魔法少女エリュシオン~リア凸に怯える最強魔法少女はダンジョン配信に映りたくない~   作:文月なご

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第9話 行進の巫女7

 私の世界、那由他会は歪な鳥籠だった。

 同じ籠の中に居るただ一人の友人を現人神として敬い、周囲の大人は例外なく信徒として私達を奉る。

 子供心にも閉じたその鳥籠は歪なのだと気づいていた。でも、私は外に出ようだなんて思わなかった。姉妹のような友人が居て、苦しみも悲しみもなく、憂いもない。

 例え歪んでいようと、鳥籠の中には私の求める全てがあった。だからその鳥籠が私の世界全てで構わなかった。

 でも眩く輝く銀の天狼星が鳥籠の世界を壊し、友人は旅に出た。

 

 私は彼女を見送るだけで、壊れた鳥籠の世界から出ようとはしなかった。鳥籠の外には数多の不幸が渦巻き、辛く苦しいものだと知っていたから。

 きっと彼女もすぐに帰って来るだろう、信じるようにそう自分に言い聞かせた。

 けれど彼女は帰ってこなかった。

 

 それから月日が経ち、未だ鳥籠に籠り続けていた私はついに見てしまう。

 鳥籠の外を元気に飛び回る彼女を、私の知らない顔をした彼女を、私を忘れてしまったような彼女を。

 その瞬間、完全だった私の"世界"は、私にとっても歪な鳥籠へと変わってしまった。

 

 彼女が求め愛する銀の天狼星を妬み、それでも鳥籠の外に出る勇気を持たない私は考える。

 どうすれば彼女が再び私を見てくれるのか、どうすれば彼女がこの鳥籠に戻って来てくれるのか、あの銀の天狼星よりも彼女の心を鮮烈に焼き焦がせるのか、と。

 もしかすると、私も彼女とは違う形であの銀の天狼星……エリュシオンに心を焼き焦がされているのかもしれない。

 

  ***

 

 巨大な湖を見下ろす丘陵の狭間にある洞窟、失われたかつての栄光を取り戻そうとするように、風化した遺跡の残骸を塗り固めた隠し神殿があった。

 その中心には、巨大な黒晶石によって絡めとられた鏡のような遺物が祀られている。

 そんな暗黒の礼拝堂には黒いローブ姿の信者達が集まり、それを見下ろすようにして紫紺の髪を持つ少女が一糸纏わぬ姿で両手を広げる。

 

「諸君静粛に、静粛にですぞー」

 

 モンスターと同じ黒いオーラを纏う仮面司祭に守られながら、少女が幼い容姿に似合わぬ声音で言い、集まった信者達に注目を促す。

 

「失われていた【エリュシウムの鍵】は今再び拙者達の前に姿を現した。壊都の奥、封じられた楽園(エリュシウム)の扉が開く日は近いですぞ! そうなれば現世は塗りつぶされる、そう黒晶石によって!」

 

 少女の言葉に狂信者達が慟哭にも似た絶望の声を漏らす。

 

「しかし、汝等が絶望する必要はないのですな! 幸運なる汝等は庇護を受ける権利を持っているのですぞ。黒晶石の魔王へ至り真の【鍵守】となる拙者の庇護を! さあ、そのためにも拙者に感情を、全てを捧げるのですぞー!」

 

 狂信者達のざわめきを遮って少女がそう言葉を続けると、今度は狂信者達が両手を合わせて祈りを捧げていく。

 その狂気染みた感情を餌にして、遺物を絡めとる黒晶石が徐々にその侵食を増していく。

 

「んんん、足りない、まだまだ足りませんぞー! ラブリナの欠片を取り込んだ魔王の繭を羽化させるには、まだまだ足りませんぞー!」

「おお、鍵巫女様! ならば我々はどうすればよいのですか!」

 

 少女の言葉に扇動され、最前列で祈りを捧げる狂信者の一人がそう尋ねる。

 

「くふっくふっ、決まっておりますな! 更に集めるだけのこと! 選ばれし供物を捧げ、この遺物と拙者の開門を使い、地上へと繭を送り出すのですぞ! さあ雌伏の時は今日で終わりですぞー!」

 

 少女が両手を天にかざし、宣言するように声高らかに叫ぶ。

 

「我等が鍵守様のために!」

 

 少女の脇に控える仮面司祭達が、異形の怪人であるその正体を明かし、

 

「まずは露払いですな!」

 

 少女が怪人の首筋に棒状の黒晶石を突き立てる。 

 黒晶石個体へと変じ、黒いオーラを激しく吹き出す怪人。

 少女はそれを他の仮面司祭達にも行っていく。

 

「さあ、門を開きますぞー!」

 

 少女の言葉と共に黒晶石に絡めとられた遺物が輝き、地上への次元の裂け目が開かれる。

 

