魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~ 作:文月なご
変身と同時にクマ人形を一瞬で消し飛ばすと、私はそのまま一気に通路を駆け抜ける。
私の足を止めるべくウサギ人形が次々と立ち塞がるが、すれ違いざまに全て両断。通路を塞ぐクマ人形には大穴を空けて突き進む。
長い階段を下っていくと徐々に施設の雰囲気が変わってくる。壁、天井、床、ありとあらゆる物が黒晶石によって侵食されていた。
「これ……大丈夫かな?」
果たして戦闘員でもないクロノシアの部下はまだ無事だろうか。
いや、逆にこの有様なら崩れた天井に潰される心配はない。そう前向きに考えつつ、黒晶石で固められた扉を蹴破り、研究施設であろう部屋へと突入する。
「ようこそ、正義の味方クン!」
そして、黒晶石に侵食されたテーブルを舞台代わりにして、緑髪をした黒晶石の魔王ラフィールが私を出迎えた。
「ラフィール……」
「いかにも! 吾輩がラフィール、覚えてくれて光栄至極!」
こうも堂々のご登場、あからさまに怪しい。
罠を警戒し、動向を窺う私。だが、ラフィールが動く気配はまるでなかった。
「……もしかして、時間稼ぎ? ラブリナさん同士の戦いを成り行きに任せるつもり?」
「ほほう、意外や意外。キミがそんな興趣を解するとは思っていなかった。正義の味方は往々にして高慢だからね」
くつくつくつと笑うラフィール。
「私がその趣向に付き合うかは別の話だけど」
「無論、そう来ると思っていたとも。故に吾輩、知恵を絞ってこんな手を考えてみたがいかがかね?」
踏み込んで一刀両断してやろうと思っていた私を嘲笑うかのように、ラフィールの背後にある黒晶石の壁が崩れる。
「ぴえぇ、エリュシオンだぁ……」
「死にたくない、死にたくない……」
崩れた壁の先の部屋、パソコンの置かれたデスクの脇、縄で拘束された二人の少女が床に転がされていた。
勿論、モンスターのオーラは出ていない、本物の人間だ。後、何故か私に怯えている。
「っ!」
慌てて踏みとどまる私。
リスっぽい白衣の子、ゴーグルをつけた犬耳の子。どちらも戦闘員には見えない。多分、この二人がクロノシアの言っていた助けたい部下だ。
「さて、非戦闘員の少女達など捨て置いて、吾輩との勝負を続けようじゃないか正義の味方クン」
ラフィールが煽るようにそう言って、少女達へとウサギ人形が飛び掛かる。
私はラフィールの脇をすり抜け、ウサギ人形の頭部を掴んで投げ飛ばす。
頭から黒晶石の壁にめり込んだウサギ人形達が黒い霧となる中、ラフィールがくっくと笑って次々と黒晶花を投げる。
部屋が人形で埋め尽くされる前に、私は二人の少女を両脇に抱えて離脱。元居た場所へと逃げ戻った。
「ほほう、これは困った。人質作戦は見事失敗なようだ」
「狙いは最初からこれだった癖に」
芝居がかった口調でわざとらしく言うラフィールを、私は睨みつける。
保護対象を二人も抱え、私の動きは大きく制限されてしまった。しかも、どこまで戦闘の余波に耐えられるかわからない非戦闘員だ。
認識時間制御とかの大技を使えばラフィールを倒せるだろうけれど、今の私は燃費の悪い緊急変身。外のモンスターや、もう一人のラブリナさんから彼女達を守るのに支障がでかねない。
「ラブリナが信用したキミを、吾輩も信頼しているのだよ。キミが正義の味方を気取るのならば、当然助けて見せるだろう、とね」
ラフィールは更に黒晶花を投げ、自らの両脇にクマ人形を出現させる。
「さあ、どうするね、正義の味方クン。ここで決着をつけるかね?」
どうせお前はこの二人を守ることを選ぶのだろう、と言外に付け加えて、ラフィールが迫る素振りを見せる。
私は両脇で涙目になっている二人の少女に視線を移す。
クロノシアに任せることができればいいだろうけれど、クロノシアは現在最前線で戦闘中だ。ラフィールはそこまで読んでこの一手を仕掛けたに違いない。
「ぴえぇ……」
私の脇で怯える二人に視線を移し、どうしたものかと私は考える。
安全を考えれば、ラフィールが促す通りクロノシアの部下を拠点まで連れ帰るべきだろう。
だがその場合、今度はラフィールの方がフリーになってしまう。戦場に合流されれば、セレナちゃん達が劣勢に立たされる可能性は高い。
と、そこで違和感に気付く。それでラフィールがもう一欠片のラブリナさんに加勢するのなら、ここで私の目の前に姿を晒す必要性はないのではなかろうか。
ラフィール自身が登場するまでもなく、人質をちらつかせた後に絶えずモンスターを送り込んでやれば、私は苦渋の決断で撤退を選ばざるを得ない。その隙に相手のラブリナさんの所へ駆けつけた方が効率的だ。
ならどうしてわざわざ姿を晒すんだろう? 余裕な態度を見せて大切な何かや弱みを隠している? だとすれば……。
「ああ、なるほど。君が足りないラブリナさんの欠片を補っているんだね」
「…………!」
私の言葉にラフィールから余裕が消える。どうやら図星だ。
セレナちゃんの中に居るラブリナさんは一人では動けない。欠片となったことで不足した部分を、セレナちゃんの体と記憶を借りて補っているからだ。
同じ欠片に過ぎないラフィール側のラブリナさんも、それと同じ欠点を抱えているはず。だからセレナちゃんの体や記憶に相当する"何か"が必要になるのだ。
「何故……気づいたのかね」
「この演出が過剰だったから」
そこまで気づけば答えは一つしかない。
洗脳したミレイも、社長も、ウサギ人形も、ラフィールは友人であるラブリナさん以外を対等な仲間として扱っていない。
だから、対等な友人であるラブリナさんの隙間を埋めるのに、ラフィールは自分自身を使う他ないのだ。
「なるほど、いい審美眼をお持ちだ。さあ千載一遇のこの好機、キミはどう動くつもりかね?」
自らの焦りを隠すように、一層芝居がかった口調でラフィールが問うてくる。
「当然……退くよ。君の思惑通りに」
私は二人を抱えたまま踵を返し、元来た通路を駆け戻る。
甘く見てもらっちゃ困る。有利を得たことに酔いしれ、目的を忘れて戦闘に興じるような初心者魔法少女じゃないのだ。
私の目的は人助けであって、悪党の殲滅じゃない。第一にするべきは無事にクロノシアの部下を無事助け出すことで、次に黒晶花の侵食を食い止めること。
向こうが堂々と加勢に行けないのなら、こちらも遠慮なく退くだけの話だ。
「なるほど、なるほど、力と正義に酔うほど愚かではない、と。ならば己が正義の為にラブリナを見捨てることはないだろう。……よろしい、魔法少女クン、キミを正真正銘我が敵と認めようじゃないか! 次は吾輩逃げも嘲笑いもせず、黒晶石が魔王の矜持を持ってキミと雌雄を決して見せようとも!」
撤退する私の後ろ、確たる敵愾心の中に僅かな歓喜を込めて叫ぶラフィールの声が聞こえた。