魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~ 作:文月なご
青く澄み渡る空には壊れた都市の姿が蜃気楼のように映り、果てまで続く草原に咲くのは白い花と黒い花。
そして、その中央にあるのは、大樹のように枝葉を広げて天まで伸びる黒晶石。
ここが平原エリアから続くダンジョンの最奥、
草原を風が駆け、黒晶花が巻き上げられて人の形へと収束し、本来の姿に戻ったラブリナが楽園の大地へと降り立つ。
「これが本来の私の姿……ですか。なんだか少し違和感がありますね」
セレナと同じピンク色ではなく、エリュシオンと同じ銀色になった自らの髪を触り、ラブリナが苦笑まじりに黒晶石の大樹を見上げる。
大樹の幹には今の自身と同じ姿であるラブリナの肉体と、それに寄り添うように取り込まれているセレナの姿があった。
セレナに根付いた自らを切り離す手段を探すために始まったこりす達の冒険。その解決策が、再びセレナが黒晶石に取り込まれることだったのは、皮肉な結末と呼べるかもしれない。
「セレナ、貴方にはまた迷惑をかけてしまいましたね。ですが、そんな貴方のおかげで、私は零したものを拾い上げることができたんですよ」
ラブリナはセレナの姿を見て少し寂しそうな顔をすると、黒晶石の大樹の前に落ちていた核のないエリュシウムの鍵を拾い上げる。
楽園区域は静かなもので、怪人やモンスターによる妨害もない。
今のラブリナは黒晶石の侵食を妨げる白い輝石、宿り木や怪人達にしてみれば即刻排除したい存在のはず。そもそも、一部の怪人達は楽園の扉を開けず、一方的に攻め続けたいと考えていた節がある。
それなのに静観を決め込んでいる理由、それは楽園の扉の前に立つ彼女を恐れているからに他ならない。
『度し難い愚かしさですね。人に与していたにもかかわらず、わざわざ楽園の扉を開こうとするなど。開かずにいれば、今しばらくの時間稼ぎ程度はできたでしょうに』
ゆらゆらと不安定に揺らめく扉の前、立っていたのは同じ姿をしたもう一人の自分。
今のラブリナと姿は同じでも、その表情はまるで違う。クライネとアンジェラの時と同じように、中身の違いは明確な差となって表れる。
ラブリナ達が戦った他の欠片達と同じように、彼女は自らが様々なものを零していることにすら気付いていないのだ。
「私は自らを愚かしいとは思っていませんよ、ラブリナ。私は皆の勝利を確信しています」
『かつての私は最強の魔法少女でした。その私が勝てなかったこの黒晶石の大樹。そして、その力を得た私に勝てる者など居るはずがありません』
皆を守る魔法少女であろうとし、守るために必要な力を追い求め、増長し、見失い、守りたかったはずの全てを零し、守れる力だけを求め続けた愚かな自分。
今ラブリナがしていることは、彼女からみればさぞ愚かな利敵行為に見えていることだろう。
「そうですね。貴方はそう言うでしょう。私は貴方の欠片、貴方と分かたれた直後の私も同じように考えていましたから」
『今は違う、と?』
「はい。……先日、一人の老人が言っていました。過去を振り返り、今両手に抱えているものと零れてしまったものを比べてしまう、と。貴方もかつての私も、自らの手から零れたものを省みることすらしていなかった。だから、本当に大切なものを零していたことに気付けなかった」
最初に魔法少女となった時、皆とは友人や家族達、街の人々を意味し、平和とは変わらない日常を意味していたはずだ。
けれど己が強くなるにつれ、その始まりを忘れた。皆の平和と言う言葉の中身を零し、皆も、平和も、自らが勝利した後に手に入るトロフィーへと貶めてしまったのだ。
残ったのは"最強の魔法少女が皆の平和を守る"と言う形骸化した形式だけ。
自らの想いの根元を強く望み続けた他の魔王達と違い、始まりの根源を見失った愚かな成れ果ての魔王。それが魔王ラブリナの歪みの正体。
負の感情で育つ黒晶石にとって、さぞ力を与える存在だったことだろう。
『会話の返答になっていません、意味不明ですね』
「はい。知っています、他の何かを信じられない今の貴方はそう答えるだろうと。ですが、私はあの銀の天狼星を自分自身以上に信じていますから」
かつてのラブリナは忘れてしまっていたのだ。
ラブリナの守りたかった皆は、守られるためだけの存在ではなく、各々意思を持ち、共に変わらぬ日々を守るため戦う戦友でもあることを。
だから、セレナはこりすの隣に在り続けた。こりすにとって変わらず守るべき日常の象徴であるために、こりすと共に戦い続ける戦友であるために。
そして、こりすは共に戦う皆の目標で在り続けられることを、成長を促し、変わるための道標となれる魔法少女で在り続けることを自らに課した。
こりすがセレナと作り上げたエリュシオンの行動理念――誰かの代わりに戦う魔法少女ではなく、頑張る誰かの背中を押す魔法少女。
それこそが、自らが最強の代行者であることを望んだラブリナとの決定的な差。二人と共に在り続けたラブリナにはそれがわかる。
かつての自分がエリュシオンのような魔法少女であったのなら、在りし日の壊都に住まう人々は、今も壊都で戦い続けている人々と同じように黒晶石に立ち向かい、ラブリナと壊都は今と異なる結末を迎えていたことだろう。
『それは己の弱さを直視できず、他者に縋っているだけですよ、ラブリナ』
「ええ、今の貴方には理解できず、貴方は聞く耳など持ち合わせていない。他ならぬ私自身のこと、その程度は理解しています。ですから、私の答えは行動の結果にて証明しましょう」
言って、ラブリナは魔王ラブリナの隣をすり抜け、楽園の扉の前に立つ。
『もう一度だけ忠告しておきましょう……後悔しますよ?』
「後悔はもうしていますよ、かつての己の愚かさに。そして、愚かさと向き合い、進み、私はここに立った。零れ滅ぶ定めを持つ欠片として、最良の最期です」
ラブリナは晴れやかな顔で微笑むと、自らの胸を抉るようにして核である自らの欠片を、浄化された黒晶石である白い輝石を取り出す。僅かに残っていた黒は、もうない。
かつてラブリナにも共に戦った仲間が居て、今も共に戦う友が居る。そして、かつての自分が目指した姿であるはずのエリュシオンも居る。零した欠片は拾い集めたはずだ。だから、この場で消えることに迷いはない。
ラブリナは自分自身である白い輝石をエリュシウムの鍵へと装着し、楽園の扉の鍵穴へと差し込んだ。