姿を形作った。

 

「貴方のおかげで、可能な限りの力を残すことができましたわ」

 

 裏界の扉前に降り立ったクライネは、優雅なお辞儀で私に感謝の言葉を述べると、そのまま得物の大鎌を私に向けて構える。

 

「そして……今この時よりわたくしは扉守として貴方の前に立ち塞がることを宣言いたしますわ」

 

 そう告げるクライネの尻尾の先端は、壊都に入る前と同じように徐々に崩れ落ちている。

 ここまでボロボロになってしまった以上、クライネはいずれにせよ滅ぶ運命にある。事前にクライネが言っていた通りだ。

 

「わかった。私は君と戦えばいいんだね」

 

 覚悟はできている。その言葉の真意は既に天狼こりすとして聞いている。

 クライネを白い輝石に変えて壊都への怪人流出を防ぎ、私が楽園の扉を開けるに相応しい力を持つと証明する。それがクライネの望み。

 だから、私が今クライネにしてあげられることは戦うことだけだ。私は少し目を閉じて心のスイッチを入れなおすと、黄金の瞳でクライネを見据えた。

 

「優しいですのね。情が湧いたなんて言われたら、困ってしまった所ですわ」

 

 クライネがくすりと微笑むと同時、彼女の纏う空気が変わる。

 今この時をもって、彼女は黒晶石の魔王である大海嘯クライネに戻ったのだ。

 

「不思議ですわね。わたくしの滅びはもはや避けられぬ悲劇……なのに、わたくしはそれに喜びさえ覚えている。貴方なら、わたくしの零した想いを拾い上げ、願いを叶えてくれるだろうと信じていますのね」

「勿論。君の、君達の想いは私が連れていく。失望させたりしないよ」

「ええ、貴方はそう言うでしょうとも。さあ始めましょう、エリュシオン。かつてのラブリナと同じ名を持ち、楽園(エリュシウム)の扉を開けんとする我が怨敵。静かの海に生じた心のさざ波は、貴方達との出会いを経て今再び大海嘯へと至る」

 

 クライネは扉を覆う黒晶石に刺さったエリュシウムの鍵を抜き取ると、自らの胸に手を当て、自らの体をコアパーツとしてエリュシウムの鍵を起動する。

 

「マナチェンバー、イグニッション」

 

 瞬間、クライネの姿が変化する。

 それは網タイツがセクシーな黒い魔法少女であり、アンジェラが体を乗っ取っていた時と同じ姿。

 やっぱり、あれがクライネの魔法少女としての姿だったんだ。

 

「ここは嘆きの海の底。命運は尽き、願いは潰え、想いは風化する。されど楽園へと至る扉は在り続ける。わたくしは錘、終わりの海底に沈み続ける扉の守り人、扉を開けるものを押し返す大海嘯……」

 

 仕上げに黒晶石の仮面代わりであろう黒いベールを被ると、クライネは大鎌を構えて臨戦態勢をとった。

 

「悪を断つ銀のシリウス、魔法少女エリュシオン。エリュシウムの鍵を持つ魔法少女として、私は君の扉を開けて先へと進む。それが君の望みでもあるだろうから」

 

 対する私も組んでいた腕をほどいて迎え撃つ。

 大丈夫、迷いや躊躇いはない。私はクライネを容赦なく倒せる。

 

「その意気やよし、ですわ。さあ、今こそ扉守の名において裏界の脅威を制限解放いたしましょう」

 

 浮き上がったクライネがそう宣言すると同時、裏界の扉を封じる黒晶石が蠢く。

 

「第一権能、顕現。裏界海流」

 

 黒晶石に封じられた扉が僅かに開き、禍々しい力の奔流が津波のように押し寄せてくる。

 扉から吹き出す黒晶石が、明け方の空のように白み始めていた裏界域を再び黒に染め上げていく。

 侵食する黒晶石が街の風景を作り上げ、壊都の風景が在りし日を取り戻す。ただし、それは全て黒晶石によって作られた影の都だ。

 

「これが裏界、わたくしを倒した先に待つ景色ですわ。貴方がエリュシウムの鍵を持つに相応しい者であるのなら、動じませんわよね?」

 

 黒い高層ビルの壁面を跳ね駆け、構えた大鎌を私にむけて閃かせるクライネ。

 

「当然だよ、クライネ。こんなもの、私達にとって障害にもならない」

 

 私は腕を振って黒い建物群を斬り裂いて倒壊させると、燐光を剣へと組み替えて、クライネの振るった大鎌を受け止める。

 ラフィールに対してそうしたように、私はクライネの攻撃をあえて受け止める。

 その想いを受け止められるよう、ここで果てる彼女が安心して後を託せるように。

 

「くす、ならばこれはいかがですの?」

 

 私が砕いた黒晶石の風景が、クライネの大鎌の軌跡を追うように黒い海流となって私へと襲い来る。

 

「それも通じないよ」

 

 私が光剣の切っ先で大鎌を受け止めると、大鎌に続く黒い奔流が灰となって消え去っていく。

 

「まあ。本当にデタラメな方……!」

「クライネ、そんな波遊びは私には通じない。それでもまだ続けるの?」

 

 私の言葉に、クライネがフェイスベールの下で小さく苦笑する。

 あの尻尾を見る限りクライネに残された時間も少ない、そろそろ終わらせるべきだろう。時間切れは彼女に対してあまりに不誠実だ。

 

「天河裂く瞬撃の昇星<エリュシオンサイズ>」

 