 狂信者達が歓声を上げる中、黒晶石個体となった怪人達が次々とそれを通り抜け、地上へと降り立っていく。

 奇しくもその様子は黒晶石の魔王テラーニアが率いていた大怪獣連合と瓜二つ。黒晶石に魅入られた者同士の収斂(しゅうれん)進化だった。

 それを見届けると、地上への境界を開門した少女は意識を失って倒れ、

 

「くふっくふっ、さあさあ汝等も座して待つだけではいけませんぞ。拙者の領域を侵そうとする愚かな人間共に邪魔をされては困りますからな。さあ。行きなされ!」

 

 倒れた少女と入れ替わるように、信者の一人が先程の少女と全く同じ声音で号令をかける。

 狂信者達は号令に応じて一人残らず礼拝堂から姿を消し、そこには倒れたままの少女一人が残された。

 

「ついに動き出したな。連中め、余程エリュシオンが怖いとみえる」

 

 そして、信者達が立ち去った礼拝堂に戻って来る人影一つ。

 信者達と同じ黒いローブ姿ながら、フードの下に一人正気の眼を隠したその女は、他の誰かに見つからぬよう注意を払いつつ、倒れている少女を助け起こした。

 

「メイ、今の君は正気か?」

「あれシタラー、なんの用事ー?」

 

 紫紺の髪をした少女メイは、寝ぼけたように目をパチパチとさせると、設楽に支えられたまま首を傾げる。

 

「君の大事な場所に巣くう"あれ"が動き出した。虎の子の怪人がエリュシオンに歯が立たないと知り、悠長に構えていられなくなったんだろう。これはラストチャンスだが、千載一遇の好機だぞ」

「エリュシオン……」

「君がエリュシオンや魔法少女に複雑な感情を抱いているのは知っている。だが奴を放置していたら、君の大事な場所である那由他会が魔王復活とやらの食い物にされるだけだぞ。利害の一致と言う奴だ、ここはぐっと堪えて協力しようじゃないか」

「……うんー、わかったー」

 

 エリュシオンの名を聞いて僅かに表情を曇らせていたメイだったが、やがて覚悟を決めたように小さく頷いた。

 

「でもー、"あれ"に取り込まれている私達がなんとかできるかなー?」

「そうだな。そこが肝心かつ、最大の問題になるんだが……」

「あらあら、淀んだ黒に似つかわしくない白い輝きがあると思えば。貴方、力が欲しくば貸してさしあげますわよ」

 

 他に誰も居ないはずの大聖堂、不意に響く優雅な声。

 メイと設楽の二人が声の主を探せば、そこに居たのは漆黒の少女。黒いドレスに黒いベール、黒髪猫耳、二股の尻尾。喪服と凶兆の黒猫を混ぜ合わせたような少女だった。

 

「……君は一体何者だ。残念ながら、ここはまともな人間が来れる場所じゃないはずだ」

「あらあら失礼、自己紹介がまだでしたわね。わたくしの名はクライネ、扉守、大海嘯、あるいは黒晶石の魔王とも呼ばれていたかしら」

 

 警戒心を露わにする設楽に対し、クライネが眠たそうな瞳のままたおやかに微笑む。

 だが、メイと設楽はその言葉を聞いて更に身構えた。

 

「わふ、魔王だー」

「"あれ"が今から成ろうとしているそのものか。なら、どうして敵である私達に手を貸してくれる」

「まあ不思議。貴方達はいつの間にわたくしの敵になったのですかしら? 人が千差万別であるように、わたくし達黒晶石の在り方もまた千差万別。ただそれだけのことですわ」

 

 その言葉の真贋を判断すべく、設楽はクライネを注視し続ける。

 "あれ"の体内とも呼べるこの大聖堂、"あれ"に気付かれずに闊歩するクライネが強い力を持つのは確かだろう。

 だが、問題は彼女の言葉を信じられるか否かだ。

 

「あらあら、慎重ですのね。されど疑っていてもどうしようもないでしょう? 酷な言い方をしてしまえば、今の貴方達は籠の鳥。陥れる価値すらありませんわ。利害の一致とでもお思いなさい」

 

 眠たげな表情のまま、淡々と告げるクライネ。

 その言葉は正しい。今の設楽とメイを陥れた所で、彼女が得られる利などたかが知れている。

 

「……クライネ、利害の一致と言ったな。ならば、君が私達の手助けをして得られる利とはなんだ?」

「わたくし、エリュシオンに興味がありますの。我が友人ラフィールが託し、楽園(エリュシウム)の名を冠する魔法少女……彼女が壊都に在る楽園への扉を開く存在か否か、わたくしは扉守としてそれを確かめる義務がありますわ」

「開く存在だとしたら、どうする?」

「さあ、どうするつもりなのですかしら? 不思議なことに、それはわたくし自身もよくわかりませんの。心に生じたさざ波のせいですかしら」

 

 クライネは黒晶花を取り出しながらそう言って、くすりと微笑むのだった。

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