魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~ 作:文月なご
時を遡ること少し前、ミコトとにゃん吉は厳戒態勢となっているダンジョン前で立ち往生していた。
「困ったのです、通れないのです」
ひょこひょこと警備員の横を通り過ぎようとし、その度摘まみ出され、ミコトがしょんぼりとうなだれる。
「つまり、ダンジョン庁の人達がちゃんと頑張ってるってことだからね。うんうん、一市民猫としては安心できていいことだと思うよ」
意気消沈のミコトに、抱っこされているにゃん吉が笑って言う。
「うーん。迷惑だって露骨に渋い顔をされるようになってきたのです」
「猫を抱っこしてダンジョンだからね、傍目に見たボク達は間違いなく迷惑な野次馬さ。とは言え、少し緊迫した感じが出てきたから、ここでのんびりはしていられないなぁ」
ミコトに抱えられたにゃん吉が、ちらりとダンジョンゲート付近の様子を一瞥する。
スーツ姿に剣とアタッシュケースを持った冒険者パーティ。白衣と杖を持った癒し手らしき一団。
次々と訪れるレベル持ちの冒険者だろう人々、その誰も彼もが剣呑とした表情で平原エリアに向かい、誰一人として平原エリアから出てこない。
「こうなったら仕方ないのです。誠心誠意交渉して通してもらえるように掛け合ってみるのです」
「おやおや、今更かい? ボクとしては、それは最初に試みるべきことだったと思うね」
「暗黒教団と決別し、善良なエリュシオン様信奉者になった時から説得は禁じていたのです。でも大丈夫なのです、説得や交渉自体は大得意なのです。大体皆、お話が終わる頃には澄んだ瞳で理解してくれるのです」
後光が差すような教祖スマイルでミコトが言う。
暗黒教団の姫巫女として培われたそのカリスマは、いとも容易く人の心に染みこんでいく。心が弱い者ならば洗脳即堕ち必至、瞬く間に呑みこまれてしまうのだ。
「ああ、前言撤回するよ。こりすちゃんが言ってた通り、キミって善良なのにすこぶる有害だね」
それを察したにゃん吉が耳をぺたんと倒して困り顔をする。
だが、だからと言って別の手段を探している暇はない。この混乱に終止符を打つためには、新たなるエリュシオン狂信者を一人作り上げるしかないだろう。
「ああ、いたいた。首輪……ミコっちゃん!」
にゃん吉が諦めにも似た覚悟を決めたその時、ミコトへ声を掛けてくる赤い髪の少女が一人。
それに気づいたにゃん吉は、慌てて口を閉じてミコトの顔を見上げた。
「おおー。リオ、こんな所で奇遇なのです」
「いやいや、奇遇じゃないって。第一拠点まで護衛してやってくれって、こりっちゃんに頼まれてんの」
「おおおー! それはありがたいのです! 禁を破らずに済みそうなのです」
先程までの暗黒カリスマスマイルではなく、年相応の嬉しそうな笑顔で喜ぶミコト。
「なんじゃそりゃ」
その様子に、リオが呆れ顔で首を傾げた。
「とりあえずさ、見た感じ時間がないから急ご。さっきから応召の要請がバカスカ飛んできてる、多分平原エリアはヤバいことになってるよ」
そう言うと、リオは警備員と話をし、配備されているジープの鍵を借りる。
「乗んな。手慣れた冒険者が走るよりは遅いけど、レベル低い今のミコっちゃんが走るよかマシでしょ」
そして、後部座席を指差してミコトに乗りこむことを促した。
「わかったのです!」
「でも運転していいのかい? キミの年齢だと運転免許は取れないはずだけどね」
平原エリアの道路を爆走するジープに揺られながら、にゃん吉がミコトの膝の上で疑問を呈する。
「なにこの猫、めっちゃ訳知り顔で人語喋ってくるじゃん」
そんなにゃん吉をバックミラー越しに見て、リオが驚きに目を丸くした。
「このにゃんこ様はこりすの飼い猫でにゃん吉さんと言うのです。ダンジョンを歩いて人語スキルを覚えた凄いお猫様なのです」
膝の上のにゃん吉を持ち上げ、ミコトが自慢げに説明する。
「あー、動物の言葉がわかるの逆パターンね、ついに猫もスキル持ちになる時代かぁ。ダンジョンは許可証があれば乗れんの。ウチは国公認の魔法少女だからさ、それ位は持ってるよ」
「ふむふむ、なるほど」