 そう結論付けた私は深く一歩踏み込むと、黒い深界域を切り裂き天へと疾るハイキック一閃。

 眩い銀の閃光がクライネを両断し、その衝撃で地上の黒い街並み全てが壊れ舞い上がる。

 そうして吹き飛び跳ね上がった黒晶石の破片が、今度は白い輝石の雨となって深界域を明るく染め上げていく。これで決着だろう。

 

「……クライネ、君の本当の願いは私が引き継ぎ、叶えるよ」

「ええ。お見事ですわ、エリュシオン。貴方にこの扉とその先を……ラブリナの行く末を託しますわ」

 

 既に尻尾だけでなく体の端まで灰になりかけている中、両断された体を黒晶石で繋ぎとめたクライネは、よろよろとした足取りで私の前に立つ。

 そして、エリュシウムの鍵とそのスペアキーを私へと手渡した。

 

「うん、任されたよ」

 

 クライネの後ろ、裏界への扉を封じた黒晶石は既に白い輝石と変じている。彼女の目論見通り、これで裏界に巣くう宿り木怪人達は壊都へ侵入できなくなったはずだ。

 これで、扉守クライネの使命は無事全て果たされた。

 

 ……でも、これが一番いい結末だろうか。私はねねちゃんの言葉を思い出して、少し引っ掛かりを覚えてしまう。

 こんな暗い所で私だけに見届けられて果てるのが、最良の結末だなんて私には思えない。

 

「ねえ、クライネ。君の残り時間を私にくれないかな。他人の為に頑張った君の最期を見届けるのが私一人じゃ寂しいよ」

 

 だから、私はこうするべきだ。私はクライネに手を差し出して、灰になりかけていた手を掴む。

 けれど私が掴んだクライネの手は、ボロボロと儚く崩れ去ってしまった。

 

「あら、欲張りな方。貴方はただ敵を倒すだけでなく、皆にとっての最良の結末を欲しますのね。……それはきっと、かつてのラブリナが戦い続ける中で忘れてしまったこと。貴方はそれを零していない、それを知れただけでわたくしは十分ですわ」

 

 どことなく寂しそうに笑うクライネ。

 そんなことないでしょ、十分な訳がない。そんな甘えたビターエンドは私自身が許さない。

 何とかして皆の所に連れていってやる。私はこういう時の往生際はすこぶる悪いのだ。

 さてどうしてやろうかって考えていると、不意に賑やかな気配が近づいてくるのがわかった。

 

「よかったです、クライネ。その言い方なら、私達が来ても迷惑ではないですよね?」

 

 それは予想通り、ラブリナさん達だった。

 ねねちゃん含めて全員勢揃いってことは、上の戦闘も無事に終わっているはず。ほっと一安心だ。

 

「ラブリナ、それに他の方々まで……」

「クーちゃんさんも冒険の仲間でございますからね。おねねさん、最後の最後に仲間外れは寂しいでございますよ」

「その通りなのです! エリュシオン様、ご無沙汰しているのです!」

 

 目をキラキラさせたミコトちゃんが、私の目の前でぴょんぴょん跳ねながら挨拶してくる。

 

「あー、しんみりした空気壊しちゃって悪いね。けどさ、ウチ等って賑やかなメンツ揃ってるから諦めてよ」

「ええ、本当ですわ。でも、永い間一人で見守ってきたのですもの、最期ぐらいは賑やかでもいいかもしれませんわね……」

 

 クライネはそんな姿を見て満足そうに微笑むと、その体を完全に灰へと変えて消え去った。

 それを合図として、裏界の扉に封じられていた生身のクライネが、白い輝石からはじき出されて私達の目の前に転がった。

 

「あれはクライネの体……ですね。ミコト、彼女は無事ですか?」

 

 ラブリナさんが心配そうな顔でそう尋ね、ミコトちゃんがクライネの頬をぺちぺち叩いて状態を確かめる。

 

「少し弱っているけれど問題なく生きてるのです」

「そっか、んじゃウチ等で連れ帰った方がいいよね。どう考えても」

「うん、申し訳ないけれど連れ帰ってあげて」

「むふー、貴方の巫女にお任せくださいなのです!」

 

 任せろとドンと胸を叩いてクライネを背負うミコトちゃん。

 でも、力が足りずにふらふらしてしまった所を、リオちゃんが慌てて引き受けてくれる。なんだかほっこりとする風景だ。

 帰っていく皆の周囲、深界域の黒は夜が明けるように薄れ、壊都の上層と同じ青みがかった風景が広がりはじめている。これで一件落着だろう。

 

「お疲れ様、クライネ。君の最期の大仕事、無事に終わったよ」

 

 皆の後ろ姿を見送る私は最後にそう呟くと、先回りして変身解除しようとする。

 

「……でもさ。こりっちゃんだけ仲間外れってのも悪いね。どこ行っちゃったんだろ、無事なんかな」

「…………えっ、あっ」

 

 途中、そんなリオちゃんの言葉が聞こえ、私は勢いあまって廃ビルの壁にちょっとめり込んだ。

 そうだ、皆目線だと私だけクライネの最期に立ち会ってない! なんて薄情なクズ、敵前逃亡の役立たず! こ、これ、どう言い訳すればいい奴!? セレナちゃんの知恵をお借りしたい!

 

 最後の最後に難題を抱えてしまった私は、壊都上層にクロノシア達だけじゃなく昨日のダン特さん達まで居ることに驚愕する。しかも、ルミカちゃんは配信までしていた。

 不在の私を追い詰める配信四面楚歌! 逃げ場が、逃げ場がない!

 

「うああああ、難題が津波のように押し寄せてくる……!」

 

 結局、私は皆が戻ってくるまでの間、廃ビルの隙間に身を潜めて縮こまり、必死に言い訳を考えながら戦々恐々とし続けるのだった。

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