にゃん吉はミコトに脇の下を持たれたまま、納得したように腕組みをして頷く。
「ま、道路があるほど整備進んだ階層なんて滅多にないけど……っ! ミコっちゃん、にゃん吉っさんをしっかり抱えて捕まってな。ヤバげなモンスターのお出ましだよ!」
言って、リオが急ハンドルを切り、道路上で剣や弓を構えている軍服パーティの脇をすり抜ける。
直後、ジープの後ろで鋭い風切り音が鳴り、巨大な虎型魔物の爪が道路に深々と三本の線を描いた。
「おやおや、随分と乱暴なモンスターだね。この辺りはこんなのがうろついてるのかい?」
「冗談! あいつはジオタイガー、レベル26のモンスター。間違ってもこんな所に迷いこんで来る奴じゃないって!」
「レベル26! お高いのです! あの人々は大丈夫なのですか!?」
「あのダン特……ダンジョン特別戦闘部隊は顔見知りだからパーティレベルも知ってる。あの連中なら勝てる、と思う」
ホントならウチが加勢すべきだけど、と小声で付け足し、リオはジープのアクセルを更に踏み込み第一拠点へと急ぐ。
第一拠点の前では、満身創痍のパーティが鬼型モンスターと戦っていた。
「拠点前にもモンスターが居る。ミコっちゃん、車止めるから急いで拠点に逃げ込んで!」
「了解なのですっ!」
リオは運転席の扉を開けると、ドリフトするように第一拠点の駐車場に車を止める。
そのまま車から飛び出したリオは即座に変身、鬼の側面に回り込み、黒晶石の核を槍で貫いた。
「そこのパーティ、今のうちに撤退! 拠点で怪我の治療しな!」
「リオさん、助かりました!」
「ま、あの鬼は昨日嫌と言うほど戦ったからさ。急いで態勢を整えな、外の感じだとこれで終わりじゃないから!」
「わかりました!」
リオは一番怪我の酷そうな剣士を担ぐと、ミコトと防衛していたパーティを伴って拠点の中に入っていく。
「この人の治療お願い! 後、転送ホール借りるから!」
「リオさん、外の様子は!? 学園と連絡がつかないんですが!?」
リオに怪我人を押し付けられた係員が、困惑しながら尋ねる。
「大荒れ! マジでヤバいことになってる!」
「そんな……」
「心配ご無用、そのために私が居るのです!」
愕然とする係員に、目を輝かせたミコトがヨガマットを広げながら胸を張る。
「あ、あの、そこの子は何をしようと……?」
怪我人の手当てをしている係員は、ヨガマットの上で静かに正座するミコトを不安そうな顔で眺めた。
「開門能力者だってさ。門開けて助けを呼ぶって算段らしいよ」
「ああ、あの珍しい能力の! 確かスキル測定ではわからない天然の異能でしたよね!」
「らしいね。ウチも実際には見たことないんだけどさ」
一同が興味津々で見つめる中、目を閉じて静かに瞑想していたミコトが、鈴のついた糸を指に絡めてしゃらりしゃらりと鳴らし始める。
煌めくような白い髪がふわりと舞って、鈴の音が響き、歌う様に祝詞を奏上する。その厳かで浮世離れした光景を一同は固唾を飲んで見守る。
だがそんな厳かな儀式の最中、突如けたたましいアラートが第一拠点に響き渡った。
「っ! モンスター様のお出ましじゃん。外は私が引き受けるから、あの子守っといて! あの子が失敗したら結局ジリ貧だろうから!」
「わかりました!」
アラートにも動じず儀式を続けるミコトを一瞥しつつ、リオは槍を担いで拠点の外へと飛び出す。
そこに居たのは鎧のような体を持つ三匹の巨大虎、ジオタイガーだった。
「さぁて、団体さんの御到着。気合入れて行きますか」
リオの姿を確認するなり、飛び掛かってくるジオタイガー達。
リオは突進を潜り抜け、次々と繰り出される三対六本の爪を躱し、虎視眈々と反撃の機会を窺う。
「リオちゃん、後ろに注意するんだ。さっきの鬼も居るよ」
「っと、マジか!?」
と、そこで声を掛けられ、咄嗟に横に跳ね転がるリオ。
リオがさっきまで居た場所に金棒が打ち付けられ、アスファルトが大きく陥没した。
「ふーっ、危機一髪じゃん」
「やれやれ、危なっかしいなぁ。キミは魔法少女としてまだまだ未熟みたいだ。ボクが助言したほうがよさそうだね」
冷や汗を流すリオの後ろ、拠点の高台に座るメタボ猫が一匹。
リオに助言を与えたのはにゃん吉だった。